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北山 玲子の<<書評>>
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最後の息子
最後の息子
【文春文庫】
吉田修一
本体 505円
2002/8
ISBN-4167665018
評価:B
 オカマと同居しながらもちゃっかり彼女までいる青年、酒屋を営む父親と兄弟、仲のよい水泳部員たち。三つの話はどれも一見、さわやか。けれど表面をペロリと剥いてみると、中からどんよりとした閉塞感や苛立ちがじわじわと浮き出てくる。特に表題作の青年は定職を持たずオカマの閻魔ちゃんのヒモで、面倒見てもらいながらも心のどこかで閻魔ちゃんを小馬鹿にしているという鼻持ちならない男だ。けれど鼻持ちならない青年が何かに気づく瞬間、一気に暗雲を吹き飛ばし物語に光が射し込んでくる。コントラストの描き方とラストの結び方がとてもうまい。正直言って以前もどこかで読んだことがあるかな?と思わせるような作品だけど、他人との距離のとり方や絆について真剣に探そうとしている登場人物たちになかなか好感が持てた。

片意地へんくつ一本気
片意地へんくつ一本気
【文春文庫】
高橋治
本体 524円
2002/8
ISBN-4167383063
評価:C
 伊豆・下田で鰻屋を営む川井を中心とした一癖、二癖もある頑固オヤジたちの日常を描いた渋い連作集。仕事を終え、行きつけの喫茶店「ブリリアント・コーナー」にぽつぽつと集まってくる旦那衆。集まった面々はただダラダラとどうでもいいような話題で盛り上がるだけ。なんだかアメリカのアニメ『キング・オブ・ザ・ヒル』の伊豆・下田版を見ているようだ。淡々と過ぎていく日常を描いているので少し盛り上がりに欠ける。そこを退屈に感じる人もいることだろう。また、内容云々より10代、20代あたりで本書の渋さを味わうことができるのか疑問。だって、ある程度年を重ねなければ味わうことの出来ない作品というのが在ると思うから。自分自身、なんとなく味わい深そうってなくらいで、この話のいぶし銀のような味や面白さは半分も理解できてないと思う、たぶん。

活字狂想曲
活字狂想曲
【幻冬舎文庫】
倉阪鬼一郎
本体 533円
2002/8
ISBN-4344402634
評価:A
 私事で恐縮だが、編集の仕事をやっていた時に、大きな誤植を見逃すという大失態を演じてしまったことがある。今でもあの時のことを思い出すとどんよりしてしまう。この本は単行本で手にしていて、誤植についての所はヒリヒリと心を痛めつつ読んだ覚えがある。また、素人さんが印刷についていろいろと無理をいうのをブチ切れそうになって我慢している著者に大いに同情したものだ。これは活字業界残酷物語。その実情を知る筋の人々には拍手を持って迎えられ、その他の業種の方々はきっと「うちの会社のほうがまだ、マシかも…」とほっと胸をなでおろす人もいるかもしれない。内容は著者が文字校正の仕事をしていたときのノンフィクションだけれど、ある男のストレスのボルテージが徐々に上がり最期に爆発するスリルとバイオレンスに満ちた物語でもある。

週末婚
週末婚
【幻冬舎文庫】
内館牧子
本体 533円
2002/8
ISBN-434440260X
評価:C
 生きていく上での矛盾、理想と現実のギャップ、男女の感覚の違い…、とけっこう盛りだくさんの問題提起があり読む人によって様々な捉え方のできる話だ。で、本来なら結婚の理想形とは?がテーマの話なのでこんな楽しみ方は邪道かもしれないが、この話の一番面白い所はハブvs.マングースみたいな浅井姉妹のバトル。全て計算づくで行動する姉・陽子と、追い詰められるといきなり底力をみせる月子。互いに自分にないものがあり、それを羨む心を見透かされないように憎しみで接することしかできない姉妹の真の幸福を勝ち取るための静かな闘い。月子は、姉より幸せになるんだという想いが前面に出過ぎて、なんだか少し自分勝手な印象。結婚が人生最大の目標だという人には興味のある内容だろう。確かに姉妹バトルは面白かったけれど、妙にいやーな読後感でいまいちすっきりせず、結婚しようがしまいが、どんな形式の結婚が幸せなのかなんて人それぞれ、どーでもいいじゃねぇか、と投げやりな気持ちになってしまった。

よくわからないねじ
よくわからないねじ
【新潮文庫】
宮沢章夫
本体 476円
2002/9
ISBN-4101463239
評価:A
 「箱にプラムの文字」
 「子供に作戦は無理」
まるで尾崎放哉の俳句のようなこれらの言葉は、読み終わった後しばらく私の思い出し笑いのネタになってしまった。何故こんなにも面白いのか説明せよといわれても出来やしない。まあ、読んでみなさいとしか言えない。エッセイはネタが勝負だが、宮沢章夫はどこにでもある、普段目にしているもの、つまり日常の中の何でもないけど考え始めると何だろうと思うことに目がいってしまう。しかもこんな面白いこと見つけちゃった、笑って笑って!というのではなくあくまでも淡々と語るのがいいのだ。一時夢中になった「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」の舞台で感じた何とも言えない雰囲気がそのままエッセイでも堪能できる。表紙のしりあがり寿のイラストも味があっていい。

絶対音感
絶対音感
【小学館文庫】
最相葉月
本体 657円
2002/8
ISBN-4094030662
評価:C
 音楽家たちが欲しがる絶対音感。いったいそれはどのようなもので本当に必要なものなのか。それが無ければ音楽家としてはダメなのか。著者はその特別なものを持つ人の音楽世界がどのように見えるのかを知るために、様々な角度から解き明かす。絶対音感を持つ人、持たない人のそれぞれのインタビューは面白かった。が、科学的に分析している章は正直退屈。周波数の違いをいわれても想像つかないし…。それよりも技術的なものと感覚的なもの、大切なのはいったいどちらなのかということを考えさせられた。そして日本人が絶対音感の呪縛に囚われ過ぎていることもよーくわかった。
自分も幼稚園の頃、ピアノ教室で和音をさんざん聞かされその度に適当に答えては「違うでしょう!」と散々先生に怒られた。幼いながらもなんだかどうでもいいことで怒られている様な理不尽な気持ちになりいっきにやる気を無くした。私の音楽家としての人生はたぶんその時完璧に閉ざされたのだ。ま、なる気もなかったけどね。

凶気の桜
凶気の桜
【新潮文庫】
ヒキタクニオ
本体 552円
2002/9
ISBN-4101358311
評価:D
 青年の主張を延々と聞いたような気分。どっと疲労感が溜まってしまった。渋谷に誕生したナショナリストの結社というのにも、その名前がネオ・トージョーというのにも脱力。純粋に信念を持って行動しようとする3人の若者が、結局は大人の陰謀に巻き込まれてしまうというオーソドックスな少年たちの物語。帯で随分煽っているけどそれほどヒップなバイオレンスでもないと思うけど。著者の力の入れようが伝わってくるのはいいけど、もうちょっと削ぎ落とした方が良かったんじゃないのかな。詰め込みすぎの感がある。さまざまなエピソードが収束されていくのではなく、最後までバラバラな感じを受けるのは何故だろう。同じ若者なら私は『池袋ウエストゲートパーク』のマコちゃんたちの方が断然、好きだ。
 蛇足だけど、今は政治結社のトップでさえも通販の布団圧縮袋を知っているんだなぁ…。

風の向くまま
風の向くまま
【創元推理文庫】
ジル・チャーチル
本体 740円
2002/8
ISBN-4488275095
評価:C
 舞台は30年代のニューヨーク州。残した屋敷に十年間住み続ければ遺産を相続できるという亡くなった叔父からの遺言でロバートとリリーの兄妹は小さな町へとやってくる。そこで、叔父が実は殺されたのだという噂を聞き、しかも犯人として自分達が疑われているとことを知る。2人は冗談じゃないと犯人探しをすることに…。最後まで定石通りの展開で読み終わった後はなんにも残らない。ヘヴィーで油っぽくアクの強すぎるものにうんざりしているような人はぜひ、一読を。まるで仁木悦子の雄太郎&悦子兄妹シリーズを彷彿とさせるような、さわやかでほのぼのとした内容だ。個性の強いキャラクターはいないが、特に兄・ロバートは何とも掴み所がない。実はものすごーくデキル奴なのか、ただボーっとしているだけなのかよくわからない。シリーズ第1作目ということなので今後の展開でわかっていくのだろうか。しかし遺産まであと10年ということはそれを手に入れる日までこのシリーズが続くということなのか?

あんな上司は死ねばいい
あんな上司は死ねばいい
【ヴィレッジブックス】
ジェイソン・スター
本体 700円
2002/8
ISBN-4789719014
評価:B
 恋人やその友人たちからのプレッシャーにじりじりと首を締め付けられるビル。元の仕事、広告代理店のマーケティング担当として返り咲くことを願いながらもテレマーケターのアルバイトをしながら冴えない日々を過ごしている。わかっているんだ、こんなことではいけないと自分がいちばんよくわかっている。そのストレスが彼の神経を歪めていく。あー、キリキリと胃にくる内容だ。主人公がどんどん追い詰められ破綻していく内容はリストラもののオーソドックスなパターン。けれど、人間は性懲りも無いものだと著者がニヤリとほくそ笑んでいる様なラストがいい。まったく人間の野心と欲望は果てしのないものだ。

破壊天使
破壊天使
【講談社文庫】
ロバート・クレイス
本体 (各)990円
2002/8
(上)ISBN-4062734737
(下)ISBN-4062734745
評価:B
 爆発物処理員が作業中に爆死した。事件の真相を追うのは元処理員で自らも爆弾で瀕死の重傷を負った過去を持つ刑事・スターキー。過去に傷を持つヒロイン、彼女がペアを組む特別捜査官に抱く恋愛感情という設定はよくあるパターンだ。しかし二転、三転するストーリーは息つく暇もないほどの面白さ。爆弾魔たちのカリスマ的存在のミスター・レッドがいい。爆弾作りも天才的だがある事件に関しては刑事たちよりも行動が素早かったりするスゴイ奴。そしてもう一人、爆弾マニアのダラス・テナントが今月のマイベストキャラ。登場時間は短いがその存在は強烈。刑務所にいながら爆弾に関する記事をスクラップしている真の爆弾オタクだ。このキャラクターだけでこの本読んで良かったと満足できるほど印象深かった。
次は?次は?と先が気になって本を閉じる決心がなかなかつかないかもしれないので、秋の夜長に徹夜覚悟でぜひ。

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