年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
鈴木 恵美子の<<書評>>
今月のランキングへ
今月の課題図書へ


アジアンタムブルー
アジアンタムブルー
【角川書店】
大崎善生
本体 1,500円
2002/9
ISBN-4048734105
評価:C
 しめっている。しけているとまでは言うまい。パサパサに乾ききり罅割れが目立つ昨今のご時世には潤いが求められるんだろうなとも思う。でも干天の慈雨なら潤いと言ってもいいだろうが、梅雨の長雨か、秋雨前線みたいに最初から最後までしめってる。彼女が残したアジアンタムに吹きかける水で、彼女が撮した水溜まりで、涙で、雨で、部屋に据え付けた大型水槽を循環する水で、感情過多で…。確かに死は人を激しく打ちのめすし、そこから立ち上がる苦しみも又、曰く言い難いものだ。だからこそ表現する価値もあるのだろうが、その中で一番イージーなのは、自己劇化と死にゆく者への美化だろう。「土踏まずのような女 」地べたを踏みしめても決して汚れないだろう、汚れ無き女という第一印象から美化は始まり、「死ぬのが怖いんじゃない。悔しくもない。隆ちゃんの優しさが嬉しいのよ。」と泣く殺し文句、他にも、ああ、テレビドラマか舞台なんかで見てたら、単純に泣かされるだろうなと思うセリフが多々あるが、なんか小説だとそんな安易でいいのかなと懐疑をはさみたくなる。

水の恋
水の恋
【角川書店】
池永陽
本体 1,600円
2002/9
ISBN-4048734091
評価:B
 ふんふんふん、何だか古くさい臭いがするぞ。妻の下着に顔を埋めて鬱々とするなんて明治時代の自然主義作家か?一人の女をめぐって親友同士の三角関係からはじき出された男が死ぬのは漱石の「こころ」のパロディか?妻の一度のあやまち?に悶々とするところは、明治生まれの作家が書いた時任謙作ばりだ。でもこの男、意識は古いが明治男ほどのアクも渋みもない。高校生の由佳に「昭見てるとオジサン臭くてイライラするな。何に対しても中途半端で優柔不断で、」と決めつけられても「ほとんど事実なのだからどうしようもない」と素直に認める沽券のなさが、今風の優しさに見間違えられるのか女にやたら迫られる。迫る女、歌子の言葉はなかなかぐっとくる。男の愛と所有欲を見分けているところとか、何かを犠牲にせずにはいられない女の心の魔を言うところ、大人の女の恋は罪の味わい深い。人の腕を食いちぎる人面イワナが住む奥深い渓流、山の民、山のモノの気配をあれこれ漂わせながらミステリアスに深まっていかなかったところが残念。

海辺のカフカ
海辺のカフカ
【新潮社】
村上春樹
本体 (各)1,600円
2002/9
ISBN-4103534133
ISBN-4103534141
評価:AA
 メタファーの寄せ木細工は入れ子構造にもなっていて、結構はまってしまう。ペダンティックで懇切丁寧な解説をしてくれる両性具有の美青年もいてサービス満点。もちろん成功して輝きを放つ世界を作り上げているメタファーと消耗品のようなそれが混在しているが、なにしろ「世界の万物はメタファーだ」と言うほどおびただしい数でちりばめられているのだから、それぞれが、数尽きぬ真砂の中からお気に入りの貝殻や小石をよりどりみどり拾い上げ、お宝にして満足するように出来ている。おなじみの喪失を吹く風、とりわけ図書館と森は、奥深く、静かで息苦しいまでに切ない気配に満ち、シェルターであると同時に危険な試練と再生の磁場となっている。この世の重みに耐えかねて地球の裏側ならぬあちらの世界に突き抜けてしまう場所だ。少年は、不吉な予言の運命への抵抗、諦めや、不可解への焦り、愛への渇望、諸々の混沌そのもののような内面迷宮の探索に駆られ、魂の異界、森の奥深く分け入っていく。それを助けるのは影が半分しかなく、猫と言葉を交わし、空から魚やヒルを降らす、「本のない図書館のような」無辜のナカタさんとその弟子ホシノ君の無償の奉仕だ。これってかなり宗教的存在。異界と現実のはざまの波うちよせる海辺のカリスマ。これって可?不可?

コールドゲーム
コールドゲーム
【講談社】
荻原浩
本体 1,700円
2002/9
ISBN-4062114569
評価:B
 甲子園への夢は地区予選コールド負けで早々と破れたけれど、野球をとったら何も残らない現実の中では、勿論未来は見えてこない。そんな高三の夏休みを持て余している光也の周辺で、過去が決算を迫るアブナイ事件が次々とおこる。面倒事を避けて、他人が傷つけられても知らん顔すればすむところを「正義の味方になるつもりはないけれど、卑怯者にだけはなりたくなかった。中学の時みたいに見ていない振りをするのはもう嫌だ。」と敢えて関わっていく。一見フツー以下の知的レベルに見える不器用な17歳の、この過去の「イジメ」を看過していた自分への反省、次に傷つく人間を増やすまいとする行動力、ナミじゃない。実はこの本、南京旅行往復の 飛行機の中で読んだ。国交正常化30周年、中日友好都市南京で出逢った人たちは皆笑顔で親切だったけれど、「大虐殺記念館」を訪ねてやはり言い難いショックを受けた。やった側は結構忘れてしまいやすい「イジメ」と加虐の歴史は似ている。過去を忘れて無かったことにすれば、幼稚なまま又同じ過ちを繰り返す。ことなかれ主義と幼さを乗り越え、過去と向き合い正体を突き止める勇気が光った。難を言えば犯人像がちゃち過ぎた。

これが佐藤愛子だ
これが佐藤愛子だ
【集英社】
佐藤愛子
本体 2,000円
2002/9
ISBN-4087746127
評価:E
 「自賛ユーモアエッセイ集」と銘打たれているが、ユーモアを感じなかった。
ユーモアとは血相変えて怒ったり、大声で放言したりする人のものではない。辞書にも「上品な洒落やおかしみ」とある「ユーモア」は、知的な洗練で視点を相対化するところから生まれるもの。下世話であけすけな「タマ」「マク」考察、気に入らない相手はインポ呼ばわりで罵倒するコワイものなしの言いたい放題は、やれやれ可笑しくはあるけれど、洒落ちゃいないなあ。それに愛子様が「男はこういうもの」とか「かくあるべきもの」って断言しきって括った男性像はとてもステレオタイプで古い 。今は男も女も、男や女の役割分担に縛られない、括られない生き方してる人結構多い時代になってる。文明の利器嫌いで自動ドアに「人間の堕落も極まった」と嘆息する頑固バアサンは返す刀で、「自分を無用の人間と自信を失った中高年のことなかれ主義」を斬り、「その知恵と経験で存在を必要とされる年寄りになれ」とハッパをかけているけど、古い価値観が通用しない時代への認識を欠いたまま自信過剰に若い子イジメするお年寄りって、かなり迷惑かも。

夏雲あがれ
夏雲あがれ
【集英社】
宮本昌孝
本体 2,200円
2002/8
ISBN-4087745961
評価:A
 三銃士、三国志、洋の東西を問わず、友情の物語には三という字がよく似合う。我らが三剣士の結束をより堅く美しく純なものにするのは、より凶悪で醜く不正な陰謀だ。おきまりのパターンと解っていても、そして純粋や正義感なんて、バカ、単純、独善と紙一重と思っていても、ま、そこが時代物の面白さなのでもある。巨悪の正体を暴き、その陰謀に立ち向かう大義、「殿のお命のご無事、藩の安泰」のために闘おうとすれば、窮屈な武家社会の秩序や掟に阻まれる。でもそこでハムレット的煩悶をする主人公たちではない。「正義の負ける世の中ならどのみち生きていても仕方ありません」と退かない。「友を守るためには武家社会の掟を破り、自らの命を絶たねばならぬ。」その覚悟は若々しく清々しくまさに夏の光の輝きだ。そんな覚悟を試される試練の秋、冬の闇に葬られた男達の運命が彼らにも訪れるのを畏れ早々心配するのは老婆心ながら、「藩校早春賦」から「夏」を熱く駆け抜けた若者たちがどんな秋を迎えるのか。次作が待たれるような何だかこの先不安なような…。

D.O.D.
D.O.D.
【小学館】
沢井鯨
本体 1,100円
2002/9
ISBN-4093861099
評価:A
 あーおもしろかった!墜ちた男の見本市みたいなこの小説。遊園地で一番人気 の行列ができる絶叫マシン、長大複雑ジェットコースターの墜落感!もっとも、賭け事にも、投資にも縁のない私は緩慢平穏な観覧車派なんだけど…。
マニラ湾に虐殺死体で浮かんだオカヤス、シャブ中ホームレスになる前は年収1千万を超える証券マンだった。中年マジシャンの謎の過去は、金の魔力にとりつかれ、投資という名の詐欺にかかって資産も信用も失った大病院の院長。そしてマニラの拘置所の「腐敗しきったフィリッピンの縮図」ぶりに惹かれて新天地を求めてやってきたイザワ。誘蛾灯に引き寄せられるように、チマチマした安定の縛りに行き詰まった男たちは危険な賭けに魅せられるものなのか。死んだような平穏を生きるくらいなら、死んでも悔いない斬った張ったのやり取りに命を賭けるハラハラ感、確かに平和ボケ日本に効く。無機的な清潔消臭社会にこのムンムンくる熱さ、生活臭、貧しささえ迫力だ。でもケチをつければ最後にご都合よろしく現れ助けてくれる陰の権力者の正体、いくらなんでも出来過ぎ。

椿山課長の七日間
椿山課長の七日間
【朝日新聞社】
浅田次郎
本体 1,500円
2002/10
ISBN-402257786X
評価:B
 またまた出ました「泣かせのジロー節 」。「世は情け黄泉還り知る愛の真実」と勘亭流で書いた方が似合いそうな、芝居っぽいアサダワールドの語り芸、口説き、説教節。よどみなさ過ぎて時に饒舌すれすれをちょっと超してもみせる、それはそれであざといけれど…。今では失われてしまった「男らしさ」、「女の純情」、「けなげな子供」、「義理に生きる」、「律儀」、「滅私奉公の働き」、といったレトロな価値観をこれでもかというほど繰り広げられると、「ダッサクセェ」とは感じる一方で、つい懐かしんでしまわせるところが芸なんだな。デブハゲ中年アブラギッシュオヤジに、「すべてを愛する人に捧げつくせる」恋愛をし続け、「愛した記憶だけで一生幸せよ」と言いきる46歳のオバサン。実際いたら、ちょっとキモイかも。でも現実にはどこにもない世界を、現実よりリアルにまざまざと作り上げるウソツキたちはこの世になくてはならないものだ。

地球礁
地球礁
【河出書房新社】
R・A・ラファティ
本体 1,800円
2002/10
ISBN-4309203647
評価:A
 最初はナンセンスストーリーかと思っていたらおっとどっこいスーパーリアリズム小説だった。地球人から見れば、不気味で妙にしたたかなプーカ人の存在を暴力的に排斥しようとする。これってアメリカ社会でのマイノリティ迫害の構図と同じ。大人のプーカ達が「地球病」を病み、自滅していく中、9歳から6歳までの幽霊を含むプーカの子供たちは踏みつけられてますますたくましさを増す雑草のよう。「あの子らと会った後はいつも向こうこそが本当の人間でわしらはちょっとそうじゃないような気にさせられる。」とは言えている。彼らの作るバカーハッハ詩は一見イカレタ戯言のようだが、今ではヒトに使い捨てられる非力な道具に成り下がり果てた言葉にはない、太古の言霊的パワーを持っている。それこそが彼らの精神を自由に飛翔させ、したたかに生き延びさせる最強の武器でもある。プーカをいわれ無き憎悪で狩り、残虐に追いつめて抹殺することに快感さえ感じているクロッカーや検事マーシャルは今日のアメリカ的グローバリズムのカリカチュアだ。地球という暗礁にのりあげたのはプーカではなく、自分達の価値観を絶対視し、相対的な視野を脱落させたまま突っ走る人間の側だ。その暗礁を巧みに避けて航海に乗り出すゴブリンの子供たちの「闇の中で光る緑の目」よ。もっとブキミに輝け!

トム・ゴードンに恋した少女
トム・ゴードンに恋した少女
【新潮社】
スティーヴン・キング
本体 1,600円
2002/8
ISBN-4105019090
評価:B
 森に迷い込んだ女の子というテーマ何だかオヤジ好みで嫌だった。でもこれは自分を「見つけてもらって」助かろうとするんじゃなく、自分で道を「見つける」ために悪戦苦闘するお話。離婚した両親、喧嘩ばかりの兄と母の間で思ってることも口にせず、明るくつくってはしゃいでみせていた9歳の少女は、メソメソしたり、失神したり、泣き叫んでじっとしていれば、すぐ助けが来たかもしれない地点から、敢えて自分を追いやるように森奥深く道なき道に分け入る。そう、転びゃばったり糞の上状態でじっとしてはいられない。自分のいた場所をトレースしてもらうための目印も残さず、体力気力の限り踏破行を続けるのは、子供の浅知恵のせいではない。神はたとえ存在しなくても、神の悪意のような魔物は存在し、自分を脅かしているそれと闘うしか生き残る道はないということだったのだ。「ポパ〜イ」と叫べば助けが駆けつけたオリーブの時代はもう去った。女の子女の子して「ファック ユー」も言えなかった彼女が、熊をにらみ倒すまで闘い巧者になったのは、トム・ゴートンのお陰。窮地で闘う時のモデルでもあり、心の支えとなったのは、神でも家族でもなく野球選手というのがとってもアメリカンでチープな感じ。

□戻る□