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鈴木 恵美子の<<書評>> |
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骨音
【文藝春秋】
石田衣良
定価 1,700円(税込)
2002/10
ISBN-4163213503 |
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評価:C
「池袋のマコト」何かこの地付きの二つ名がお江戸っぽい。必ず最後は悪に勝つ、なんてとこも。そりゃ、アイテム、フーゾクはトーキョー最先端かも知れないけれど何かこの作者の主人公って、「娼年」でも「波の上の魔術師」でも、良く言や、老成してる達観してるクール、だけどちょっとこの若さで自己完結しすぎじゃない?若さの揺らぎとか自己懐疑とか全くなくて、そこがカッコイイと言えばかっこいいのだろうけどね。「池袋の底に張りついて生きているのは悪くない。お偉いさんはどんどん日本を改革すればいい。でもおれはこれ以上落ちようがないから、自分を変えたりなどしない。」高度成長期に若者だった私たちの世代は自分がいるべき場所を求めてうろうろし、今いる場所には落ち着けなかった。だからかしら物心ついたときから豊かで停滞した社会に生きる世代の、この居直り方はまるでお江戸のご隠居のように見えてしまう。 |
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夏化粧
【文藝春秋】
池上永一
定価 1,600円(税込)
2002/10
ISBN-4163213600 |
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評価:A
いいなあ。南の島!太陽に灼かれて「街も人も海も陽炎の揺らぎの中にある。」その熱さ。神々のいる異界と直でつながってるってのも何故か自然にうなずける。取り上げた二千人以上の子供に罪作りでおかしなまじないをかけ続けてぽっくり死んだ産婆のオバアも、そのオバアにかけられたまじないを解くために、セーラームーンや忍者赤影も顔負けに「陰」の世界で格闘し、「七つの願い」を集めようとするシングルマザーの津奈美も、自称民俗学研究者のオジイも、すべての登場人物がひたむきに生きてるのに、どこかユーモラスで途方もなくて、賢しらな善悪を超えた力がある。いささか漫画的誇張さえあるが、この熱さ、激しさは、母性愛という名のエゴイズムを突き抜けた無私のパワー、まさに太陽そのものの恐ろしいほどの神秘で巨大なエネルギーだ。私たちのマブイ(魂)の衰弱を照らし、生の根源的な力の遙かさを知らしめ、元気づけてくれる。 |
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あしたのロボット
【文藝春秋】
瀬名秀明
定価 1,750円(税込)
2002/10
ISBN-4163213104 |
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評価:C
「あしたのロボット」?んん?「あたしのロボット」の間違いじゃないの?と、もう一度タイトルを確かめてしまいましたよ。はあ、やっぱり、わざわざ「明日の」って漢字を避けて掛けてるね。「明日」という言葉が輝かしい「未来」を指していたころのヒーロー「鉄腕アトム」を求める心の旅、これってかなりおタク、マイロボットの世界だよね。心理学や文化人類学でよく引用される、インディオが白人に向かって、「何故あなた達は魂の話をしないのか?魂を持っていないのか?」というエピソードを思い出すまでもなく、物質的豊かさ、便利さをもたらしたはずの科学文明社会で、何か大切なモノをどんどん置き去りにした挙げ句、とんでもないとこへたどり着きそうな不安を呼びさまされるわ。「魂」を失ったヒト達が、マイロボットに「心」を感じる孤独な世界は案外、もう来ちゃってるのかも…一緒にいてもお互い生身の会話もせずに、ケータイ片手にかたまってる高校生とか多いもんね。クラーイ。
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マドンナ
【講談社】
奥田英朗
定価 1,470円(税込)
2002/10
ISBN-4062114852 |
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評価:B
人間が幼稚化しているとはよく言われるけれど、40過ぎれば昔なら「初老」だよ。いっぱしの会社の中間管理職の、一応それなりの働きのあるサラリーマンといえばもっとえぐくて、やらしくて、保身的で、脂臭さムンムンのオジサン主流じゃないの。なのに何?まるで昔の青春小説みたいに純真一途で爽やかなこの人たちは。愚痴は言っても、クダまいても、つかみ合いの喧嘩しててもドロドロしないどころか、却ってすっきりしちゃうなんて、アリ?
でも、現実そっくりでも現実そのままじゃないから救われるんだよね。いくら欲求不満の中年オヤジの夢想のオカズになるような設定でも、今時20代女は、絶対「ふつつか者ですがよろしくお願いします」なんていわない。男社会の会社で上級管理職にのし上がる女が「ボス」の陽子のような「改革」をして女性総合職から慕われたりするなんてあり得ない。現実にあり得ないからこそ夢になるんだよね。負けても「夢をありがとう」なんていい気な言葉を大合唱する国民には受けるかもね。 |
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熊の場所
【講談社】
舞城王太郎
定価 1,680円(税込)
2002/10
ISBN-4062113953 |
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評価:A
これらはサバイバルの物語だ。「自分が無力な子供であることに自覚的な」 11歳の僕は、「恐怖を消し去るには、その源の場所にすぐ戻らねばならない。」という父の言葉を実行する。大きな恐怖に襲われた少年の嫌ァな気持ちがヴィヴィッドに描かれてウマイ。痛みにも恐怖にも鈍感、無神経、無感動、無感覚でやり過ごす、そこに恐怖があっても目をつぶってないことにしてしまうオトナの処世術に汚されていない、ありありとした感受性がヘンな悲壮感なく淡々と語り出されている。「弱い方へ弱い方へとストレスの捌け口は見いだされる」社会で「自分より弱い奴をバッドで殴る」バッド男的存在への怖れを描いた「バッド男」は「熊の場所」の少年に比べてオトナになってる分、恐怖の対象を横目で見て、逃げをうってる感じがする。三作目、「ピコーン」のチョコちゃんは
、ぐっとエンターテイメント系に突き抜けて、たくましく、君なら何があっても生き残れる。はい上がれる。やっぱ、サバイバルは女の勝ちね。 |
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浪漫的な行軍の記録
【講談社】
奥泉光
本体 1,000円
2002/11
ISBN-4062115182 |
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評価:A
虚構を創造する作家には、神のように高きから見下ろす視線があってそれがとってもシニカルに感じられることがある。この作品もそう。悪意あるシニシズムが刺激的。大岡昇平の「レイテ戦記」や「野火」を思わせる、飢えや死に追いつめられジャングルを彷徨する行軍兵士は、メヴィウスの輪のようにねじれた時空を歩き続ける。蛆と蠅のたかった玉砕死体だらけの湿地ジャングルは、モーゼに率いられてエジプトを出た人々が彷徨う砂漠になり、対イラク戦争でブッシュのエグゾセミサイル爆撃をテレビで見ている谷間の村の陋屋になる。地獄のような死の行軍とまるで無縁に脳天気、無目的、無意識に生きている(作者に言わせれば死んでいる)私たちには、この構図、夢が現実か、現実が夢かの境界線も曖昧なくせに、リアルすぎる。戦慄のファンタジーというべきか。スーパーリアリズムの精華というべきか。精華と言えば、「国体の精華」は効いていた。皮肉で滑稽で卑猥で羞恥があって、大胆不敬なユーモアセンス。 |
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黄昏のダンディズム
【佼成出版社】
村松友視
定価 1,680円(税込)
2002/10
ISBN-4333019745 |
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評価:C
ふう、「黄落や昭和も遠くなりにけり」ってとこだねえ。ダンディズムという言葉さえもう死語になりそうな、ましてや生身のダンディを見たこともないこの頃のせいか、語られる12人全員が物故者のせいか、一節一節まるでレクイエムの調べ。「黄昏の」という形容には、「ダンディズム」自体がもう滅びに瀕した美意識であることへの哀惜の情がある。と、同時に真のダンディは人生の黄昏時、つまりその老年に至り、棺のふたが覆われた後、回顧されるところに真骨頂があるという矜持もうかがわれる。生身が失われた後の、その声、なにげない一言や仕草、姿勢、その生に培われてきた諸々のうち最も滅びやすいものの中にこそあった輝きをすくい上げるのに成功している。だが、というべきか、だからというべきか「食い足りない」読後感を持った。生身の交流のあったその心の距離が近かった吉行淳之介のことなどもっと書きたいこと一杯あるでしょう。こっちももっと読みたいわよ。 |
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聖なる黒夜
【角川書店】
柴田よしき
定価 2,100円(税込)
2002/10
ISBN-4048734113 |
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評価:C
それは愛なのか、罠なのか。煮詰まった憎しみの底に結晶するのは狂気か虚無か。とってもサスペンスフル。連載で読んでる分には次回が待ち遠しいかも。でも、加筆訂正され672頁上下二段組の本となると、連載時なら程よく親切に繰り返されて自然なキャラの特徴描写が、「又かよ。」と余分な重複に感じられてしまう。それに連載時なら、前回お互い無関心だった二人が次回で激しいアンビバレンツの
渦に巻き込まれていても、一月も経ってるんだから「そうかそうか」と受け入れられるけど、単行本だと何分も読まないうちに突然変わるその愛憎に何だか不整合を感じてしまう。「冤罪」が作り上げられていくその課程はいかにもそれらしいけれど、冤罪そのものの追求が半端で真犯人らしきものは提示されても途中でほったらかされてるから、冤罪性そのものも疑わしくなる。それは冤罪をいかに晴らすかという社会系じゃなく、いかに冤罪で狂わされた人生を墜ちきるかというエンターティメント系なんだから、まっ、いいか。 |
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サイレント・ジョー
【早川書房】
T・ジェファーソン・パーカー
定価 1,995円(税込)
2002/10
ISBN-4152084472 |
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評価:C
自国の正義を振りかざし、やたら銃(武力)を振り回して「世界の警察」を 気取るアメリカ人が好みそうな話だ。三挺も銃を身に隠し持ち、射撃訓練日々怠らず、銃撃戦で人を撃ち殺しても「コーヒーカップ半杯分位の後悔」しかない主人公、「私の最重要任務は父を守ること、そのために育てられ、訓練を受け、きちんと任務を果たすことがこの世の何にもまして私が望んでいたこと」と断言するジョーは、まるで養父ウィルという主人に調教された犬だ。看守として勤めている刑務所の下水トンネルや作業用台車に潜んで囚人達の様子を嗅ぎ廻るところなど。「口は閉ざし、目は開けておけ。そこから何か得るものがあるかも知れない。」というウィルの教えはジョーを、カメラに撮ったかのような直感記憶で情報を収集し組み立てるサイボーグのような存在にしてしまった。しかし冷静緻密な彼の捜査はウィル殺しの真相とともに自分のアイデンティティ、実父に硫酸を浴びせられ、実母に捨てられた過去の真実をも明らかにする。そして、「女性は雰囲気を醸し出すのに欠かせない高級な家具のようなもの」と考える男達とは全く違う恋をするところが彼の再生への救いになっている。
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天球の調べ
【新潮社】
エリザベス・レッドファーン
定価 2,625円(税込)
2002/10
ISBN-4105424017 |
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評価:A
ロンドンから遙かに広がる森の中、ひっそりとたたずむ館、そこに住み、集う人たちのいかにも妖しく、いわくありげな様子がゴシックロマン風でゾワゾワ引き込まれてしまう。片やロンドンの下町の喧噪の死角、いかにも猥雑な小路の隅で縊り殺される
赤毛の娼婦達の世界は、ディケンズの小説さながら。フランス革命後の王政復古派、共和国派のスパイが入り乱れ暗躍するロンドンで、イギリス国家の敵を告発すべき内務省勤務の役人、ジョナサンは、自分の娘を殺したのは赤毛の娼婦連続殺人犯と同一と見なし、深追いしていくうちに…。そこは読んでのお楽しみ。「とりつかれていやがる。誰も彼もとりつかれていやがる」とつぶやくジョナサン本人はもとより、登場人物のほとんどが「すべてを失うほどにとりつかれた人たち」の物語である。この狂気と紙一重の危うさが人を駆り立てるゾクゾク感がたまらない。 |
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