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鈴木 恵美子の<<書評>> |
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世界の果ての庭
【新潮社】
西崎憲
定価 1,365円(税込)
2002/12
ISBN-4104572012 |
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評価:A
何だろう?この不思議な酩酊感、あやかしの気配は。それぞれに美しいけれど何の脈絡もないかに見えた断片が、どこからともなく引き寄せられて、神の御業か妖精の魔術か、良くできたジグゾーパズルか、それこそ秘密の花園のように顕現する。女と男が出会う。リコがテーマにしてきたイギリス庭園に対する考察は、そのまま彼女の文学観、書きたい世界につながっている。「庭は囲われた自然である。自然から切り離された自然だ。それは人間そのものだろう。」スマイスが近世国学、皆川淇園、富士谷成章、御杖を研究する端緒になったのは彼の大伯父が『人斬り』を書いた明治の作家渋谷緑童からもらった書簡の謎をたどってだった。そう言えば私も昔大学の演習で「あゆひ抄」を読んだけど確かにスゴイと思ったよ。数限りない言葉を統べる法則を分類整理し体系化する科学と神秘のあわいの美。家を捨てて出奔した母が若くなる病気にかかって帰ってきて消滅する話、ビルマの収容所から脱走した祖父が時空を超えた巨大な駅構内を彷徨し続ける話と三代、皆川家から養子に出て成章、御杖と三代、落語の三題噺じゃないけど、妖しいたくらみに満ちた三代話でした。 |
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プリズムの夏
【集英社】
関口尚
定価 1,470円(税込)
2003/1
ISBN-4087746275 |
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評価:C
青春小説には海が似合う。空色でそろえた花布やしおりひも、見返しも作品イメージにぴったり。気負いや臭みのなく淡々訥々と語られる文体も若々しい。「関係性を作る」とか「人を支える」ことにとても臆病で、逃げ腰に神経質か、はたまた病的に無神経になってる時代にこの健全さ、ちょっと信じられないけど勇気づけられるかも。「自分を不幸と思ったほうが、みんな楽だもんな」と言いつつ、その楽、安易に流されず、「おれは腹が立ってるんだ。もう駄目だと投げ出したその人から順に面倒を見てもらえるようになっていることにね。いつからこんな社会になったんだ。」と怒りながらも、心を病む父や、ネット上のリストカッターを黙って、ある時は身を挺して支える高校生の主人公達。受験生というと、ともすれば、自分の事だけにかまけがちでもよしとされてしまう幼いエゴイスト達が連想されるが、さりげなくまともで、フツーの少年達なのに魅力があるのはやはりその若さと行動力のせいなのか。でも支えられる方の描かれ方が何か信じられないほど薄っぺら。これでは支える方までバカに見えてくる。 |
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ねじの回転
【集英社】
恩田陸
定価 1,680円(税込)
2002/12
ISBN-4087745856 |
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評価:B
シリアスなテーマなのに、何故か軽い。シャボン玉のような悪夢。いいじゃない、悪夢でも夢なんだから、シャボン玉みたいにつかの間楽しめばってか。そのシャボン玉原液はといえば、作中、天才的物理化学者が語る、「人間が得た最大のギフトは好奇心だ。それ自体が目的となって人間は冒険を続ける。好奇心が理性も倫理も道徳も飲み込み、人間をそれまで見たこともない地平へと押しやる。」ってんだけど、純粋な好奇心が生んだ科学技術が危険な暴走をしても、要はそれを止めるブレーキはないという、このあっけらかんとした虚無感!2.26事件の決起将校達に銃殺に至る4日間を歴史遡行させるなんて精神的残虐もモノともせず、「少なくとも最初の歴史よりはよくなる、我々の望む歴史」を作り直そうとする国連スタッフ、マジとマッドの区別がつかないとこが悪夢だわ。デジタルな世界の暴走って被害側には抵抗のしようがないとこあるけど、だからって、青い空を無数の伝書バトが飛ぶのも、ますます不気味。こいつは春から縁起でもないね。
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ふたたびの雪
【講談社】
原口真智子
定価 1,680円(税込)
2003/1
ISBN-4062116707 |
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評価:D
悶々ともだえ、もたつき、もとおり、もめる、もどかしいな、もー。何故か「も」が多くなる読後感。普通は書評書く時ざっとでも二度読みして、見落としてたとこに気づいて楽しくなることが多いんだけど、ちょっともう読み返したくない気分。まず、この主人公の優理って女のタイプが苦手。お嬢様よでまともに働いてない。つまり経済的にも、精神的にも自立してないくせに恋愛依存症でトラブルを起こしてダメージを受けると、自虐的、自損的に荒んで当然のように依存する。「人に言えない罪を抱く男と女が出会ったとき」と帯にうたってあるけれど、この二人を同等に並べるなんて変。男の方は少なくとも、罪を贖う生活してると言えるが、女の方は全く自己憐憫でやけになって泣いてるのをいい歳して、いい子いい子してもらいたがってる「コドナ」なんだから。そう言えば何かこの頃人を支える生活、できない人多いよね。あと、妻の介護で男が下の世話をする描写も陰々滅々としてたなあ。まあ、芥川賞の選考でも「元気が出ない」という点が評価されてたようだけど、ホント滅入ったわ。 |
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リレキショ
【河出書房新社】
中村航
定価 1,365円(税込)
2002/12
ISBN-4309015158 |
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評価:B
「こんなこといいな、できたらいいな」の世界。「履歴書じゃなくてリレキショ」ワールド。私たちは生まれてくるのに親を選べない。住む地域とか環境だってあてがわれたお仕着せに何となく違和感あっても、そんな過去をすっかり捨てて、名前から家族から今まですべての関係性をリセットし直し、新しいリレキショでなりたいものになるなんて、考え及びもつかない夢だった。だがさすが、子供の時からドラエモンを見て育ったバーチャル世代の発想はたくましい。「弟と暮らすのが夢だったの」と僕を拾って「良」と名付けて弟にする姉さんもスゴイ!依存しない、支配しない、自由でいて「濃密で親密な関係性」が無理なく描かれている。多分どーでもいい希薄な関係の中で消耗し、絶望的な断絶感に冷え冷えしていた僕が、姉さんやこれ又不思議な魅力の姉さんの友達から新しい関係性を学んで自立し、バイト先の深夜のスタンドで、体操をしながら更に新しい関係を作りだそうとしてゆくのが巧まぬユーモアで描かれていてほんわかする。 |
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つむじ風食堂の夜
【筑摩書房】
吉田篤弘
定価 1,575円(税込)
2002/12
ISBN-4480803696 |
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評価:B
懐かしいような切ないようなセピア色の非現実空間、オトナになって忘れてしまった、なくしてしまったあの何か、その喪失感を風が吹く。何だか宮沢賢治の童話のような…。つむじ風のうなる十字路にぽつんと灯をともす食堂に集まる人々、人工降雨を研究?しつつ雑文書きで暮らしてる小柄な先生、オレンジに電球の灯を反映させて夜の街を明るくしながら本を読んでいる果物屋の青年、その本には「天文學体系というぼう大な本に銀河圖のさしえを星一つ税込み一圓で一日どうしても三百えがかなくては食えない…」なんて。万歩計を大まじめで二重空間異動装置と売りつける帽子屋から買った、かぶると父そっくりになる帽子。「虹をつくる手品」を夢見てこの世から消えた父の記憶をたどるエスプレッソ。「誰もがここに居ながら、同時に別の場所にいる
」ここから宇宙へ果てしなく拡大していく中で感じる存在のこころもとなさ。本質的でない部分であくせくし続け、はっと気付けば「ああ、おまえは一体何をしてきたのだと、吹き来る風が私に言う」中原中也は30代で夭折したからいいけど、これが40過ぎて持ち超されるとちょっと恥ずかしいかも。 |
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滑稽な巨人
【平凡社】
津野海太郎
定価 2,520円(税込)
2002/12
ISBN-4582831370 |
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評価:A
坪内逍遙と言えば、私にとってはずっと文学史の教科書一行分の人だった。 「明治期写実主義理論を『小説神髄』で、その実践を『当世書生気質』で書いた」
その人を「滑稽な」という形容つきとはいえ、「巨人」イメージで身近に感じていた著者、さすが早稲田出。特に第四章の「学校をつくる」には「学校嫌いの教育好き」の逍遥の面目躍如、明治の国家主義教育、教育勅語の棒読式を最後まで拒否し、独自の実践倫理で、自由主義教育の学統の基を築いた早稲田中学教頭時代のあれこれ、今日の教育荒廃の問題点がこんな過去に淵源を発していたかと気付かされる。そうしてみると「滑稽な」という形容の方も、決して「時代に取り残されたアナクロニズム」という揶揄ではなく、軽薄に外観だけの近代化に流されない確かな「根」を持ち続けたその揺るぎなき硬骨に対する敬慕がこもっていると感じられる。近代化の中で日本人が居丈高になって「古い」価値観を否定し去った狂騒こそが今から見れば滑稽だ。否定の否定が肯定になるように、滑稽に滑稽視されて悠然と生きた人生。確かにグレイト! |
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アバラット
【ソニー・マガジンズ】
クライヴ・バーカー
定価 2,730円(税込)
2002/12
ISBN-4789719731 |
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評価:A
極彩色のグロテスクユーモラスな挿し絵いっぱい。小学生でも読めそうな漢字にもルビいっぱいでサービス満点。魔法世界の古代性を出すための、古語的な時代がかった言い回しもわかりやすく訳してある。逆にもう少しカタカナ語部分は訳語があるとニュアンスが伝わりやすいのでは?「アメリカで一番つまらない町」チキンタウン、家にも学校にもうんざりして飛び出した少女キャンディは、角に七つの顔を持つジョン・ミスチーフに託されて、ミネソタの草原の中に突然海を呼ぶ。そして自らその海の彼方、25の島々からなる異境アバラット、聞くからにおどろおどろしげな世界へ何のためらいもなく飛びこんでいく。一日24時間それぞれを象徴する島々と、その中央にそびえる時間を超越した不可知の神秘、25時の島、どこへ逃げても、新たな危険と追っ手が次々と迫る中、ただ逃げるだけでなく、協力者や味方をみつけ、アバラットの謎や、その存在と自分との関係性を少しずつ理解していく旅は、さらなる謎と危機を予感させつつ続く。この探索の旅感覚がいい。 |
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ソーネチカ
【新潮社】
リュドミラ・ウリツカヤ
定価 1,680円(税込)
2002/12
ISBN-4105900331 |
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評価:C
はたから見れば、フツーそうでも、「不幸」「不安」「憂鬱」を抱えて生きる人が多いこの頃、「幸せ」がなにやら胡乱なモノになってしまった目には新鮮にうつる一冊かも。古い図書館の地下書庫で修道女よろしく<虚構>の世界に満足していたソーネチカが、収容所帰りの反体制的芸術家ロベルトにひとめ惚れされ結婚する。「毎朝が自分にはもったいないような幸せ色に染め上げられており、余りに眩しすぎていつまでたっても慣れることができない」<現実>生活を「この女の幸せはいつ失ってもおかしくない」という覚悟を心の奥底に秘め、生活の隅々を愛し全肯定的な幸福感の中に生ききるヒロイン。ロシア文学に関心がないどころか、否定的な夫と口論になってからはすっかり、本の世界から遠ざかっていたソーネチカが、もう一度本を手に取り、静かな幸福感に満たされるのは、老いてますます醜く病みながら孤独な余生を生きる時なのである。どう考えてもこの幸福は皮肉な残酷。豊かさの中でも足るを知らない精神的貧困の時代を生きる私には、貧しさの中でも「知足」の幸福感に輝くソーネチカ的存在が、信じられない。
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シティ・オブ・ボーンズ
【早川書房】
マイクル・コナリー
定価 1,995円(税込)
2002/12
ISBN-4152084626 |
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評価:B
もう若くもない刑事が、たまたま発見された少年の骨から20年近く前の犯罪を解き明かそうとする。なんておよそ地味な話なんだけどシブイ。25年勤めれば、年給等級のトップに達し、「上のやることが気にいらなければいつでも辞表を出してはいさようならと言える。」つまり、金のために節を曲げずに職務を全うできるってわけ。うわぁお、それって、給料なくても組織に守られなくても、「この腐れきった世界をまともにするチャンスのために」働くってことなんだよね。孔子様じゃないけど、「50にして天命を知る」なんだ。すごーい!作中、彼が自分の名前ヒエロニムスを、「アノニムスと同じ韻です。」と説明するところがあるけど、それも暗示的。有名無実な有象無象がうようよしてるご時世に、この無名有実な存在感がすばらしい!肩書き失ってがっくりきちゃうオジサン症候群やその予備軍にお薦めしたいですね。でも、「いつの日かあたしも英雄になるチャンスがあればと思うわ」と言ったヒロインの余りに無意味で愚かな最期、後味悪過ぎる。 |
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