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松本 かおりの<<書評>>
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人形
人形
【新潮社】
佐藤ラギ
定価 1,575円(税込)
2003/1
ISBN-4104577014
評価:C
 読んでいるうちに、眉間にシワが寄り、口が歪んできた。気持ち悪いったらありゃしない。ムカムカしてきたので途中でやめようかとも思ったが、最後まで見届けないのももったいないようで、ええい!ままよっ!と読み進んだ。覚悟はしていたものの、終始気分は澱んでド〜ロドロ……。
 ホームレスの美少年男娼「ギニョル」を拾って監禁飼育。過激なSM世界にいつしか耽溺していく作家とカメラマン。「私のなかで『虚構』と『現実』は決して混じり合うことはない」「くどいようだが、私は現実世界では悪事ははたらかない」とかなんとか理屈をこねていた中年SM作家が、徐々に堕ちる。下種な好奇心と欲情が理性を越える、というのはありがちな話としても、謎めくギニョルの異常さはたいしたものだ。
「ホラー」作品が持つべき特徴が、読者の心に戦慄、恐怖、憎悪、嫌悪などをかきたてることにあるのなら、本作品はまさにホラーだろう。その点では納得はできる。あとは読者の嗜好次第。SM好きならハマるかもしれない。

阿修羅ガール
阿修羅ガール
【新潮社】
舞城王太郎
定価 1,470円(税込)
2003/1
ISBN-4104580015
評価:D
 またこのパターンかよ〜?である。舞城氏、このままずっとこのノリでいくつもりなんだろうか?「新たな才能」「新たな地平」。カバーには書いてあるけれど、単なる「奇をてらったインパクト狙い」とはどこが違うのだろう。 
 エッチするぐらいしか能がない、頭の中身が薄そうなオコチャマ連中の大騒ぎ。汚らしい言葉遣いにいかにも単細胞的な行動がこれでもか、と続く。いいかげん辟易してきたところで、いくらなんでもバカばっかりじゃマズイってんで最後にちょろっとシリアス芝居。しおらしさを演出。阿呆にも少しはイイトコあります?甘い。どんな人間も心の中で怪物を養っている?自明だ。
 ガンガン突っ走る文体に私の頭もグールグル、脳みそを思いっきりこねくり回されたところでヤレヤレ一息。この酔い感はなんだ?!いやはや次作ではどんな仕掛けを見せてくれるのか。良くも悪くも気になるのが舞城作品。

第三の時効
第三の時効
【集英社】
横山秀夫
定価 1,785円(税込)
2003/1
ISBN-4087746305
評価:B
 F県警捜査第一課の刑事たちを描く短編小説6編。『半落ち』とは違う一話完結型。枝葉を飾って盛り上げる枚数的余裕がない分、事件解決への技にヒネリがきいているようだ。どうすれば読者が喜び驚き「う〜ん、ヤラレタ!」と唸るか。著者のサービス精神を強く感じる。
 表題作の『第三の時効』もいいけれど、『密室の抜け穴』もシブイ。警察内部の力関係、駆け引き、ライバル意識に嫉妬、プロの面子を賭けたドロドロの心理攻防戦。その巧みな描写にすっかり捕まったところで急転直下。この物語のネタそのものはさほど凝ったものではないだけに、一段と「ヤラレタ!」感が強かった。地味なネタでも見せ方で勝負。さすがの横山氏。
 収録作品全部好き、とはなかなかいかないのが短編集。6編ともそれなりに面白いのだが、各編の主役刑事の人間性や事件内容の好き嫌いで、印象にかなりの差がついた。たとえば過去に傷もつ朽木警部。このひとのじっとり湿った感じには、最後まで馴染めなかった。

今夜 誰のとなりで眠る
今夜 誰のとなりで眠る
【集英社】
唯川恵
定価 1,575円(税込)
2002/12
ISBN-4087746186
評価:B
 「秋生の死を看取るというのは、秋生という男を知っている女なら、誰もが一度は『自分でありたい』と願ったことがあるはずだ。秋生はそんな男だった」。あえて斜に構えて辛辣なことを言い、粋がることで自分の脆さを隠す。毒を吐く男はときに魅力的なものだ。こういう男こそ、死後ますます美化されて、語り継がれていくのだろう。毒にも薬にもならない男は、死ねば忘却の彼方だが。
 それはともかく、登場する5人の女性陣の描き方は巧い。自分の人生を選び取っていく懸命さだけではなく、同性への外観コンプレックスやずるさ、粘っこい意地悪さなど、イヤーな面もキッチリ浮き彫り。けっこうキツイ。特に、じゅん子は終始「醜女はそれなり」的な扱い。「貴女にも救いがあるのよ」などと取り繕わない著者に、私は敬意を表したい。

街の灯
街の灯
【文藝春秋】
北村薫
定価 1,850円(税込)
2003/1
ISBN-4163215700
評価:C
 昭和初期の上流階級の生活ぶりは興味津々。アチラの世界を気楽に覗かせていただいた。今後は我が老親を「おでいさま・おたあさま」とお呼びし、お公家様ごっこするのも一興かもしれぬ。
 花村家の英子嬢は、当然のことながら「清く正しく美しく」のお嬢様ライフ。人間としての良心をもち、傲らず謙虚に自分の目でものごとを見る、なんて標語が行間に見えそうで、読んでいて少々気恥ずかしい。そんなお嬢様の避暑地・軽井沢のようすや、古きよき銀座界隈の話のほうが、「謎とその解明」よりも印象に残る。英子嬢は利発で疑問発見が得意だが、話の本筋である彼女の疑問がたいした謎には思えない。子供のナゾナゾにつきあっている気分。よって彼女の推理が的中しても、いまひとつ盛り上がらない。 
 この際、乳臭いお嬢様がたはどうでもよろしい。私は女運転手・ベッキーさんだけは気に入った。「銀座八丁」での桐原大尉との対決、これは喝采もの。ベッキーさんという人間そのものが、よっぽど深い「謎」なのだ。

消し屋A
消し屋A
【文藝春秋】
ヒキタクニオ
定価 1,850円(税込)
2003/1
ISBN-4163215506
評価:D
 博多ヤクザが、流れ者の消し屋・幸三に、野球賭博がらみの一風変わった「消し」依頼をする。狙いは「福岡ダイエー」の捕手・真壁。そんな有名人をどうやって?そこが消し屋のウデの見せどころ。
 この設定は面白そうなのに、正直言って中盤以降ダレた。ダルダルである。本番までの仕掛け作りがやたらに長い。特に、真壁の父親の過去は冗長に思えた。スリリングな賭場の描写もくどいと飽きる。「人殺しなんてもんは、脳味噌の薄暗い奴が繁華街で包丁振り回すってことだけになってる」とヤクザみずから言うだけに、派手な見せ場がないのも単調の一因だろう。
 幸三ご自慢の「耳這刀」も、期待したわりには出番が少ない。しかも、大事な商売道具をオカマのムダ毛剃りなんかに使うか?この神経は信じられん。プロっぽくない。幸三の少年・純とのやりとりや、球場で渡辺親分をとっさにかばう心配りなんかは、懐の深さを感じさせるイイ場面なんだがねぇ。
 どうも全体にヤバさやワルさが薄すぎた。「悪漢小説」「アウトロー小説」という宣伝文句は似合わない。人情ユーモア小説と私は呼びたい。

趣味は読書。
趣味は読書。
【平凡社】
斎藤美奈子
定価 1,500円(税込)
2003/1
ISBN-4582831427
評価:A
 昨今の名だたるベストセラー総登場。といっても、歯の浮くようなホメ言葉と推薦文句を垂れ流して作者出版社に媚びまくる紹介本ではない。そもそもなんでそんなに売れてんの?というわけで斎藤氏、ベストセラー各書の質と内容、および購買層にシビア〜に検証を加えているのだ。
 たとえば、『五体不満足』『だから、あなたも生きぬいて』。「ハンディキャップ」ものは売れる、というあたり、特にわかりやすい図式だろう。「絵になる障害者」と「オチコボレの娘」。障害あっても屈託なし。艱難辛苦を乗り越えた今の充実した私っ!キラキラッ!みんな好きなんだよねぇこんなノリが。
『大河の一滴』『生きかた上手』『金持ち父さん貧乏父さん』などなど収録作品40冊以上。趣味嗜好先入観金銭その他の理由から無縁だった本も、おかげでゼーンブ読んだ気になった。「過去に売れた」というだけの本に、今さら新たに無駄金を使わずに済む、アリガターイ本である。

驚異の発明家の形見函
驚異の発明家の形見函
【東京創元社】
アレン・カーズワイル
定価 3,990円(税込)
2003/1
ISBN-4488016359
評価:D
 骨董品オークションで落とした奇妙な仕切りつきの箱。中に入っていた広口壜やら木偶人形やら9種類の物品は、クロード・パージュなる天才発明家の人生の証なのだった。その物品をもとに、各章1アイテムで物語は進む。
 大志を抱いたクロードの人生は、本人の望みどおりにはなかなかいかず、中盤すぎまではまさに淡々と修行の日々。しかし、じっくり我慢の暁には「おーっと!」と意外な事実が待っていたのだ。それまでの寄り道も停滞も、実はこのためにあったのか、と思わず納得、人生のカラクリに冷や汗が出る。続く第7章の、老尊師とクロードが互いを認め合う対話場面は読みどころだろう。
 あとがきによれば、文中の固有名詞一つ一つに注釈をつけられるほどの「細部の豊穣さ」らしい。ヨーロッパ音痴の私にはそこまで堪能する知的余裕はなかったが、『ヘイゼルナッツ』や『萎れた野菜の硬さを示している』ぐらいならよーくわかったぞ。

切り裂きジャック
切り裂きジャック
【講談社】
パトリシア・コーンウェル
定価 2,100円(税込)
2003/1
ISBN-4062115832
評価:B
 「切り裂きジャックの正体がわかっても、起訴して有罪にする相手はもはやいない」にもかかわらず、著者は真犯人を追及する。不思議な情熱である。著者の推理、当時の現場状況などを読むと、確かに、イギリスではカルト的存在だったという画家・シッカートが犯人のような気もしないでもない。
「人格的に破綻し、精神的にゆがんでいたが、頭脳は明晰で抜け目がなかった」というシッカート。彼がどうやって猟奇的殺人を繰り返し、しかも逃げおおせることができたのか。偉大な存在とされている人間の怪しげな素顔を探るのは、たとえ100年前のことでも好奇心をそそるには十分だ。
 しかし、真犯人発見!と強調することに関しては、なんとなく売名行為的だなぁ、と思わないでもない。作家は物語作りのプロ、いくらでももっともらしく語れるだろう。大昔の事件ゆえに、コトの真相は現状では誰にも証明しようがないのだ。正義感、使命感に駆られて、というご立派な動機の裏に、何かあるんじゃないかと勘繰りたくなる。

ギボンの月の下で
ギボンの月の下で
【ソニー・マガジンズ】
レイフ・エンガー
定価 1,890円(税込)
2002/1
ISBN-478971988X
評価:C
 死産になりかけていたルーベンは、父親の祈り一発、奇蹟的に命を取り止めた。冒頭から見せつけられる父親の奇蹟パワーと濃厚な父子関係。父親を「永遠のヒーロー」として崇拝するルーベンが、家族旅やらある女性との出会いやら、多すぎるほどのエピソードを駆使して語る「信ずるものは救われる」。 
 驚いたことにこの父親、最後にふたたび、ルーベンの人生を左右するほどの奇蹟を起こす!ルーベンは肺に障害がある虚弱児であった。すぐにゼーゼーハーハー、手のかかる子供ほどかわいい、らしいが、そこまでやるか。ありがたき親心、奇蹟の父子愛を象徴した堂々の美談、とはいえ少々創りすぎの感じ。
 ルーベンと好対照の兄・デーヴィは、「神に祈って慈悲にすがって待つ」父親の生き方に反発、あえて殺人事件を起こして逃亡する。妥協しないタフな男っぷりがとても魅力的だ。本作の中で唯一私が共感した人物だけに、もう少し出番があってほしかった。

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