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鈴木 恵美子の<<書評>> |
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人形
【新潮社】
佐藤ラギ
定価 1,575円(税込)
2003/1
ISBN-4104577014 |
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評価:D
作中「私」が言う。「大昔から人間は残虐な行為に関して優れた想像力を発揮してきた。」確かに戦争、奴隷制、恐怖政治など、嗜虐が白日の下に曝されていた時代から「人間の本質は変わるわけはない。」平和ボケしたと言われる日本だって、家庭での児童虐待、刑務所の看守の拷問的懲罰など氷山の一角、なにしろ社会自体がイジメの構造、ストレスは下へ、弱い方へと圧力を増すように出来てるんだから。上役は下っ端に、下っ端は子供に、子供は「人形」に当たり散らす。でもその逆を考えると、確かにコワイ。眠っている子供を起こすように人の根元的嗜虐性を目覚めさせる「人形」が、精神的に幼稚な人間を狂わせ支配し、その狂気が密室から流れだしたら…。でも、この「人形」は脅し文句が刻み込まれてある割には、いじくり回されすぎ、手垢がついて最初の凄みを失っていく。折しも三月、昔から人の罪や汚れを移して流される紙人形から、座敷飾りの雛壇が闇の中怪しげな気配を発するのまで「人形」の禍々しさが立ち上がるような季節に読むにはいいかも。 |
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阿修羅ガール
【新潮社】
舞城王太郎
定価 1,470円(税込)
2003/1
ISBN-4104580015 |
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評価:B
悪夢のような現実と現実を象徴するような悪夢がないあわされたしたたかなマイジョウワールドを徒手空拳、膝蹴り阿修羅ガールアイコが行く!アイコと言えば現役の女子高生が書いた「アイコ16歳」なんて牧歌的なのが文藝新人賞デビューした昔もあったっけ。それに「このようなハチャメチャアホ女にかけまくも畏き辺りと同じ名を使うなんて不敬だ」なんて時代じゃなくてよかったね。考えなしに行動してから後悔し反省するけど次の行動もやはり結果考えてない。自己憐憫にはまってるよりはましかもしれないけど、勉強しない、知性ない、想像力貧困で体力だけはあるこのタイプがしぶとく復活再生するところが救い。これも一種のサバイバルストーリー、この作者が前作「熊の場所」でもこだわってたテーマだよね。近所の三つ子の赤ちゃんを攫ってバラバラにしちゃう閉じこもり男グルグル魔人、ネットの書き込みでキッチンハンター(厨房=中坊狩り)から死者まで出る暴動アルマゲドンにエスカレートする中、トイレでシメられそうになった逆襲に報復され生死の境にと言った、暴力に満ち満ちた世界、バーチャルなリアル感がコワイ。 |
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第三の時効
【集英社】
横山秀夫
定価 1,785円(税込)
2003/1
ISBN-4087746305 |
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評価:B
この人の本が売れてるのわかる。こういう風に「仕事の出来る」男達迫力あるもんね。どうしてこう最近の社会ってもたついているんだろう?って途方に暮れガタガタに自信なくしてる日本のオジサン達、めざましいもの感じるんじゃない?犯罪検挙率10割なんてわかりやすい実績上げるとこに。悪い奴が非道をしても捕まらないまま終わっちゃう、仕事が出来ない証明みたいな腑抜けた犯罪検挙率の低下でも給料減らない公務員警察、責任取るお偉いさんもいない現実とは違う、強行犯捜査係の刑事達が、激しく競り合うハードボイルドな世界が端正に描かれている。「執念、職人、プロ根性」の「事件で食ってきた」フツーの刑事と毛色の違う、「情念、呪詛、怨嗟」で「事件を食って生きてきた」強行犯一班「理詰め」の朽木、二班「謀略」の楠見、三班「閃き」の村瀬、それぞれの班がプライドと意地、体力、知力のすべてを賭けてしのぎをけずり合う激しさ。剣豪小説のような美意識と仁義がある男の世界。が、女は完全に閉め出され、笑いはほんのひとかけらさえもない強面の男社会。入り込めないながらもふううんスゴーイね。
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今夜 誰のとなりで眠る
【集英社】
唯川恵
定価 1,575円(税込)
2002/12
ISBN-4087746186 |
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評価:C
平安時代末の梁塵秘抄「女の盛りなるは十四五六歳、二十三四とか、三十四五にしなりぬれば紅葉の下葉に異ならず」てのを思い出した。人間ってフシギ。寿命が延び肉体的に高齢化した分、精神的に幼稚低年齢化してバランス保ってる。五人のいずれも三十七、八の女たちの「喪失」「自己再認識」ジタバタドラマ、まるで円熟老成とはほど遠い中年成長途上ストーリー。若いを通り越して幼い。「秋生」という女たらしの気ままな男の事故死。彼の子供を未婚の母として産み、育てようとするパラサイトシングルのキャリアウーマン。夫のドメスティックバイオレンスから逃げて家出し秋生と同棲していたよい子症候群の女。離婚した夫との新しい関係を取り戻すもと妻。不細工だからこそ平凡な結婚生活を選び不倫する主婦。シングルがよくて求婚を蹴ったはずなのに、男が結婚し子供まで出来たとわかると落ち込んで、「欲しいものなど何もないような顔をしていても楽に生きられない」生き方を反省するフリーター。それぞれワケアリの女達の「毒」と「悪気」をもう少しピリッと効かせて欲しかった。 |
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街の灯
【文藝春秋】
北村薫
定価 1,850円(税込)
2003/1
ISBN-4163215700 |
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評価:B
帯の惹句がうまい。「昭和七年<時代>という馬が駆け過ぎる。」思わず、どんな馬よと引き込まれる。上海事変、五・一五事件を連想させるきな臭い話かと思いきや、大名華族家の御姫様のお雛の宴で幕開けとは、この気の持たせ方がニクイ。主人公は馬ならぬ運転手付きフォードで女子学習院に通う士族令嬢、英子。そしてそのお抱え運転手、「虚栄の市」の男勝りの主人公にあやかりベッキーさんと呼ばれる別宮みつ子。門前で白刃を振り回す壮士風の男達を事も無げに退け、制服の内ポケットに潜ませた拳銃も使えるこの腕利き、お嬢様の探偵ごっこにつきあわせるだけには惜しい魅力。経歴も将来も謎のままなのがまたミステリアス。英子の友、桐原侯爵家道子は兄、陸軍参謀将校勝久を「悍馬を御したがっている」と評すが、彼は「悍馬というなら時代ほどの悍馬はいないさ。ナポレオンでさえ振り落とされた」と言うクールな野心家だ。そう言えば昭和七年はトーキー映画が上映され、活動弁士達は時代から振り落とされていった。何気ない日常に「疑問を見つける才」のある英子がもっとも大きな疑問を看過出来なくなる時代も近い。 |
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消し屋A
【文藝春秋】
ヒキタクニオ
定価 1,850円(税込)
2003/1
ISBN-4163215506 |
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評価:D
「消し屋」と言うだけあって、殺気まで消しているはずの殺し屋、なのにこれだけ「ツヤつけ」てて、堅気じゃないことみえみえなんだからちょっとおかしい。おかしいと言えば「剣抜弩張」なんて入れ墨してる情けないナニから失禁し続け、紙おむつグショグショの筋ものの社長、グロテスクユーモア漫画みたいに悪趣味。この人の書くもんって、よくこの種の職人気質の名人芸への偏りとこだわりのプロが設定されてるよね。「鳶がクルリと」のインテリ崩れの鳶職とか、「ベリイタルト」のスカウトしたコを必ずアイドルに仕立て上げる芸能プロとか。でもこの種の名人芸噺って何か臭いんだよね。素人には。へえ、すごいんだねえ。でも嘘臭いねえ。自慢臭いねえ。胡散臭いねえ。もとよりフィクションなんだから嘘は全然構わないけど、リアルでもファンタジーでもない中途半端な、それ、上手の手から水が漏るみたいな破綻があちこちに感じられると、何か落ち着いて楽しめない。どうして自分の戸籍を消し、幾人もの痕跡を消すような男がオカマと堂々と同棲するような目立つ生き方するのかな? |
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趣味は読書。
【平凡社】
斎藤美奈子
定価 1,500円(税込)
2003/1
ISBN-4582831427 |
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評価:A
美奈子姐さんの辞書には「追従」なんて文字はないのさ。売れ筋に追従したり、お追従を言うアホども総なで斬りだよ。本を読むバカ、読まぬバカその又本を作るバカをまとめて畳んでこけにする奮闘ぶり健在。「文壇アイドル論」で毒舌アイドルの名を上げ、「文章読本さん江」でボロズタ批評した小林秀雄の名を冠した賞もらっちゃうお茶目さん、もっとガンガン遠慮なくやっとくれ。エンターティンメント系特にミステリー系ではテンション落ちてるよ。よっぽど叩かれたんねえ。蝶のように舞って出る杭を打つ手をかわし蜂のようにちくりと刺して欲しいよ。「ここ数年のベストセラーときたら現状肯定型の老人応援歌ばかりである」と気取り澄まして居直る硬直精神を嗤う、「倚りかからず」の茨木のり子批判、落涙小説「鉄道員」の泣かせをおちゃらかし笑いに変えて、幽霊の正体見せる切り口鮮やか。「ものすごく売れる本はゆるい、明るい、衛生無害」の「ゆるさ」のしたたかさ、侮れなさを捌く手口も鮮やか。売れてなんぼの本の世界、なんぼのものでもない本がベストセラーになる社会の埃をもっともっと叩き出しておくれよ。 |
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驚異の発明家の形見函
【東京創元社】
アレン・カーズワイル
定価 3,990円(税込)
2003/1
ISBN-4488016359 |
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評価:A
噛んでる内にすぐ味がなくなってしまうガムか、お手軽なファーストフードみたいに読み捨てられる本が多い中、なかなかの噛みごたえと味わい深さ。パリの骨董品オークションでたまたま手に入れた「形見函」、十のしきりに収まった品物、それらが18世紀後半を生きた発明家クロード・パージュの個人史を語る。スイスの田舎の村で奇形の黒子を指ごと切り取られてしまった少年は、時計職人だった亡き父譲りの器用さを認められ、荘館の尊師のもとで徒弟として様々な器械的知識全般を身につける。誤解がもとでパリに出奔してからの無からの独り立ち、貧しい屋根裏部屋暮らしを明るくする仲間、書店の徒弟として虐げられつつもしたたかに恋をし、とあらすじよりも一筋縄ではいかないディテールが凝っている。だが、作者アレン・カーズワイルの名の由来は「単なる暇つぶし」。ご用とお急ぎの方の多い、今の世の中ではこのような博物学的物珍しさを楽しむより、まだるっこしさを感じてしまうかも。上っ滑りにあくせくする世の中を後目にじっくり「気晴らし」する余裕のある暇人にお薦め。警告!多忙を誇る人読むべからず! |
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切り裂きジャック
【講談社】
パトリシア・コーンウェル
定価 2,100円(税込)
2003/1
ISBN-4062115832 |
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評価:C
「コーンウェルが真犯人を突き止めた!」「7億円の巨費と現代科学を駆使して迷宮入りの難事件を解明する」帯の惹句の華々しさ、最初の内の断定的なシッカート真犯人説が、読んでいく内「もし何々だったとしたら何々かも知れない」風に仮定ばかりで予断っぽくなっていくのに、何だかつきあいきれなさを感じる。切り裂きジャックが警察の無能を嘲笑し、挑発するかのように送りつけた大量の手紙の筆跡鑑定や、DNA鑑定、用紙、言葉の言い回しの分析から任意の結果だけ取り出して結論づければ、確かにシッカートはあやしい。が、事件現場の保存、死体鑑定の杜撰から、犯罪捜査で肝心な物的証拠が何一つといって残されていない百年以上も前の事件の真犯人は、断定できない。にもかかわらず現代科学を振りかざし、こんな異常な手紙を書いた奴が彼らしい以上、出生にも性格的にも問題があり、役者上がりで変装が得意、娼婦をモデルに不気味な絵を描いていたこいつが犯人だ。って言い切るのアメリカ的傲慢。執念と7億円とかけてもわかることには限界があったと謙虚に認めない、居丈高な科学的捜査法が正義で真犯人を名指すのってコワくない?
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ギボンの月の下で
【ソニー・マガジンズ】
レイフ・エンガー
定価 1,890円(税込)
2002/1
ISBN-478971988X |
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評価:C
この種の「奇跡」とか「強くてあたたかい家族の絆」とかになんか胡散臭いものを感じ、警戒心がわいてしまう。「神は死んだ」と 言われて久しいが、確かに人は祈らずにはいられない、不可知な力に支配されている存在だ。特に生まれついての病弱、家族の不幸、欠損は「神」につけ込まれやすい。そして最悪の危機を迎えた時、父が「私たちは世の中と常に戦っているのだ。退却は不可能だ。戦いに備えなさい。」と言うように、崩壊の危機感こそが結束感を高める。うん?これって何だかやっぱりテロ後のアメリカにうけそう。大体最初から家族の娯楽が猟、11歳の少年が銃でガチョウを撃ち殺して誇らしい気持ちになるお国柄。父に不良行為を見つけられ懲らしめられたワルが「家族に危害を加える」と脅し、嫌がらせする。それを怒った兄が報復し返すエスカレーションぶりも何だかアメリカっぽい。やれやれ。ギボンの月に照らされて雪の渓谷に亜炭の炎が燃える幻想的な真冬のピクニックは美しいけどこれも神秘趣味? |
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