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山崎 雅人の<<書評>>


プラネタリウムのふたご
プラネタリウムのふたご
【講談社】
いしいしんじ
定価 1,900円(税込)
2003/4
ISBN-4062118262
評価:A
 星の見えない小さな村のプラネタリウムで拾われたふたご。テンペルとタットル。ひとりは村をでて魔術師になり、ひとりは村に残り、泣き男とともに星の語り部となった。彼らを待ち受ける運命は、幸せに満ちあふれたものではない。降りかかる悲劇。それでも物語は温度を保ち続ける。あたたかく、やわらかく全身を包み込んでくれる。悲劇さえも、人々をしあわせに導く道しるべとなる。
 罪の償い方。幸せの運び方。運命の意味。彼らはまっすぐに生きるための基本をすべて教えてくれる。我々は目を閉じて、その言葉の意味をかみしめる。そして、幻想的な物語に吸い込まれた魂は、ふたごの住む村へゆっくりといざなわれていくのだ。
 その村で彼らと見あげた夜空には、希望の光をはなつ星々が燦然と輝き、かっさかさのこころはじんわりといやされていく。読後、心地よい波紋がどこまでも広がり、いつまでもこころに残る、ピュアな童話である。

葉桜の季節に君を想うということ
葉桜の季節に君を想うということ
【文藝春秋】
歌野正午
定価 1,950円(税込)
2003/3
ISBN-4163217207
評価:C
 女好きの元探偵、成瀬将虎は、霊感商法がらみの保険金殺人に巻き込まれる。謎解きを中心に、複数の物語が同時進行で語られる。過去、友、恋、すべての出来事が、時間と空間を超え、事件に向かって集約されていく。
 そして、全てが解きあかされたとき、隅々まで張りめぐらされた伏線の数々に気づかされ、他に類を見ない大胆で鮮やかなトリックに、驚愕することとなるのだ。
 十分に吟味されたプロットがからみあう、凝った展開にも関わらず、テンポ良くすっと読めてしまう。その上、物語の最初から落ちを忍ばせ、たくみに隠し通しているのだから見事である。著者の力量を感じる。
 ぐんぐん引き込まれ、いっきに最終章になだれ込む。やられた、と膝を叩いてしまう結末は、確かにおもしろい。しかし、最後を飾る謎としては弱いし、苦しい感じがする。もう一歩ふっきれると傑作になるであろう。全身謎に包まれた、変則本格推理である。

星々の舟
星々の舟
【文藝春秋】
村山由佳
定価 1,680円(税込)
2003/3
ISBN-4163216502
評価:B
 母の死をきっかけに、十数年前に家をでた兄が帰郷した。忘れたことのない、恋人として過ごした日々。禁断の愛のすえ離ればなれになった兄妹が、再開する。よみがえる兄妹の罪深き愛の記憶。そして、家族もまた様々な愛を経験していた。他人の男ばかり好きになる次女、不倫に走る長男、戦時の苦い経験から逃れられない父と、それぞれに悩みを抱え、罪を意識しながら生きてきたのだ。
 罪の意識に苛まれながらも、静かに強く生きていく。といった類の話は、嫌いではない。本書のように、切なさの中にわきあがる力を感じる話は、特に好きである。しかし、どうしても気になることがある。展開や構成に新鮮さがないことは、さほど問題ではない。家族がひとり残らず罪を犯しているところに不自然さを感じ、興醒めしてしまうのだ。
 それでも、深く心にしみいる物語であることには変わりはない。家族の格闘の記録を細やかに描いた秀作であることにも意義はない。

重力ピエロ
重力ピエロ
【新潮社】
伊坂幸太郎
定価 1,575円(税込)
2003/4
ISBN-4104596019
評価:B
 レイプ犯の子ども。三浦綾子ばりの、地味で深い題材である。罪と赦し。苦渋に満ちた人生。犯罪者と同じ血が流れるということ。原罪を問う重い物語を、これほど現代的に、ポップに扱った小説があったであろうか。
 連続放火事件を追う弟と、引きずり込まれ、のめり込んでいく兄と父。放火と落書のルールの謎解きは、家族をどこへ導くのか。
 感涙の名作を目指すのであれば、およそ相応しいとは思えないプロットである。しかし、これがばっちりはまっている。さほど新しくない、ありきたりのミステリーの中に、心の闇が巧みにするどく表現されているのだ。
 その描写は、躍動感あふれ、圧倒的な力で押し寄せてくる。気のきいたテンポの良い会話が、ストレートに胸をうつ。事件の謎の単純さも、全体の雰囲気を壊すほどのものではない。むしろ、そうでなければならないと思わせるものがある。重厚と軽薄の間を、あざやかにかけ抜けていく、新手の現代小説だ。

アリスの夜
アリスの夜
【光文社】
三上洸
定価 1,785円(税込)
2003/3
ISBN-4334923895
評価:C
 借金取りをはめるチャンスを逃し、雅彦はやくざの奴隷となってしまう。与えられた仕事は運び屋、荷物は少女である。人間の尊厳を失いかけていた男は、荷物として出会った少女、アリスの魔性に瞬時に魅せられてしまう。逃亡を謀ったふたりは、執念深い追跡をかわし、逃げおおせることができるか。
 洗練された表現に、性と暴力の生々しさは感じられない。その語り口は切れがあり、後味も悪くない。逃亡劇のスピード感は抜群で、流れの良さで読まされてしまう。
 しかし、すいすい読めてしまうぶん、引っかかる場面も少ない。迫力ある場面がもっとあっても良いし、淡泊な描写は、少女の純粋さや魔性の魅力を、十分に伝えきれていないと思う。ストーリー展開のうまさに比べ、登場人物の魅力がいまいちなのだ。
『踊る大捜査線』のように、活字よりも映像で活きる作品なのではないだろうか。せつないラストなんか、結構決まると思うのだが。

三谷幸喜のありふれた生活 2
三谷幸喜のありふれた生活 2 怒涛の厄年
【朝日新聞社】
三谷幸喜
定価 1,155円(税込)
2003/4
ISBN-402257836X
評価:B
 エッセイを読む楽しみのひとつに、自分の知らない世界を覗き見できるところがある。コメディの人気脚本家で、妻は女優の小林聡美とくれば、ありふれた日常でも興味津々、期待しないわけにはいかない。
 著者の厄年に起こった出来事を、日頃の些細な失敗から、舞台の危機、友人の死までふんだんに綴った本書は、期待を裏切らない。ユーモアあり。涙の中にもユーモアあり。混乱の中にもユーモアあり。時にはシリアスに、時にはしんみりと。しかし、どんなシチュエーションでもコミカルさは忘れない。笑いと愛情にあふれたハートフルエッセイである。
 小心者で引っ込み思案。なのに目立ちたがり。まじめなつもりなのに、ちょっとずれている。どことなくおどおどした独特に語りに、そんな人柄がにじみでている。遠慮がちに毒づいている様子も微笑ましい。憎めない人というのは、こういう人なのだろう。控えめパワー全開の中年の妙を、存分に堪能したい。

玉の輿同盟
玉の輿同盟
【角川書店】
宇佐美游
定価 1,575円(税込)
2003/4
ISBN-4048734652
評価:C
 32歳、涸れるにはまだまだ早いが、若さを振りかざす年齢は過ぎてしまった女性3人組が主人公。幸せな結婚を求めて合コンをくり返した後に、たどりついた幸せの形とは。打算的に愛を求め奔走する彼女たちは、人生の成功者となれるのか。
 テーマは、自分の力で人生を切り開いていく女の生き様。言いかたを変えると、女の人生は男次第、いい男を手に入れて人生バラ色。90年代の勢いを捨てきれずに現在を活きる女と、とっくに忘れて弱体化したしょうもない男のかけ引きは、深く溜息をついてしまうような、実に情けないものなのだ。
 女性週刊誌の告白座談会のようなのりは、にぎやかで楽しい。テンポも良く、読んでいて気持ちがいい。少々つくりすぎな気もするが、納得させてしまう勢いを感じる。
 挫折から始まり愛で終わる恋愛小説の王道を、愛の喜劇としておもしろ可笑しく描いた、元気いっぱいの一冊である。

深夜のベルボーイ
深夜のベルボーイ
【扶桑社】
ジム・トンプスン
定価 1,500円(税込)
2003/3
ISBN-4594039316
評価:B
 失職中の父を抱え、目指していた医者にもなれそうにない。人生を半分諦めかけているハンサムガイ、ダスティは、夜勤のベルボーイとして働いていた。そんな彼の前に現れた女の中の女、絶世の美女。彼女の登場により、彼は人生の転機を迎えることとなる。
 薄幸な人間を寄せ集めた社会は、真実を語っている者が誰なのかすらわからない。不幸が不幸を呼び、悲劇は悲劇でしかない。どこまでも救いの手が差しのべられられる様子はなく、やっと見えてきた希望の光も、さらなる試練の序章でしかない。きわめて迷宮的で辛辣な物語世界が展開する。
 こんな小説のどこが楽しいのかと聞かれたら、答えはひとつ。楽しいところなどない。それでも何かに憑りつかれたかのように、最後まで読みふけってしまい、運命を呪う瞬間をみせつけられてしまった。
 さわやかさのかけらもない青春ミステリーは、癖になること請け合いのおもしろさだ。

スパイたちの夏
スパイたちの夏
【白水社】
マイケル・フレイン
定価 2,310円(税込)
2003/3
ISBN-4560047634
評価:C
 「ぼくの母はドイツのスパイだ」この一言に触発された少年たちは、スパイごっこに夢中になった。少年たちの無邪気な遊びはやがて、大人たちの秘密の扉を開くこととなるのだ。そして、すべてが終わりを迎えたとき、主人公は、思いもかけぬ真実を目の当たりにする。
 しぐさや息づかいまで丹念に記述した精緻な描写は、読みにくいのだけれど、じっくりと読むと、まったく知らない英国の風景が、まるで隣の空き地であるかのように目前に広がってきて、風景散歩を愉しむことができる。
 しかし、細密なぶんテンポが悪く、流れにのることができなかった。少年たちの息の詰まるような冒険が、スローモーションで再生されているかのような感じなのだ。ノスタルジックを強調するための手法なのかもしれないが、もたもたした感じは自分好みではない。
 それでも、プロットは工夫されているし、シュールな結末もいかしていて、読みごたえのある良作だと思う。