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山崎 雅人の<<書評>> |
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アンクルトムズ・ケビンの幽霊
【角川書店】
池永陽
定価 1,365円(税込)
2003/5
ISBN-4048734725 |
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評価:B
章之は悩んでいた。不法就労の密告で、鋳物工場に勤める仲間を裏切りたくはない。良心の呵責から、悶々とした毎日を送っていた。そんなとき出会ったフウコの「北に帰るわ」のひと言に、過去の記憶がよみがえる。朝鮮人少女への仕打ち。少年時代の苦い想い出が脳裏に浮かぶ。原罪。癒えることのない心の傷を抱えた章之の、過去との闘いがはじまる。 夫と妻、社長と社員、日本人とアジア人、暗黙の上下関係をめぐる日本人の醜さ、愚かさが、浮き彫りにされている。反発、戸惑い、憎しみ、それぞれの立場での熱い思いが、ひしひしと胸にせまってくる。差別という重いテーマを真正面からとらえ、力負けすることなく描き切った、見事な作品だ。
与えられた窮屈な枠の中で、もがきながらも、けなげに前向きに生きる人たちの姿は、凛として美しい。たとえ、その裏側に何を隠し持っていようとも。純粋な心は、いつまでも色褪せることなく輝き続けるのだ。 |
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愛さずにはいられない
【集英社 】
藤田宜永
定価 2,100円(税込)
2003/5
ISBN-4087746453 |
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評価:C
親元をはなれ東京の高校に通う青年は、女漁りの日々を送っていた。寂しさだけしか共有できない女たちとの出会いと別れ。そして運命を大きく変える女との愛憎劇を、60年代の風景とともに力強く綴った私小説である。
早熟な青年の自堕落な生活を、性愛の遍歴だけで最後まで描ききっている。女に溺れ、泥沼にはまりこんだ青春時代を、飾らず、後悔もせず、いさぎよく淡々と語っている。
甘い香りのしない、傷を舐めあうような恋愛と、セックスのための恋愛が、劇画調の暗めなタッチで展開される。倦怠感と喪失感のただよう不器用な愛の軌跡が、時代の雰囲気と調和していていい。しかし、淡泊な性描写というより、したという事実の繰り返しは、単調で少々げんなりしてしまった。軟派野郎のナンパ日記のようで、好きではない。
セックスに執着した自伝は、共感と蔑視、半々といったところ。それでも、欲望むきだしの愛の結末は、読まずにはいられない。
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ボロボロになった人へ
【幻冬舎】
リリー・フランキー
定価 1,470円(税込)
2003/4
ISBN-4344003314 |
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評価:C
恋愛できる気がしない。結婚は就職だと農家の花嫁募集に応募した女を待っていたのは、ランボルギーニを駆る親父と、美形のインテリ三代目、そして広大な大麻畑だった。『大麻農家の花嫁』。万引きで死刑の時代、自暴自棄の少年を楽に死なせるため、敏腕弁護士が奔走する。彼らの勝ち取った死刑とは。人間の尊厳を考えさせられる『死刑』。刹那の瞬間に道徳と無力さを説く表題作など、非日常的な状況を、飄飄と描いた小説集である。
この世を嘆く堕ちた主人公たちは、滑稽で風変わりな境遇の中で、至極まじめなセリフを吐き続ける。そのギャップが作り出すとぼけた雰囲気は、独特のいかれた世界観を増幅していていい。しびれるものがある。
しかし、破滅王舞城や鬼畜小川の本を読んだ後では、どこかもの足りない。中途半端な優しさやせつなさはいらない。とことん堕ちて欲しい。そうすれば、傑作が生まれるかも知れない。次回作に期待したい。 |
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非国民
【幻冬舎】
森巣博
定価 1,890円(税込)
2003/4
ISBN-4344003306 |
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評価:B
主人公は『ハーフウェイ・ハウス・希望』に集う、薬物依存からの悔悛を志す、個性的な過去を持つ非国民たち。対抗馬の国民代表は、桜の代紋を振りかざし暴利をむさぼり、賭博に溺れる、正しい警察官たちである。
更正を目指す正しい非国民は、明日への希望をつなぎ止めるため、腐敗した悪刑事に最後の勝負を挑む。未来を勝ちとるのはどっちだ。裏と裏の激突から目が離せない。
軽快で躍動感あふれるストーリー展開、コミカルでビビッドな会話、きりきりと胃が痛くなるような賭博の緊張感、ピュアな恋物語、エンターテイメントのすべてが、たっぷりと盛り込まれた傑作である。乱暴な話ではあるが、おもしろければいいのだ。
それにしても、著者は不良と悪党を描くのが実にうまい。真に迫った悪行の数々は、フィクションだと分かっていても、リアルに感じてしまう。しかし、本当のところどうなのだろうか。わたしは黒だと思うのだが…。 |
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PAY DAY!!!
【新潮社】
山田詠美
定価 1,575円(税込)
2003/3
ISBN-4103668091 |
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評価:A
男と女の関係は、いつでも人種の問題にすり替えられる。世界で最も悲しい出来事が、最も人間を成長させる。この超越した視点が、山田詠美だ。彼女の感性が、このいとおしく美しい、魂の成長物語を成立させたのだ。
17歳の双子の兄妹ロビンとハーモニーを待ち受けていたのは、世界でも稀にみる、凄惨で悲惨な事件だった。9月11日、この日をさかいに、母は行方不明となった。そして、母の魂を胸にいだき、バラバラになっていた家族はひとつになった。いや、世界一しあわせな家族になるための母の死であった。
描かれるのは事件ではない。事件をきっかけに成長していく家族だ。人生で最も険しい試練に立ち向かった兄妹の力強い生命力だ。そして、青春の挫折と最高の恋愛だ。哀しみの底を体験したふたりは、幸せをつかむことができるだろうか。心配はいらない。ふたりには、明るい未来が約束されている。なぜなら明日はきっとペイデイ!!だから。 |
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ぼくらはみんな閉じている
【新潮社】
小川勝己
定価 1,575円(税込)
2003/5
ISBN-4106026562 |
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評価:C
父親の介護をしていた娘が、自ら追いつめられていく。妄想の行き違いが、哀れな結末を引き起こす『点滴』。男は、いわれなき暴行を受ける。極限の状態で導きだしたその理由は、ぼくらはみんな閉じているから。愛と狂気、最高と最低のコントラストが見事な表題作など、壊れた人間たちを、おどろおどろしく描いた、猟奇的な短編集である。
欲望の果て、心の歪みの底辺が、何の救いもなくストレートに描かれている。想像を超えた変態たちが巻き起こす事件の結末は、ただただ凄惨で悲惨、同情の余地もない。堕ちきった人間の内面から滲みでる、最上級の気味悪さは、読むものをとことん嫌な気持ちにさせる。並のスプラッタホラーでは、まったく歯が立たないであろう。
本格あり、何の意味もなさそうなバカ話ありの異色ホラーには、感動も教訓も見あたらない。しかし、自分はまだ人間としてやっていけることを実感することはできるのだ。 |
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ピエールとクロエ
【新潮社】
アンナ・ガヴァルダ
定価 1,365円(税込)
2003/4
ISBN-4105409026 |
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評価:C
夫に去られたクロエは悲観にくれていた。義父のピエールは、彼女を案じ田舎の家に連れだした。凍てつく寒さ、息づまる会話、癒されぬ心。そんな時、寡黙で自分勝手なはずの義父が、突然、過去の告白をはじめる。
ピエールは、美しい恋愛の記憶を語る。クロエは、相槌を打ち、話をせがむ。童話の読み聞かせをする親子のような場面が最後まで続く。ただそれだけの話。他には何も起こらない。何も必要としていない。洗練された会話のみで描かれた、シンプルなライフストーリーであり、ラブストーリーである。
感情の起伏がありありと伝わってくる生き生きとした筆致で、ありふれた恋愛、ありふれた境遇の、きわめて地味な話を、色彩豊かな物語として仕上げている。こころに深くしみいる切なさもいい。雰囲気作りは、抜群にうまいと思う。甘いのがお好きな方にはお薦めの、フランスの香り高き物語に、酔わされてみるのも一興であろう。 |
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ストーリーを続けよう
【みすず書房 】
ジョン・バース
定価 3,045円(税込)
2003/4
ISBN-4622070308 |
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評価:C
難解な物語だ。訳者が34ページもの解説を付けたくなるほどの難物なのである。表紙は確かにラブリーだ。しかし、騙されてはいけない。中身はまったくもってラブリーではない。マクロからミクロにめまぐるしく動く視点。必要以上に細密で、コマ送りのような文章は、語るではなく、論ずるに近い。
脇道にそれたかのような文章が、知らぬ間に戻ってくる。何の関係もないと思われるストーリーが、完全につながっている。本文と挿話の境目などない。すべてが本文のストーリーを続けるためのストーリーが、切れ間なく続き、一歩一歩、着実に進んでいく。
本書の神髄を理解するには、数学的、物理学的な素養が必要だ。少なくともフラクタルの意味を知ることは重要である。その意味を理解したとき、文章と言葉の壮大な遊びに気づき、緻密な計算に舌を巻くこととなる。本文よりもからくりが気になる、おまけ付きお菓子の様な、とぼけた味わいの物語である。
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HOOT
【理論社】
カール・ハイアセン
定価 1,449円(税込)
2003/4
ISBN-4652077270 |
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評価:B
ある日、転校生のロイは、裸足で走る不思議な少年を見かける。興味を持ったロイは、捜索を始めた。次第に解き明かされていく謎。少年の正体を知ったロイは、HOOTをめぐる勇気ある闘争に参戦することになる。
純朴な中学生ロイ、ちょっとぬけてるけど。気の強い少女、腕っ節も相当強い。裸足で走る謎の少年、お決まりのいじめっこ。キュートでナイスなキャラクターがたのしい、コメディタッチの痛快な冒険小説だ。
感動のラストまで、少年たちは走り続ける。テンポの良い会話、趣向をこらした展開で、ぐいぐい押しまくる。自然保護を題材にした軽快でハイセンスなストーリーは、物語を単なるドタバタ活劇では終わらせない。
友情や親子愛、家庭の問題も忘れてはいない。少年少女を魅了する素材をもれなくつめこんだ、ハートウォーミングな物語は、おとなも夢中にさせる逸品である。どっぷりハマること間違いなし、すぐに読みたい一冊だ。 |
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