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山崎 雅人の<<書評>>


十兵衛両断
十兵衛両断
【新潮社】
荒山徹
定価 1,890円(税込)
2003/6
ISBN-4104607010
評価:B
 柳生十兵衛、いわずと知れた江戸の剣豪である。その十兵衛が3回死んだ?
 数々の武勇伝を残す柳生一族には、決して知られてはならない重大な秘密があったのだ。
 十兵衛の肉体が、朝鮮陰陽師の妖術によって奪い去られた。ひ弱な肉体を与えられ、無念の時を過ごす十兵衛の魂は復讐に燃える。表題作十兵衛両断など5編は、柳生新陰流と朝鮮陰陽師・朝鮮柳生との、威信をかけた壮絶な闘いを描いた、伝奇時代小説である。
 その独創的な発想と大胆な解釈は圧巻である。荒唐無稽であろうと指摘したくなるような話も、史料や史実の巧みな引用により単なる空想の域を超えている。あの柳生ならそれ位あるだろう、と思わせる力を持っている。
 殺陣の迫力など、もの足りない部分はあるが、おぎなってあまりある筋書きのおもしろさがある。その奇抜さは群を抜いており、過去に例をみない。教科書に掲載されることのない、新しい歴史がここに誕生した。

国銅
国銅(上・下)
【新潮社】
帚木蓬生
定価 (各)1,575円(税込)
2003/6
ISBN-4103314117
ISBN-4103314125
評価:A
 天平の時代には名もなき人足だった男たちの生き様が、平成の時代にあざやかに甦る。銅山での命がけの苦役に耐え、都での大仏の建立に骨身を削る。運命に逆らうことなく、いさぎよく生きた使い捨ての人足たちを、誇り高く威風堂々と描いた大河小説である。
 ストーリーは重厚で骨太。死を意識して生きる者たちの決意や嘆きが痛々しい。怒濤のごとく押し寄せる苦難の数々に目を覆いたくなる。全編を貫く悲愴な雰囲気は、臨場感にあふれ、リアルに胸に響いてくるのだ。
 そんな中で、主人公の国人のさわやかさ、前向きさは異彩を放っている。聡明で勤勉。将来への希望の少なさに絶望もせず、信心を忘れない。そのひたむきな姿は感動的で、神神しくもある。こころ優しき国人の存在は、人足たちの希望の光となっているのだ。
 十把一絡げの労働者に焦点をあて、人間の尊厳を説いた珠玉の物語は、想像を超える感動を従えて、ここに降臨したのであった。

分岐点
分岐点
【双葉社】
古処誠二
定価 1,785円(税込)
2003/5
ISBN-4575234575
評価:C
 終戦間近、だれもが暗黙のうちに敗戦を意識し始めていた。そんな中、本土決戦に備え、築城要員として召集された中学生たちがいた。皇国を強く意識し、お国のために命を懸ける覚悟の成瀬、純朴で心優しいがひ弱な対馬ら、少年たちの敗戦までの戦いを描いた物語だ。
 防空壕を掘り、空襲から逃げまどう日々。武器も竹光が精一杯、自爆用の手榴弾さえない。何かに憑かれたかのように暴行を繰り返す上官、目前で弾け飛ぶ仲間。戦争に意味などない。無意味さと虚しさだけがあるのだ。
 追いつめられた人間たちの集団では、皆が狂気を隠し持っていた。狂気が牙を剥く時、人間は思いがけない行動にでるのだ。そして少年はある価値観を胸に人を殺める。少年が守ろうとしていたものは何だったのだろうか。
 殺伐たる光景や悲壮感がリアルな、戦争の愚を描いた物語に、著者の作品『ルール』ほどの衝撃はない。それでも、その壮絶な結末には、直視に耐えない激しさがあるのだった。

セカンド・サイト
セカンド・サイト
【文藝春秋】
中野順一
定価 1,500円(税込)
2003/5
ISBN-4163218807
評価:B
 新宿のキャバクラで働くタクトは、店のNO1キャストのストーカー撃退を買ってでる。首尾よく退治を終え、問題は簡単に解決するはずだった。しかし、その裏に潜む事件に巻き込まれ、マフィアと対峙するはめになる。
 舞台はキャバクラ、主人公はボーイという、いっぷう変わったおもしろい設定の物語である。時代の風俗をたくみに使ったストーリーは、スピード感にあふれ、ぐんぐん引き込まれていく。さらに、不思議な力を持つ女をめぐる謎がミックスされた巧妙な構成もあいまって、片時も目が離せない展開なのだ。
 タクトのまっすぐさもいい。運命よりも愛に賭ける潔さに、ドロップアウトした若者のいじけた暗さは感じない。そして、用意されたラストも粋で爽やかだ。多少くさいけど。
 欲をいえば、もう少し女の色気や、香りがしても良いと思った。もっと臨場感がでるのではないだろうか。それでも読みごたえ十分、合格点のお水系ミステリーの傑作だ。

銀の皿に金の林檎を
銀の皿に金の林檎を
【双葉社】
大道珠貴
定価 1,260円(税込)
2003/6
ISBN-4575234664
評価:D
 金のためでも快楽のためでもない、無意味な援助交際に浸かって過ごした青春時代。ホステスとして過ごした20代。16歳で脱落者を宣言した夏海の31歳までの軌跡を、洒脱に描いた物語である。
 ぼんやり薄靄に包まれたような、とらえどころのない話である。男と寝てぼそぼそ、誰かと話した後にぼそぼそ、ボソボソぼそぼそ、無味乾燥な独白が続く。趣のある文章というより、覇気がない語りといった感じがする。
 その表現は、希薄な人間関係をリアルに表してるといえなくもない。寂しく乾いた世の中を、軽妙に描いているとも考えられる。怠惰な気分が静かに表現されていると思えなくもない。どうとでもとれる中性的な文体は、読む者の心ひとつで決まるのであろう。
 個性的な登場人物たちを、普通のように思わせる無表情な物語は、こころの中にかすかな足跡を残し、すーっと通り抜けていった。明日は明日の風が吹く。そんな小説である。

約束の地
約束の地
【角川春樹事務所】
平谷美樹
定価 2,205円(税込)
2003/6
ISBN-4758410119
評価:C
 超能力。異能を持って生まれて来たがために、苦悩にさらされる者たちがいた。彼らは、普通の人間との関係に疲れていた。超能力者の助けを求め、さまよっていた。今こそ本物の仲間と共に「約束の地」へ向かうのだ。
 他にも超能力を必要とする者たちがいた。超能力の軍事利用をもくろむ集団である。陸上自衛隊、国家が超能力者の捕獲を画策していたのだ。異能者たちの常軌を超えた戦争が勃発する。人類の未来はどちらの手中に。
 自分たちの持つ支配力に怯え、君臨する者の孤独を恐れて生きる姿は痛々しい。絶対的な力を持つ少数派の計り知れない葛藤、共存を模索する健気な姿を、情感豊かに、緊張感あふれる筆致で描きだしている。
 そして彼らが覚醒し、能力を解放する瞬間、物語は殺戮と崩壊の記録に姿を変える。しかし、その無法な記述には疑問符がつく。少々苦しいし、性急過ぎる。予想を裏切る結末は良し悪しだろう。評価は分かれるところだ。

かび
かび
【小学館】
山本甲士
定価 1,785円(税込)
2003/6
ISBN-4093874379
評価:C
 仕事中に倒れ、夫が病床の人となった。企業ぐるみの隠蔽工作が始まる。労災申請阻止、脅し、夫の居場所をなすための嫌がらせが、つつましく暮らす主婦を襲う。このまま大企業の論理に押し潰されてしまうのか。
 今まで自分を殺して生きてきた妻が、突然ふっきれる。少女の頃から心の奥底に積もり積もってきた後悔、恨み、怒りが爆発する。一介の主婦をなめてはいけない。普段おとなしい人ほど、怒らせると怖いのだ。
 平凡な主婦が狂気にとりつかれる。次々にくりだされる陰湿な手口。堕ちるところまで堕ちていく。なのに、なぜか復讐劇はさばさばとしている。テンポの良い関西弁が心地よい反面、言葉の棘や緊張感が薄れ、軽く安っぽい雰囲気をつくりだしているのだ。子育てのストレス、企業事件などの時事ネタを使い、うまく仕上げているだけに残念である。主人公に同情するか、単なる性悪女とみるか。読者の本性が垣間見えてくるのだ。

生誕祭
生誕祭(上・下)
【文藝春秋】
馳星周
定価 (上)1,785円(税込)
    (下)1,680円(税込)
2003/6
ISBN-4163218505
ISBN-4163218904
評価:B
 彰洋は、金と野望を持った魅力的な男、美千隆と出会う。そして、彼のしかけるマネーゲームに、ひりひりした快感を感じ始める。一方、金と嘘にまみれた生活を送っていた幼なじみの麻美は、もっと大きな金を渇望していた。麻美だけではない、80年代に生きるすべての人間が、金に飢えていた。彰洋たちは、限りない欲望を満たすための、醜い争いの中に落ち込み、もがいていた。凶暴ですさんだ奴等のだましあい。生き残るのは誰だ。
 切れ味するどく、小気味良い文章、変化にとんだプロットにぐいぐいと引っ張られる。バブル終焉間近でも、まだまだ醒めやらぬ熱気が、びんびん伝わってくる。著者の得意なアンダーグラウンドな世界が、深く濃く生生しく描きだされている。金の持つ快楽の魔力に狂わされた日本の姿が、まざまざと浮かびあがってくるのだ。語り尽くされた話題ではあるが、900ページの最後まで、あきることはない。一気読み確実の大作である。

ラブリー・ボーン
ラブリー・ボーン
【アーティストハウス発行/角川書店発売】
アリス・シーボルド
定価 1,680円(税込)
2003/5
ISBN-404898120X
評価:B
 本書は、レイプにあい無惨に殺されてしまった14歳の少女スージーの、天国からの視点で描かれた感動の物語である。
 天国でも気になるのはもっぱら地上のこと。壊れゆく家族、妹の恋の行方、友人たち、そして一度だけキスを交わしたボーイフレンド。残されたものたちの苦悩と新しい暮らし、その過程にスージーは関与できない。ただ見つめるだけである。ありったけの願いをこめて。
 犯人も証拠も知っている。なのに伝えられない。読者は、もどかしい思いにさいなまれる。それは天国のスージーと同じ、ただ見つめることしかできない立場である。共感せずにはいられない、聡明なストーリーなのだ。
 そして再生のエピソードはピュアで瑞瑞しい。その活力は、スージーの無念さを際だたせる。喜び悲しみ、全ての感情がスージーを通してストレートに胸に飛び込んでくる、悲しくせつない物語。なのに、読後はあたたかくやさしい気持ちになれるのであった。