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渡邊 智志の<<書評>>



脳男
脳男
【講談社文庫】
首藤瓜於
定価 620円(税込)
2003/9
ISBN-4062738376
評価:C
 タイトルでネタのほとんどを明かしてしまっている点がマイナスポイントですね。「脳」とズバリ言われると、あちこちで描かれ尽くした感のあるネタのどれかに似たストーリーだろうなと読めてしまうんです。脳男がいかにもといった雰囲気で登場した瞬間に、大体どんな人なのかが判ってしまう。最終的に明かされる真相も、当たらずとも遠からずで驚きは少ないです。江戸川乱歩賞受賞作ということですが、文字数制限が厳しかったのでしょう。様々な材料を詰め込みすぎです。その一方で、受賞を狙うための戦略的な小説ですから、起伏を過剰にしてたくさんの要素を入れて引出しが多いことをアピールする必要があったことも判る。でも、最終的にできあがったものがちぐはぐで面白くないということは、致命的な欠点だと思います。あと100ページほど分量を増やし、巨漢刑事の活躍シーンを増やし、嫌味ったらしい脳男すらも驚く大どんでん返しが最後に待っていれば…?

余寒の雪
余寒の雪
【文春文庫】
宇江佐真理
定価 580円(税込)
2003/9
ISBN-416764004X
評価:B
 女性的な歴史モノだなぁ、という感想を持ちました。描かれているのは現代の身近な家庭像です。あまりにも現代的に過ぎて、滑稽さを通り越して新喜劇やコントみたい。にもかかわらず、適度な安心感を持って読むことができる佳作だと思います。身近過ぎていちいち気も止めないような材料を引っぱってきて歴史モノに放りこむという作術を女性的だと感じたのでしょうか。史実に虚構を挟むタイプの歴史小説は、ある程度客観的な羅列描写で年表的な史実が描かれている方が小説世界にのめりこみやすいと思っています。入り口として事実の描写があって、ここから先は虚構ですよという明示的な「門」がある。大嘘にしても小嘘にしても小説という嘘を楽しむつもりの読者にとっては、門をくぐりぬける儀式があったほうが安心できると思うのです。導入部や結末で史実にむりやり馴染ませてさらりと終わっている作品が多いのも読みやすく、短編として正しい手法だと思います。

鳥人計画
鳥人計画
【角川文庫】
東野圭吾
定価 580円(税込)
2003/8
ISBN-4043718012
評価:A
 いまや当然の姿になったV字ジャンプ以前のニッカネンが最高峰だったころの作ですから、もう古臭くなっていて読むに耐えないだろうと期待せずに読み始めました。…やられた。こりゃスゴイ。事件の真相・真犯人や“新”真犯人の出現・アリバイ工作やトリック崩しなど、小説に散りばめられた材料そのものにはさほど魅力はありません。それどころか、動機とされている“殺さねばならないと決意するほど追い詰められた気持ち”についての説得力は弱く、読者としては到底納得できるものとはいえません。それでもなお小説として頭抜けていると感じる圧倒的な描写。科学的な正確さを保ちながら様々なものを創作し、虚構部分で読者をつまづかせない緻密な計算。うーむ、巧い。最近はパチスロの不正行為として低周波治療器が使用されているのですから、ここで描かれているものはけっして的外れではないし、罰の与え方さえ修正すれば人道的にも問題なく実現可能ですよね?

もう一人のチャーリイ・ゴードン
もう一人のチャーリイ・ゴードン
【ハヤカワ文庫JA】
梶尾真治
定価 609円(税込)
2003/8
ISBN-4150307342
評価:C
 想定している読者は小中学生でしょう。でも自分が小中学生の頃にこの小説を読んでも、今と同じような印象を持ったのではないかと思いました。わざとらしく嘘っぽく説教くさい。小説なんだから、そもそもわざとらしく嘘っぽく説教くさいシロモノなんだけれど、許されるわざとらしさと我慢できない嘘っぽさがあって、本作は後者。ネタのセレクションは間違っていないし、書き出しやキャラクター造型もけっして悪くない。なのに結末に向かうにつれて、どんどん嫌な気分になっていきます。どの話も間違った方に落ちていくんです。道徳的に間違っている、というわけではなく、小説としてそっちに行っちゃダメだろうー、という方向で終わるものばかり。泣かせの手法も意外などんでん返しのビックリ感も、ことごとくハズレ。ほんの少し描き方を変えるだけでなんとかなると思うのですが、どうやらこれは作者の傾向なのでしょうから、自分に合わなかったと諦めましょか。

峠

【新潮文庫】
北原亞以子
定価 620円(税込)
2003/10
ISBN-4101414173
評価:B
 シリーズ物の読者でないと、キャラクターの役割分担にすんなりとついていけないです。しばらくの間、誰が誰なんだかさっぱり判りませんでした。ミステリーとして読んだら、結末に肩透かしを喰らわされます。慣れるまで何度か読み返す必要がありましたが、やがて巧さにため息が出るようになりました。ここで描かれている道徳観は、現代の物とも当時の物とも微妙に異なるような気がします。正義を為すことと裁きで決着をつけることとは異なる結果になりがちですが、そこに生じてしまう悲喜を描くに留まっていないのが本作品群。もう一歩進んで、この作者ならではの価値観が色濃く滲み出しているので、このように不思議な後味のぶっつりと途切れた終わり方になるのでしょう。どうとでも解釈することができるような気もしますし、どう解釈する必要もない気もします。どちらも許されるということは、小説として懐が深い証拠。歴史物なのにこういう書き方は新鮮です。

秘められた伝言
秘められた伝言
【講談社文庫】
ロバート・ゴダード
定価 920円(税込)
2003/9
ISBN-4062738406
ISBN-4062738414
評価:C
 外国人が日本を舞台にした小説、ということで、悪い予感がしました。…みごと的中。誰もが想像するような、グダグダな登場人物とグダグダな展開。取材と称して日本旅行に来たのでしょうけど、中途半端に正確さを期そうと努力した描き方で日本人に苦笑されるくらいなら、フジヤマゲイシャのビックリジャパンの方が潔いと思うんだけどなぁ。たとえ日本が舞台じゃなかったとしても(そんなモノは取るに足らない瑕疵だ!と広い心で割り切っても)、強大な敵や全編に渡る謎などの散りばめ方にも、不満がたくさん残ります。うーん、消化不良だ。タイトルに偽り有り、ですね。主人公の造型にはニヤリとするところがないわけでもないですが、それだけじゃあ不満。結論、「人気作家のやっつけ仕事」。多作ゆえの弊害だな。コレを読むくらいなら、この作者の他の作品をたくさん読んだ方がずっと時間を有効に使えます。(他の作品は面白いんだって。『惜別の賦』とか…!)

死者を侮るなかれ
死者を侮るなかれ
【文春文庫】
ボストン・テラン
定価 900円(税込)
2003/9
ISBN-4167661489
評価:C
 やんちゃであることは嫌いじゃないんだけれど、やり方が中途半端なやんちゃさだと思いました。過激で男勝りな女性キャラの配置など狙っているところが見え見えなだけに、もう少しなんとかならないもんかなぁ。台詞もいちいち臭いから、可愛げがあってニヤニヤしちゃう。冒頭の絵的な派手さもサービス精神が旺盛で、小説だと泣けないけど漫画で読んだら泣きますね。主要キャラ4名(男女2名ずつ)の誰に肩入れして読んでいってもそこそこ読めてしまう、という点は好感度が高いです。ニヒルさ・クールさ・格好良さ…、どれもこれも滑稽さと紙一重な要素ですから、ずっぽり浸って身震いするのもイイし、B級C級と笑い飛ばすこともできるんです。たぶんこの辺が中途半端と感じた原因ですね。どちらかというと渋く重厚な世界に浸りたかったのに、可愛いやんちゃさが気分を削ぐのです。ステレオタイプな人物描写だからこそ、ベタベタな浪花節(?)が良かったなぁ。

ボストン、沈黙の街
ボストン、沈黙の街
【ハヤカワ文庫HM】
ウィリアム・ランディ
定価 1,050円(税込)
2003/9
ISBN-4151742018
評価:B
 一人称で語られている小説、というだけで、ほとんど内容(オチ)が判ってしまうようになりました。あまり良い傾向ではありませんね。主人公が意図的に語りたがらない過去とは、単に犯罪の嫌疑をかけられたことに対する反発心だけではありませんし、田舎者ゆえの愚鈍さはわざとらしささえ感じられて、途中から鼻につきます。案の定…、の展開に驚きは少ないのですが、意外に面白いと感じるのが、主人公が一度も迷わなかったということ。まったく逡巡しないんです。一本筋が通っている。これは意外でした。…ということは、この小説は裏返して読むことができるはずです。すべては語り手の掌の中での話だった、すべては計画どおりに進み、誰もがその術中に嵌められたのだ…、と読むのも乙。惜しいなー、と思ったのが、主人公の年齢が25歳と若いところ。警察制度そのものが異なるので仕方がないのですが、この若さで警察署長といわれてもピンとこないんですね…。

あなたの人生の物語
あなたの人生の物語
【ハヤカワ文庫SF】
テッド・チャン
定価 987円(税込)
2003/9
ISBN-4150114587
評価:A
 [1]SF的な要素(ネタ)を見つける。[2]現実世界の中にそのネタを挿入する。[3]SFの皮を借りて、現実世界を風刺する。…一読して、どの短編もこのパターンでつまらないな、と思いました。SF小説として世界的に高い評価を受けているのかもしれないけれど、わざわざSFで書かなければならないほどの小説だろうか、と構えて読んでしまったのです。…あー、頭の悪い本の読み方でした。これは「非常に優れた小説」です。間違いない。SF的な要素は主体ではないのですね。添え物というか前提条件でしかないんです。読むべきポイントは必ずしもSFでなくてもいいのかもしれません。描かれた風刺は、非常に鋭くて辛らつです。描かれた身近な現実世界に、いつの間にか自分が身を置いているかのような気分になって、ぞっとしたりほっとしたり感心したり。この作者が今後長編を書いて、この短編と同じ妙味を見せることができるのかとても興味があります。

黒い犬
黒い犬
【創元推理文庫】
スティーヴン・ブース
定価 1,197円(税込)
2003/8
ISBN-448825702X
評価:A
 ハリウッド映画のような派手な犯罪ストーリーに食傷気味な今日この頃、イギリスの田舎が舞台の地味ーっ!な小説が妙に心に沁みました。何日もかけてゆっくりじっくり読むのがお勧めです。筋立ては非常にシンプルですし、犯人捜しもそう難しくはありません。この小説の味わいは、じっくりと描かれたそれぞれの人物の心理にあると思います。若い者は若い者なりの逡巡を、年寄りは年寄りなりの達観を見せながら、キャラクターが互いに交感し、徐々に事件が解決に向かっていく…。これがとても面白いです。地味です。でも面白いです。タイトルの黒い犬の意味をあまり深く考えずに読み進めていたのですが、2度3度と気になったページを読み返しながら確認すると、あちこちにきちんと伏線が張ってあって、いちいち感心してしまいました。シリーズ化を企図して書き始められた一作目とのことで、ヒロインがこなれておらず他人行儀な態度が残念ですが、次作に期待です。