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三浦 英崇の<<書評>>


都市伝説セピア
都市伝説セピア
【文藝春秋】
朱川湊人
定価 1,650円(税込)
2003/9
ISBN-4163222103
評価:A
 隣町の小学校の生徒が、口裂け女に追われて、カッターで口を耳まで裂かれた、という噂が流れたのは、私が小学3年生か4年生くらいのことでした。
 今になって考えれば、この短編集のタイトルのように、セピアに色褪せた都市伝説に過ぎない代物です。しかし、あの頃の「僕」にとって、確かにそれは、くっきりと形を持ち、黄昏時の曲がり角の向こうで息を殺して待っていた、明確な恐怖でした。この作品群は、そんな遠い昔に見た、眠りを削る悪夢によく似ています。
 ホラー小説としての出来も非常に良いのですが、それ以上に評価したいのは、こんなにも怖いのに、こんなにも郷愁に溢れているということ。そして、その郷愁が、既に存在する都市伝説そのものの記憶から生じるものではなく、作者が独自に生み出した都市伝説によって喚起されたものであるということです。
 思い出して下さい。あなたが経験したはずのない、それでいて懐かしいあの恐怖を。

ららら科学の子
ららら科学の子
【文藝春秋】
矢作俊彦
定価 1,890円(税込)
2003/9
ISBN-4163222006
評価:B
 「街」――8人の主人公の、渋谷の街での5日間を追体験するこのゲームの中で、私の一番好きなシナリオは「迷える外人部隊」でした。3年ぶりに帰国した傭兵が、渋谷に、そして日本に抱いた違和感。「この国は、いったい何なんだ?」という問いは、今回読んだこの作品にも共通する、極めて重いものだと思います。
 何しろ、この作品の主人公は、3年どころか、30年ぶりに中国の奥地から帰国した訳で、彼の頭の中の日本は、1968年、学生紛争末期の状態で凍結されていたのですから。私の人生が丸々空白の状態、と思った時、その空白の原因となった学生運動の無意味さに戦慄を覚えました。もっとも、恐怖を感じているのは、私が主人公のように強くはなれそうにないからかもしれません。
 昨日を後悔せず、明日を希求する。理不尽には抵抗し、たえず疑問を持ち続ける。それが50歳になっても青年であり続ける秘訣なんだろうなあ、と思いました。

真夜中のマーチ
真夜中のマーチ
【集英社】
奥田英朗
定価 1,575円(税込)
2003/10
ISBN-4087746666
評価:A
 本を読んでいるうちに頭の中でBGMが鳴りっぱなしになる経験が、たまにあります。この作品の場合だと、二十数年前の名作ドラマ「俺たちは天使だ!」の主題歌「男たちのメロディ」でした。
 チンケなパーティ屋稼業に飽き飽きした小悪党・ヨコケン。一流企業のダメ社員・ミタゾウ。ドーベルマンを従えた超高ビー美女・クロチェ。まるで共通点のない三人が、妙な因縁から仲間になって、狙うは現金十億円。しかし、当然ながらそう簡単に手に入るわけもなく、事態はどんどん面倒になっていく訳でして……
 大人としてどうなの? と突っ込みたくなるような欠点を持ちながら、それぞれの一芸をもってピンチを回避し、チャンスをモノにしようとする三人の姿は、うっとりするほどかっこいいです。
 冒頭で挙げたドラマ「俺たちは天使だ!」のかっこいい登場人物たちの合言葉を、彼ら三人に捧げます。
  「運が悪けりゃ、死ぬだけさ!」

HELP!
HELP!
【光文社】
久美沙織
定価 1,470円(税込)
2003/9
ISBN-4334924069
評価:D
 牧牛。横浜生まれの横浜育ち、先祖代々田舎無しな私にとって、牧牛とはすなわち「野辺山の電波天文台のところで、もそもそ草を食んでる巨大な白黒ぶちの生き物」であり、なかなか親しくなるきっかけもなく三十幾年が過ぎました。
 今回、この本を読んでゆくにつれ、牛と牧畜について、少し詳しくなったような気がします。なにしろ、主人公(?)の砂子田寛からして「搾乳ヘルパー」ですし。最初はこの「搾乳ヘルパー」自体がよく分からなかったですが。詳しくは本書参照。
 のどかな牧畜村で起こる、とんでもない事件の数々……という売り文句の割には、起きている事件は、あまりにもあっけなくケリがついていたり、気が付くと自然解決していたりと、ミステリを期待する向き(自分自身含む)には、正直、肩すかし気味です。でも、著者がこの本で書きたかったのは、そんな「とんでもない」事件の顛末ではなく、その事件に一時は動揺しつつも、柔軟に対処してゆく村の人々のたくましさなのかな、と思いました。

山ん中の獅見朋成雄
山ん中の獅見朋成雄
【講談社】
舞城王太郎
定価 1,575円(税込)
2003/9
ISBN-4062121131
評価:C
 日本に限ったことじゃないですが、神話には殺戮と性が豊穣に、いやむしろ過剰に溢れかえっている印象があります。あまりにもあっけなく惨殺されたり陵辱されたりする者たちの描写に「おいおい、それじゃ身もフタも無かろう」とツッコミを入れるのは、そういう物事に慣れていない現代人のヤワさなのでしょう。
 この作品は、現代を舞台にしているにもかかわらず、読者を否応無く神話の国へとひきずりこんでしまいます。主人公・獅見朋成雄は、高天原を騒がせたスサノオノミコトのように、魂の趣くまま「荒ぶる神」と化してゆきます。その遍歴を描く文章の勢いは、慣れていないと酔いかねないほどの迫力です。
 理性に働きかけるのではなく、人がふだん、できるだけしまっておこうとする野性を、直に揺り動かそうとする作品です。言霊が力を持っていた古代世界を、今、ここに現出させようとしている風に感じられました。嫌な人は、徹底的に嫌がるだろうなあ。

東京湾景
東京湾景
【新潮社】
吉田修一
定価 1,470円(税込)
2003/10
ISBN-4104628018
評価:B
 私の今の職場から外に顔を出すと、ゆりかもめとレインボーブリッジがよく見えます。この作品で言えば、主人公・亮介と同じ視点で、日々、お台場を見ていることになります。昼休みに、ぼーっと向こう岸の建物群を眺めていると、時折、現実味が全く感じられない蜃気楼を見ているような気になります。そこには人が、それこそ山のようにいるはずなのに。
 亮介が、出会い系サイトを介して知り合った「涼子」との付き合いの中で、自分自身や相手の中にふと感じる希薄さは、私が感じている、お台場の「人の手で作られた埋立地」特有の人工性に通ずるものがあるのではないか、と思います。
 しかし、これが現代の恋愛の姿だ、と断言してしまうほど、この作品は安易ではないです。スタート時点での、どうしようもない希薄さから脱却して、彼と彼女は、本当に「相手と出会う」ことができるのか? はらはらしながら読んで下さい。

根府川へ
根府川へ
【筑摩書房】
岡本敬三
定価 1,890円(税込)
2003/10
ISBN-4480803726
評価:C
 仏教用語に「諦観」という言葉があります。最初に見た時には「諦」の文字につられ、あきらめてしまうことなのかなあ、と思ったのですが、この言葉の真の意味は「明らかに真理を観ること」なのです。この作品を読み、ふと、二つの意味を持つこの言葉を思い出しました。
 どんなに頭を鍛え続け、身体に気を配り続けたとしても、着々と忍び寄る老いに打ち勝つことができる人間はいません。老いが、避け得ないものであるならば、その気配を感じた時に、どう対処してゆけばいいのか。この作品の主人公たちに共通する点があるとすれば、老いを克服しようとあがくのではなく、老いを受容してゆこうとする姿勢だと思います。
 今、この作品を読み終えた季節は晩秋。秋から冬へと変わりつつある中、人生を「諦観」した人々の姿をかいま見て、老いとどう付き合うべきなのか、つくづく考えさせられる作品でした。

天正マクベス
天正マクベス
【原書房】
山田正紀
定価 1,995円(税込)
2003/9
ISBN-4562036834
評価:C
 数々の悲劇や喜劇を書き残した偉大なる文豪シェークスピア。しかし、彼の人生にはあまりにも空白の期間が多く「実は同時代の他の作家のペンネームなのではないか」といった疑問があります。この作品は、そんな問いに対する、作者一流の鮮やかな解答を示しています。
 織田信長の甥・信耀に仕える修道士・シャグスペアの見聞きした数々の怪異が、戦国時代最大の謎の一つである「本能寺の変」へと収束してゆくさまは、まさに、大文豪の描いた数々の悲劇そのもの。シェークスピアの諸作品の台詞を要所に散りばめるなど、端々に見られる芸の細かさは、さすが山田正紀、と感嘆しました。
 ただ、ちょっと気になったのは、作品自体の雰囲気を、シェークスピア悲劇に仕立て上げようとするあまり、「本能寺の変」以前の個々の事件の作り込みがいまいち弱い点です。好きな作家なだけに、採点は少し辛めになりました。

太ったんでないのッ!?
太ったんでないのッ!?
【世界文化社】
檀ふみ・阿川佐和子
定価 1,365円(税込)
2003/9
ISBN-441803515X
評価:E
 読もうと思った貴方がまずやるべきこと。それは、目をつぶって、これまでの人生の中で一番豪華だった、あるいは贅沢だったと思える料理を思い浮かべることです。私の場合、大学入り立てのバブル華やかなりし頃に、バイト先の不動産屋さんで、忘年会で奢ってもらったふぐ刺しふぐ鍋ふぐ雑炊です。
 準備はOKですか? さて、それでは、改めて本書にとりかかって下さい。
 トリュフ? フォアグラ? キャビアごはん? クジラのサエズリの刺身?
 私の人生の中で実物に出会ったことなんて一度も無い、見た目も味も想像できないような料理を、著者二人がそれこそ食べまくり、そして語りまくっているんですが……あまりにも自分の生きてきた世界と隔絶した話なので、読んでいて幾度となくめまいを感じました。冒頭の「おまじない」は、そんなめまいを多少なりとも緩和するための気休めです。
 ごめんなさい。正直、私には評価し難い本でした。

外人部隊の女
外人部隊の女
【新潮社】
スーザン・トラヴァース
定価 2,100円(税込)
2003/9
ISBN-4105435019
評価:C
 経験は人を変える、という言葉を、私はあまり信用していません。人間は、たとえどんなに齢を重ね、さまざまな経験を積んでいったとしても、その根底にある性格はめったなことでは変わらないものだと思います。この作品を読み、ますますその確信は強まりました。
 この作品は、第二次世界大戦前期、最強を誇ったドイツ陸軍北アフリカ軍団――名将ロンメルの率いる精鋭を敵に回し、苛酷な戦場を駆け抜け、ついにはフランス外人部隊史上ただ一人の女性隊員となった著者が、六十年の沈黙を破って書いた自伝です。
 これだけの苛酷な日々を経ても、彼女は、少女の頃からまるで変わっていないように見えます。自分の愛する人と常に同じところにいたいがために、灼熱の砂漠まで付き従うかと思えば、愛情を感じない相手には、一貫して冷淡に接し続ける苛烈さ。
 真っ正直に自分を語った、いい自伝だとは思いますが、正直、著者自身とはお近づきになりたくないです。