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誰か―somebody
【実業之日本社】
宮部みゆき
定価 1,600円(税込)
2003/11
ISBN-4408534498 |
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評価:B
中盤まで事件の真相が全くみえずイライラしたが、終盤一挙に読んだ。宮部みゆきはいつも〈罪を犯した者の側〉からもしっかり描く作家だ。だからこそ随所に〈仕掛け〉を沢山作っておいて、その〈意味〉の深さに気づいた読者を最後に唸らせる。長さは無意味ではなく、単なる殺人事件や謎解きに重点をおいたミステリーではない。人間の複雑な心理を重層的に解き明かす良識派の作家なのだ。
65歳の男が車(?)にはねられ転倒し、うちどころが悪く死んだ。その死を端緒として掘り起こされる男の人生は28年前に焦点があてられる。男は一体どんな人間だったのか。これは〈記憶〉がその後の人生に影響を与えたある家族の物語だ。忘れたくても忘れられない記憶…男夫婦はソレから逃れ新しい人生を歩むために、出来たばかりの次女を可愛がった。しかし、男夫婦とソレを共有した「戦友」の長女は、その呪縛から解放されず未来に目を向けることができない。
やがて、男をはねて逃げた犯人が捕まる訳だが、本当の「事件」の張本人は〈誰か〉であることが明らかにされる時、人生の不条理さに愕然とする。しかし、宮部の小説はいつも希望のもてる締めくくりで終わる。救われる。 |
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辰巳屋疑獄
【筑摩書房】
松井今朝子
定価 1,680円(税込)
2003/11
ISBN-4480803734 |
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評価:B
正直言って「時代小説」はあまり読まない。聞きなれない固有名詞や人名に馴染めないからだ。事実、本作も登場人物が多い上に、似た名前が多く、改名したりするので、紙に書いて読み進めないと齟齬をきたす。しかし、その表現力は見事だ。さながら講談を聞いているような面白さで引き込まれる。事実に基づいた小説だけに、資料や時代考証に十全な配慮を強いられるが、その上で、作家のイマジネーションによってこれだけの大事件を250ページに収める力量はスゴイ!
身分制度の確立していた江戸時代、商人の財力は武士の誇りを脅かしていた。三代で大豪商の仲間入りを果たした大阪の炭問屋辰巳屋の相続をめぐる一件は、武家をも巻き込んだ大疑獄に発展した江戸の大事件の一つだ。その裁決を下したのは、名奉行の誉れ高い「大岡越前」だ。本書は、大事件の張本人とされている主人に小さい頃から仕えている正直者の元助の視点で進行していく。何でもないと思ったことが大事に発展していく様や、思わぬ落とし穴に嵌っていく様は、元助のような一歩ひいた距離を保っている無私無欲の人間にしか見えないものだ。その元助のその後が記録にないというのは口惜しい限りだ。 |
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号泣する準備はできていた
【新潮社】
江國香織
定価 1,470円(税込)
2003/11
ISBN-4103808063 |
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評価:B
たとえばある恋愛について描いた物語でも、言葉ひとつ変えるだけで、それは全く違う〈恋愛〉になる。我々が「それは○○さ」と短絡的な言葉でかたづけてしまう価値観があてはまらないのが、その人だけの〈恋愛〉だ。
12の短篇集を収録した本書の中の〈恋愛〉は、よくある物語のようでいて、実はそうではない。主人公が体現する恋の切なさ、悲しさ、喜び、恍惚感、不安…を作者は手垢のついた言葉や感情で終わらせないように、細心の注意を払い言葉を紡いでいく。あたかも恋する者たちに敬意を払うように。少なくとも私にはそう思えた。すぐ読み終えることのできる短篇集なのに、なぜかゆっくりと味わい、主人公の感情に同化したい気にさせられる。なかでも専業主婦の日常の断片を描いた「こまつま」は、なんともいとおしく、その孤独や誇りまでもがいじらしく思えてくる。
全作品に通底しているのは、愛すれど人は孤独であり、恋を〈喪失〉した時にのみ孤独を感じるのではなく、恋を〈所有〉している時も孤独と無縁ではない、というはかなさ。だからこそ、人は皆、号泣する準備を知らぬまにしているのだろう。本当に知らぬまに…。 |
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瑠璃の海
【集英社】
小池真理子
定価 1,785円(税込)
2003/10
ISBN-4087746623 |
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評価:B
読んでも読んでも小池真理子の作品は読み尽くせない。次々と作品を発表する量産作家だから。しかもその殆どが長篇ときている。不謹慎な言い方だが、作家が死なない限り、恐らく小池作品を読み尽くすことはできないだろう。
さて、本作は「死」がキーワードになっている。愛する者を同じ不慮の事故によって失った男女。二人はそれぞれの死を接点として知り合い、惹かれあい、やがて男女の関係に陥るのだが、肉体的に深く結ばれる二人の間には常に〈喪失〉の気配が漂い、〈再生〉の匂いは感じられない。お互いに障害がない二人なのに、再び人を愛し前向きに生きていく希望が微塵も感じられない。
しかし二人は、単に孤独を埋めるためにだけ濃密なセックスに溺れているのではない。ひと目を忍ぶように二人で平戸を旅するシーンは、死を肯定する気は毛頭ないが、“その”選択を否定する気にはなれない。「失楽園」なみの性描写が目立つが、単なる「情事小説」とは一線を画し、愛(性)と生について、男女の結びつきや精神世界についての考察を強いられる作品だ。 |
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ツ、イ、ラ、ク
【角川書店】
姫野カオルコ
定価 1,890円(税込)
2003/10
ISBN-4048734938 |
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評価:★
○ |
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くつしたをかくせ!
【光文社】
乙一
定価 1,260円(税込)
2003/11
ISBN-433492414X |
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評価:C
クリスマスと切っても切り離せないサンタクロースはその昔、人々に畏怖される存在だったのか? 母親から聞かされた話と違うじゃないか…。
子供に読み聞かせるための童話やおとぎ話といった絵本には、教訓が一杯つまっていた。わかりやすい物語はメリハリがつき、善悪の基準が明確で、純粋に人を信じる事の尊さを教え、子供たちに夢を与えてきた。それが絵本の担う役割だったはずだ…しかし。
人気作家、乙一によるこの絵本は、子供が被害者にも加害者にもなっている現在、自分以外は誰も信じるな!疑ってかかれ!が教訓のようだ。サンタクロースは危険な存在と大人に教えられた子供達は、自分以外の人間に悟られないようにクツ下を巧みに隠す。危険な時代の〈危機管理〉を子供達に教えるのが、現代の絵本の役割とみた。そういう点では出版史上エポックメーキング(?)な絵本の出現かな。
でもサンタは来ちゃったんだよねー。どうやってクツ下の中にプレゼントを入れたのだろう。まるでルパン三世なみの偉業じゃないか。ところで中身は何だろう? あけたらドカーンなんてね…。 |
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ZOKU
【光文社】
森博嗣
定価 1,575円(税込)
2003/10
ISBN-4334924085 |
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評価:C
初めて読む作家の作品に接する時、ある種の緊張を覚える。他の作品をしらないので作風が徹底しているのか、都度様々な作風を意欲的に試みているのか、ユーモアが元々のものなのか作為的なものなのか、不明だからだ。本作は、面白いのかそうでないのか判断に困った。
劇画の世界に登場してくるような人物設定はクスクス笑え、断片的なエピソードや交わされる会話は面白いのだが、全体的な話の繋がりが巧くいっておらず、沢山登場してくる割には人物たちのエピソードが後に活きていない。ならばそんなに登場させる必要があったのだろうかと思ってしまう。
単にいたずらして世間を恐がらせることに興奮を覚える「ZOKU」とそれを阻止する「TAI」の対決を描いた物語だが、双方の〈存在意義〉が不明確なので理解不可能。それなりの〈信念〉に基づいた組織なら説得力が感じられ感情移入もできるが、〈目的〉も定かではない。軽さが売りの読み物だけに気負わずサラリと読んだ方が楽しめるかも。 |
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アヒルと鴨のコインロッカー
【東京創元社】
伊坂幸太郎
定価 1,575円(税込)
2003/11
ISBN-4488017002 |
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評価:B
法学部一年生の椎名が語る「現在」と琴美が語る「二年前」の物語が交互に進行し、やがて我々は「河崎」という男が双方に接点をもっていることに気づかされる。何故、「広辞苑」を盗むためだけに「河崎」は椎名を唆しモデルガン片手に本屋を襲撃したのか。首を傾げながらもその真相がぼんやりと浮かびあがってくる時、そう言えば伊坂幸太郎は「重力ピエロ」でも同じテーマを扱っていたことを思い出す。
構成の妙に唸らされる。うう〜ん、なんという小説上の詐術。が、我々の周囲には実にこの手の〈思い違い〉が氾濫していないか。最初に頭に刷り込まれた〈情報〉は特別な点を除けば、そう思い込んでしまうものだ。ヤラれた!
本作はスバラシイ愛と友情で結ばれた〈三人のある男女の物語〉が核となっている。適度に距離をとった希薄なようで、性差や国籍をこえた濃密な絆で結ばれた三人の…。しかし、ブータンの儀式のように「神様を閉じ込め」たって犯した罪を贖うことはできない。この世には確かに〈罪〉が多く存在するが、だからこそ〈赦す〉受け皿も必要なのだ。しみじみとそう思った。 |
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天使と悪魔(上・下)
【角川書店】
ダン・ブラウン
定価 (各)1,890円(税込)
2003/10
(上)ISBN-4047914568
(下)ISBN-4047914576 |
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評価:★
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文学刑事サーズデイ・ネクスト1
【ソニー・マガジンズ】
ジャスパー・フォード
定価 1,890円(税込)
2003/10
ISBN-4789721388 |
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評価:★
○ |
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