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松井 ゆかりの<<書評>>


誰か―somebody
誰か―somebody
【実業之日本社】
宮部みゆき
定価 1,600円(税込)
2003/11
ISBN-4408534498
評価:B
 一気に読んだ。同時代に生きて宮部みゆきの本を読むことができるしあわせをかみしめる。
 宮部さんの作品が、謎解きそのものに重点を置いて書くというより、その事件に関わる人間の心情を描き切るというところに真価があることは論を俟たないと思うが、本書においてもその魅力はいかんなく発揮されている。「誰か」の発端は、自転車による轢き逃げがもたらしたひとりの男の死。そこから、被害者の娘たちや、あるきっかけから事件について調べることになる主人公など、登場人物たちが抱える心の揺れがくっきりと描かれていく。
 人間は完全な存在ではない。宮部作品を読むたび、そう思う。みな、やさしさゆえに傷つけあったり、心ならずもひどい言葉を投げつけてしまったり。でも「それでもいいんだよ、時にはそんなこともあるんだよ」と力づけられる気がする。
 いまさら私が言うまでもないことだが、宮部さんはすごい作家だ。何よりもその温かい視点が。

辰巳屋疑獄
辰巳屋疑獄
【筑摩書房】
松井今朝子
定価 1,680円(税込)
2003/11
ISBN-4480803734
評価:C
 亡くなった父は本を読むのを好んだが、読書の傾向は私とはまったく異なるものであった。好きな作家のベストスリーは、西村寿行・勝目梓・大薮春彦。ある意味一点の曇りもないラインナップと言えよう。そんな父娘をかろうじて(読書に関して)結びつけていたのが、時代小説というジャンルだった。
 さてこの「辰巳屋疑獄」、帯を見て大岡越前(加藤剛さま!)が活躍する話なのかと思って読み始めたのに、ちょっとしか出番がなくてがっかり。伊織先生(竹脇無我さま!)も出てこなかったし(まあ、それはしかたないか)。
 主人公元助は、気の利いた話のひとつもできない実直そのものの人物として描かれている。主人である吉兵衛の聡いキャラクターを際立たせるためかと思うが、「ここで進言せんか、元助!」としばしば歯がゆい気持ちにさせられた。まあ、そんな風に登場人物たちが類型的なのもお約束という感じで、時代劇好きな方にはおすすめ。

号泣する準備はできていた
号泣する準備はできていた
【新潮社】
江國香織
定価 1,470円(税込)
2003/11
ISBN-4103808063
評価:B
 江國香織さんの書かれるものはよく読んでいるが、いつもほんの少し気が重くなる。「主人公がもっと素直になればいいのに」とか「こんな男に夢中になってないで頭を冷やせばいいのに」とかのダイレクトな感想による場合ももちろんあるのだが、それだけではない。どちらかというと、登場人物たちがふとした瞬間にみせる頑なな言動や行動に対して感じるものだ。
 例えば、「熱帯夜」の主人公千花は、自分が相手をどれほど深く愛しているかを伝えようとして、自分たちふたり以外の人間が死んでしまえばいいと言う。「私たちの親兄弟も、友だちも、陽子ちゃんも、ここのマスターも、あっちに坐ってるお客さんも、浅井家一家も、みんな」。こういう言い方をする人ってちょっと苦手だなと思ってしまう。
 江國作品の主人公たち(エッセイにおいては江國さんご本人)は、「これだけはゆずれない」という芯のようなものを持つ点で、みな似通っているように思われる。その頑なさに触れるたび、かすかに眉根が寄るのだけれども、結局また江國さんの本を手に取ってしまう。結局好きなんですよね。

瑠璃の海
瑠璃の海
【集英社】
小池真理子
定価 1,785円(税込)
2003/10
ISBN-4087746623
評価:C
 私も結婚して10年になる身なのだが、小池真理子さんが描く人妻像とはかけ離れている。冥王星くらい遠い。まして著者ご本人とは。才能と美貌を兼ね備えた恋愛小説家(おまけに夫は藤田宜永氏)。小池さんを女性のスタンダードとすることになったら、私は男に分類されるかもしれない。
 このように常に畏敬の念を抱きつつ小池作品に接してきたが、「瑠璃の海」にはストレートに心に響くものがあった。
 やはり文章の美しさに感銘を受けたのか、と思う。読みやすい文章、わかりやすい文章、おもしろい文章などいろいろあるが、美しい文章だなと意識させられることはそうない。
 それでも、この結末を肯定する気にはなれなかった。バス事故が原因で愛する家族を失い、皮肉にもそれによって結ばれた主人公たちのとった行動を、なんとか理解することはできても、受け入れることはできなかった。かなしい。

ツ、イ、ラ、ク
ツ、イ、ラ、ク
【角川書店】
姫野カオルコ
定価 1,890円(税込)
2003/10
ISBN-4048734938
評価:A
 この小説に関するいくつかの評などを読む限り、主人公の若さが話題になっているようだが、私にはそれほど瞠目すべきこととは思えなかった。描かれているのが“中学生の恋愛”ではなく、“中学生の性愛”とみなされるものだったからだろうか。確かに自分が14歳のときに、主人公隼子のような行動をとることは考えられなかったとは思う。しかし、14歳の自分は子どもだったが、同時に驚くほど現在と変わらない面もある。隼子とは誰にとっても、“こうなっていたかもしれない自分”の姿なのではないか。
 帯に「本年度最強の恋愛文学」とあるが、実際この小説にふさわしい称号だと思う。姫野カオルコさんが身を削るようにして書いたのだろうと想像される力作だ。残念ながら好きな作品とは言い切れない(先生と生徒の恋愛というのにあまり興味が持てない、河村の教師としての苦悩があまり読みとれない、最終章みたいな偶然ってあるのだろうかと疑問に思う、などの理由で)が、隼子の心の動きを描き切った姫野さんの筆力に脱帽する。

くつしたをかくせ!
くつしたをかくせ!
【光文社】
乙一
定価 1,260円(税込)
2003/11
ISBN-433492414X
評価:B
 「乙一」という作家名と「衝撃」という語は、いまやセットになっている感があるが、この絵本もまぎれもなく「衝撃の乙一体験」だった。
 以前、乙一さんがTV番組に出演されているのを見たことがある。手に汗握る、という言い回しを身をもって実感した瞬間だった。芸能人でなくとも器用にしゃべりをこなす人々が多い中、めったにお目にかかれないような独特の間、そして語り口。つつがなく放送終了となるのだろうかということにばかり気を取られ、話の内容はほとんど記憶に残っていない。乙一くんに文章を書く才能があって、ほんとによかった(まっとうな勤め人としての彼の姿は、まったく想像できない)。おかげで我々読者は、天才が生み出す非凡な作品の数々を堪能することができるわけだ。
 率直に言って、「くつしたをかくせ!」に“乙一著”という売りがなかったら、果たして話題になっただろうかと思わないでもない。しかし、絵もきれいだし絵本としては悪くない。質問攻めにあうのを覚悟で(「なんでサンタが悪者扱いされてんのー?」とか)、子どもらに読んでやろうか。

ZOKU
ZOKU
【光文社】
森博嗣
定価 1,575円(税込)
2003/10
ISBN-4334924085
評価:A
 大笑い。小説版“「タイムボカン」シリーズ”とでも言おうか(古。でも「今月のイチオシ」コーナーで大森望さんも書いておられましたね。私の脳内では、ZOKUのナンバー2であるロミ・品川の勇姿は自動的にドロンジョ様に変換されてました)。なんでここだけ哲学めいた台詞?という感じで幕を閉じる結末まで、全編超おかしい。 こういう会社で働きたいなあ。TAIでもZOKUでもいいや。ロミ・品川が憤っていたように、ギャル偏重主義が随所に見られるのが少々気になるが。
 最後に、恥を忍んでみなさまにご忠告を。この本の作者森博嗣さんを、森巣博さんだと思い込んでました。「あ、賭博小説の人だっけ」と勘違いしてしまい、いつギャンブルの話になるんだろうと思いつつ読み進んだのだが、結局最後まで気づかず。どうぞお間違えなきよう(そんな人はいないのか)。

アヒルと鴨のコインロッカー
アヒルと鴨のコインロッカー
【東京創元社】
伊坂幸太郎
定価 1,575円(税込)
2003/11
ISBN-4488017002
評価:A
 不意打ち。こんなオチが待っていたとは。伊坂幸太郎さんの本を読むのはこれが初めてなのだが、斬新な作風が評判だということは聞いていた。でも、ミステリーとしての意外性ももちろん驚きだけど、こんなに切ないストーリーだなんて予想してなかったもの。
 何を行ってもネタバレになってしまうのかもしれないが、これくらいはいいでしょうか(「自分にはどんな手がかりも不要!」と思われる方は、念には念を入れてこの先はお読みにならないでくださいませ。全然オッケーだとは思うけど)。今年度ミステリー界のスマッシュヒットである歌野晶午著「葉桜の季節に君を想うということ」となんか似てるな、と思いながら読んでいたら、ある相似点あり。でも予感そのものは当たれど、着眼点は大外れ。みなさんにも気持ちよく引っかかっていただきたい。
 複数の話が並行して進み、最後に全貌が明らかになる、という構成自体は最近あまり珍しくない気がするが、登場人物たちの感情がシンクロしたり、同じ台詞が別人の口から語られたりして、「いったい何が起こっているんだ!?」と興味がいや増す。人物描写や会話なども冴えていてお見事!

天使と悪魔
天使と悪魔(上・下)
【角川書店】
ダン・ブラウン
定価 (各)1,890円(税込)
2003/10
(上)ISBN-4047914568
(下)ISBN-4047914576
評価:B
 看板(帯)に偽りなし。「怒濤の徹夜本!」「ページを繰る手が止まらない」などなど…。私ももっと若かったら、そして次の日夫のお弁当を作らないのだったら、思いっきり夜更かししたかも。トム・クランシーやマイケル・クライトンなどが引き合いに出されているようだが、トマス・ハリスにいちばん近い気がした。より大衆的、というか超訳っぽいが。
 「反物質」「イルミナティ」「フリーメイソン」「コンクラーベ」「カメルレンゴ」といった、自分の日常生活とはおよそ何の接点もなさそうな単語がてんこ盛りであるにもかかわらず、どんどん読めてしまう。少々強引な筋運びのような気もするが、読んでいる間はほとんどまったく気にならない。エンターテインメントに徹した、娯楽としての読書の醍醐味を味わわせてくれる一冊。

文学刑事サーズデイ・ネクスト1
文学刑事サーズデイ・ネクスト1
【ソニー・マガジンズ】
ジャスパー・フォード
定価 1,890円(税込)
2003/10
ISBN-4789721388
評価:A
 最高!英文学については、学生時代の授業でやむなく覚えさせられた程度の知識しか持ち合わせていないが、この本を読むにあたってはけっこう役に立った。「勉強はしておけ」という教訓だろうか。
 登場人物が他の小説世界に入ってしまう設定について言えば、氷室冴子著「シンデレラ迷宮」(続刊あり)という佳作もある。自分の内に閉じこもる少女が愛読する小説の中に迷い込む、という物語だ。何人か登場する小説世界のヒロインたちの中でも、少女がとりわけ愛情を抱いていたのがジェイン・エアだった。
「文学刑事サーズデイ・ネクスト1」においても、原題("The Eyre Affair")が示すように「ジェイン・エア」は重要な意味を持つ作品となっている。サーズデイの宿敵があまり人気のない小説に侵入し、その結果ストーリーに変化が起きるのだが、読者からの反響はほとんどない。しかし、それが「ジェイン・エア」で起こったとなれば話は別。事件直後から国中が上を下への大騒ぎとなるのだ。イギリスと日本どちらの国においても、愛されている小説ということだろう。うーん、私はジェイン嬢のようにユーモアのかけらもなさそうな主人公って、ちょっと苦手だけどな。