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三浦 英崇の<<書評>>


ニシノユキヒコの恋と冒険
ニシノユキヒコの恋と冒険
【新潮社】
川上弘美
定価 1,470円(税込)
2003/11
ISBN-4104412031
評価:C
 人の呼び名は、状況に応じてさまざまに変わります。私自身も「君」づけだったり「さん」付けだったり、呼び捨てにされる場合でも、苗字で呼ばれたり、名前で呼ばれたり。呼び名というのは、自分と相手との間の距離を示す指標なんだな、という、ごく当たり前のことを、この作品を読んで、改めて考えてみました。
「ニシノユキヒコ」という男と、一生の間に出会ったさまざまな女性たちが、彼を思い出して語る、という形を取るこの連作の中で、彼女達自身の中での彼の位置を示すかのように、呼び名が変わってゆきます。
 でも、呼び名が変わっても、彼と彼女達の間は、常に同じような経過をたどり、やがて終焉を迎えているようにみえます。それは、彼女達から見た彼の位置がそれぞれ異なっているように見えるけど、実は、彼自身の位置は常に全く変わらないまま、彼女達が彼の周りに同心円を描いているだけだからなのかもしれません。
 綺麗に並んだ、人生の年輪。

神は沈黙せず
神は沈黙せず
【角川書店】
山本弘
定価 1,995円(税込)
2003/10
ISBN-4048734792
評価:A
 真実を求めることは、必ずしも幸福に繋がるものではない。真実を見い出してしまったがために、かえって不幸になることだってある。しかし、それでも、真実を見い出さずにはいられない……それって、名探偵が背負ってしまう、哀しい性なんじゃないだろうか。
 このSF大作は、まるで本格ミステリのような雰囲気を漂わせています。「犯人」は最初から分かっています。「神」です。この作品は、我々が「神」と呼んでいる存在の、数千年にわたる犯行を追いかけた記録なのです。UFO、宇宙人、空から降ってくる異物、妖精、スプーン曲げ、幽霊……数々の超常現象が、その「証拠」です。分かっていないのは、ただ一つ――「動機」です。「神」は、いったいどういうつもりで、こんなことをするのか?
 隙なく積み重ねられた論理の果てに見い出された「神」の動機は、絶望と、ほんの少しの希望を示してくれました。私も、幸福よりは、真実を選ぶ人間でありたいです。

失はれる物語
失はれる物語
【角川書店】
乙一
定価 1,575円(税込)
2003/12
ISBN-4048735004
評価:A
 仲間と楽しく談笑している最中、ふと、一人だけ場から浮いてしまって、皆と別れて以後も、その時感じた疎外感や違和感を抱えっぱなしになること、ありませんか? 単なる自意識過剰か被害妄想と片付けるのは易しいですが、抱える当人にとっては、相当辛いものです。
 この一連の作品群の中にしばしば見い出されるのは、そういった、一人で抱え込みがちな寂しさなんじゃないか、と思うのです。人に構ってもらいたいけど、自分から言い出して拒絶されるのが怖い。そんな思いを繰り返すうち、屈託なく人と付き合うことができなくなっていった登場人物たち。彼らに救いをもたらすのは、例えば、頭の中に鳴り響く想像の携帯電話であったり、殺されてしまった、自分の部屋のかつての住人だったりします。
 もたらされたものをきっかけとして、新たな一歩を踏み出してゆく彼らの姿は、なかなかそうはなれない自分を顧みると、とてもまぶしいです。

男坂
男坂
【文藝春秋】
志水辰夫
定価 1,600円(税込)
2003/12
ISBN-416322470X
評価:C
 2ヶ月前の課題図書「根府川へ」(岡本敬三)が、人生の黄昏時を目の前にして、ある種の諦観に達した男たちの姿を描いているのに対し、この作品群の男たちは、似たような年格好なのに、随分と往生際が悪いように見えます。遠い昔に犯した罪や、捨てたはずの故郷、挫折した過去。さまざまなものに追われるかのように生きてきた男たちの夕暮れは、諦観の境地からは程遠いものです。
 とは言え、枯れているからいい、枯れてないから悪い、なんていう判断は、他者が外から見ただけの上っ面に過ぎない訳で、当人たちにとってみれば大きなお世話です。「根府川へ」の人たちも、この作品群の人たちも、作品内で与えられた人生を存分に生きた結果、それぞれの岐路に立たされているんですし。
 この作品群だけでも、人生の機微は十分満喫できますが、ためしに「根府川へ」と対比して読んでみたりすると、より奥深い読書になるかと思います。

希望
希望
【文藝春秋】
永井するみ
定価 2,520円(税込)
2003/12
ISBN-4163224505
評価:B
 老女を丸坊主にし「たいへんよくできました」とスタンプを押す連続殺人犯は、14歳の少年だった。
 現実の事件を想起せざるを得ないプロローグから5年。決して癒えないだろう心の傷を負いつつも、なお傷の回復を模索する、加害者側、被害者側の人々。彼らを決して放っておかないマスコミと、彼らが与える情報を渇望する世間。
「最後には何が起きてしまうのか?」という、いささか不謹慎な期待を抱いて読み進めていた自分の姿が、ふと、マスコミの餌に嬉々として飛びつく無責任な輩と重なった時、戦慄を覚えました。それだけ、作者のストーリーテリングが巧みだということでもありますが。
「誰しも心の中に抱えている闇」に原因を見い出すという、安易な解決に逃げることなく、加害者側と被害者側、それを囲む人々の心の問題に正面から挑む作者の姿勢に、感銘を受けました。半端な気持ちで読むと、自己の醜さに気付いて痛い目に遭う、そんな作品です。

レインレイン・ボウ
レインレイン・ボウ
【集英社】
加納朋子
定価 1,785円(税込)
2003/11
ISBN-4087746755
評価:B
 親族の死には幾度か立ち会ったことがあるけれども、まだ、幸いに学生時代の友人達の死を知らされたことはないです。とは言え、この作品群のそれぞれの主人公たちの気持ちは、痛いほどよく分かります。
 十代後半に築いた人間関係は、一生ものです。ふだんは忘れていても、ふとした時に急に記憶の底から甦ってきて、もう見た目は十分いい大人になっちゃっている私を「俺」に引き戻します。そんな記憶の中で、元気に動き回ってる友達が、もう既にどこにもいない、と知らされたとしたら、私はその死をちゃんと受け止めることができるんだろうか。
 高校時代のソフトボール部の一員で、誰からも愛されていた知寿子の死の報を聞き、かつてのチームメイト達が、各々の現在の人生との関わりを考え、立ち止まり、振り返り、そして、再び動き出す。彼女達の、ちゃんとした受け止め方に心洗われ、限りある命だからこそ悔いなく生きたいなあ、と素直に思える作品でした。

あの橋の向こうに
あの橋の向こうに
【実業之日本社】
戸梶圭太
定価 1,575円(税込)
2003/12
ISBN-4408534501
評価:D
 ボードゲームを割と長いこと楽しんできて、つくづく思い知らされる真理。それは「一発逆転は、偶然では絶対に起こらない」ってことです。打つ手を誤らない。何となく、こうかな、で安い思いつきの手を打たない。持てる知力を限界まで使う。手を突きつめること無しに、一発逆転なんてあり得ないのです。人生も、また然り。
 主人公・芳美は、吹けば飛ぶよな、ひと山いくらの安いOLです。自分のあまりの安さに気付いたところまではいいのですが、そこから先が問題で……先ほどのボードゲーマーのたとえで言うなら、打つ手が安く、思いつきでしかない。偶然捕まえた素敵な男とのセックスに逃避したところで、それが解決に結びつく訳もなく、更なる安い手を打って、ダメなスパイラルに落ち込んでゆく……つまるところ、他力本願で一発逆転を狙うから、満足できないんだって。
 これほど共感できない主人公ってのも珍しいなあ。最初から最後までとても不快でした。

指を切る女
指を切る女
【講談社】
池永陽
定価 1,680円(税込)
2003/12
ISBN-4062121441
評価:C
 人間関係、特に男女の関係というものは、しばしば複雑怪奇で、理屈じゃ割り切れないような展開になりがちです。私なんぞは、実体験で学んだ訳じゃなくて、もっぱら活字で知ってきた人間ではありますが、別段、経験したくないです。特に、この作品群の主人公たちのような、情念の濃いめな女性たちを相手には。
 表題作からして「指を切る女」ですよ。自分の指、包丁で切りませんて普通は。確かに、指を切るに至った事情については、頭で理解できなくはないけど。理解できただけで、実際目の前で指を切られた日には、もう怖いの通り越して謝るしかないじゃないですか。
 他の3編についても、主人公は皆、一見ふつうだけど、実は「どうして私を愛してくれないのッ!」と迫ってくるような勢いがあって……正直、人に愛されることが、こんなにも恐怖を伴うものだとは思いませんでした。「娘道成寺」の、清姫に魅入られた安珍になった気分です。

アンジェラの祈り
アンジェラの祈り
【新潮社】
フランク・マコート
定価 2,940円(税込)
2003/11
ISBN-4105900366
評価:E
 自伝を書こうとする場合に陥りやすい、二つのあやまちについて考えてみます。
 一つは美化。都合の悪いことは隠し、都合のいいことは極力持ち上げて書く傾向です。もう一つは羅列。とにかく自分の経験した事象について、時系列を順に追えばそれで事足れりとする姿勢です。この作品の場合、前者のあやまちは犯していない分、好感が持てますが、難点は後者にあります。
 夢を抱いてアメリカに渡ってきたものの、人種差別、宗教差別、階級差別、学歴差別――さまざまな偏見と蔑視にさらされるフランクが、困難をはねのけ、ひとり立ちしてゆく。彼の人生そのものについて、それなりに平和な日本でぬくぬくと生きている私が云々する資格はないです。しかし、それを語る筆致の拙さ――事象と感情の整理が十分についていない、など――が、読者の感情移入を阻害している点については、もう少し何とかならなかったのか、と思います。
 正直、読むのに疲れました。

シャッター・アイランド
シャッター・アイランド
【早川書房】
デニス・ルヘイン
定価 1,995円(税込)
2003/12
ISBN-4152085339
評価:C
 この作品は、結末が袋綴じになっています。で、その袋綴じを開くまでの評価は、正直あまり芳しいものではありませんでした。
 精神を病んだ囚人達を収容する病院のある島で患者が行方不明になったため、連邦保安官・テディが島に渡るオープニングから、袋綴じ直前まで、訳文がいま一つしっくりこなくて、どうも物語に乗り切れなかったのです。荒涼たるシャッター・アイランドに禍々しく立つ病院の姿が、映像として浮かんでこない。こりゃ、ダメかも……と、思ったところがっ!
 袋綴じをじょきじょき切って、中身を読み終えた時、イメージをうまく頭の中に描かせないことさえ、実は作者の(あるいは訳者の)手だったのではないか、と思い当たったのです。実は、帯の文句を見た時、その可能性も当然考えてはいたのですが……負け犬の遠吠えっぽいですね。ああもう、これ以上書けないですよこの作品は。ひとまず、袋綴じ前まででめげないようにしましょうね。