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桑島 まさきの<<書評>>


男性誌探訪
男性誌探訪
【朝日新聞社】
斎藤美奈子
定価 1,470円(税込)
2003/12
ISBN-4022578815
評価:AA
 女性学論「モダンガール論」もそうだが、気鋭の文芸評論家・斎藤美奈子の作品は、どれも膨大な研究資料に基づいている。本作だって安易に男性誌を論じてはいない。気の遠くなるようなバックナンバーを検分し、独特の視点でバシリときっていく。その爽快さ!鋭い感性による正鵠を射た論文は、「読まれる」ための平易な文章で書かれ、畳み掛けるように論証し、“ネエ、これでわかったでしょ!”といっているような親近感を覚える。言うまでもなく対象を読者においていて、決して同業のおエラい先生方に向けているのではないので実にわかりやすく楽しい。
 社会学の分野で女性誌研究は進んでいるが男性誌研究はほとんど見当たらないそうだが、そもそも「女性学」なる学問はフェミニストたちの懸命な努力によって市民権を得たが、「男性学」なる学問は誕生していないに等しい。男性優位主義(だった)社会ではその必要がなかったからだ。女性誌研究は「女性学」することだし、男性誌研究は「男性学」することだ。著者のスゴさは未開の分野に取り組むことだろう。

新・地底旅行
新・地底旅行
【朝日新聞社】
奥泉光
定価 1,995円(税込)
2004/1
ISBN-4022578920
評価:A
 長ったらしい旅行記を日記風に読まされると退屈だが、この旅行記は「ジュラシック・パーク」などに代表されるSFアドベンチャー・ファンタジー・ムービーを見ているようにワクワクして面白い。時代設定は明治。各界の著名な登場人物たちの〈野々村鷺舟〉や〈水島鶏月〉というネーミングもイイし、同時代的に高浜虚子を登場させるなど、時代の匂いプンプン香りたつ明治ロマンもの。衒学的なやりとりばかりで、いざとなると根性ナシ、痴話ゲンカばかり繰り返す男たちに比べ、ズーズー弁のサトの肝のすわった逞しさや、都美子嬢の典雅な冷静さの何と際立つことか。
 ところで地底旅行とは、富士山の洞穴から地球の中心へ向かうという途方もない旅。花魁とかげ、巨龍、わに、有尾人、光る猫、豚の大群など出るわ出るわの大騒動。光る猫とは会話が成立するし、雷に打たれた都美子嬢は発光体となるし、物理、化学に弱い私にはチンプンカンプン。しかし、これだけの要素をふんだんに盛り込み料理する著者の分析的知性に敬意を表したい。巧妙な語り口によってズルズル地底旅行に同行させられた。

太陽の塔
太陽の塔
【新潮社】
森見登美彦
定価 1,365円(税込)
2003/12
ISBN-410464501X
評価:B
 独特な思い込みの中に生きるナルシスト京大生の告白体による青春小説だ。序盤は〈誇り高い男〉〈世界史に残る偉業を為そうとしている人間〉という表現がイヤミに感じ“なんじゃこりゃ”と思ったが、〈書き手〉=〈主人公〉は「我々の日常の大半は、そのように豊かで過酷な妄想によって成り立っていた」と書いているので安心して読めるようになる。ご都合主義的解釈にいつしか慣れてしまい、計算の上なのか元々そーいう人なのかその曖昧さが魅力になり“ええじゃないか”という気分になっているから不思議。
 クリスマスの賑わいを〈クリスマスファシズム〉とよび、別れた彼女をつけまわす行為を〈研究〉とよぶ主人公は、最後に少しだけ涙をみせる。型にはまった幸福を満喫したいと思い彼女とクリスマスを過ごした数年前、主人公は手痛い仕打ちを受ける。つまり、主人公はこの日からクリスマスを嫌いヒガんでいるのだ。純粋!それから主人公は恋の痛手を克服するためセンチメンタリズムとの壮絶な戦いの日々を送る。そうか、これは自尊心をめぐる物語なのだとわかり、主人公がかなり気に入ってしまった。

笑う招き猫
笑う招き猫
【集英社】
山本幸久
定価 1,575円(税込)
2004/1
ISBN-408774681X
評価:B
 昔、田舎から上京して学業や夢の達成にいそしむ若者たちは概して、皆ビンボーだった。アパートには電話ナシ、風呂ナシ、便所は共有なんてのは至極トーゼン、親から送られてくる仕送りはすぐに使い果たし、いつも腹をすかし、てな具合に。携帯電話やパソコンを持って当たり前の現代の若者たちは知らないだろうが。でも、ビンボーでも心は豊かだったと答える人たちはきっと多いだろう。夢があったから…。 本作は、かつてそうだったと思う人の郷愁を誘う作品だ。ヒトミとアカコ。駆け出しの漫才コンビが、芸の世界の厳しさや俗っぽさにもまれながら突っ走っていく。時に衝突し、泣いて笑って又なか直り。羨むばかりの女の友情。しっかりと結ばれた絆。最高のコンビ。結婚だけが女の幸福ではない。たとえビンボーでもパッとした活動はできなくても“あなたの愛よりお客の笑い それがあたしのしあわせなのよ”と歌う二人の青春、しっかり堪能させてもらった。

図書館の神様
図書館の神様
【マガジンハウス】
瀬尾まいこ
定価 1,260円(税込)
2003/12
ISBN-4838714467
評価:B
 軽快な文章で爽やかな印象を残す。
 思いもよらず学生時代のクラブメイトを死なせる原因を作ったこと、不倫相手の妻に子供ができたことで“裏切られた”と思うこと、は自分のせいだろうか。自分が「正しく」ないからだろうか? 世の中には「正しい」とか「正しくない」では割り切れない事が多々ある。そんな想いを引きずりながら〈都会の少女〉から〈田舎の女〉へと転身した主人公の青春は、仕方なく引き受けた文芸部顧問になったことで、人生に折り合いをつけていく。
 部員一人、廃部寸前の文芸部で、部長の垣内君との交流が味わい深く淡々と語られる。主人公よりも達観したオトナの垣内君のキャラに惹かれる。二人でせっせと「朝練」と称し図書館の本の整理をし、その後グラウンドを走るシーンなんか、その心地よい達成感を思うとメロメロ。これぞ青春だ! 期せずして〈青春〉を降りなければいけなかった主人公は、海辺の田舎の高校で再び青春を生き再生していくのだ。“文学は僕の五感を刺激しまくった”という垣内君のスピーチも感動に値する。いい出会いは感動を運んでくるものだ。

ヘビイチゴ・サナトリウム
ヘビイチゴ・サナトリウム
【東京創元社】
ほしおさなえ
定価 1,575円(税込)
2003/12
ISBN-4488017010
評価:AA
 中高一貫教育の女子高の美術部員たちが主な登場人物。高校三年生から中学一年生まで五歳の開きがある。大人の階段を登りつつある思春期の少女たちにとって一年という開きは、実に大きい…。
「死」に“魅せられた”というより生きる(=大人になる)ためにイノセンスを失うことを拒絶した少女たちの複雑な感情が、錯綜した関係性によって、「死」をよび込んでいく。その感情は体育会系ギャルだった私にはしっくりこない。思春期特有の少女たちのみずみずしい感情は懐かしく感じはするが、反面、その時期特有なカミソリの刃のように鋭利で、薄いガラスのように脆く、危うい感性にハラハラした。
 海生と双葉による謎解きと、殺された教師の同僚である高柳による謎解き…つまり、大人と子供という二つの視点によって靄のかかった事件の真相が解明されていく。境界線の「あちら側」にいってしまった大人の高柳に、忘れてしまった視点を、「こちら側」にいる少女二人が補完していく。
 著者初のミステリーは、詩人特有の言語感覚というよりも、感覚的にミステリアス!

黒冷水
黒冷水
【河出書房新社】
羽田圭介
定価 1,365円(税込)
2003/11
ISBN-4309015891
評価:C
 衝撃的な作品だ。家族との〈確執〉は古今東西、文学のモチーフとされてきたが、ここまで実の兄と弟が自分の「優位性」をめぐって、陰湿に、執拗に、互いを憎悪しあうとは…。17歳で文藝賞を受賞した著者の受賞作だが、序盤、高校生の兄と中学生の弟の稚拙な精神の在りようを、その時期を通過した私にとっては懐かしさを感じるものの、かなり居心地悪く読んだ。一気に読ませる筆力は憎悪によるものか。
 ところで本作は、〈完〉の後にまだ物語は続き、〈兄〉=〈書き手〉であり、〈書き手〉が本作を書いた理由、率直な感想が書かれている。つまり、突如〈フィクション〉の形をとった〈ノンフィクション〉だと知らされるのだ。
「home」というドキュメンター映画がある。引きこもりの兄が家族にもたらす暗い影を弟である映画監督・小林貴裕がカメラに収めた。幸いにも結末は救いのある未来を予感させたが、本作にもそれを期待したい。そうでなければ「小説」という形をとって家族の暗部を世間に晒した著者の労苦は報われないだろうから。

不思議のひと触れ
不思議のひと触れ
【河出書房新社】
シオドア・スタージョン
定価 1,995円(税込)
2003/12
ISBN-4309621821
評価:B
 幻想、ファンタジー、怪奇(ホラー)、SF、などの要素を多すぎず少なすぎず取り入れた不思議な味わいのある短編集だ。〈アメリカ文学史上最高の短編作家〉とよばれたシオドア・スタージョンは、85年、67歳の人生の幕を閉じるまでに多くの職を転々とし実生活でも結婚・離婚を繰り返した。実生活の体験がそのまま文学に活きるのは、量産を余儀なくされるマンガや短編の分野だ。商業主義に走る出版界にあっては“書け”なければ評価されない。本短編集は、生きること=小説を書くこととして、小説をひたすら書きつづけたスタージョンの小説家としての試行錯誤の跡がうかがえる。常に新しいジャンルに挑戦していったと思われる多大な試みが。
 表題作「不思議のひと触れ」は、幻想的な中にチラリと人生の真実を示唆しているが、すぐにそれに近づくのは難しいだろう。短かい中で起承転結のハッキリしたオチのついた短編とは違うので再読をお薦めする。すると主人公が言うように「ホンモノを生きる」ことができるかもしれない。

廃墟の歌声
廃墟の歌声
【晶文社】
ジェラルド・カーシュ
定価 1,890円(税込)
2003/11
ISBN-4794927398
評価:B
 “物語の天才”イギリスの小説家、ジェラルド・カーシュの短編集。みなアメージングストーリーばかりだ。「世にも不思議な物語」ではタモリがミステリーへの案内人だが、本作では書き手自身と思われる人物が異界へと誘う。
 ともかく物語の題材となる教養とイマジネーションは読者の好奇心を刺激する。“ありえない”と思いながらズルズル引き込まれてしまうのは、著者が“ありえる”ように帳尻をあわせているからであり、小説を書く上での碩学な知識を熟知し理解しつくているからだ。いや、案外したり顔で読者を異界へ案内しておいて、後はしらなーい、とばかりのペテンかも。それでも面白ければ文句はない。
 子供の頃から作家を志していたカーシュは、あまたの職歴につくがそれら(レスラー、フランス語教師、ナイトクラブの用心棒、パン屋など)に全く一貫性がないことから、体験主義(?)作家といえるだろう。「異色作家」という名誉と引き換えに、ボロボロになるまで書きつづけ57歳で人生を終えた作家の作品はフツーを逸脱したい人にお薦め。