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勝手に目利き
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松井 ゆかりの<<書評>>


男性誌探訪
男性誌探訪
【朝日新聞社】
斎藤美奈子
定価 1,470円(税込)
2003/12
ISBN-4022578815
評価:A
 きゃー、美奈子さんすてきー、と字面だけ見ると女子高生のようなノリで、私は斎藤さんをお慕いしている。文芸評論というものが読み物としてもおもしろいとは、斎藤さんの文章を読むまで知らなかった。
 独特なアプローチ、明晰な分析、それらを明快に表してみせる文章…いまさらここで斎藤さんの魅力を並べ立てる必要もないくらいだが、どんなに痛烈な批評をしても嫌みにならないところ、お見事としか言いようがない(言われたご本人はさすがにへこむだろうが)。天性の才能はもちろんのこと、対象への愛情(というのが言い過ぎなら強い関心?)があってこその美奈子節と思われる。
 それにしても、男性誌ワールドがこんなにディープだとは。女性誌すらめったに読まない私も、大いに笑わせていただきました。

新・地底旅行
新・地底旅行
【朝日新聞社】
奥泉光
定価 1,995円(税込)
2004/1
ISBN-4022578920
評価:A
 あー、なんで新聞連載時に読んでおかなかったんだろう、失敗したなー。10か月間心躍る朝を迎えることができただろうに。
 不勉強にて今回初めて著作を読ませていただいたのだが、他の作品の題名などからも、奥泉光さんという作家は相当の夏目漱石ファンでいらっしゃるとお見受けした。この本で、寒月君(「吾輩は猫である」)の弟さんにお会いできるとは!苦沙弥先生も猫も出てくるし。そもそも主人公鷺舟とその友人丙三郎の掛け合いは、それ自体が苦沙弥先生と寒月君のやりとりのようである。素晴らしいオマージュ。うーん、いいなあ。たぶんこの面々が登場する続編が書かれるであろうと示唆される記述もあって、ほんとに楽しみ。
 ただ、閉所恐怖症の気がある方にとっては、この本はちょっとつらいかも。私は洞窟とかだけならよかったのですけれども、そこに水が流れ込んでくるかもしれないという場面で、かなり息苦しかったです。

太陽の塔
太陽の塔
【新潮社】
森見登美彦
定価 1,365円(税込)
2003/12
ISBN-410464501X
評価:B
 ばかばかしくもかわいらしい小説だった(“ゴキブリキューブ”だけはいただけなかったが…ぞぞぞ)。本作は日本ファンタジーノベル大賞受賞作ということだが、「これいったいいつファンタジーになるの!?」と思いながら読み進む読者を軽くいなす一冊だろう。要するに“猫バス”?なるほどこういうのもありか。昨今ミステリーの定義はどんどん広くなっているようだが、ファンタジー界にもその波は押し寄せているのかもしれない。
 理論武装している割に隙だらけ、という主人公のキャラクターはとてもラブリー。ま、ただのオタクと言ってしまえばそれまでだし、実際周りにいたら閉口するだけかもしれないが。帯で、故遠藤周作先生の小説の流れを汲む作風だという書かれ方をしていたが、なるほど私のストライクゾーンなわけだ。楽しく読ませてもらいました。

笑う招き猫
笑う招き猫
【集英社】
山本幸久
定価 1,575円(税込)
2004/1
ISBN-408774681X
評価:B
 “主人公たちがお笑い芸人”というひねりはあるものの、直球勝負の女同士の友情物語だ。昔好きでよく読んでいた氷室冴子さんの“「クララ白書」「アグネス白書」社会人版”といった趣もある。
 著者山本幸久さんは、この作品で小説すばる新人賞を受賞。帯を見る限り選考委員諸氏も「笑う招き猫」に好意的であるらしい。デビュー作がこういう清々しい作品っていうのはいいもんだ。ページ数の割に登場人物が多く、それが若干整理されていない感もあるが、読んでいる間はほとんどまったく気にならない。それだけ読ませる勢いを持っているということだろう。
 苦言を呈するとすれば、もうひとつ。主人公『アカコとヒトミ』がライブで演った拍手喝采の漫才…うーん、これで実際に爆笑がとれるのか。ビミョーなところだ。まあ、ネタを文章だけで表現しようというのはかなり難易度の高い技だからな。山本さんの小説家人生は始まったばかり。2作めも期待しています。

図書館の神様
図書館の神様
【マガジンハウス】
瀬尾まいこ
定価 1,260円(税込)
2003/12
ISBN-4838714467
評価:A
 文学が好きな垣内くん。私にとって、まさに好みのストライクゾーンしかもど真ん中の少年像であった。“周りの賛同を得られずとも、自分の信じる道を進む”というキャラクターには、最も弱い。垣内くんは、強がってでもなく無理をしてでもなく、のびのびとその姿勢を貫いていて、ほんとうに好感が持てた。
 私が中高生の頃、「ネクラ」「ネアカ」という言葉が流行っていた。読書が趣味なんて人間はネクラの典型。当時からかなり本好きな方だったけれども、自分が「文学が好き」などと何の躊躇も気後れもなく言い切れる10代だったとは思えない。ああなんと、若き日の名残りの純粋さを思い出させる小説だろう。生徒と先生の恋、などという安易な(とも限らないですが)展開にならないのも好ましい。
 そう、この本を読んで、どうぞみなさんも思い出してください。本とともにある人生がなんて素晴らしいのだろうということを。

ヘビイチゴ・サナトリウム
ヘビイチゴ・サナトリウム
【東京創元社】
ほしおさなえ
定価 1,575円(税込)
2003/12
ISBN-4488017010
評価:B
 詩人とミステリー。一見ミスマッチだが、実はベストマッチという気もする。“詩”と“死”はとても近いものがあるように思えるからだろうか(あるいは私が詩に関して無知だからだろうか)。アガサ・クリスティの翻訳を多く手がけられた田村隆一さんが詩人でもあったことも大きい。
 詩人ほしおさなえさんの初のミステリーということだが、力み過ぎず、落ち着いた筆致で書かれた作品だと思われる。大型新人の出現かもしれない。しかし、眠さをこらえた状態で読むと、頭がこんがらがる(そんなときに読む方が悪いのだが)。特に後半ネット上の謎の人物たちが出てくると、とても混乱する。それと、ちょっと犯人の目星がずいぶん早くついてしまった。伏線の文章が赤線が引いてあるくらいわかりやすかった気もするんだが。
 しかし、現代の女子学生を描きながら、フランスのヌーベルバーグ映画を観るような独特の雰囲気を持った小説であった。今後のご活躍が楽しみである。

黒冷水
黒冷水
【河出書房新社】
羽田圭介
定価 1,365円(税込)
2003/11
ISBN-4309015891
評価:B
 この恐るべき小説について、いろいろと書きたいことはあるが、何よりもまず羽田圭介さんのお母上にうかがってみたい。「息子さんがこれを書かれたことをどのように受け止めておられますか?」と。
 ひとりの本好きとしては、若い才能の出現はたいへん喜ばしいことだと思う。しかしもしも自分が著者の母親だったとしたら…「おいおい、こんなこと考えてるのかよ?圭介!」と息子をぐらんぐらんに揺すぶってやりたくなりはしないか。私は2歳下の弟もいるし、男子の第二次性徴というものに対して寛大な方だと思うが、それにしてもここまで書き込まれては。羽田家には弟さんはいないのかとか、この小説のせいでご家族の関係がぎくしゃくしたりはしないのかとか、とめどなく老婆心が湧いてくる。
 我が家の3人の息子たちよ、いつまでも兄弟なかよくね…という母心を見事に打ち砕いてくれる衝撃の一冊だった。いやいや、どんなにリアルに書かれていても、これはフィクションだ。羽田くん、そして兄弟のいるすべての青少年に幸いあれ。
「インストール」といい、「黒冷水」といい、文藝賞は侮れないな。今後もチェックを怠らないようにしよう。

不思議のひと触れ
不思議のひと触れ
【河出書房新社】
シオドア・スタージョン
定価 1,995円(税込)
2003/12
ISBN-4309621821
評価:A
 シオドア・スタージョンといえばSF作家の大家、というイメージがあったのだが、その印象はある意味鮮やかに裏切られた。いや、書かれている内容はもちろんSF的要素を含んでいるのだが、時制とか科学用語とか、ほとんどまったく意識せずに読み進んでしまうのだ。こんな読後感は初めてで、ただただ目をみはるばかりである。
「高額保険」や「ぶわん・ばっ!」はうまい。「タンディの物語」や「閉所恐怖症」はキュート。そして表題作や「雷と薔薇」「孤独の円盤」は心を揺さぶられる。人間の持つ力をすごく信じていた作家なのではないかと思う。
 大森望さんによる巻末の解説も読みごたえあり。それによれば、スタージョンは「超絶ハンサム」だそうではないか!“マイ・ベスト・イケメン外国人作家”はトルーマン・カポーティなのだが(そういえば、彼も短編の名手だな)、その上をいくんだろうか。気になる。

廃墟の歌声
廃墟の歌声
【晶文社】
ジェラルド・カーシュ
定価 1,890円(税込)
2003/11
ISBN-4794927398
評価:C
 なんだか「猿の惑星」みたいな作風だなあ、と思った(最初に掲載されている表題作は特に)。筒井康隆っぽくもある気がする(“七瀬”3部作と「ロートレック荘事件」と「くたばれPTA」しか読んでないんですが)。おもしろいんだけどとっつきにくくもあるところとか、後味が悪いわけじゃないんだけどすっきりするって感じでもないところとか(あくまで主観です)。
 どの短編も職人芸という味があるが、“カームジン”ものがいちばんおもしろかった。この短編集には「カームジンの銀行泥棒」をはじめ、4編が収められている。
“カームジン”ものは全部で17編書かれており、カーシュ研究家(ってきっと変わった人なんだろうな)によって一冊にまとめられているそうだ。この本の翻訳が出たら読んでみたい。

復讐する海
復讐する海
【集英社】
ナサニエル・フィルブリック
定価 2,415円(税込)
2003/11
ISBN-408773403X
評価:C
 クジラという生物が苦手だ。たぶん大海原が恐いのだと思う。
 新刊採点員に採用されたとき、鯨統一郎や沢井鯨といった方々の本が課題図書になったらどうしよう、などと思ったりしたものだが(もちろん著作を手にとったこともない)…おいおい、本物の鯨本が届いちゃったよ!
 しかし、読んだ。だっておもしろかったらもったいないし。そして結論は…おもしろかった。本の中ほどに挿入されている資料はクリップで留めて開かないようにし、本文に鯨に関する詳しい記述が出てくれば、頭の中で必死にトビウオなどの恐くなさそうな魚にイメージ画像を変換したりした(ここまでしても「訳者あとがき」の前のページに鯨の挿し絵があって、心臓が止まりそうになったが。我ながらバカである)。
 文献に基づいたドキュメンタリーとしても読めるし、手に汗握る海洋冒険ものとしても読めるし、極限状態における人間の心理劇としても読める。ほんとうに恐いのは人間の心か。でも鯨も恐い、やっぱり。