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岩井 麻衣子の<<書評>>



二人のガスコン

二人のガスコン(上中下)
【講談社文庫】
佐藤賢一
定価 650
円(税込)
2004/7
ISBN-4062747685
ISBN-4062747669
ISBN-4062747693

評価:B
 実在する上に二つの有名な物語の主人公である元銃士隊の英雄ダルタニャンと「鼻」のシラノ・ド・ベルジュラック。本書はこの二人がフランス宰相マザランに呼び出され、密命を受けるところから始まる。その密名とは「マリー・ドゥ・カヴォワを監視せよ」とのこと。マザランの愛人の動向を調べるだけかと思いきや、事態はフランス国王ルイ14世の出生の秘密に関わる鉄仮面の謎へと進んでいく。上・中・下という超大作ではあるが、次々と新事実が発覚し物語りに引き込まれ、長さを感じさせない。ダルタニャンとシラノがものすごく人間臭い。相変わらず愛を打ち明けられないシラノや、監視対象マリーに恋してしまうダルタニャン。妙にロマンティックな二人。英雄でオレは男だといばるくらいなら、はっきりしろといらいらする。もちろん、そこが本書の魅力ではある。しかし小説の中の英雄くらいは、びしっと決めて欲しいのが乙女心なのである。

天空への回廊

天空への回廊
【光文社文庫】
笹本稜平
定価 980
円(税込)
2004/7
ISBN-4334737110

評価:C
 エベレストの山頂付近にアメリカの人工衛星が落下。清掃登山で有名なアルピニストの野口さんが聞いたら絶対に激怒するだろうこの事件は、山頂を目指していた各国の登山家を多数巻き込んだ。登頂に成功した直後に襲われ何とか助かった真木は行方不明になった親友のマルクを探すため、アメリカの衛星回収作戦に同行する。何やら隠しているアメリカ。どうやらただの人工衛星ではなく、軍事的な秘密があるようだ。八千メートル超という高所に落とされた軍事衛星。驚愕の始まりであり、今後どんな展開が待つのかどきどきさせられる。しかし、その後の真木の役割、なぜ衛星が落とされたかなど謎解きの部分は、何か前にも味わったことがある気がするのだ。映画「クリフハンガー」、小説では『神々の山嶺』や『ホワイトアウト』など、雪や高山といった前出の作品たちを混ぜて出来上がったような感じか。もう少し個々のキャラクターの掘り下げが欲しかった。

とんまつりJAPAN

とんまつりJAPAN
【集英社文庫】
みうらじゅん
定価 580
円(税込)
2004/7
ISBN-408747724X

評価:B
 世の中は韓国ブームである。が、オリンピックによって4年に一度の愛国心が燃え上がった今、日本にまた興味が湧いてくる。そこで登場するのが本書である。へんなものばっかり集め、取材している著者・みうらじゅん氏が、日本各地で行われる変な祭りをまとめている。何十年、何百年にも渡って受け継がれる変な祭りの数々。そして妙に多い下半身関係。祭りというのは参加している人だけが楽しく、見学者は夜店か花火に興味があるだけだと思っていたのだが、本書に出てくる祭りならば夜店がなくとも、怖いもの見たさでのぞいてみたくなる。あまりの衝撃的映像に「見たい」という気分が湧き上がるのだ。しかしながら怖い。自分の近所で奇祭が行われているんだと知ったとき「知らなくて良かった〜」という安堵感もある。世の中には知らないことが本当に多いなと何だか関心させられる一冊。韓国やら諸外国に行かずとも面白いことが身近にたくさんあるのだ。


バルーン・タウンの手品師

バルーン・タウンの手品師
【創元推理文庫】
松尾由美
定価 714
円(税込)
2004/7
ISBN-4488439039

評価:C
 人工子宮が発達した世の中で女子が妊娠せずとも子供が持てるようになった。そんな近未来でも自分で出産したい派の女子が存在する。一握りの奇特な妊婦の住むバルーン・タウン。本書はそこで起こる様々な事件4編からなる推理小説である。探偵も妊婦、ワトソン役も妊婦、被害者も加害者も妊婦関係だからなのか事件が起こっても妙にのんびりとしている。深刻な事件も起こるし、妊婦の世界といえども普通の社会とかわりないのだが、女の園だからか、おばさまな感じがして緊張感に欠ける。話自体は本格推理小説が好きな人は普通に楽しめる内容だろう。女子としては人工子宮を使うか、バルーンタウンに入るか考えてしまうところだが、できれば自分のハラを使用して街で暮らしたいんだけど許されるんだろうか?そんなことばっかりが気になった一冊である。


蛇の形

蛇の形
【創元推理文庫】
ミネット・ウォルターズ
定価 1,260
円(税込)
2004/7
ISBN-4488187064

評価:A
 自宅の近くで隣人・アニーが死にかけているのを発見したミセス・ラニラ。事故と片付けられた事件だが、ラニラにはアニーの最後の表情が「なぜ私が殺されなければならなかったの」という顔に見えた。20年後、ラニラは事件の捜査を開始する。そんなに親しいともいえなかった隣人の死を20年も思い続けるなんて無理な設定だと思いながら読み始めたのではあるが、私が悪うございましたと謝りたいくらい濃い作品だったのだ。死んだ黒人アニーにむけられた人種差別の目。ラニラが執念を長い年月燃やしつづけて事件を再捜査しなければならなかった理由。事件とラニラの関係。全ての謎が解けたときその深さに圧倒される。アニーは誰が殺したのか、登場する全ての人が疑わしい。そして何故殺されなければならなかったのか、その理由は最後までわからない。自分もきっと持っているだろう邪悪な心が引き起こした殺人。恐ろしく悲しい物語なのである。


ジェ−ンに起きたこと

ジェ−ンに起きたこと
【創元推理文庫】
カトリ−ヌ・キュッセ
定価 1,029
円(税込)
2004/7
ISBN-4488173020

評価:
 ある日ジェーンに届いた小包。中身は小説で彼女のプライベートなことが細かく記されていた。いったいだれが書いたのか。犯罪の匂いがぷんぷんする設定に思わず身構えてしまったのだが、ジェーンが読む小説は、あこがれの上司と食事の場面で、おなかを下し、20分間トイレにこもり、いざ出るときに紙がないシーンから始まる。もしかして、コメディ?と思ったのだが、展開は暗いままで、ジェーンは「私の私生活をこんなふうに覗くのは誰よ」ってな感じで、サスペンス風に読み進めている。何だか妙な話なのだ。おまけに小説のジェーンの嫌な女であること。夫に頼らず、自分の仕事をきっちりこなす彼女はその面では自立しすばらしいのだけれども、こと男関係はだらしなく、ちっとも共感できる余地がない。元彼がこんな小説を書いて嫌がらせもするだろうと思わざるを得ない嫌な女っぷりである。自己を反省し成長していくのかと思いきや、ラストのある人への電話は到底許すことはできん。彼女に天罰をと叫んでしまうのだ。


源にふれろ

源にふれろ
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
ケム・ナン
定価 945
円(税込)
2004/7
ISBN-4151748512

評価:
 砂漠の閉塞した田舎街に姉と共に母に捨てられたアイク。年月は過ぎ姉もまた家出する。そのまま行方のしれなかった姉の消息を、ある日訪ねてきた若者に知らされる。カリフォルニアのあるビーチで姿を消したという姉。その失踪に関係があるらしい3人の男。アイクは姉を探すため、砂漠を出発した。姉の住んでいたという街はアイクの砂漠の街とあまりにも違う。ふとしたことで知り合ったバイクに乗る青年に助けられながら、アイクは街になじんでいこうとする。麻薬とセックスのはびこるサーフィンの街。アイクは姉の消息を探りながらそんな街に溺れていった。母に捨てられ、未来を感じられない街で育ち、その思いを姉に向けざるを得なかったアイクの心がとても悲しい。しかしながら友情や自分というものをつかんでいくアイクがまぶしくも見える。20年前に出版された本書は、過去を自分の中でしっかりと見つめなおし、大人へと成長していく最上の小説である。


ハバナの男たち

ハバナの男たち(上下)
【扶桑社ミステリー】
スティーヴン・ハンター
定価 880
円(税込)
2004/7
ISBN-459404753X
ISBN-4594047548

評価:
 第二次世界大戦が終了した数年後、キューバではアメリカの大企業やマフィアが進出し、各国のスパイがしのぎを削っていた。アメリカの傘下となっていたキューバ。その国民の中に共産主義を唱える青年カストロが現れる。アメリカCIAはカストロを暗殺する為、アール・スワガーを刺客に採用した。本書は主人公アールが活躍する3作目らしい。話としては独立しているため、初読でも十分だ。また脇の登場人物も前作からでている人がいるようなので、シリーズのファンもマニアな喜びを味わえるのではないだろうか。アール・スワガーは「オレ様=英雄=正義」という感じでどうも好感が持てない。大国が操る未来はないというメッセージを強烈に感じるのではあるが、アール英雄殿が正義なんだとはちっとも思えないのだ。


砕かれた街

砕かれた街(上下)
【二見文庫】
ローレンス・ブロック
定価 880
円(税込)
2004/7
ISBN-4576041282
ISBN-4576041290

評価:
 世界中が仰天したアメリカへのテロ攻撃。本書はそれから1年後のニューヨークで起こった殺人事件で幕をあける。第一発見者の掃除人、容疑者の作家、被害者と接点のあった画廊経営者の女性、テロで家族全てをなくした男性、元警察幹部。様々な人々の絡み、個々の思いが語られる。暗い影のあるミステリーかと思いきや、何故かメインは画廊経営者が突然開いてしまった奔放な性生活への扉である。なんでもありの性と暴力。もうこのつながりは本作品の著者か村上龍氏にしかわかるまい。いったいなんであんなに激しく溺れていかなきゃならないのだろう?性を通して生への執着を感じることもできるが、あまりにも激しすぎてもうなんだかよく分からなくなってくる。自分を癒す何かを見つけたものは生き、壊れすぎてしまったものは他人を巻き込み破滅する。「治療は愛」っつーことか?それが全身の毛をワックス脱毛することと何の関係があるんだろう。さっぱりわからん。心に深い傷を負ったことがないからとは思いたくないのだが。


アインシュタインをトランクに乗せて

アインシュタインをトランクに乗せて
【ヴィレッジブックス】
マイケル・パタニティ
定価 840
円(税込)
2004/7
ISBN-4789723178

評価:
 天才アインシュタインの死後、解剖を担当したハーヴェイ博士は脳を持ち去ってしまう。研究と称し世間から身を隠してしまった博士。十数年後、そんな博士に興味を持ち連絡をとった僕はアインシュタインの脳を彼の遺族に返すという博士に同行し一緒に長い旅行に出発する。世間では有名な話なのかもしれないが、ノンフィクションであるというこの話に仰天した。いったいなんで人の脳を大事に持ち歩き、しかもタッパーにホルマリン漬けにしているのだろう。自身も何かを研究したりする学者たちはやはり天才の脳の構造にものすごい興味をもつのだろうか。本書は博士と僕ののんびりした旅路が描かれており、実際アインシュタインの脳は特別だったのかという科学な疑問にはほとんど答えてくれない。著者の私生活はどうでもいいので、そのあたりが知りたかった。脳という異様な物体を持ち歩いてはいるが、あいまいな未来を模索する為出発した旅の日記である。