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岩井 麻衣子の<<書評>>



魔風海峡

魔風海峡(上下)
【祥伝社文庫】
荒山 徹
定価 650円(税込)
定価 670円(税込)
2004/8
ISBN-4396331851
ISBN-439633186X

評価:B
 豊臣秀吉が病に倒れ、支配が終わろうとしていた時代。豊臣を守ろうとする石田三成はその財政を立て直すため、一千年前に朝廷が朝鮮半島に埋めたという財宝を日本に持ち帰るように真田幸村と彼の忍軍をかの地へ派遣する。彼らの行く手を阻むのが次期天下を狙う徳川家康が放った服部半蔵と腹に何やら秘めている高麗忍軍である。大昔の伝説の秘宝を真田幸村が探しに行くというだけでもすごい設定で笑ってしまうのであるが、高麗忍軍が繰り出す忍術がこれまたすごい。亡霊がつまる石塔が襲いかかるくだりでは、猿飛佐助が幽体離脱して防ぐし、地面から腐ったゾンビが生えてきて死闘を繰り広げたりもする。なんですのこれは、という物語なのであるが、きちんと朝鮮半島の歴史は挿入され勉強になるし、正義の味方のような朝鮮王子が登場して、理想の国家・男を語ったりする骨太の物語でもある。しかし、全体に漂うのは何故かエロい香り。壮大で骨太でエロいという変な小説だ。

迎え火の山

迎え火の山
【講談社文庫】
熊谷 達也
定価 900円(税込)
2004/8
ISBN-4062748371

評価:B
 取材のため久しぶりに帰省した工藤は幼馴染の土谷に再会する。彼は町おこしイベントとしてお盆に霊峰から麓まで迎え火をたく採燈祭を復活させようとしていた。二人の同級生で密かに工藤に連絡してきた由香。彼女は自分は鬼の進行を止めるため古来より戦ってきた一族であること、採燈祭により降りてくる鬼を一人では止められないことを工藤に告げる。高飛車で嫌な女だなあと由香に違和感を覚えつつ、流れからいってこの女と事件を解決するんだと我慢し読み進めたのであるが、半分を過ぎたあたりから予想と全く違う展開になってくる。鬼にまつわる伝説、霊峰を取り巻くふもとの村々、由香が属する太古から続いてきた一族などひんやりとした空気の中で次々と明らかになってくる関係にページをめくる手が止まらなくなる。しかし話が壮大すぎるのかラストのまとめ方、登場人物の始末のつけかたに不満が残ってしまった。途中まではいい線いってたのでとても残念。

火の粉

火の粉
【幻冬舎文庫】
雫井 脩介
定価 800円(税込)
2004/8
ISBN-434440551X

評価:A
 元裁判官の梶間は担当した最後の事件で武内に無罪判決を下した。それから2年の歳月が流れたある日、梶間の隣に武内が越してくる。よく気が付き人当たりのよい武内は梶間の家族に入りこんでいく。冤罪から救ってくれた梶間に感謝の心を表しているのか。梶間は武内に不信感を抱きつつも、家庭のことは妻まかせにしてしまう。武内が殺害したとされた被害者家族が登場したり梶間家のまわりでは次々と不可解な事件が起こりはじめる。裁判官ほどの重大な決断を迫られずとも、人間誰もが様々な責任を持って物事を決断する必要がある。その結果、思いもよらないところで人にとんでもない影響を与えることもある。本書はある決断に伴う火の粉がどさどさとふりかかってしまった不運な家族の物語である。自分以外の人間が何を考えているかなんて絶対わからないし、善意であるという前提に基づいて相手を信頼するしか生活は成り立っていかない。隣の人と会ったこともない今の生活を安全とみるべきかそうでないのか。火の粉がかからない運を鍛えるしかないなと思った一冊であった。

嫌われ松子の一生

嫌われ松子の一生(上・下)
【幻冬舎文庫】
山田 宗樹
定価 600円(税込)
定価 630円(税込)
2004/8
ISBN-4344405617
ISBN-4344405625

評価:A
 東京の片隅で伯母・松子が殺された。そのアパートを引き払う手続きを頼まれた川尻笙は、恋人が妙に関心を持ったこともあり、嫌々ながらも引き受ける。今までその存在すら知らなかった松子伯母の人生に段々と興味をもちはじめた笙は彼女の謎に包まれた人生を調べはじめる。松子、本当にバカな女である。人生には様々な岐路があるが、彼女はことごとく行ったらあかんやろという方向へ進んでしまう。確かに不幸が彼女を次々と襲う。しかし態勢を立て直すチャンスにも巡りあっているし、助けてくれる人にもちゃんと出会っている。松子の選択が失敗なのだ。何でもかんでも人のせいにして自分の人生に責任をとろうとしない松子。そりゃあ不幸にもなるだろう。自分が選んだ道が正しいとは誰にもわからない。しかし、それでもうまくやっていこうとしなければ松子のように満たされないまま無残な死を迎えるかと思うと、自分を信じて強くありたいと心の底から願ってやまないのだ。

ぶたぶた日記

ぶたぶた日記
【光文社文庫】
矢崎 在美
定価 500円(税込)
2004/8
ISBN-4334737293

評価:A
 作者のエッセイではない。山崎ぶたぶたさんという豚のぬいぐるみが周りの人をほんわかさせていく連作短編集であり、ぶたぶたシリーズの最新刊だ。ぶたぶたさんは一見かわいいぬいぐるみ、しかし妻子をもつ中年のおっさんである。今回義母の代理でエッセイ講座に参加したぶたぶたさんを通して、同じくエッセイ講座に通う人々はそれぞれ何かを学び成長していく。普通に豚のぬいぐるみが生活を営む。初対面の人は抵抗もなしに受け入れるのではなく、びっくりして固まってしまったりするのがリアルでおもしろい。ぶたぶたさんにとっては、目が悪いのでめがね使用してますというくらいに普通のことが、他人にとっては、未だかつて経験したことのないような衝撃なのである。心温まるほこほこストーリーではあるが、ぶたぶたさんがぬいぐるみゆえに苦労し、それが彼の心の成長を促していることがよくわかり、素直にぶたぶたさんと友達になりたいなと思わせるのだ。

海猫

海猫(上・下)
【新潮文庫】
谷村 志穂
定価 540円(税込)
定価 580円(税込)
2004/9

ISBN-4101132518
SBN-4101132526

評価:C
 昭和32年、薫は昆布漁を生業とする漁師邦一の元へ嫁いできた。周囲から孤立するほどの透き通る白さと美しさを持つ彼女は、自分を守ってくれる夫とその家族の存在に幸せを感じていた。しかし、だんだんと夫との仲がうまくいかなくなり、義弟・広次に心奪われていく。物語はその後、薫の二人の娘、美輝と美哉へと続いていく。母子二代に渡る恋の話に加え、薫たちを取り巻く人々の人生が描かれる。ただ美しいだけで、全てを人まかせに漂うように生きている薫。リルケを朗読するような男がタイプの美輝。叔父に恋をし寝込んでしまう美哉。どいつもこいつも腹立たしい美女軍団なのだ。壮大でドラマティックな物語なのだが、主役級が個人的に好みに合わない。その分薫の母・タミの強さが際立ってすてきだ。タミも華やかなことだけして母親らしいというわけではないのだが強い。女は儚げな美しさよりも一人で生き抜いていく強さだよなあと健康だけが自慢の私はタミの生き方に心引かれるのである。

真昼の花

真昼の花
【新潮文庫】
角田 光代
定価 420円(税込)
2004/8
ISBN-4101058229

評価:B
 東南アジアをふらふらとあてもなく何をするでもなく旅している私を描いた「真昼の花」とマンションの一室で一人で電話番をし、家族との間にも壁を作って生活している私を描いた「地上八階の海」の2編が収録される。どちらの主人公も一人になりたいけれども、真に一人という状況を許容できず、何かをしたいけれども、何をしたらいいのか思いつかないという自分をもてあましている。全ての人が、目指す何かを抱き、目標に向かってがつがつ進みながら生きていくわけではない。何を求めるかさえもわからず、自分の生活や今後に不安と孤独を抱いて生きていくこともあるし、非日常がふと道端に転がっていないかと考えていることもある。しかし、実際はそんなことを悶々と考えて生きていくのはとても辛く、現実を見て自分の中で目標を定め生きていこうとする。角田光代の主人公はむかしのどうしようもない辛い気持ちを思い出させるのだ。すでに現実の自分に目を向けはじめたとき、この物語は忘れたいことを思い出させる。

ダーク・レディ

ダーク・レディ(上下)
【新潮文庫】
R・N・バタースン
定価 各700円(税込)
2004/8
ISBN-4102160159
ISBN-4102160167

評価:B
 法廷で無敗のため「ダーク・レディ」のあだ名を持つ検事補ステラ。野心に燃える彼女の周りでは現市長と郡検事の市長選挙争いが繰り広げられていた。どちらが当選するかでステラの運命も決まる。そんなとき、ステラの元恋人の弁護士がガーターベルトとストッキングだけを身につけた姿で惨殺される。この死には麻薬も絡んでいた。いつもは法廷での対決シーンが印象的なパタースンであるが、町ですすめられている球場建設、市長選挙における両候補の熾烈な戦い、麻薬がらみの殺人など、今回はステラの捜査と政治的な戦いがメインになっている。家族や人種差別の問題も織り込まれ壮絶なドラマが展開されていく。最後まで一気に読ませ、真実が見えてこないストーリーはさすがである。ただ、一度の過ちで堕ちていく人、それを踏み台にのし上がっていく人を見ていると、なんだかさみしい気分になってしまうのだ。

終わりなき孤独

終わりなき孤独
【ハヤカワ文庫HM】
G.P.ペレケーノス
定価 1,155円(税込)
2004/8
ISBN-4151706593

評価:A
 ワシントンに住む探偵デレクはフットボールチームのコーチであり、犯罪の多発する地域で子供達に人生の道筋を示す役割も担っている。ある日チームの少年が大人の巻き添えで射殺されてしまう。強く憤り犯人を追い詰めるデレク。しかし、実は麻薬界のボスの息子であった少年。犯人の始末は普通にはつけられなくなっていった。デレクは青少年に慕われ、地域に貢献するすばらしい大人である。依頼で、家出し売春で生活している少女を連れ戻すこともある。チンピラにしり込みすることもなくマフィアに丸めこまれることもない理想の探偵さんなのだ。しかし何故か彼はマッサージパーラーに通うことをやめることができない。心から愛する彼女がいるにも関わらず。風俗店に通うことが悪事だとは言わないが、女子的にはちょっと許しがたいものがある。100%潔白というわけでもないのが人間的でいいかもしれない。しかし、頼りがいがある人だと思ってたのに、風俗の匂いがしたら、マイナス1億ポイントくらいになってしまうのだ。

犬と歩けば恋におちる

犬と歩けば恋におちる
【文春文庫】
レスリー・シュヌール
定価 810円(税込)
2004/8
ISBN-4167661713

評価:D
 マンハッタンで犬の散歩を仕事とするニーナ。人の家の鍵を預かり自由に上がりこむことのできる彼女は他人の秘密を盗み見ることを密かに楽しんでいた。ある日大胆にも他人の家で風呂を楽しんでいた彼女は、住人の彼女が密かにあこがれていたダニエルに見つかってしまう。慌てて退散するニーナを不審に思いつつも好奇心を持つダニエル。実は彼はダニエルの家を借りていただけの双子の弟・ビリーだった。プチ犯罪者のニーナは他人の家で仕事をする人々全ての敵だと思うのに、本人はやりたい放題生きてる。しかもその奔放さを魅力に感じるビリーはどんどんニーナに惹かれていく。これはマンハッタンでは普通の生活なのか?何の後ろめたさも持たず前へ前へと進むニーナを見ていると文化の違いなのと疑問が次々湧いてくる。受け持ちの犬と飼い主を勝手に入れ替えて、私の言ったとおりうまくいくでしょとばかりに鼻高々のニーナ。なんだこの女としか思えない滅茶苦茶な物語である。