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手島 洋

手島 洋の<<書評>>



永遠の仔

永遠の仔(1〜5)
【幻冬舎文庫】
天童荒太
定価\600(1.2)/\520(3)/\560(4)/\560(5)
2004/10
ISBN-4344405714
ISBN-4344405722
ISBN-4344405730
ISBN-4344405838
ISBN-4344405846

評価:A
 「昼休みに読んでいたら、涙が出てきちゃって困った」と友人は言っていたが、確かに職場で読むような本ではない。
 児童精神科に入院していた3人の少年少女たちの物語と、三十歳近くなり再会した3人の物語が交互に描かれているのだが、その両方に痛々しいほどの壮絶なドラマとミステリーがあるのだ。愛するものから虐待されることがどれだけ深い傷を残すか、児童虐待がノンフィクションのようなリアリティをもって語られる。そして彼らが傷つける側に回ってしまう現実も。親子とは一体何なのか、と思わずにはいられない。
 そんな中に、傷を抱えているからこそ分かり合える3人の友情と恋愛が、清涼剤のように入ってくる。物語が悲惨であるからこそ、救いを求めて神様の山に登り、希望の光と出会う少年少女のまっすぐさに心打たれ、読者である自分まで救われた気がしてくるから不思議だ。
 残酷な現実を描いた重く暗い話なのだが、ミステリーとしての完成度の高さがあり、5冊という分量も決して長くは感じさせない作品だ。

煙か土か食い物

煙か土か食い物
【講談社文庫】
舞城王太郎
定価\580
2004/12
ISBN-406274936X

評価:A
 連続主婦殴打生き埋め事件の被害者になった母に会いにきた救命外科医、奈津川四郎が真犯人を探す物語。事件を探る探偵、謎に満ちた数々の手がかりと、一見ミステリー小説の様相を呈して話は進んでいくのだが、読んでいる間に、犯人や謎の真相なんてものはどうでもよくなってしまった。作品冒頭からほとばしるドライブ感と狂気に満ちた世界が、この作品の一番の魅力だ。四郎が病院で手術を始めた瞬間、狂気と笑いと暴力が渾然一体となってぶちまけられる。昔のサム・ライミの映画や、松永豊和の「バクネヤング」を観たり、読んだりしたときの感覚がよみがえった。
 しかし、それでいながら、同時にきれいにまとまり過ぎている、という印象を持ったのも事実。カーヴァーや村上春樹の取り上げ方なんて、小説が好きなんだね、と意地悪く考えてしまったりして。

僕というベクトル

僕というベクトル(上下)
【光文社文庫】
白石文郎
定価\880
2004/12
ISBN-4334737811
ISBN-433473782X

評価:AA 
 大学を卒業後、いくつかの仕事を転々として学習塾の講師をしている主人公、山根。仕事にも周りのほとんどの人間にも価値を認められない彼の日々を描いた話。その斜に構えた生き方、ものの考え方が、最初は鼻についてしかたがなかった。次々と女性と関係を持ち、自分の都合だけを考え、周りを切っていく男。すぐ暴力をふるい、挙句の果てには恐喝まがいのことまでする。しかし、読み進めるうちに、だんだん主人公が自分に向き合い、実に「生真面目に」生きている不器用な人間だということが分かってくると、俄然、話に引き込まれてしまった。周りに合わせて適当に生きる、ということのできない主人公。「自分を知らない人間なんて、この世にいるはずがないんだよ」と言い切る彼は、自分の気持ちに常に誠実であろうとする。それが恋人と別れることになっても、職場の上司に暴力をふるうことになっても。途中から、そんな彼の生き方を痛々しく感じるようになっていた。

どすこい。

どすこい。
【集英社文庫】
京極夏彦
定価\840
2004/11
ISBN-408747755X

評価:A
 最初はただ笑い、やがて感心し、最後には呆れた。よくもこんな小説を書くものだと。一見、単なるヒット作品のパロディーと思しきタイトルをつけた短編集は、作品中に登場する『名物力士弁当』(800円)(ご飯に餅が載って、それを折り詰めにして、周りに団子と焼きそばを配したという代物)にひけをとらない恐ろしい(ひどい胸焼けをさそう)本だ。「恐ろしい」といっても、いつもの「京極夏彦」作品や、パロディーにしているような作品の怖さとはまったく違う。「力士」、「でぶ」に無意味なほどこだわり、延々と登場する、この作品は、「土俵リング・でぶせん」の中に出てくる「第三部LOOP(マワシ)」のごとく、金太郎飴状態で、延々と同じ話が、同じ設定が繰り返され続ける。とんでもなくアホな悪夢を見ているとしかいいようのない状態。この本は最後までこの馬鹿馬鹿しさに立ち向かえるか、京極夏彦と読者の大一番なのだ。単行本「どすこい(仮)」、新書版「どすこい(安)」に続いて、今回は「どすこい。」もちろん、最終版ってことなんだろうけど、最後の丸は延々と作品がループすることを暗示しているように私には思えるのだった。まさに永遠なる力士地獄……。

柔らかな頬

柔らかな頬(上下)
【文春文庫】
桐野夏生
定価\620
2004/12
\590
ISBN-4167602067
ISBN-4167602075

評価:A
 幼い娘の失踪。娘を探し続ける母。捜査を申し出る元刑事の内海。いかにもミステリーらしい設定だが、この作品も(『煙か土か食い物』同様)ミステリーではない。
 娘の失踪をきっかけに夫や愛人との心のずれを覚え、忘れていたはずの孤独感を取り戻してしまう母、カスミ。娘の突然の失踪という不条理な現実をたたきつけられた彼女は、自分の中に失踪の理由を求め、残されたもう一人の娘、夫、愛人とは自分にとって何なのかという疑問にとらわれる。不治の病にかかり、仕事をやめざるをえなくなった元刑事の内海も、死とは何なのかという疑問にとらわれる。話は事件の謎を探る二人を中心に進んでいくが、あまりにも大きな絶望を抱えたふたりをひたすら丹念に描いていく作者の力強さにはただただ圧倒されるばかり。参りました。

さゆり

さゆり(上下)
【文春文庫】
ア−サ−・ゴ−ルデン
定価\730
2004/12
ISBN-4167661845
ISBN-4167661853

評価:A
 この作品が映画化されると聞いたのは、ずいぶん前だった、と思う。「○○○監督で映画化決定!!」なんていう帯が本についていながら、結局、映画にならないことも多いから、今更よく本当に映画化したな、と驚いたくらいだった。そんなこともあってか、外国人の書いたゲイシャの話か、というくらいになめてかかっていたのに読んでみると驚くほど面白い。緒方拳が出てくるような映画を想像していた者にとっては女性が完全に主人公なのも新鮮だった。そして、とにかく翻訳がすばらしい。日本の作家が書いた作品としか思えない自然な文章。あとがきで、この作品は日本仕様のヴァージョンとして書かれた、と記されているが、原作とはどのくらい違っているのだろう。映画化された作品を見るのが楽しみなような、怖いような。やっぱり怖い。

ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月

ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月(上下)
【ヴィレッジブックス】
ヘレン・フィ−ルディング
定価\735
2004/12
ISBN-478972431X
ISBN-4789724328

評価:C
 ヒット映画『ブリジット・ジョーンズの日記』の第二弾。第一弾の映画も本も見ていない人間なので、そうか日記なんだ本当に、と間抜けながら今更、思った。そして、読みやすい本という意味では実によくできていると感心してしまった。基本的に読みやすいブログのようひとつの話が短くなっている。そして、日付のすぐ後に書かれている体重、吸ったタバコの本数、といったメモを四打だけで、その日のエピソードが分かるようになっている。さらには、同じ日付でも時間ごとにエピソードを区切ることで、話が新たな展開を迎えると教えてくれている、親切な作り。
 しかし、読んでいて、個人的には不満が残った。原因は次々と登場する意味不明な固有名詞。アメリカのTVドラマを見たりしてもそうだが、タレントやブランド名、店の名前などが話に登場して、それが皮肉やジョークのネタになっていると、どうやらおもしろいことを言っているらしい、という置いてきぼりをくったような寂しい気分になるのだ。読みやすい本だけにそんなことが余計気になってしまった。自己開発、ハウツー系の本のタイトルや出版社をこれだけ細かく説明してくれるのだから、そっちの説明もあればなあ、と思うのでした。


失われし書庫

失われし書庫
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
ジョン・ダニング
定価\945
2004/12
ISBN-4151704086

評価:B
 おなじみの古書をめぐってのジェーンウェイ・シリーズ第三弾。今回は「千夜一夜物語」、「カーマ・スートラ」の翻訳、探検記などで知られるリチャード・バートンの本をめぐる物語なのだが、はっきり言って、本編の話はどうでもよかった。だって、バートンのエピソードがあまりにもおもしろいんだもの。正直、そのまま彼の話だけで一冊書いてもらいたいくらい。南北戦争直前のアメリカ南部の秘境とも言える陸路を旅するリチャードたち。客を殺し金品を奪おうとする老婆のいる宿に泊まったり、宿のきれいな娘とリチャードとの恋愛があったりと魅力的なエピソードにことかかない。なにより、何を考えているのかよく分からない天才リチャードと、彼を尊敬しながらも、すっかり振り回されてしまうチャーリーとのコンビが絶妙なのだ。もちろん、祖父(チャーリー)がバートンと交流をもっていたという謎の老婦人の言葉は本当なのか、事件の黒幕はいったい誰なのか、という本編のストーリーもよくできているし、最後まで読んで満足できるものになっている。そう納得しながらも、やり場のない不満が残ったのであった……。

女神の天秤

女神の天秤
【講談社文庫】
P・マーゴリン
定価\840
2004/12
ISBN-4062749408

評価:B
 マーゴリンを読むのは93年の『黒い薔薇』以来だが、その手堅さは今も健在だ。次々と息をつかせぬ事件が起こり、最後の意外な結末まで一気に連れて行ってくれる。
 弁護士のダニエルは顧客の製薬会社に損失を与えたという嫌疑で事務所を解雇され、殺人容疑までかけられる。元同僚のケイトの助けを借り、無実を証明しようと事件を探ると、7年前にアリゾナの田舎町で起こった事件に鍵があると分かる…。
 企業の製造物責任問題、薬品の副作用事故といった、今日的な要素を取り入れつつも、複雑な事件を分かりやすく描いているのはさすが。しかし、難を言えば、登場人物に深みがまったく感じられない。主人公は多少の正義感があるものの、結局は自分の将来が一番気がかりという男。貧困生活から這い上がってきたわりには、ワイルドさもたくましさもない。行動も実に行き当たりばったりで、弁護士だったら、もう少し考えてから行動しろよ、といってやりたくなる。ケイトは彼のどこにそんな魅力を感じたのか。確かにシンプルに描いているから、事件が複雑でも分かりやすいというのもわかるのだが。