年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

山田 絵理

山田 絵理の<<書評>>



永遠の仔

永遠の仔(1〜5)
【幻冬舎文庫】
天童荒太
定価\600(1.2)/\520(3)/\560(4)/\560(5)
2004/10
ISBN-4344405714
ISBN-4344405722
ISBN-4344405730
ISBN-4344405838
ISBN-4344405846

評価:AAA
 読後、涙が止まらずおいおいと声をあげて泣いてしまった。親と子のどうしようもなく断ち切りがたい絆に、心を動かされたからなのだろうか。
 入院先の子供病院で出会った、心身ともに傷ついた優希と笙一郎と梁平の三人の子供。心が通い合った彼らは、退院を控えある計画を実行に移す。17年後、偶然再会したものの、お互いが長い間抱えてきた過去の秘密の呪縛から今も抜け出せず、悲しい事件を次々に引き起こしていく。
 読み進めるたびに、子供はこんなにも傷つきやすく、守ってやらなければいけないのだという、作者の叫びが聞こえてくるようだ。たとえ実の親にどれほど傷つけられたとしても、子供は愛し愛されようと努力してしまう生き物なのだと。
 絶望的になった優希が、嵐の森の中で寒さと空腹にふるえていると、二人の少年が彼女を見つけ出し、食事と音楽の聞こえるラジオを差し出す場面の、暖かさが忘れられない。真っ暗な部屋にともった、一本のろうそくのようで、いつまでも心に残っている。

煙か土か食い物

煙か土か食い物
【講談社文庫】
舞城王太郎
定価\580
2004/12
ISBN-406274936X

評価:A
 主人公の心の動きを瞬時にすくい取る、速さと動きのある文章でストーリーが展開されていく。
 主人公の故郷で起きた、連続主婦殴打生き埋め事件。彼の母親も被害に遭い、外科医として活躍していたサンティエゴから急遽帰国、復讐を誓い犯人を捜す。頭の回転が切れる彼は、犯人が残した暗号を次々に解いていき、犯人に近づいていく。同時に明らかになっていく彼の家族の在りし日々。祖父母、父と母、彼を含めた4人兄弟。次男は常に父に反抗し、父の怒りを買う。父と次男の暴力の応酬が果てしなく続くと思われる、いびつな家族の日常。
 けれど主人公は家族を憎むのではない。腹を立て馬鹿にしながらも、理解しており愛しているのだ。それが強烈に印象付けられるのが、彼が外科の手腕を発揮して家族を助ける、血まみれで凄惨な最後の場面だ。想像したくはない場面でありながら、家族は切っても切れない不思議なつながりなのだと強く思わせるのである。

僕というベクトル

僕というベクトル(上下)
【光文社文庫】
白石文郎
定価\880
2004/12
ISBN-4334737811
ISBN-433473782X

評価:D
 読み進めるのが大変な作品ではあるが、ぜひ主人公と同年代の男性に読ませてみたい。
 31歳の主人公の生活はセックスと嘘に彩られている。全てをなんとなくやりすごして生きている。心情を決して表へ出さない。一匹狼そのものだ。何か大きな事件が起きるのではなく、彼の日常や関わりのある友人や女たちの描写の中に、作者の強い思いが主人公の心情となって吐露されていく。自己のみを信じるという孤高な生き方。強い人間でないと、こんな生き方はできない。だからこそ、この主人公の生き方はどうなの?と、世の男性たちに問うてみたいのだ。
 多くの女性が、ミステリアスな彼に惹かれていく。けれど彼の女性に対する態度が相当ひどいのだ。自分の都合にあわせて平気で嘘をつき、気乗りのしない逢引をしたりする。そしてとても冷たい。こういう気持ちがわからないわけではないけれど、私はつい、主人公よりも彼に振り回される女たちに同情してしまうのだった。

どすこい。

どすこい。
【集英社文庫】
京極夏彦
定価\840
2004/11
ISBN-408747755X

評価:B
 『パラサイト・イブ』や『理由』といった有名な作品を下敷きにし、大勢のまわしをつけただけのお相撲さん達を出現させ、相手が誰であろうとかまわず取り組みを始めさせる、といった話が満載である。ああ、くだらない。そんなことを言ってもいいのだろうか。いいのだ。話の中でも、「くだらない、まるで駄作!」などと言いたい放題なのだから。
 力士達は地響きを立てて、やってくる。ずん、ずん、ずん。こわい。彼らの目的は取り組みだ。相撲は伝統的な国技であり、力士たちの強さや技の華麗さは、取り組みを通して見えてくるものだよね?でも本作では、まるで相撲取りが本能に突き動かされて取り組みをしている。だからかなり怖い、笑える、そして馬鹿馬鹿しい。
 この作品を読み終えた後、テレビや新聞で、マワシをつけただけの男達による伝統的な裸祭りなどのニュースを見聞きするたび、頭の中に「組んずほぐれつする力士たち」の姿がよみがえってきて、めまいがした。困ったものだ。

柔らかな頬

柔らかな頬(上下)
【文春文庫】
桐野夏生
定価\620
2004/12
\590
ISBN-4167602067
ISBN-4167602075

評価:A
 自分の力ではどうしようもできない困難にぶつかった時、人はどうするのだろうか。そういう状態の人々を、作者は冷静に見つめている。読者にも感情移入を許さないような、淡々とした客観的な描写が続く。  カスミと夫の仕事相手である石山は不倫の関係にあり、互いの家族を連れて、北海道の石山の別荘に行く。そこで隠れて逢引をする二人。直後にカスミの娘が失踪し、見つかることなく4年もの月日が流れる。カスミ以外の者達は不幸な事件を過去のものとして現実を生きていくが、彼女はそれを拒否し一人で愛娘を探し続ける。そこに再捜査を申し出た、がんで余命幾ばくも無い刑事の内海。出世のために事件を解決してきたような彼も、自分が死に近いという事実を受け入れることができずにいた。  自分の求める答えを探し続けながらも、現実と必死に折り合っていこうとする二人の姿が、とても痛々しい。奇妙な関係の二人の間に流れる感情はいったい何なのだろうか。私は二人にどう言葉をかけていいか、わからないでいる。  

さゆり

さゆり(上下)
【文春文庫】
ア−サ−・ゴ−ルデン
定価\730
2004/12
ISBN-4167661845
ISBN-4167661853

評価:C
 9歳のさゆりが、貧しさゆえに片田舎から祇園の置屋へ売られる。先輩芸妓から執拗ないじめに遭い苦境に立たされるが、やがて心の支えとなる紳士に出会い、同時に祇園一の芸妓に見出され、自身も祇園の頂点へ上り詰めていく。いわば祇園版シンデレラストーリーだ。
 物語は、自分の歩んできた道を、柔らかな京都言葉で回想するというスタイルだ。そこには、祇園というあでやかで華やかな、虚構のような世界を必死で生きる芸妓たちの誇り高い姿と、そのきらびやかさの影に隠れた、彼女たちのため息と悲しみを垣間見ることができる。
 ただ、さゆりという一人の女性としての生き方に焦点を当てた時、彼女が味わったつらさや悲しみが描き足りないと思えた。またアメリカ人を読者と想定して書かれたからか、比喩が多用されているのが気になった。しかも、それがぴんとこない例え方なのである。そのため、今ひとつ彼女に感情移入できなかったのが残念だ。

ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月

ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月(上下)
【ヴィレッジブックス】
ヘレン・フィ−ルディング
定価\735
2004/12
ISBN-478972431X
ISBN-4789724328

評価:A
 ブリジット様。ロンドンの女性達も同じような悩みを抱えているのね!あなたと同じような年代の私も、友人に会うと「仕事、結婚、そして女の生き方」に話題が終始してしまうのよ。
 だからあなたが「自由に生きている自分はかっこいい!」と思っていながらも、本当は自信が無くて、生きていくための指針が欲しくて「自己啓発本」に頼るのも、「シングルトン」として雄々しく生きる決意をするけど、やはり自分を理解してくれる恋人は欲しいと思う気持ちも、よくわかる。
 でも、すごくうらやましいのは、常にあなたの見方である2人の親友。何か起きればすぐにかけつけてくれるし、電話で話を聞いてくれるのだもの。「自己啓発本」なんかよりもずっと優れた、あなたを支える大事な存在。
 もっと私がロンドンのいろいろなこと、例えば雑誌とか服とか食べ物のこととかに詳しかったら、もっとあなたのことが手に取るように実感としてわかったと思う。それが残念ね。


失われし書庫

失われし書庫
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
ジョン・ダニング
定価\945
2004/12
ISBN-4151704086

評価:B
 古本屋の主人であり、元刑事であるクリフは、19世紀イギリスの文学者であり冒険家でもあるバートンが書いた稀覯本をオークションで手に入れ、一躍有名人に。その後、一人の老婆がクリフを訪ねてきて、その本は騙し取られた彼女の書庫の1冊であると主張した。彼女の祖父はバートンと親交を結んでおり、書庫はバートンが祖父宛に贈った本で、埋め尽くされていたという。クリフはその書庫を探しはじめるのだが……。
 老婆が催眠術(!)をかけられて話し出す、幼い頃に祖父から聞かされた話がとても面白い。南北戦争勃発前の、バートンと祖父がアメリカ南部を旅行する話。汽車や馬車での旅。小さな宿屋での暖かいもてなしに、ロマンスの芽生え。悪徳宿屋の主人に、殺されそうになったことも。しかも、この旅行でバートンは南北戦争のきっかけを作ったのだというのだが。
  1冊の古本が、こんなにもドラマを持っていることの驚き。この作品も、いくつものドラマが凝縮されている、贅沢なミステリーである。

女神の天秤

女神の天秤
【講談社文庫】
P・マーゴリン
定価\840
2004/12
ISBN-4062749408

評価: