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林 あゆ美

林 あゆ美の<<書評>>



耳そぎ饅頭

耳そぎ饅頭
【講談社文庫】
町田康
定価\700
2005/1
ISBN-4062749688

評価:B
 文章を書く時にひとつの枷をかけるのは、けっこうツボにはまるかもしれない。「鳩よ!」に連載していたこの原稿の最後を、町田氏は3文字にしぼった、と思う。メインは「うくく」で締め、他のバリエーションは「うるる」「えーあ」「ららら」などなど。ほがらかに貧乏を歌い、自分の偏屈さを素直なものにしようと努力する日々が、この3文字目指して、すちゃらかさっさと踊っている。舞城氏の文体もそうだが、書かれていることに対して、適度に気を抜いて、でも時々気を入れてのリズムが、読者にまた読もうかなと思わせるのではないだろうか。こんな風に書いてみたいと思っても、プロだからこその技術なのだ。私も次はどの3文字で締めるのかと思うと、早く早くとページを繰ってしまった。どれも、3文字着地がきれいに決まり、さて楽しみな最後の章は、なるほど、こうきましたか。


ピピネラ

ピピネラ
【講談社文庫】
松尾由美
定価\730
2005/1
ISBN-4062749726

評価:C
 「ピピネラ」このきれいな響きをもった言葉に、何かピンとくる人は児童書が好きな人。この小説全体に流れる寓話のような雰囲気が、タイトルによくあっている。話の中では、不可思議な言葉として、忽然と消えた夫を捜す妻のキーワードになっている「ピピネラ」。人がひとり急にいなくなるのだから、残された者には何もかもが謎につつまれてしまうそれだけでなく、妻の体に起きた変調は夫がいなくなる前からずっと続いている。何かの瞬間、それを引き起こすタイミングは本人さえもつかんだようで、はっきりしない時に起こる。身体がすーっと小さくなるのだ。それも豆粒のように極端な小ささではなく、小さい子どもの身長くらいの中途半端なものに。夫を捜しながら、自分探しもしているような〈わたし〉の旅につきあっていると、通り過ぎた過去をみているようだった。人生はどこかで辻褄があうと思っているので、結婚してからはじまった、〈わたし〉の自分探しがセンチメンタルにみえたのかもしれない。


夜明けまで1マイル

夜明けまで1マイル
【集英社文庫】
村山由佳
定価\500
2005/1
ISBN-4087477746

評価:C
 たとえば、自分が大学生だったらと想像してみる。もしくは、単身赴任の夫がいて、まだ子どものいない自分を想定してみる。
 この小説は、センスある魅力的な大学生の〈僕〉と知的でクールなマリコ先生との恋話。プラス〈僕〉が大事にしているバンド活動にからめての幼なじみや友人らとのやりとり話がミックスされたもの。10代の頃のひたむきさが誠実に描かれていて、10代ならではの優しさと頼りがいも丁寧になぞられている。
 ふむ。子どもの本には、よく対象年齢が書かれているが、大人向けになるともうそんな年齢は書かれない。この小説にそれをつけるとしたら、やはり10代だろうか。20代前半くらいまででもいけるかな。もしそれがついていたら、より楽しい出会いをする読者がきっといるはず。泥臭さの上ずみがきれいに書かれていて、安心できるし、ちゃんと胸もきゅんとする。


おいしい水

おいしい水
【光文社文庫】
盛田隆二
定価\720
2005/1
ISBN-4334738125

評価:C
 マンションでのご近所づきあい。子どもたちを幼稚園に送り出したあと、気の合う人どうしが、集ってお茶をする。だんな同志も、会社から離れての関わり合いを、気楽に受け入れ、家族で旅行に行ったりもする平穏な日々。そこに、毛色の違う家族が入ってきて、今度は家族ぐるみの飲み会が、持ち回りで開かれるようになる。飲んで、さわいで……。
 子どもに少しずつ手がかからなくなったら働こう、そう思っている女性たちがこの小説の主人公だ。そして、彼女らは様々にそれを形にし、外に出て行き、小さな波がたちはじめ、家族に変化がひたひたと近づいてくる。帯に書かれている文言は「あなたにとって、結婚は渇きを癒してくれますか?」
 作者がカルチャーセンターで取材した12人の女性のうち、11人がベストパートナーは夫ではないと言い切ったそうだ。人生の確かな分かれ道である結婚について、しみじみさせられてしまう。


サーチエンジン・システムクラッシュ

サーチエンジン・システムクラッシュ
【文春文庫】
宮沢章夫
定価\550
2005/1
ISBN-4167695014

評価:C
 〈僕〉は大学時代の友人の消息を新聞で知る。「虚学」という名前のゼミで一緒だった友人が殺人を犯したのだ。冒頭、友人の首藤が弁護士に語った詳細な内容が記される。2ページと1行にわたって語られる人の首を絞める細かな描写のリアルさに、ちょっと引いてしまう。感情的ではなく、適切な具体的さで語る内容は、私自身も非常にわかりやすく理解でき、だからこそ人の首を絞めるとどうなるかが切実にせまってきた。首藤の事件を知った〈僕〉は、ずいぶん前にすれ違った店を探そうと思い立つ。ところが、その店になかなか行き着けない。曖昧模糊とした世界を独りでさまよっているかのように、延々と探し続ける。冒頭の殺人描写のわかりやすさと比べると、〈僕〉が店を捜す道程は一貫して非現実的で、平和な日常から遠く離れている。読んでいる間中、はっきりしない世界を読み手の自分もたどっていく、その感覚がおもしろかった。表題作と「草の上のキューブ」が収録されている。


ミナミノミナミノ

ミナミノミナミノ
【電撃文庫】
秋山瑞人
定価\557
2005/1
ISBN-4840229147

評価:A
 父親の仕事の都合で中学3年の今まで8回の転校を経験している正時。そうこうしているうちに受験生になっている正時。突如として正時の受験を認識し、「ものすごい環境のいいところだから勉強をするにはもってこい」というリカ姉(正時の叔母・25歳)の言葉にあっさり賛成する両親。ということで、正時は南の島に行くことになる。諸般の事情でたった一人、船に乗らされ……。
 岬島は不思議な島で、着いて早々、激しい身体検査はあるは盛大な宴会もある。なんとかそれらをクリアしていく正時は、島で夏の日々を満喫できる……か? ボーイミーツガール物語を約束されているので、ちゃんとかわいい女の子との出会いも用意されている。だが、もちろんふつうの女の子ではなく――と、終わりが「つづき」の、つまり何巻か続く物語の1巻目なので、一面くまなくおもしろそうな題材をちりばめていながら、完結していない。ちぇ。願わくは、この書評担当中に2巻が出ますように!


聖なる怪物

聖なる怪物
【文春文庫】
ドナルド・E・ウエストレイク
定価\750
2005/1
ISBN-4167661888

評価:C
 解説によると私生活で欠点を持つ偉大な俳優を、「聖なる怪物」と言うらしい――。
 酒とクスリで身体も精神もボロボロの老優ジャックが、請われてインタビューに応じている。体中が痛くて身もだえするほどの苦痛の中、なぜこんなインタビューに応じているのだろうと、時折戻る正常な精神が反応するのだが、ズボズボとまた戻っていく。フラッシュバックされる記憶話を聞きながら、読み手の私は少しずつジャックの話を理解していく、いや、理解したつもりになっていく。
「いろいろな面であなたは怪物、飽くことのない乳児期の表れよ。それと同時に、神聖なる愚者、聖なる怪物、現実のきびしさに影響されない純真な人なの」
 昔、恋人にこう評されたジャック。彼の話す結末は、もつれあった話にぴたりと着地して、錯乱した物語に終わりを告げる。私はジャックの話が終わって安堵し、それから少し爽快な気分になった。


無頼の掟

無頼の掟
【文春文庫】
ジェイムズ・カルロス・ブレイク
定価\810
2005/1
ISBN-4167661896

評価:A
 パワフルな活劇ドンパチ物語。
 ライオネル・ルーミス・ラサル、通称ソニーは、高校3年の半ばに人生の岐路にたち、もっとも望む道に進むことに決めた。12歳年の離れた双子の叔父たちと強盗家業をするのだ。「金は稼ぐより勝ち取るほうが気分がいいことは誰でも知ってる」と叔父の一人が言えば、もう一人は「だがとにかく盗む――なかでも強奪する――のが最高さ」と宣う。物騒に聞こえるが、彼らは自分たちのルールにのっとり、たいがいは誠実に強盗を重ねる。しかし、そんな事をしているのだから、憎まれもするし敵もできる。物語はドンパチを繰り返し、一方で、ソニーたちを強く憎む敵が追いつめていく様子に読者は立ち会う。じりじりと敵が近づいてくる描写には、ハラハラしてしまい、どんどんページを繰るどころか、休憩をはさんで一息いれた。そうやって緊張する気持ちと折り合いをつけながら、読了。
 あぁ、疲れた、しかし、いい物読んだという心地よい疲れ。みなさまもぜひご一読を。


魔法

魔法
【ハヤカワ文庫FT】
クリストファー・プリースト
定価\966
2005/1
ISBN-4150203784

評価:A+
 第一部はたったの3ページ。一部の最後に書かれているように、これは、さまざまな声で語られた物語で、さまざま故に、物語の骨格をつかんだと実感した次の瞬間に、それがするっと抜けて、また骨抜きになってしまう。それらを何度も繰り返し、繰り返し、気づくと物語はすでに後半だった。
 報道カメラマンのグレイは、爆弾テロに巻き込まれ記憶喪失で病院に入っている。失われた記憶に辟易しているところに、かつての恋人だと名乗るスーザンが面会にきた。まったく覚えていないが、恋人だったのだから一緒にいることで、記憶がつながるのではないか、そうグレイは望みをたくし退院する。これが物語の最初の筋。進んでいく筋を追いかけながら読むわけだが、今まで追ってきた筋をするりと通り抜ける仕掛けがあちこちにでてくる。するりと抜ける感覚も慣れてくると、読み進める楽しみになる。最後の最期まで、その仕掛けがほどこされていて、作者の技量にほれぼれした。


航路

航路(上下)
【ヴィレッジブックス】
コニー・ウィリス
定価 各\998
2004/12
ISBN-4789724387
ISBN-4789724395

評価:AA+
 臨死体験をテーマにオーソドックスな科学研究をしようと、日々努力しているジョアンナと、臨死体験の原因と働きを科学的に解明しようとするリチャードが出会い、誰もが経験するわけではない特別なもの、その謎にせまっていくうちにわかってきたものは……。
 読了後、すぐ再読しようかと思い、でももったいないので少し余韻を味わって、それからにしようと決めた。本に対する予備知識を何ももたずに、まっさらな気持ちで読んだ。これは臨死体験の本? タイタニック? 読み進めて疑問符が次々浮かぶたびに、物語がそれらをきれいに整え、ただひたすら『航路』の世界に気持ちを向かせた。長い話? いえいえ、足りないくらい。もっと書いてもいいくらい。ファンタジーやら魔法やら何でもいいから総動員して、この泣きそうになる熱いものを止めてほしいと思った。ラストは何て言っていいのかわかりません――。
 章ごとに書かれている著名人の臨終の言葉も、深く深く残ります。