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久保田 泉

久保田 泉の<<書評>>



耳そぎ饅頭

耳そぎ饅頭
【講談社文庫】
町田康
定価\700
2005/1
ISBN-4062749688

評価:B
 芥川賞作家にしてパンク歌手。自称偏屈野郎“町田康”が怒り、ぼやきつつもそれまで忌み嫌っていた世間の楽しみの中に、パンク魂とやらを引っさげて突撃するレポート、じゃなくて、エッセイだ。この本を出版した年には、氏は芥川賞を受賞したのだが、スタンスはあくまで、三流歌手&貧乏。事の真偽は別として、町田節と言える独特の文体で奏でる日常は、意外にもその辺のオッチャンみたいに小心で、笑える。
 町田氏は、己のCDが売れぬ事を嘆き、自分の偏屈こそが総ての元凶と悟り、偏屈を捨て世間一般の遊びと戯れることで、収入アップを図ろうと言う。この心理の真偽もまた別として、温泉、蟹グルメ旅、ミュージカル、ディズニーランド(!)におフランスetc…という遊びのラインナップとあの鋭い目力を持つ町田康!このミスマッチが生む話が、面白い。
 しかしなぜにナンジャタウンへ?私の好きな江戸東京たてもの園にも本当に来たのか?信じられん、渋過ぎるぞ。自虐的なサービス精神で読む者をけむに巻く、パンクな一冊。題名の意味は今もって不明。

ピピネラ

ピピネラ
【講談社文庫】
松尾由美
定価\730
2005/1
ISBN-4062749726

評価:B
 読了後、胸がざわざわと落ち着かなくなる小説だ。四年の結婚生活を共に静かに過ごしていた夫が、妻の加奈子に何も告げず、突然消えた。“ピピネラ”という不思議な言葉を残して。実はその1年半前から、加奈子の身体には、あるとんでもない変調が起きていた。しかしその事実さえも夫は、真綿でくるむように受け入れていた。そもそも、この夫の行動が不可解で、不安にさえなるのだが。目撃した夫の同僚掘井によると、夫は上野発の夜行列車で北へ向かったらしい。加奈子は身体の秘密という爆弾を抱えたまま、偶然の再会で同行する事になった友人の千紗と、夫を追う旅に出る。
 展開はミステリー仕立てではある。登場人物もみな、どこかに謎を秘めている。だが、明快な答えはどこにもない。それなのに、読みながら、頭がフルに回転する。あなたは誰?あなたの隣の人は?そしてあなたの秘密とは?と作品が執拗に聞いてくるのだ。
 この作風で驚くなかれ、松尾由美は本当に一冊毎に違った面白さを提供してくれる作家だ。ぜひぜひ他の作品も、手に取って読んで欲しい。


夜明けまで1マイル

夜明けまで1マイル
【集英社文庫】
村山由佳
定価\500
2005/1
ISBN-4087477746

評価:C
 憧れのマリコ先生と深い仲になってしまった大学生の涯くん。本気で先生に恋している、問題はこれが不倫だという事だけ。もう1つ夢中になっているのは、バンド。そのリードボーカルのうさぎは、恋愛下手で涯の幼なじみという設定。しかし、この年で恋愛上手はそういるまい。何度も、幼なじみは恋の対象にはならない、と強調する涯くん。対象になるかならないか、読者はどちらの考えを取るかで、作品の楽しみ方が変わってくる。しかし、クールで美人のマリコ先生の夫婦関係はあまりにステレオタイプだ。青春小説の王道には欠かせないのだろうか……。
 きっと、十代が読めばまた全然違った感想を持つだろう。不惑に足を踏み込んだ私には、いかんせんつっこみ所が多すぎた。帯の“誰かを好きになるって化学反応みたいなもの”歌の歌詞のようではありませんか。いや、感心してるんです、ホントです。ラストは、癒しのセラピーのようで、思わず泣いてしまった。35歳以上(根拠なし)は、自分の“枯れ”具合を判断する、リトマス試験紙として読むと良いと思う。

おいしい水

おいしい水
【光文社文庫】
盛田隆二
定価\720
2005/1
ISBN-4334738125

評価:C
 職場結婚した夫の大樹と暮らす、専業主婦の弥生。出かけていく場所は無数にあるが、自分の居場所はどこにもない。孤独と人恋しさの最中に、娘の美樹を妊娠する。子育てに幸福を感じつつも、弥生の焦燥感はなくならず、入園を機にタウン誌のライターを始める。生活の変化と共に弥生の身辺も、夫との関係も平穏が崩れていく。同じマンションの住人の夫婦達も、家庭という社会の中で、それぞれが情けない綻びを見せていく。しかし、ダントツは大樹で、夜の顔の壊れっぷりには参った!
 マンションの夫婦達で、頻繁に開く〈ホーム飲み会〉での会話はあけすけで、テレビの再現VTRを見るよう。下品なまでにリアルな会話文は迫力がある。特に周囲を翻弄する、奔放な千鶴の言動は生々しい。一方、弥生は真っ直ぐでかわいらしいキャラ。結局双方、男性の理想のタイプなのか。そう思うと、男の想像する主婦の幻想物語にも読めてくる。
 だって、じれったい年下のメル友との恋愛といい、再就職にポンっと25万は、話があまりに上手すぎるでしょう!!

サーチエンジン・システムクラッシュ

サーチエンジン・システムクラッシュ
【文春文庫】
宮沢章夫
定価\550
2005/1
ISBN-4167695014

評価:D
 表題作のコピーは“ユーモアと不条理が炸裂する、池袋の夜”とある。“不条理”を辞書で引いてみたら、〈客観的に事柄の筋道が通らないこと〉ということだった。まったくその通りの読後感。正直、どこがユーモアなのかさえ、よく分からなかった。「アブノーマル・レッド」という風俗店を探し、池袋をさまよい歩く“男”。そこから、前後の脈略があるような無いような、まさしく不条理なストーリーが続いていく。唐突な、独白みたいな文中の長セリフは、お芝居で、役者が狂気に満ちた目をして語っているよう。そこだけがぽっかりと浮き出て、妙に印象に残る。もう一作の“草の上のキューブ”の方は、キューブというあだ名の男が主人公。見慣れた地方の町に暮らし、働き、妻も子もいるけど、パソコン依存という設定。キューブとは、懐かしのルビックキューブのキューブ。こちらは大分読みやすいとはいえ、何度やっても揃わないルービックキューブをやっているような読書だった。ふうっ…

ミナミノミナミノ

ミナミノミナミノ
【電撃文庫】
秋山瑞人
定価\557
2005/1
ISBN-4840229147

評価:D
 なんでしょう…この“萌え”という単語を連想させるような、手に取るのさえ気恥ずかしくなる表紙。さらに、生理的に受け入れ難い、不可思議な題名…。電撃文庫の存在さえ初めて知った私には、大げさでなく異次元体験でありました。
 恐る恐る読んでみると…主人公の中学生、武田正時が、叔母のリカに「環境がいいから、勉強にもってこい」とまんまと騙され、はるか南の岬島で、一人で島民に囲まれ一夏を過ごすというストーリー。リカに貰った謎の首飾りが原因で、奇妙な出来事が、正時の身辺に起こっていく。我が家の小5の娘が喜びそうな話は、なんとか読めるとして、文中にも萌え系アニメが突如バン!と現れるのは心臓に悪い。私ではしょせん無理か、と娘に読ませた感想は、島民のキャラが面白い、ラストがエッ何それ〜、著者近影がホラーみたい。なんとここまでは母と同じ。さらに一言、「でも正時はもっと勉強しないとダメだね」うーん、小学生の方がシビアですな。ごもっともです。


聖なる怪物

聖なる怪物
【文春文庫】
ドナルド・E・ウエストレイク
定価\750
2005/1
ISBN-4167661888

評価:A
 いや〜面白かったです、満足です。なんでもミステリ界の巨匠による80年代の伝説の名品だとか。そんな冠はむしろ気にせず、まっさらな気持ちで読むことをお勧めしたい。冒頭いきなり、おおおおお…という奇妙な唸り声?で始まり何だこの話は?と度肝をぬかれる。これは、老優ジャック・パインが大邸宅のプールサイドで、錯乱し、興奮し、笑いながら、自らの半生を語る心中の描写の一つなのだ。実力と名声を得たジャックが、インタビュアーに語り出した人生は、酒とドラックにまみれ、演技の才能は素晴らしいが、妻には去られ、幼なじみにはたかられと、私生活は欠点だらけだ。狂気を帯びた独白は、支離滅裂なようで、名優の孤独と悲しみがひたひたと読者に迫ってくる。一見、展開はミステリらしくなく、伏線も奇をてらっていない。しかし圧倒的に見事な結末にやられてしまった。つまりジャックの語る人生すべて、物語の一字一句が謎解きに繋がるのだ。どうか気を抜かずに、最後まで読んで下さい。絶対に損はしないはずです!


無頼の掟

無頼の掟
【文春文庫】
ジェイムズ・カルロス・ブレイク
定価\810
2005/1
ISBN-4167661896

評価:C
 無頼とは、定職がなくて、法を無視した行動をする人。そんな人たちにも掟があるんだ〜ってそんなノンキな話ではない。18歳のソニーの双子の叔父、バックとラッセルはプロの強盗。必要とあらば、殺人も容赦なく犯す。学力優秀なソニーだが、生まれた時から流れる無頼の血によって、自ら叔父たちの仲間となり、強盗を重ねていく。そんなある日、叔父たちと決行した銀行強盗が失敗し、ソニーだけが捕まり、沼地の中の監獄に送られる。更に、監獄の中で騒ぎをおこし、警官をあやまって殺してしまう。ソニーは決死の脱獄を成功させ、また叔父たちの元に戻るが、殺した警官の父で、刑事のボーンズが復讐のためソニーを追う。このボーンズの方が強烈な無頼刑事で、なんと強盗に打たれ失った左手に、クロム製のペンチを装着しているという悪趣味さ。ボーンズがソニーの関係者を、次々にその手の武器を使い冷酷に殺害していく描写は胸が悪くなる。危険な夢を追う犯罪活劇…それは私にはさっぱり理解出来ない男社会でした。どうでもいいけど無頼を通すなら、都合よく女に甘えるな〜。

魔法

魔法
【ハヤカワ文庫FT】
クリストファー・プリースト
定価\966
2005/1
ISBN-4150203784

評価:B
 読後感が、まさに魔法にかかったような気分になる。物語の前半と後半では、がらっと話の雰囲気というか、方向性が変わってしまい驚く。主人公リチャード・グレイは、幾度となくおのれの生命を危険にさらした、勇気ある報道カメラマン。実はこれが既に物語の魔法を解く重要な要素となるのだが、もちろんそれは読んでのお楽しみ。そのリチャードが爆弾テロの巻きぞえを食って重傷を負い、数週間の記憶を失ってしまう。入院している彼のもとに、一人の魅力的な女性スーザンが訪ねてくる。この、魅力的という言葉も、魔法を解き明かすキーワードなので、要注意。彼女は、事故の直前に別れたガールフレンドらしいが、リチャードは何も覚えていない。しかし、彼女に会ったとたん惹かれるリチャード。だがなぜか敵意のようなものも感じてしまう。物語はスーザンにつきまとうナイオールとの三角関係を軸に、ファンタジックで、想像不可能な展開の中、魔法の秘密を見せていく。楽しみが半減するので あまり説明出来ないのが残念だが、読むにつれ驚きが増す、稀有な小説だと思う。


航路

航路(上下)
【ヴィレッジブックス】
コニー・ウィリス
定価 各\998
2004/12
ISBN-4789724387
ISBN-4789724395

評価:B
 あ、厚い……。ぶ厚い文庫本が2冊。思わず読了できるか不安になったが帯にある、“宮部みゆきさん絶賛!瀬名秀明さん絶賛!”の推薦文を心の支えにして、勇気を出して読み始めた。物語は臨死体験という、誰もが多少は興味を持ち、しかしそれ自体は真偽のほども含めて、誰もがよくは知らないという壮大なテーマをドラマチックに、息もつかさず綴っていく。認知心理学者のジョアンナはERと小児科、臨死体験の聞き取りに忙しい日々。神経内科医のリチャードは、被験者の脳に臨死体験そっくりの幻覚を誘発する薬物を発見し、ジョアンナに協力を求め、実験を行う。被験者が不足し、自ら実験台になるジョアンナ。彼女が臨死体験で赴いた先は、彼女が知っているのに、でも思い出せないという場所だった。その場所が明らかになって、後半のジョアンナの臨死体験の場面は手に汗にぎる展開になっていく。
 とにかく長い上に、伏線があちこちにはりめぐらされているので、正直一度読んだだけではどこまで理解出来たか自信がない。作者は、死と生という表裏一体の謎を作品を通して探求していく。各章の頭にある様々な人物の臨終の言葉も、興味深い。