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林 あゆ美

林 あゆ美の<<書評>>



神様からひと言

神様からひと言
【光文社文庫】
荻原浩
定価 720円(税込)
2005/3
ISBN-4334738427

評価:C
 製造番号TF01LLの決済会議がはじまる。企画者と専務が意見の相違を見せ、会議が難航しそうな様子から物語ははじまる。企画者が決して商品名をいわずに製造番号をよぶことに固執しているなか、専務はあっさり商品名を連呼。商品名が好きではない企画担当者の頬が紅潮していく描写はリアリティにあふれ思わず同情してしまった。いったい、どんな話なの? と冒頭の引き込みは上々。
 筋は、再就職した食品会社で、主人公はトラブルを起こし、「お客様相談室」に異動させられる。毎日毎日たっくさんの苦情電話がかかってくる「お客様相談室」で働く悲喜こもごもがどっさり書かれて、自分だけが苦しいわけじゃないんだとエールをもらった気分になってしまう不思議さ。会社員生活の光と影、もちろんプライベートも大変な主人公をどうぞみてみてください。

越境者たち(上下)

越境者たち(上下)
【集英社文庫】
森巣博
定価 上)660円(税込)
下)650円
2005/3
ISBN-4087477991
ISBN-4087478009

評価:B
 ギャンブル「小説」。とあるが最初の数章までは小説なのか、回想録なのか、文体に特徴がありすぎて読み進むのがしんどかった。オーストラリアを拠点として、世界中の賭場を攻める国際博奕打ち兼作家である著者が、「事実=ファクト」と「作り話=フィクション」と合体させた「ファクション」という手法で書いたもの。強烈な人物マイキーという名のヴェトナム系オーストラリア人の物語が展開されている。ドンパチたっぷり、ギャンブルたっぷり、濃密な賭場で出会ったマイキーと著者と思われるヒロシさんのやりとりは、生き抜くこと、それにつきる。ギャンブルをやったことがなくても、物語の中で臨場感を味わい、手に汗をにぎってしまう、いや、ほんとに。
 エピローグの壮絶さに、読了してすごく疲れました。でも、ついつい数回読み直し、ため息を何回もつき、読んでいないつれあいに、そのすごさを語ってしまう力がある物語、すごい小説です。

夜離れ

夜離れ
【新潮文庫】
乃南アサ
定価 460円(税込)
2005/4
ISBN-4101425396

評価:C
 6つのマリッジ・サスペンスが収録された短編集。
 結婚をめぐる女性達の心理が、サスペンスにつながっていく。男性にとっても女性にとっても、結婚はおおむね一大決心。どんな人に出会えるか、そして幸福になれるのか。この短編では、結婚に憧れをもつ女性達のもつ怖さがじわっと描かれている。
 結婚生活が宝物箱のようにきらめきをもつ、玉手箱のように開けてみると、あれ、こんなはずじゃないのにと思う。でも、開けてみるまでは、どうしても何が入っているのだろうと期待を大きくしてしまうし、大きすぎると期待はずれになってしまう。期待はずれでもいいから、その箱を持ってみたくなるのもよくわかる。それなのに、こうして人ごとのように読んでいくと「あらあらあなた、期待しすぎ」とエラソーに助言したくなる自分に苦笑してしまう。

女たちよ!

女たちよ!
【新潮文庫】
伊丹十三
定価 500円(税込)
2005/3
ISBN-410116732X

評価:A
 著者、伊丹十三が本作を書いたのは1968年、いまから37年前だ。伊丹十三は冒頭で蘊蓄──お刺身を食べるとき、山葵をお醤油の中へといてしまうのはよくない。山葵はお刺身に直接つけるほうが、美味でもあり、経済でもある──などをならべたあとに「これらはすべて人から教わったことばかりだ。私自身は──ほとんどまったく無内容な、空っぽの容れ物にすぎない」とことわりをいれて本書をはじめる。正しく美しく生きるための礼儀作法がちりばめられたそれに納得し真似したくなる。ベスト・ドレッシングは野菜の水をよく切り、ドレッシングは食べる直前につくること、できあがったサラダをタッパーウェアなんかにいれて冷蔵庫にしまうのは、食べる人にとっても野菜にとっても侮辱でしかないと言い切る。また音楽を聴く上で大事なのは、その再生装置に凝ることではないと言い切る。そして「音楽というのは耳や鼓膜のために書かれたのではない。心に向かって書かれたのだ」と伝えてくれる。きっぱりとした美しさあふれる一冊だ。

オール・アバウト・セックス

オール・アバウト・セックス
【文春文庫】
鹿島茂
定価 590円(税込)
2005/3
ISBN-4167590042

評価:C
 セックスのフィールド・ワークを試みたいと思った(by 著者)。本書はタイトル通り、あれもこれもセックスについて書かれた本について評している。女の性欲、風俗、SM、AV、ストリップと、てんこもり。そう、てんこもりすぎて、エロっぽさはありません。どんな分野でもフィールド・ワークしはじめると、そこには「学」が入る。エロに学が欲しい人、どのくらいいるかしらんと頭をかすめます。「ギばっかいってないでチンポ立たせい! っていうのが読者でしょ」(by 南伸坊『さる業界の人々』)という言い方の方がすんなり心に入ってくる私としては、おおっぴらじゃない方が好みです。でも、どんな分野においてもはじめて読むものを探そうとしている人には、ガイド本ってありがたいもの。なので、セックスの実用書にはどんなものがあるのだろうと探している人や、参考書としてオススメ本を知りたいという切実な人には、便利本になるやもしれません。

チリ交列伝

チリ交列伝
【ちくま文庫】
伊藤昭久
定価 735円(税込)
2005/3
ISBN-4480420754

評価:B
 古本店「古書いとう」店主が、1972当時に原料屋だった時に出会った人々の物語。チリ交というのはチリコーと呼称され、家庭から出る古新聞、古雑誌、古本をトイレットペーパーや化粧紙と物々交換する人のことを言う。あとがきによると、チリ交は、時間の制約のなかで行動することが不得手な人達、様々な職業からの転身者ばかりの集団だった。チリ交になった人、それぞれに皆それぞれの物語を抱えていて、著者はそういう変わった人達がいたことを書いておきたかったと記している。
 一昔前の日本にあった景気のいい仕事、その人たちの生い立ちは確かにどれも非常に濃い。ひとりふたりなら、心に残って思い出しそうだが、まとまって読んでしまうと、若干濃すぎる。自分以外の物語に耳を傾けるとするなら、一度に読まない方がいい。今日は一人の話を聞き、明日はまた別の人、少し日を置いて違う人の話をゆっくりゆっくり聞いていくと、この本との出会いがうれしくなる。


カジノを罠にかけろ

カジノを罠にかけろ
【文春文庫】
ジェイムズ・スウェイン
定価 810円(税込)
2005/3
ISBN-4167661942

評価:AA+
 世の中にはいろいろな職業がある。主人公トニーは62歳のイカサマ・ハンター。カジノにおけるイカサマを天才的勘で見つけ出すのが仕事だ。ちなみにこの仕事を外向けにいえばカジノ・コンサルタント。60歳までは、警官としてカジノの不正行為を取り締まっていたのだが、これほどの才能をカジノが黙っておくてはない。現役時代と変わらないほどの忙しさは、せちがらい世の中と対比してうらやましくも思えてくる。しかし、やはりトニーにもアキレス腱はある。だめだめ息子が、いつも父親の足を引っ張るのだ。父親が働いて得たお金をだめ息子は、やっぱりだめ事に使いまくる。かわいそうなトニー。読んでいるうちに、トニーに同情しつつ、彼の才能を活かした仕事っぷりにわくわくする。ギャンブルのまわりに集まる男達も女達もどうしてこうおもしろい人間ばかりなのだろう。ハラハラ、ワクワクする気持ちは物語を楽しむ王道だ。これはクセになる、いやもうなっている。第2作目が翻訳出版予定とのことで、早く早く出してほしい!

悠久の窓(上下)

悠久の窓(上下)
【講談社文庫】
ロバート・ゴダード
定価 上)920円(税込)
下)940円
2005/3
ISBN-406275021X
ISBN-4062750392

評価:B
 老いた父親が暮らしている家を、とある富豪が目をつけた。いい値段をつけてくれた。子どもたちは、それはいい話だ、父さんぜひ家を売ってくれないかと持ちかける。長兄の誕生パーティを父親の家で催そうと皆が集まったその日から、家を売る話が出てから、ニコラスはまきこまれていく、悲劇に。
 ゴダードのおもしろさは物語の厚みであり深み。幾重にも幾重にも物語があり、読むことの醍醐味を堪能できる。解説を読んで納得したのは、初期の傑作『千尋の闇』などの読者が求めるゴダードだ。私もはじめて読んだのが『千尋の闇』で、それ以来、濃密で繊細な物語を求めてきたように思う。「毎回毎回エモーショナルに謳っていては、マンネリズムに陥るだけで、成熟も深化もない」というくだりを読んで、あぁそうなのかと合点がいった。ゴダードの複雑さが成熟した本書は、たしかに深化があるからこその話がここにある。ニコラスが父親の家に向かう途中“結果はゆっくりと嬉しいとはかぎらないものへ孵化していく”と叙述した通り、物語はゆっくりすすみ終わる。

天使の背徳

天使の背徳
【講談社文庫】
アンドリュー・テイラー
定価 1,000円(税込)
2005/1
ISBN-4062749750

評価:A
 牧師デイヴィッドは10年前、妻に先立たれ娘と暮らしている。そこへ3年前に夫を亡くした出版経営者ヴァネッサと出会い、再婚。久しぶりの結婚生活をうれしく思っていた矢先に、不可解なことが続けて起きる。
 ぽとりと暗い影が落ちると、ぬぐい去られることなく、次々ぽとりぽとりと暗いものが落ちてくる。読み手は、牧師デイヴィッドの未来に幸福を感じられないまま、不穏な空気をかきわけながら物語を読み進む。男性としてうずくような体の訴えは切々とし、それがまた別の影を落とし、物語に緊張感をもたらせている。じっくり心理をなぞったあとのラストが小気味よかった。いや、不幸は不幸として結果は出てしまうし、すべてがすっきり解決したラストではない。しかし、朝起きてカーテンをしゃっと開けた時のような清々しさがある。デイヴィッドの霊的指導者であるピーターの言葉がいいのだ。そうだろうかとしか言えないことでも言ってほしいものがある。それをピーターがしっかりデイヴィッドに与えるのだ。

レッド・ライト(上下)

レッド・ライト(上下)
【講談社文庫】
T・J・パーカー
定価 各650円(税込)
2005/2
ISBN-4062750007
ISBN-4062750015

評価:C
 主人公、マーシ・レイボーンは刑事部殺人課巡査部長。シングル・マザーのマーシには、プロポーズをしてくれる同僚がいるが、なかなかイエスと言えない。6歳の子どもも彼になついているのだけれど、マーシには、まだ子どもの父親であるティム・ヘス──やはり同じ仕事をしていた刑事──の事が忘れられず(ちなみに彼は亡くなっている)、同僚のマイクの元に飛び込めないのだ。そんな時、マーシの担当した事件の容疑者に、マイクが浮かぶ。マーシはどう対処していくのか……。
 マーシも含め、登場人物それぞれが複雑な背景をかかえて、キャラクターに陰影をだしている。事件の犯人を見つけるという正義も、ただそれだけをまっすぐ描くのではなく、複雑に入り組んだ事情をほぐしていく様は読みごたえあり、ページを繰る手が早くなる。しかし、これだけタフでがんばっているマーシの相手としてのマイクに魅力がもう少しあればなぁと、読者としてリクエストをつけたくなる。いや、だからプロポーズにイエスと言えなかったのかと納得もするのだけど。