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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

三枝 貴代の<<書評>>


孤宿の人
孤宿の人(上下)
【新人物往来社】
宮部みゆき
定価1,890円(税込)
2005/6
ISBN-4404032579
ISBN-4404032587
評価:AA
 死ぬことを願われ、阿呆のほうと名付けられた少女は、不幸を払う金比羅参りのために、江戸から瀬戸内にまで送られた。同行した女中に捨てられた彼女は、丸海藩の藩医の家に引き取られる。藩では、幕府の不吉な罪人・加賀殿を預かる件で大騒ぎだった。
 下手な作家が史実を元にすると、えてしてその事件のど真ん中にいる人間の視点で書いてしまうものです。権力者側の視点で書くと、その物語は公的記録に極めて近くなり、新しさが少なく、管理職の心得書のように教条的になりがちです。対して宮部みゆきは、その場に立ち合った者の中でもっとも弱い少女の目で、この物語を描きました。人は、弱く何もできない相手には、油断して、つい本当の姿を見せてしまうものです。力のある人間は少数側で、踏みつけにされる力無い人間の方が常に多数です。そして、そこにこそ本当があるのだと、作家は知っているのでしょう。
 宮部みゆきのうまさは、神がかかってきました。外れのない作家さんって、存在するものなのですね。

死神の精度
【文藝春秋】
伊坂幸太郎
定価 1,500円(税込)
2005/6
ISBN-4163239804
評価:B-
 デビューの頃と比べると、ずいぶんとこなれて自然になってきました。伊坂幸太郎の短編集。明らかに人と違った妙な趣向は健在で、今回の主人公は死神です。今まで多くの人が描いてきたような、恋をしてしまって仕事をおろそかにするような人間臭い死神ではなく、さすがは伊坂、いかにも人間以外の生き物を思わせる、妙なこだわりと不器用さを持った「死神らしい死神」が登場します。短編集ということもあって、普段の凝った趣向はなりを潜め、その分構成に無理が生じていなくて、好感も持てました。
 ただ気になったのは、この死神が明らかに生きているべき人間を生かせておこうとするところで、人の生死に意味がないとくりかえし述べる態度と矛盾していることです。良い人間にも悪い人間にも平等に訪れる、だからこそ死は優しいものなのではないのでしょうか。

シリウスの道
シリウスの道
【文藝春秋】
藤原伊織
定価 1,800円(税込)
2005/6
ISBN-4163240209
評価:C
 ある作家さんと親しくしていたことがあります。疎遠になったきっかけは、わたしが平気で彼の小説にダメ出しをしたことでした。作家を尊敬して、もっと1冊の本を丁寧に読みなさい、あなたは読みすぎです、と言われました。しばらくして、その作家さんが恋愛小説を出版しました。そのエンディングは、村上春樹のある作品と全く同じでした。
 丁寧に本を読むのも大切かもしれませんが、ある程度冊数も読んだ方が良いのではないでしょうか。少なくとも作家ならば、話題になったベストセラーくらいは目を通した方が良いと思うのです。
 この『シリウスの道』、天童荒太の傑作と、非常に重要な部分でネタがかぶっているのです。あまりに有名な作品なので、読んでいて思い当たる人は多いと思います。ちょっとまずい。
 あいかわらず巧い文章、そこに所属していた人だけにわかる業界風習の面白さ、さらに『テロリストのパラソル』を読んだ人へのおまけまでありと、素敵な要素が沢山あるだけに、あまりにもったいないと思ったのでした。

うなぎ鬼
うなぎ鬼
【新潮社】
高田侑
定価 1,785円(税込)
2005/6
ISBN-4104768014
評価:D
 西原理恵子の漫画に、雨の日、ふるさと高知の道ばたを歩いているウナギと会ったという話があります。かわいいような、おかしいような、不気味なような。つまり、ウナギが歩いたり、網の上で横たわって休んでいたりくらいで怖がるのは、よほどナイーブな方ではないかと思うのです。肺魚に至っては、湖の底の粘土を日干し煉瓦にして建材にしたら、長雨の時壁からこぼれだして床でうねっていた、などという話があるくらいで。(しかしなぜ、世界不思議話を開陳しているのでしょうか、わたしは。)
 ということで、ホラーなのにあまり怖くないのは、いかがなものだろうかと思います。特に、最後に明かされる真相が、想像よりも怖くないのが致命的。最後に読者を安心させてどうしようというのでしょうか。夜、トイレに行けないようにしてこそ、ホラーじゃありませんか。わたしは怒っています。えぐいホラー映画の最後5分間の処理を見て、研究して下さい。
 主人公のキャラクターも矛盾が多く、その点でも、小説としてどうかと思います。

サウスバウンド
サウスバウンド
【角川書店】
奥田英朗
定価 1,785円(税込)
2005/6
ISBN-4048736116
評価:B
 学生運動の頃「30歳以上は信用するな」という合い言葉があったそうです。すでに30歳をずいぶんと過ぎてしまったかつての左派闘士たちは、自分の年齢とどう折り合って日々をすごしているのでしょうか。気にはなってはいたけれど、たずねてはいけないことのような気がした物語が、ここに大笑いで展開されています。
「生涯においてただの一度も左翼でなかった人間は人間味がないが、だからといって一生左翼である人間はただの馬鹿だ」といったのは、いったい誰だったか。いやあ、馬鹿のすがすがしさ、めいっぱいです。しょうがないなあと思いつつ、その挫折しない姿につい拍手を送りたくなります。信用できないと思っていた相手をまねて生きるしかなかった多くの人々と違って、手探りでも、自分で30歳以降の生き方を探せた彼を、笑ってすませてはいけませんがね。

ロズウェルなんか知らない
ロズウェルなんか知らない
【講談社】
篠田節子
定価 1,785円(税込)
2005/7
ISBN-4062130068
評価:B
 爆笑村おこし小説。超常現象を売り物に、なにもない田舎に観光客を呼ぼうという企画顛末です。
 作家(とその旦那様)の元の職業が地方公共団体の職員であるのと、元々良く下調べをして書く方だということもあって、ディテイルの正確さ、いかにもな老人の反応など、この企画を本当に誰かがやったのかと思わせるほどリアルです。登場人物もそれぞれ欠点と弱さがあって、いかにも実在していそう。お見事です。もちろん、現実は作り事より魅力がないわけで、そのリアリティが、作品の奇妙な魅力のなさの原因ともなっているのですが。うーむ、残念。
 しかし。超常現象を徹底的に笑いのめす内容に、これまでのこの作家の作品制作態度との矛盾がうまれそうだと思った心配は、杞憂に終わりました。不思議なことに対して、寄りかかりすぎず舐めすぎずの、あいかわらずの見事な距離感は、作者の、謙虚で冷静な人柄をあらわしているように思えます。

切れない糸
切れない糸
【東京創元社】
坂木司
定価 1,890円(税込)
2005/5
ISBN-4488012051
評価:B-
 日常の謎物語ですが、ミステリのど真ん中というよりも、わりと普遍的な中間小説といったおもむきです。
 主人公の設定が魅力的。団体で道を歩いていたとしても、向こうからきた人に道を聞かれる人間、カメラのシャッターを切ってと頼まれる人間は、常に特定の一人です。この主人公は、あらゆるタイプの生き物に、困った時に頼られてしまう特定の一人です。いつも道を聞かれるわたくし(日本中どころか、世界中で道を聞かれました)には、妙に思い当たる、いそうな人物。しかも、この小説を読めば読むほど、そのキャラクター設定に、なるほどとうなずけるものがあります。この作家の人間観察力は相当なものです。
 ただ、プロモーションフィルム出身の監督が作った映画が、捨てカットがないせいで、見ていて息苦しいように、この作家の小説には捨てシーンがなく、わたしのように大量に本を読み飛ばすタイプの読者には、濃度が濃すぎるように感じました。この小説は、むしろ小説を読むのが苦手な読者におすすめしたいです。たった3ページしか読めなかったとしても、必ずそこに気の利いた言葉が含まれますので、控えめな読者にも達成感が感じられることでしょう。

下妻物語 完
下妻物語 完
【小学館】
嶽本野ばら
定価 1,470円(税込)
2005/7
ISBN-4093861536
評価:A
 ロリータファッションに命をかける性悪ロココ少女・桃子。時代に取り残されたお馬鹿ヤンキー美少女・イチゴ。下妻市に住むおなじみの二人は、この春高校卒業のはずが、そろって留年決定。そして、殺人事件にも巻き込まれて――。
 自分が校正者でなかったことを神に感謝します。旧仮名遣いの数行後には同じ言葉が現代仮名遣いで出てくる、こんな小説をどうやって校正すればいいのやら。おまけに、パニエ? ヘッドドレス? ロッキンホース・バレリーナ? そんな言葉はわたしの人生にはない!
 しかし、こういう言葉遣いって、少女漫画では昔からある手法です。小説でやる人がいなかっただけで。(漫画には校正が入らないからなあ。)この重層的な言葉遣いと頻出するファッション系専門用語のおかげで、嶽本野ばらの作品は、語彙が豊富な人の書いた小説と同じ効果、つまり、ストーリーが進行しない場面でも、言葉の多様な変化が読み手に独特の快感を与えるという現象が起こるのです。素敵だ。
 さらに。純情可憐なイチゴが魅力的なのはもちろん、性格の悪い桃子の実に実にチャーミングなことは今回も変わりません。前作『下妻物語』のファンは(映画を観た人も)、もちろん読むべし。

人生のちょっとした煩い
人生のちょっとした煩い
【文藝春秋】
グレイス・ペイリー
定価 1,750円(税込)
2005/6
ISBN-4163240705
評価:A
 一説によると、村上春樹の小説には英語に翻訳できない単語は出てこないそうです。言われてみると、井戸はやたらと出てきても、そこに飛び込むカエルは出てこないし、侘びも寂びも出てこないような気がします。なるほど。
 さて、この本のような村上春樹好みの小説、すなわち彼が翻訳したがる種類の小説ですが。いかにも米国ならではといった単語は出てくるものの、どちらかといえばドラマティックなことは起こらず、日常的で普遍的な感情を描いたものが多いようです。普通の日本人にも共感しやすい感覚、でしょうか。ペイリーの特に巧い部分は、恋愛の現場で男性のとる矛盾した身勝手な行動を写し取ったところで、こういうのって万国共通なのだなあと感心してしまいました。それでいて彼女は、ストレートな怒りをぶつけるのではなく、男ってしょうがないわねと、ちょっと肩をすくめてみせるだけ。なかなか粋で明るく、読んでいて楽しい短編集です。

グールド魚類画帖 十二の魚をめぐる小説
グールド魚類画帖 十二の魚をめぐる小説
【白水社】
R.フラナガン
定価 3,780円(税込)
2005/7
ISBN-4560027234
評価:AA
 実在する三十六枚の魚の水彩画。それを描いたグールドという流刑者の物語を、史実を元に想像で描いた物語。
 これは、膨大な比喩によって築き上げられた巨大な迷宮のような小説です。世界は、比喩によって、360度少しずつ削られ、磨き上げられるようにして、現れ出る美しい彫刻のように立ち現れます。時には韻を踏むためにとんでもなく飛躍したイメージが挿入され、それが読み手の意識の運動距離へのゆさぶりとなり、読者は、作者の手の中で自由自在に揺すられているような感覚を味わうのです。
 言葉の運動と同時に、描かれるイメージ自体も大きく揺れ動き、事実を元にしておきながらも、幻想的で残酷で美しい奇妙な世界へと読者を運びます。
 訳文もすばらしい。
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