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島田 美里の<<書評>>


シャングリ・ラ
シャングリ・ラ
【角川書店】
池上永一
定価1995円(税込)
2005/9
ISBN-404873640X
評価:★★★★★
  たとえどんな未来になろうと、この世に母性愛がある限り大丈夫なのかもしれないと思った。
 舞台は近未来の東京。地球温暖化を防止するため、政府は都心の一部に森を造り、一方で都市機能の場を確保するために人工地盤を用いた空中都市を造る。このファンタジーの世界を絵空事だと思ってはいけない。熱帯性スコールの頻発も、炭素が支配する経済も、今の世界との間にちゃんと因果関係があるのだ。そんな社会問題を網羅したストーリーの強力さに、キャラクターたちも負けてはいない。反政府ゲリラの総統・國子も、彼女にとって母のような存在であるオカマのモモコも、おそろしくエネルギッシュ。普通の人が10歩で走るところをわずか3歩ぐらいで走っているかのような戦闘シーンや、モモコの下ネタてんこ盛りのトークは、知らないうちに人を元気にしてしまう。読んでいるうちに、何度もファイティングポーズを取りそうになった。
 誰かを命がけで守るという女性たち(オカマも含む)の気概が、まるで体中の毛細血管を流れる血液のように、地球全体を駆け巡っているような気がした。やはり母性愛は無敵なのだ。



ブルース・リー
【晶文社】
四方田犬彦
定価2730円(税込)
2005/10
ISBN-479496689X
評価:★★★
   アクション・スターを見たら、カッコいいと言ってあげるのが礼儀なのだろう。しかし、子どもの頃にお茶の間のテレビで見たブルース・リーは、殺気立っていて怖かった。あの「アチョー」という怪鳥音を聞くと、戦いを挑まれたわけでもないのに、部屋の隅っこに逃げ込みたくなったことを思い出す。
 おそるおそるこの評伝を読み始めたけれど、怖いという先入観がやがてやるせない気持ちに変わっていった。跳躍が得意な彼だけれど、東洋と西洋の間の壁を超えるのは困難だったようだ。子役時代に培った演技力も、書物を著すほどの功夫の知識も、一流だと自負していただろうから、ハリウッドでの挫折はもどかしかったに違いない。映像に自分の美学や哲学が投影されていなければ、心から納得できない気質なのだろう。俳優がよく「どんな役柄にでも挑戦してみたいです!」なんて言うけれど、彼にそんな無邪気さがあればよかったのにと思う。どんどん深まる孤独感が、何だか気の毒に思えた。アクション・スターに対して、勇ましさより痛ましさを感じるのは失礼なんだろうけれど。


クライム・マシン
クライム・マシン
【晶文社】
ジャック・リッチー
定価2520円(税込)
2005/9
ISBN-4794927479
評価:★★★★★
   マジックの種明かしを見ていると、「もうちょっと考えればわかったのに!」などと腹立ち紛れにぼやいてしまうことがある。
 この短編集を読めば、ぼやくどころではおさまらない。ラスト数行に隠されているサプライズに出くわして、悔し紛れに「ぬおーっ!」と叫んでしまうのだ。表題作「クライム・マシン」では、奇抜なイリュージョンに驚かされ、「エミリーがいない」では、登場人物の心理をすっかり勘違いさせられる。さらに感心したのは、短い作品なのに登場人物が類型的ではないところ。著者が生み出す人物の背景には人生が見えるのだ。「歳はいくつだ」の主人公の男からは、ほろ苦い人生の香りがまるで煙草のけむりのように漂ってくる。この男のように、誰だって横柄な奴のひとりやふたり、殺したいと思ったことがあるだろう。読んでいるこっちもトレンチコートの襟を立ててハードボイルドしたくなった。
 短編は切れ味が命。もたついた文章だとネタがバレてしまう。一流マジシャンの手際が見事なのと同じように、腕のいい作家には無駄がない。


ハルカ・エイティ
ハルカ・エイティ
【文藝春秋】
姫野カオルコ
定価1995円(税込)
2005/10
ISBN-4163243402
評価:★★★★★
   幸せはがむしゃらにつかみにいくものだと考えていた自分を、ちょっと省みた。バーゲンセールの会場で、獲得欲をむき出しにしているような人生ばかりが女の生き方ではない。
 この小説の主人公・ハルカは大正生まれの平凡な女性。必要以上に欲を持たないところがいじらしい。恋に縁のない青春も、半ば強引なお見合い結婚も、そして人の一生を狂わせてしまう戦争も、心静かに受け止める。しかも、ユーモアのセンスに優れているせいか、まったく悲壮感がない。見てもいない芝居のプログラムを眺めながら、好き勝手に空想する姿は、まるで赤毛のアンのようである。そんな彼女のおおらかな性格のおかげで、この物語の色彩はとてもカラフル。モノクロの映画を見に来たつもりが、実はオールカラーだったというような驚きがある。
 ハルカが夫の浮気をとことん黙認するのは理解しがたいが、世の中には受容し続けるという美しさもあるのだと思った。バーゲン品を奪い合うような情熱で幸せをつかむ人もいるけれど、強い日差しもどしゃぶりの雨もあるがままに受け容れて、綺麗な花を咲かせる人もいる。どっしり構えてみたくなった。


Bランクの恋人
Bランクの恋人
【実業之日本社】
平安寿子
定価1575円(税込)
2005/10
ISBN-4408534803
評価:★★★★★
 野球に例えるなら、著者は思い切りのいいピッチャーだ。素晴らしいコントロールで、きわどい言葉をぶつけてくる。
 この短編集の表題作では、俺はモテると自負している平凡な男が、女をゲットする極意を語る。彼が口説くのは、78点レベルのくせに自分のことを85点だと思い込んでいる女。この点数がなんともいやらしい。80点ではなく78点レベルと表現するところが、インサイドギリギリのコースを攻めきっている感じだ。ジャンルは違うけれど、ふとナンシー関を思い浮かべた。誰も攻めきれなかったウィークポイントを突くところが似ている気がする。
 それにしてもありきたりな人が出てこない。コンプレックスだらけの若い男に夢中になるオバサン教師も、だぶついた腹の肉を気にも留めず熱唱する中年ミュージシャンも、端から見ればかなり痛い。それでも彼らがちっとも変わろうとしないのは、これが自己確認の物語だからだ。「これでいいのだ」という決意がガンガン伝わってくる。このバカボンのパパのような開き直りがあれば、どんなに世間から白い目で見られても堂々と生きていけるのだ。それでいいのだ!

カリフォルニア・ガール
カリフォルニア・ガール
【早川書房】
T.ジェファーソン・パーカー
定価1995円(税込)
2005/10
ISBN-4152086769
評価:★★★
 都合の悪い過去を、封印してはならないという著者の声が聞こえてくるようだ。国家のイメージは、その内情と違うことがある。
 この作品のジャンルはミステリーだけれど、60年代以降のアメリカ史という色合いが強い。舞台はカリフォルニア。若い女性の惨殺死体が発見され、その謎の解明に刑事とその弟の新聞記者が乗り出す。麻薬や暴力の横行、泥沼に陥ったベトナム戦争といった負の産物が、振り払っても消えない闇のように背景に染み込んでいる。子どものころから見知っていた美しい彼女がなぜ殺されたのかという疑問は、アメリカの輝かしい威信がどうして崩れ始めたのかという思いに重なっている気がした。やはり、この物語が本当に解き明かしたいのは、真実のアメリカ像なのだと思う。それだけに、犯人が明らかになったところで、驚きはないかもしれない。
 母国の人が読めば、強さと暴力の境界線が曖昧になっている自分の国を振り返りたくなるだろう。ただ、海を隔てた読者がアメリカの歴史を顧みて、感慨に浸りたくなるかどうかはわからない。

みんな一緒にバギーに乗って!
みんな一緒にバギーに乗って! 
【光文社】
川端裕人
定価1575円(税込)
2005/10
ISBN-4334924697
評価:★★★★
  ONとOFFとで、気持ちをすっぱり切り替えられる人がうらやましい。その点、保育士さんは偉いなあと思う。ニコニコしている人ばかりで、ぶすっとしている人は見たことがない。
 保育園が舞台の小説だから、普通は保育のあり方なんて考えながら読むのだろう。しかし育児経験のない私は、新人保育士の仕事の取り組み方に、むむっと身を乗り出した。ぬーぼーとした竜太は、保護者から荒っぽいのではないかと疑われるし、理論派の康平は、交際中の彼女とその父親に仕事を認めてもらえない。きっと心の中はもやもやしているはずなのに、子どもの前ではそれを引きずらないところが、さすがプロ。いつも優しい先生でいるのは大変だろうに。
 それにしても男性保育士は、まだまだ珍しい存在なのだと実感した。しかし、そんな現状にひるむことなく頑張る彼らは、まるで客を楽しませる役目を背負った喜劇俳優のようだ。保育園はスケールが小さそうに思えるけど、エンターテイナーにとっては大舞台。大人と違って、子どもは愛想笑いなんてしてくれないのだから。


世界のはてのレゲエバー
世界のはてのレゲエバー 
【双葉社】
野中ともそ
定価1785円(税込)
2005/10
ISBN-4575235385
評価:★★★★
   街中に灯る、無数の小さな光を眺めている間に、どんどん心が透き通っていくような感覚を味わった。
 父親の転勤でニューヨークにやってきた高校生・コオは、この地で豊かな出会いを重ねる。彼が好んで歩くダウンタウンは、まるで小さな光がたくさん転がっているような風景だ。この小説の核であるレゲエ・バーの灯りや、ホームレスの老人の瞳に宿る光、そして、友人を弔うためのキャンドルの光がひっそり輝いている。読んでいる間、大泣きも大笑いもしなかったけれど、コオが足繁く通うレゲエ・バーの雰囲気に、すっかり酔ってしまった。商売気のないハイチ人の雇われオーナーも、そこで働く日本人女性・カエも、そこに集う人はバカみたいに純粋だ。カメラを携えてこの街を歩くコウが、まるで小さな光を拾い集めるように、ファインダーをのぞく心情がわかる気がした。
 底抜けの自由と底なしの不安が交錯している街を、多感な少年が大きなストライドで歩いたら、カッコ良く成長してしまって当然なのだろうと思う。街の空気で人は変わる。


わたしが愛した愚か者
わたしが愛した愚か者
【文藝春秋】
永瀬隼介
定価1890円(税込)
2005/10
ISBN-4163244107
評価:★★★★
「男は黙って……」ではないが、主人公の空手家・藤堂忠之のセリフの少なさが気に入った。寡黙なだけに、その魅力はわかりづらいが、この男の渋みは時間差で効いてくる。
 『Dojo―道場』を読まずに、いきなりこの続編を開いたけれど、道場の空気を充分嗅ぎ取ることができた。登場人物が皆、泥臭いのがいい。小汚いが美味い定食屋を発見した気分である。先輩から空手道場の経営を引き継いだ藤堂を始め、白帯のくせにでかい態度で周りの失笑を買う中年男や、血の気が多くて単純そうな青年が、この道場に人情味という味付けをしている。
 この道場には、疲れきった人間を再生させる力があるのだろう。特にジーンときたのは、藤堂が付き合っている彼女の父親の変身ぶり。一世一代の大勝負を前にした父親の背中を押す藤堂に「よっしゃ!」と掛け声をかけたくなった。そんな男らしい藤堂は「道場はひとを元気にするんだ」と、臆面もなく言う。普段黙っている男が、ぼそっといいことを言ったら「うん、うん」とフライングでうなずくべきだ。それほど寡黙な男の言葉には重みがある。


ニート
ニート
【角川書店】
絲山秋子
定価1260円(税込)
2005/10
ISBN-4048736434
評価:★★★★
 人生において、何も決定しなくていいというのは、究極の自由なのだろうと思う。
 表題作「ニート」の青年は、まるで決断することを放棄してしまったかのようだ。物書きの女性は、そのニートの青年と久しぶりに再会し、困窮している彼に助け舟を出す。恋愛感情はないけれど、彼女にとって彼の存在は、自由の象徴なのだろう。その一方で、こんな風になってはいけないという戒めも感じている。
 この短編集では、登場人物の多くが、かりそめの自由に浸りたがっているように思える。主人公の男が、新幹線で遠距離恋愛の彼女に会いに行くという「へたれ」では、回想と逡巡が繰り返される。人生の岐路の手前でたたずんでいる間は、きっとすべての緊張から解放されているのだろう。どちらの方向へ歩き出すのか決めるまでは、つかの間の自由が約束されているのだ。
 それにしても著者の文章は、冷静で人間臭くない。その分、登場人物たちが求める自由の輪郭をはっきり確認することができる。そして、その不健全な自由をうっかり凝視していると、この世界に迷い込んだら簡単には出られないよと、そっと耳打ちされてしまうのだ。


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