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吉田 崇

吉田 崇の<<書評>>



輓馬
輓馬
【文藝春秋】
鳴海 章
定価620円(税込)
2005/11
ISBN-4167679639
評価:★★★
 全てをなくした男が、北海道の小さな厩舎に逃げ込み、その中で暮らすうちに、見失っていた物をたぐり寄せ始める……。創作メモ風に紹介すれば、こんな作品。脇を固める人々はそれなりにホントっぽくて、ストーリーの流れも、プロっぽく破綻はなく、非常に安心して楽しめる作品になっているとは言え、ふっふっふ、こんなエンディングじゃ、納得できないのだよ、と、僕は誰かに向かってほくそ笑む。
 どうも、今一つ、主人公がクリアになんなくて、だから、周りの人物達がヘンに実在感があるだけに、だから逆に物語にのめり込めないのだ。つまり、主人公の設定は曖昧なままに、周辺から詰めて書かれていったが故に、ラストまで主人公はお人形さんのままなのではないかと、僕は思うのだ、と言うか、思わせてしまったのがこの作品の弱い所。
 簡単に変化する心は、また簡単に変化する訳で、その時にも逃げ込むところがあるわけではないだろうよ、と主人公に言いたくなるのは僕だけだろうか? 

本格小説
本格小説 上下
【新潮社】
水村 美苗
定価上巻820円
下巻740円(税込)
2005/11
ISBN-4101338132
ISBN-4101338140
評価:★★★
 タイトル、帯、惹句、これらからして、僕はこの作品に何も期待しなかったのである。面白い訳がない、と言うか、僕と合う訳がないと思っていたのだ。実際、『本格小説の始まる前の長い長い話』を読んでいる間に、僕の予感は確実に強くなっていき、オイオイ、こんなの上下二冊読まなきゃなんないのかよ、と不平不満、大体本格小説の本格って何よ?、変格とかもあるの?、ミステリのジャンルじゃあるまいし、じゃあ一体、何が小説の本質なのさっ!、と、どんどん心がとがっていくのであった。
 前振り長いっすね、手短に言います、これ、ホントは面白かったです。話自体は昼メロで、ま、どーでもいいかなというストーリーですけれど、いやぁ、読ませます。最後まで読み終わって、さっきの 『本格小説の始まる前の長い長い話』を読み返すと、なるほど。現実の作者と作品内の著者とを重ね合わせる為の仕掛けだったのかと気付き、とりあえず脱帽。高等遊民に憧れ、「詩人になるのでなければ、他の何者にもなりたくない」と口走っていた僕にとっては、案外このレトロな物語世界は居心地のいいものなのでした。

真剣

真剣
【新潮社】
海道龍一朗
定価940円(税込)
2005/11
ISBN-4101250413

評価:★★★★
 はっきり言おう。時代小説とは、面白いものなのだ。この認識、今年の収穫です。
 元々活字分野での時代・歴史物には一切なんの興味もなかった僕だけど、ちっちゃい頃からTVの時代劇は好きで、黄門、金さん、暴れん坊、隠密同心、結構みてると思うのだけど、特にはまったのが『影の軍団』、つまりは千葉真一、ですから、柳生十兵衛、おお、新陰流、ここで本書にからんでく。主人公はその新陰流を創った男で、ま、剣の道を生き抜くという定型と言えば定型な話なのですが、主要な人物それぞれが、なよなよした現代小説の主役くらい簡単に張れちゃうくらいの気骨の持ち主な訳で、そんな奴らが己の信じる道を突き進むんだもの、そんな話、面白くない訳がない。愛だの恋だの色気だの、そんなもんはとりあえずおいといて、求道の心の行き着く先を見届けたいじゃありませんか。
 槍を使うお坊さんが出てくるのですが、この人がやたらとアニメっぽいノリで、だからその辺りは特に読みやすかった。常人を越えた人の中の人間性がかいま見られるキャラクターとでも言う所でしょうか。
 今月の一番です。

つきのふね

つきのふね
【角川書店】
森 絵都
定価460円(税込)
2005/11
ISBN-404379102X

評価:★★★
 最初に言っとくと、僕は児童文学の正しい読み手ではないし、子供の頃から「けっ、子供向けの本なんて読めるかよ」とつばを吐く様な子供だったので、児童文学賞出身の作者の書く本を読むといつも考えてしまうのだ。「この本、一体誰が喜ぶのだろう?」
 児童を対象にしているから児童文学なのか、児童を主人公にしているから児童文学なのか、非常にレベルの低い定義問題なもんで思いっきりはしょりますが、最良の児童文学は、ただ文学たり得、月並みな児童文学は子供に読ませてはならないほど人工着色料の豊富な読み物なのだという気がします。それって、煙草とパイポくらいは違うんだぞ。
 で、本書、ヤングアダルトって言うんですか、女子中学生が主人公で、何だか壊れたキャラが一人いて、宇宙船を設計したりしてるんですけれど、正直なんかもやもやのまま終了。ははは、まるでこの書評みたいだ。
 ブギー・ポップの方が大げさで面白いや。 

いつか記憶からこぼれおちるとしても

いつか記憶からこぼれおちるとしても
【朝日新聞社】
江國 香織
定価500円(税込)
2005/11
ISBN-4022643544

評価:★★★
 多分、その辺にいる普通の女子高生達の日常的な物語である様な本作品、であるから、立派なオトナの僕としては、へぇだとか、そうそうだとか、んなわきゃねーよだとかという激しい反応を示す事もなく、うん、なるほどと思っただけ。判りにくいたとえで恐縮するが、小洒落た雰囲気のケーキの写真とその隣に分量だとかの細かく説明してある小さな文字群を見て、はて、で、この完成品は美味いのかい?、そんな疑問に囚われている様なそんな感じ。複数出てくる女子高生、一人一人に名前はあるものの、タイプの分類くらいにしか感じられないそれらは、だから、いかにもありそうな故に、僕にとってはリアルでない、随分回りくどい言い方になってしまったが、そういう事です。で、最後の一作だけが毛色が変わっていて、ここにだけ、著者の視線が感じられます。多分、連作小説としてのまとまり感の要はこれなのですが、いかんせん、語り手が何か気持ち悪くて、読後感はげんなり。
 僕は個人的には、女子大生の方が好きです。

青空感傷ツアー

青空感傷ツアー
【河出書房新社】
柴崎 友香
定価494円(税込)
2005/11
ISBN-4309407668

評価:★
 よーし、久々に読んだぞ、つまんな本。と、なぜだかちょっと楽しいのです。
 もう、とにかく読み終えた直後の、「だから、どーした?」という想いが、いまだに抜けません。この程度の話なら深夜のファミレスに行って、隣の席の女の子達が喋っていても、何の不思議もない。ちょっと前に良く聞いた『自分探しの旅』って奴なんですかね、探すほどの自分なんて、ホントはどこにもないんですよね、きっと。ま、せいぜい、自分を探そうとしている自分が見つかるだけな訳で、ま、それはホントは大切な事なんでしょうけれど。
 好感が持てるのは本の薄さと活字の大きさ、定価はもう少し低めだとなお良し。解説もなかなか味のあるもので、9.11以降の小説について語られている文章はかなりキュート。ずーっと昔から、深刻な世になったときは必ず滑稽なものが世にはびこっていたという事実を、この人は知らないのだろうか? と、ちょっとえらそに言ってみる。


凍れる森

凍れる森
【講談社】
C.J. ボックス
定価820円(税込)
2005/10
ISBN-4062752190

評価:★★★
 なかなか渋い、この一冊。毎度ながらの不勉強、本書がシリーズものだとは知らなかったのだけれど、続けて読まなくても大丈夫、な気がする。もちろん前作は読みたい本リストに書き付ける。
 渋さのポイントは主人公の性格設定、ホントごく普通の良い家庭人なんです、はい。家族を守る為に必死で動くのですが、ま、ここにいろんな枷がかかってくる訳で、ビジュアル的に印象的なのが突然の大雪。表紙みたいな感じなんだろうな、と想像したりもするのです。すったもんだがあって、最後は、うーん、ハッピーではないかな、でも、良い人が主人公の小説でまるっきりハッピーに終わったら、まるで馬鹿みたいだから、これはこれで良いのかな、ごめんね、エイプリル。
 小説的なキャラはネイト、未訳のシリーズ他作品がどうなってるのか知らないので、まるっきり嘘っぱちになるんだけれど、シリーズ番外編の主人公は彼で決まり、その時には盛大なドンパチが期待できそう、です。

魔力の女

魔力の女
【講談社】
グレッグ・アイルズ
定価1140円(税込)
2005/11
ISBN-4062752344

評価:★★★
 悪女にたぶらかされて身を持ち崩してみたいというささやかな願望が僕にはあって、だから理想のタイプは雪女なのだが、それはともかく、死んだはずの昔の彼女が、別の身体別の顔をして、またよりを戻そうとしてくるなんて話は、うらやましい様な怖い様な、そんな内容の本書、ちょっとサイコなその女を主人公が何故強く拒絶できないかというと、それはベッドの上でのそれはもう想像もつかないありとあらゆる行為のせいらしいので、そこもふまえて、うらましい様な身体がもたない様な、そんな内容の本書、ちょっと似た様な感じの話が大原まり子の吸血鬼っぽい話にあったなとか、それにしてもこの主人公、これだけ愛されるというのは実はすばらしい事なんじゃないかとか、ま、最後の対決には当然、この人が出てくるわな、とか、色々考えながらもあっという間の読了、間違いなしです。
 邦題、あんまりです。

パ−トタイム・サンドバッグ

パ−トタイム・サンドバッグ
【ランダムハウス講談社文庫】
リーサ・リアドン
定価840円(税込)
2005/11
ISBN-4270100168

評価:★★★
 喜劇、ですよね? 難しい事だと思うのですが、まずはなんの予備知識もなく本書を読んでみてください。どの辺りから面白くなりますか?
 僕は、チャーリーが戦争に行くはめになる所で、一体これは何の話なんだ? と、妙な好奇心に囚われてしまいました。そうすると、後はブリブリ読めます。で、読み終わった後に思うのです、「一体、これは何の話だったんだ?」
 幼児虐待、ベトナム戦争、兄弟愛、主人公のキャラクター設定の根幹にあるのが、これらだと思います。そうして生まれた主人公が、中途半端に貧しさを感じさせる(経済面だけでなく文化、精神的にも)環境(周りの人物達も含みます)の中でアララと流されていくお話です。例えばシリトーの作品の主人公みたいに逃げ出そうという強い意識がある訳ではありません、ただ運命に流されていくのです。であれば、主人公というよりこの世界観自体が作者の言いたかった事なのだと考えると、僕の中では『地獄の黙示録』とトニー・ケンリックが浮かんできて、そうすると、良質の喜劇にはペーソスが内包されているという法則から、冒頭の言葉に自信なく立ち戻るのです。 

塵よりよみがえり

塵よりよみがえり
【河出文庫】
レイ・ブラッドベリ
定価714円(税込)
2005/10
ISBN-430946257X

評価:★★
 わーい、ブラッドベリだーい、と言いつつ読み始めて、はたと気付く。そうだ、僕はブラウンの方が好きだった。と、それは別にどーでもいいんですが、大して読み込んでもいないもんで、特になんかの思い入れがある訳でもないので、じーっと読み進めて、「オイオイ、これはそんなに面白いものなのかい? リリカルな部分はどこ行った? どっちが元祖か知らないが、今時この設定は、小学生の夏休みの宿題でも出てくるだろう」と、すみません、少々意地の悪い書き方をしてしまいます。
 昔見た、TVの『火星年代記』のむにょむにょした胡散臭さに惹かれて原作を読み、『刺青の男』、『黒いカーニバル』は読んだ事がある作家なのですが、当時ですら重鎮、現在は八十を過ぎても現役の作家、あんまりえらそーな事を言うと罰が当たりそうな方なのですが、だって、つまんないんだもーんと、そういう事で。
 解説のブラッドベリと川端康成との比較なんですが、エロティックな部分の有無が決定的に違うと思います。僕は、結構、川端派です。