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浅谷 佳秀

浅谷 佳秀の<<書評>>



リトル・バイ・リトル

リトル・バイ・リトル
【講談社文庫】
島本理生
定価440円(税込)
2006年1月
ISBN-4062752956

評価:★★
 作者高校生のときの作品である。複雑な家庭環境にありながら、明るく伸びやかに生きる主人公、ふみの日常を淡々と描いている。背伸びしているというほどではないけど、やや優等生的な、ちょっと肩に力が入っている感じの文章が初々しい。
 うーん。何だかなあ。読んでいると、いたいけな子供の成長を見守る親みたいな気分になっちゃうんだよな。まあ私も四十過ぎの子持ちのオヤジだから仕方ないか。
 ところで、この作品、野間文芸新人賞を受賞し、さらには芥川賞の候補になってもいる。でも、そういうのってどうだろう。そういう賞にかかわる人たちが、こぞってこの作品のみずみずしさを有難がって持ち上げたりするのは、何だかちょっといかがわしい気がする。それってやっぱり欺瞞だろう。この作品は、高校生の作者の手の届く範囲の世界を素直に文章にしてはいるけど、まだそれだけのものでしかないと思う。この作品で芥川賞を受賞しなかったことは、作者にとって間違いなく幸運だった。

ぼくとネモ号と彼女たち

ぼくとネモ号と彼女たち
【河出書房新社】
角田光代
定価473円(税込)
2006年1月
ISBN-4309407803

評価:★★★
 すごく読みやすくて、3時間くらいで読んでしまった。ストーリーが単純で、登場人物も少ないからだろう。主人公が手に入れたばかりの中古車ネモ号に、次々と入れ替わる三人の女性を乗せてぶらぶらする、というだけの話だ。
 三人の女性はそれぞれ一風変わった個性の主で、彼女たちによって主人公の「ぼく」はちょっとずつ揺さぶられる。でもそれで「ぼく」あるいは女性たちの中の何かが大きく変わったりするわけではない。女性たちは結局「ぼく」を通り過ぎてゆくだけだ。なにか事件を起こしたり、なんてことまではしなくとも、もうちょっとぐちゃぐちゃにしてもいいんじゃないかな、という気もする。が、作者は淡々と、過剰なドラマを排して書く。この力の抜き具合が、やっぱりうまいなあ、と思う。
 特に印象に残ったのが、最後の方で、「ぼく」がかけた間違い電話が、料金が無くなって切れてしまうところ。寄る辺ない「ぼく」の孤独感がよく伝わってきた。

天涯の船(上)

天涯の船(上・下)
【新潮文庫】
玉岡かおる
上巻定価660円(税込)
下巻定価700円(税込)
2005年12月
ISBN-4101296154
ISBN-4101296162

評価:★★★★★
 まさに大河小説。上巻では姫路藩家老の娘、美佐緒の身代わりのミサオとして、下働きの娘が蒸気船に乗せられアメリカに向かうところから、波乱の十年を経て、ヒンメルヴァンド子爵夫人となるまでを、そして下巻ではミサオと、アメリカ行きの蒸気船の中で出会った桜賀光次郎(後の川崎造船所社長)との道ならぬ恋の行方を描く。
 上巻のハイライト、ミサオが、光次郎の親友マックス(後のヒンメルヴァンド子爵)に求婚されると、ミサオに想いを寄せていた光次郎は黙って引き下がる。日本男児らしい不器用さゆえに求愛できないまま、親友に先を越され、恋と友情を秤にかけて身を引く光次郎。光次郎に想いを寄せながらもマックスの押しの一手に、最後は応えるミサオ。
 だが、互いへの想いを引きずるミサオと光次郎は、下巻では世界を股にかけて怒涛のメロドラマを繰り広げる。そこに孫文や吉田茂までが絡んでくるスケールのでかさ。もうあっぷあっぷである。完全に物語の世界に溺れてしまった。特筆すべきは、ミサオを美佐緒の身代わりとして船に乗せた計画の首謀者、お勝の造形。実に秀逸。

鞄屋の娘

鞄屋の娘
【光文社文庫】
前川麻子
定価480円(税込)
2006年1月
ISBN-4334739997

評価:★★★★
 鞄職人前原宏司の非嫡出の娘、麻子の生き方を描いたこの小説は、女優でもある作者の自伝的な要素を多く含む作品らしい。
 鞄作りに情熱を注ぎつつも、愛人と二人の妻とを渡り歩いて死んだ父親。父に捨てられたのち、惰性のような人生を送った母親。気がつくと麻子もまた父親のように一人ミシンに向かい、鞄を作る。彼女は二人の男と同時に関係を持ち妊娠するが、どちらが父親なのか定かでない。二人の男のうち、濱田が父親と夫の役割を引き受けるが、麻子は濱田と籍を入れることを考えもしない。宿命のように自分の性に翻弄されながらも、麻子はありのままに、逞しく生きてゆく。
 物語はどこかあっけらかんとした筆で書き綴られてゆく。重たく澱みそうなストーリーなのにそうはならない。いくらでも長くなりそうなところを、どんどんカットしながら、話はすいすい前に進んでいく。それでいて不思議と心にしみてくる語り口だ。メタ小説的な仕掛けには意表をつかれたが、そういう作意は不要だったかもしれない。

タンノイのエジンバラ

タンノイのエジンバラ
【文春文庫】
長嶋有
定価530円(税込)
2006年1月
ISBN-416769302X

評価:★★★
 4つの短編からなる作品集。それぞれの作品とも、どこかとらえどころの無い、不思議な味わいがある。ストーリーはそれぞれ、日常生活の中の小さなドラマを切り取ったようなものだ。こういうミニマルな趣向の短編は、どちらかといえば女性作家の得意とする分野ではなかろうか。そして、たとえば角田光代が、同じ題材とテーマで書いたら全然別のものになるだろうなという気がする。
 で、本作品はやっぱり男性の筆だな、と。う〜ん、ちょっとうまく説明しにくいが、テンションのかけどころが違うとでも言うか。つまりは、男の料理っぽいというか。ざっくりとして程よい味わいとコクがあり、後味はさっぱりしている。
 余談になるが、かつて私は、本作品中の「三十歳」の主人公と似た状況、つまり四畳半のアパートにグランドピアノを置いて、その下で寝起きするという生活を送っていたことがあり、その頃のことを懐かしく思い出した。この作品の書評とは関係ないけど。


しょっぱいドライブ

しょっぱいドライブ
【文春文庫】
大道珠貴
定価420円(税込)
2006年1月
ISBN-4167698021

評価:★★★★
 地方の海辺の町に住む34歳の「わたし」と、60歳過ぎの九十九さん。2人とも人付き合いが苦手だ。そんな「わたし」と九十九さんとは付き合っていて、肉体関係もあるのだが、そこにはときめきのかけらもない。仲間はずれにされている者同士で傷を舐め合っているような感じもするし、あるいは底意地の悪い「わたし」が九十九さんを一方的に翻弄しているようでもある。「わたし」は投げやりで、ずるくて、コンプレックスの塊だ。九十九さんは意志薄弱で悲しいくらいいじましい。ふわりとした微妙にふくらみのある文章で、「わたし」と九十九さんの屈折した恋愛がゆるゆると語られる。
 この小説が芥川賞を受賞したとき、「何でだよ」みたいな反応があったらしい。だけど私は受賞に納得。さまよう会話が醸し出す、えもいわれぬ温かな不安、脱力感。記憶と現在の絶妙な交錯。この作品はこの作者にしか書けないだろう。
 表題作以外にも短編が2つ収録されている。それぞれに独特な味わいがあり、どちらも地味ながら優れた作品だと思う。

レキオス

レキオス
【角川文庫】
池上永一
定価860円(税込)
2006年1月
ISBN-4043647026

評価:★★★★★
 聖と俗、神話とテクノロジー、シリアスとギャグなどがチャンプルーになったこの物語の作者の頭の中はいったいどうなっているのだろう。あまりに多くのものをごったまぜにしている上に、ところどころで少年マンガ的弾け方をしているので、ついていけない人もいるかもしれない。でも私はこういう悪ノリも、わりと好きである。
 神話と近未来SFを結びつける物語は珍しくないが、この作品では沖縄のユタという土俗信仰を中心に据え、ペンタグラム、セヂといったキーワードから、キリスト教やモーツァルトやプッチーニのオペラ、量子物理学まで、強引な力技で節操なく敷衍し、しかもそこに沖縄戦や米軍基地といった社会問題まで絡めている。抱腹絶倒、荒唐無稽。それでいてかっちりとした物語世界を構築しているのだから、いやはや、とんでもない剛腕作家である。しかも、登場する多くの魅力的な登場人物に、それぞれ見せ所となる出番がある。それにしてもサマンサ・オルレンショー博士にはぶっ飛ぶ。リーダビリティ抜群。密度の濃いエンターテインメントだ。

主婦は一日にして成らず

主婦は一日にして成らず
【角川文庫】
青木るえか
定価420円(税込)
2006年1月
ISBN-4043686048

評価:★★★
 このところ、駄目な自分をネタにした露悪的なマンガやエッセイ、という分野への女性の進出が著しいような気がする。最早メジャーになりすぎて、かつての毒気が薄れてきている西原理恵子などがそうだ。作者もこの路線の王道を歩んでいる。
 家事に関しては出来るだけ手を抜いて、でも逆に自分のやりたいことや興味を引かれることには手間ひまもお金もかけたい、と思っている主婦は多いだろう。というか多少なりともそう思わない主婦なんてきっといないんじゃないだろうか。作者は、そういう主婦の本音を思う存分(でも時にはお姑さんやダンナさんから叱られないかとびくびくしながら)実践してみせる。また、実践した結果家庭はどうなるのか、ということを検証してみせてくれる。その実験的な試みを支えているのが、作者に負けず劣らず自分の生きたいように生きている、おおらかなダンナさんだ。で、結果として、お米が動いて見えるくらいに米びつが虫だらけになったり、夫婦仲に亀裂が入りそうになったりする。作者はまたそれをネタにして書く。実に天晴れだ。

最期の喝采

最期の喝采
【講談社文庫】
R・ゴダード
定価1040円(税込)
2006年1月
ISBN-4062752905

評価:★★★
「千尋の闇」や「さよならは言わないで」といった名作でも分るように、報われない愛に殉じる男の切ない純情をほろ苦く描くのが、この作家の真骨頂だろう。ロマンスが絡んだ歴史ミステリーの作家というよりも、本質的にはミステリーの体裁をとるロマンス小説の作家なのではないかというのが私のゴダード観である。
 さて本作である。主人公のトビーは妻ジェニーと離婚訴訟中。トビーは妻に未練があり、離婚を望んでいない。一方、ジェニーはトビーと別れ、ロジャーという大富豪と再婚する予定なのだが、このロジャーが曲者で、悪い奴なのだ。ロジャーの本性を知ったトビーは妻を守るため、そして妻の愛情を取り戻すために事件に巻き込まれてゆく。まさにゴダート節全開である。ただ、ジェニーの魅力がいま一つ乏しかったのと、後半から終盤にかけての展開が性急かつややあっけなかったのは、ちょっと残念。そろそろ「千尋の闇」を超える作品を、と切望しているのは私だけではあるまい。

逸脱者(上)

逸脱者
【講談社文庫】
G・ルッカ
定価730円(税込)
2006年1月
ISBN-4062753073

評価:★★★
 要人警護の会社を立ち上げたアティカスと仲間たちが、人権運動家の女性を警護するところから物語が始まり、そこから物語は意外な方向へと展開してゆく。
 私はこの作品を手にしてから読了するまで一週間以上かかってしまった。これはこの作品のせいではない。たまたま研修会やら、飲み会やら、徹夜麻雀などが重なったためである。で、こういうハリウッド映画的な作品をだらだら時間をかけて読むと駄目だと痛感した次第である。やはり映画を観る感覚で集中して一気に読んだ方がいい。でないと鮮度がどんどん落ちてきて、こちらも意地悪な方向へと目が向く。いかにも大学の創作科出の著者が、ヒットを計算して生み出したシリーズらしいというか、読者をきっちりマーケティングし、コンセプトを固めているあざとさみたいなのが鼻についてくるのだ。ジョーク交じりのセリフもいちいち気障だし。あと、いろんな種類の銃が出てくるところも感覚的に嫌だ。ただ「狙撃は女の仕事だ」という主人公のセリフには、妙にぞくっときた。いろんな意味で。それと、アティカスの今後にはちょっと興味をそそられる。

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