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松井 ゆかり

松井 ゆかりの<<書評>>



リトル・バイ・リトル

リトル・バイ・リトル
【講談社文庫】
島本理生
定価440円(税込)
2006年1月
ISBN-4062752956

評価:★★★★
 「第130回芥川賞(綿谷&金原W受賞時)は島本さんにあげるべきだった…」といまだに年寄りの繰り言のような思いを抱き続ける私。
 島本さんの小説の魅力とは、と考えたときにすぐさまいろいろ思いつくわけだが、まずは文章の清々しさを挙げたい(解説で原田宗典さんも彼女の文章のよさについて書いておられ、意を強くする)。小難しいところがなく清潔でそれでいて情熱を内に秘めた文章。と書いて、「なんだ、島本さんの描く男の子と通じるじゃないか」と思い当たる。この「リトル・バイ・リトル」に出てくる周くんも気持ちのいい青年だ。
 そしてもうひとつ、印象的な大人を描くことができるのも島本さんの強みではないかと思う。若い作家が若い人物を魅力的に描けるのは(力量なくしてはできないことだが)、それほど不思議なことではない。この小説においては、主人公ふみの書道の先生柳さんの存在感が大きい。
 島本さんには、年齢を重ねても瑞々しい感性を失うことなく書き続けていってほしい。

ぼくとネモ号と彼女たち

ぼくとネモ号と彼女たち
【河出書房新社】
角田光代
定価473円(税込)
2006年1月
ISBN-4309407803

評価:★★★
 角田さんの小説には、時折どうしようもなく勝手な人間が出てくる。この小説の主人公も“どうしようもなく”とまではいかないものの、かなり自己中心的な男の子だ。自分が初めて買った車に誰も乗ってくれないからといって家出するなよ…。
 それでも、そんな些細なことがきっかけで当てもなく遠くまで行きたいと思い、実際に実行に移してしまう勢いはすごい。次々と入れ替わる助手席の異性に導かれるように旅を続ける主人公の姿に、私だったらこんな行き当たりばったりな行動は起こせないなと感心にも似た感情がわく。
 主人公が出会う女性たちもつかみどころがなく、主人公を含めて正直誰にも共感しづらい。しかし、彼らの心の自由さにはちょっと憧れめいた気持ちを持った、不思議なロード・ノベル。

天涯の船(上)

天涯の船(上・下)
【新潮文庫】
玉岡かおる
上巻定価660円(税込)
下巻定価700円(税込)
2005年12月
ISBN-4101296154
ISBN-4101296162

評価:★★★
 初めわくわく、中あれれ?、終わりよければすべてよし…という感じの話だった。上下巻合わせて1000ページ近くにも及ぶ大河小説についてこんなまとめ方も乱暴なのだが。
 前半はほんとおもしろかった。駆け落ちした良家の娘の身代わりとなり、アメリカへ留学させられることになった下働きの少女。過酷な試練に耐えながら、立派な淑女に成長したミサオはオーストリア貴族と結婚するが、その心には忘れられないひとりの男性光次郎がいた…。なんとやきもきさせられる展開!
 しかし下巻も半ばを過ぎてミサオと光次郎が結ばれてからが、ちょっと濃厚過ぎ!ハーレクインロマンス、ここに極まれり。別にメロドラマっぽいのが悪いとか、中年の恋がいけないとか言っているのではない。もう少し早くふたりの恋を成就させてあげればよかったのにという、純粋に主人公たちの心情を思い遣っての感想。もっと息子を大切にしてやれ、という不満がないでもないが、ハーレクインは女の夢ですから。

鞄屋の娘

鞄屋の娘
【光文社文庫】
前川麻子
定価480円(税込)
2006年1月
ISBN-4334739997

評価:★★★
 前川さんがネクター(古い?)だとしたら、自分は出がらしの玄米茶。女性としての濃度(何の濃さか)を飲み物に例えてみた。
 「ファミリーレストラン」「すきもの」と読んできて、「この人はどうも自分とは別の次元の人のようだ」と思い少々身構えていたが、この「鞄屋の娘」は思いの外ぐっとくるものがあった。
 前川さんの描く男女関係のなんだかんだについてはやや息苦しさを感じるのだが、家族について描かれた部分はいいなと思う。例えば、主人公麻子(言うまでもなく作者自身がモデルだろう)が入籍を決意する場面。籍を入れないままの麻子と濱田の間に生まれた(もしかしたら別の男の子どもかもしれない)息子帆太郎が小学校に入学するにあたって、戸籍の問題が生じる。自らも婚外子として生まれた麻子は父親の姓「前原」に執着があったが、濱田の妻そして帆太郎の母としての人生を選択した。別姓云々ということともまた別の次元の話だが(そして私は別姓に反対ではないが)、麻子の決意はとても潔いものに映った。

タンノイのエジンバラ

タンノイのエジンバラ
【文春文庫】
長嶋有
定価530円(税込)
2006年1月
ISBN-416769302X

評価:★★★★★
 長嶋有さんと川上弘美さんは似ている(もちろん作風がですよ。外見は似ていない)。と、思う。ご賛同いただけるでしょうか。以前川上さんの小説が「俳味がある」と表現されているのを目にした覚えがあるのだが、言い得て妙だわと膝を打った覚えがある(長嶋さんも川上さんも俳句を詠まれるとのことだし)。
 解説に「長嶋本のなかでもっともいい」と書かれた本書だが、私もすごく主人公たちに共感した。彼らの“いろんなことが割とどうでもいい”性格というのが、他人事と思えなかったからだ。今でこそ、結婚して3人の子の母となり、普段そんな気持ちは無意識に押さえ込まれているわけだが、もしも自分ひとりだったら楽な方へ楽な方へ流れていってしまいたいという誘惑に勝てないような気がする(それが結局はのっぴきならない状況へ追い込まれる結果になったとしても)。
 実際にはそうはしません。しませんが、小説で読むのはオッケーですよね。

しょっぱいドライブ

しょっぱいドライブ
【文春文庫】
大道珠貴
定価420円(税込)
2006年1月
ISBN-4167698021

評価:★★★
 しょっぱい。確かにしょっぱい短編集であった。
 表題作は、主人公である34歳のミホが推定60代を少し過ぎたあたりのご老人九十九さんと同棲を始めるまでが描かれている。同じような年の差カップルといえば、川上弘美著「センセイの鞄」のツキコさんとセンセイを思い出される方も多いと思うが、趣はかなり異なる。「タンノイのエジンバラ」の項でも少し触れたことだが、川上作品には俳味があるが大道さんの小説にはそれが感じられなかった。九十九さんは率直に言ってかなりしょぼいキャラだ(ミホもだ)。センセイがリアルさに欠けるのだと言われればそれまでなんだが。
 ミホと九十九さんの付き合い方も、好きなら好きで生々しいし、何とも思ってないなら何とも思ってないで気が滅入る感じ。他の2つの短編も同じような恋愛模様が描かれていて、現実はこんなものなのかなあとやや苦みが残る読後感であった。

レキオス

レキオス
【角川文庫】
池上永一
定価860円(税込)
2006年1月
ISBN-4043647026

評価:★★★★
 池上永一はすごい。彼のすごさを的確に表現する術を私は持たない。
 「レキオス」は、まずSF、そしてキャラクター小説、さらには沖縄文学という多様な側面を持つが、私は群像劇としてもとてもおもしろく読んだ。そもそもこの大作をジャンル分けするのは難しい、というか意味がない。強いて言うなら、ジャンルは「池上永一」だ。
 これだけ強烈な登場人物が揃い、これほど破天荒なストーリー展開でありながら、物語としての破綻はない。マンガやアニメでしかお目にかかれないようなクールでぶっとんだキャラが縦横無尽に活躍する。大胆で繊細、爽快で猥雑。あらすじをちまちまとまとめられるような話じゃないので、ぜひ読んで、そして壮大な物語世界に翻弄されちゃってください。

主婦は一日にして成らず

主婦は一日にして成らず
【角川文庫】
青木るえか
定価420円(税込)
2006年1月
ISBN-4043686048

評価:★★★★
 私は“好きなものは最後に食べる”タイプだ。が、「本の雑誌」を読むときどうしても我慢できず、青木るえかさんのページは真っ先に読んでしまう。
 ところで、私は青木さんの本関係のエッセイがあまりにも好きなので、その他の主婦関係やら競輪関係ものはやや評価が辛くなってしまいがちだ。競輪はそもそも知識がないためにおもしろさがわかっていないだけだろう。
 しかし、主婦という立場は私も同じである。確かにダンナさんの話など、すごくおもしろい(そして、ダンナさんと青木さんの夫婦愛にも心打たれる)。しかし、おそらく主婦エッセイのツボは、「青木るえかは、私よりダメだ(笑)」(by中村うさぎ)という部分なのだと思う。でも私、あんまり青木さんのこと“ダメ主婦”と思わないんだよなあ…(もちろん“主婦の鑑”とも思いませんが)。だって、家族が現状に満足してればいいんじゃない?(すでに洗脳されてる?)
 が、虫はいけません!後半の虫にまつわるエッセイ群はマジで寒気が…。わかっていたけど、やはり青木るえかはすごかった!

最期の喝采

最期の喝采
【講談社文庫】
R・ゴダード
定価1040円(税込)
2006年1月
ISBN-4062752905

評価:★★★
 なんかクリスティっぽい。読み始めて間もなく抱いた感想だ。それもあながち的外れではなかったか。著者はイギリス生まれ、私は不勉強にしてこれまで他の著作を読んだことがなかったのだが、歴史ミステリーを得意とする作家であるとのこと。この作品は現代物だが、翻訳もいいのだろうか、重厚な雰囲気が全編を通して支配する。主人公は落ち目の舞台俳優。戯曲も著すアガサ・クリスティと舞台は切っても切りはなせないものだろう(著作にはよく女優が登場する気がする)。その彼に離婚寸前の妻が助けを求めてくる。彼女を付け回すストーカーの真の狙いは…。
 クリスティ好きとしては、大乗り気で読み始めたのだが…。うーん、できれば“意外な犯人”というハードルもクリアされているとなおうれしかったが。その他の細かい伏線の回収のしかたはなかなかよかった。
 しかし最大の謎は解き明かされていない。主人公トビーが未練たっぷりの妻ジェニー、そんなに魅力的だったか?

逸脱者(上)

逸脱者
【講談社文庫】
G・ルッカ
定価730円(税込)
2006年1月
ISBN-4062753073

評価:★★★★
 メガネ男子キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
 改めてよく考えてみると、メガネをかけた探偵が主人公というのは珍しいのかも。解説で香山二三郎氏(ご本人もメガネを着用されてますね。素敵です)も主人公アティカスが「メガネ男子」であることを指摘されてるくらいだ。仕事に関してはプロフェッショナルでハードボイルド(異性に関してのガードはやや甘いようだが)、冷静でありながら時に熱くもなるという人物像は、女性読者のハートを揺さぶらずにおかないのではないか(私も含めて)。
 が、終盤の急展開は、こんなキャラ萌え要素を吹き飛ばすような重さ。うーん…辛いなあ。アティカスをはじめ、登場人物たちがこの闇を抜ける道はあるのか。とりあえず、シリーズこれまでの作品をすべて読みたくなった。私もこの「逸脱者」からいきなり読み始めたが、できれば順番に読まれた方がいいのではないかと思う。損はさせませんよ!(だから、読んでないんだが)

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