年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
 島田 美里の<<書評>>


終末のフール
終末のフール
伊坂幸太郎(著)
【集英社】
定価1470円(税込)
ISBN-4087748030
評価:★★★★★

 終末と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、ノストラダムス。1999年が来ることに怯えていた小学生の私は、とりあえず20代のうちに結婚しなくちゃ!と、本気で思い詰めていた。子どもが焦って将来設計をするなんて、よっぽどのことである。
 この連作短編集の設定は、そんな予言よりもっと恐ろしい。小惑星が地球に衝突するなどと科学的に脅かされて、簡単に開き直れるわけもなく、当然、パニックになる人々が続出する。そんなお先真っ暗な世界で、ひときわ輝いているのが、自分らしい生き方を貫こうとする人々。あと3年というタイムリミットの中、子どもを生もうとする夫婦や、恋人を見つけようとする若い女性の姿に、絶望を乗り越えた先にあるものを見た気がした。
 世界が終わる話にもかかわらず、気がついたら希望を手に握らされているという読後感がいい。何だか無性に、著者に「ありがとう」と言いたくなった。できれば、地球滅亡を怖がっていた子ども時代に、読みたかった。間違いなく何%かは前向きな人間になっていたと思う。

そろそろくる
そろそろくる
中島たい子(著)
【集英社】
定価1260円(税込)
ISBN-4087747999
評価:★★★★

 前作『漢方小説』は、それこそ漢方薬の効き目みたいに、「わたし、ゆるやか〜に良くなってます!」という話だった。この作品もまた、心とからだの変調に悩む30代女性が主人公。
 甘いお菓子を一気食いし、突然号泣するイラストレーターの秀子は、PMS(月経前症候群)に悩む友人の話を聞いて、自分ももしやと考える。医者にも行かずに断定するのもどうかしているが、つきあい始めた年下の彼氏の「オレもPMSかも」というセリフには、ひっくり返りそうになった。あなたもわたしもPMS!って感じで、すべてPMSで片づけてしまっていいのか?と思わないでもなかった。だけど、症状に具体的な名称を与えることは、今までの自分を振り返るきっかけになるのかもしれない。好不調の波を自覚することで、周期的にネガティブになる気持ちが少しずつ矯正されていく様子にちょっと癒された。
 前作に比べて、恋愛や仕事が、さらに踏み込んで描かれているなあと思う。読後の余韻も、前作はゆるやかだったけれど、今回はしっかりと心に効きます。

恋はさじ加減
恋はさじ加減
平安寿子(著)
【新潮社】
定価1365円(税込)
ISBN-4103017511
評価:★★★★

 ちょっとしたグルメ本のようだ。もっといえば、いろんな味わいを取りそろえた、男のメニューリストのようでもある。ポテトサラダに、カレーうどん。はっきりいって、どれも特別な料理じゃない。あってもなくても、それほど食生活に影響を及ぼさない。そんな影の薄い食べ物と、登場する男たちのイメージが微妙に重なって、ひっそり笑える。
 この短編集で、特に料理と男のマッチングがすばらしかったのは「とろける関係」。ご飯にバターとしょうゆを混ぜて食べるというバターご飯の強烈さに、すっかりノックアウトされた。食べるか食べまいかしばらく葛藤してしまいそうなこの料理?と、主人公のロミがつきあうかつきあうまいかと悩むほど年上の男の立場が、泣けてくるほどダブる。
 それにしても、ひとつ間違えば気持ち悪さが漂う関係を、美味しそうな一品に仕上げる、著者の腕前はすごい! 女性はこれを読んで、22歳の年の差もありだな。と、うっかり考えてしまわないように気をつけたい。確かに、食わず嫌いをなくすと即、幸せになれますが。

ゆりかごで眠れ

ゆりかごで眠れ
垣根涼介(著)
【中央公論新社】
定価1890円(税込)
ISBN-4120037177

評価:★★★★

 暴力ものとかマフィアものとかに全く興味がないので、すみませんねえ、と謝りながら読み始めた。ところがなんと!この物語の主人公(もちろん悪者)に思いっきり惹かれてしまったのだ。
 日系二世のリキは、不安定な政情のコロンビアで、子どもの頃に両親を殺され、悲惨な運命の末に麻薬組織のボスになる。マフィアだから、当然、裏切り者は容赦なく殺してしまうんだけど、その反面、自分のせいで天涯孤独にさせてしまった浮浪児・カーサの面倒を見るという深い愛情もみせる。このギャップの激しさのせいなのか、とんでもなく包容力があるように思える。もしかして、意外と女性がグラッとくる作品なんだろうか?
 リキの組織力が及ぶ日本で、孤独を抱えた元刑事の妙子と出会うことになるが、孤独はやっぱり孤独を引き寄せる。別に、頽廃的な感じに憧れているわけじゃないけれど、小説から与えられる情報以上に、この男を勝手に好印象に想像してしまう。久々に虚構の世界の人物に、好みの俳優の顔を当て込みつつ読んでしまった。恥ずかしながら。

まほろ駅前多田便利軒

まほろ駅前多田便利軒
三浦しをん(著)
【文藝春秋】
定価1680円(税込)
ISBN-4163246703

評価:★★★★★

 なんてスケールが小さいんだろう!
 今のは、褒め言葉である。東京の郊外にあるまほろ市で、多田が営んでいるのは便利屋。
 主な仕事は、草むしり、犬の世話、塾の送り迎えなどの雑用だ。だけど、単にそれをこなしていっちょあがりじゃない。ささやかな幸せというおまけが、もれなくついてくる。実際は、そのおまけが大事な仕事なんだけど。
 多田も相当風変わりな男だけれど、さらに変人なのが、多田のところに転がり込んできた昔の同級生の、行天という男。ちょっと価値観がぶっ壊れている。他人の幸せと引き替えに、殺人犯の身代わりになるなどと平気で言ってしまえるのだ。この感性は、子どもっぽいというより、宇宙人だ。
 変に野心など持たない、雑草のようなふたり組が、読者を気持ちよく脱力させてくれる。彼らがもたらす温かさを何かに例えるなら、冬場、全く火の気がないところでのミニカイロ、あるいは、マッチ売りの少女のマッチとでもいうべきか? とにかく、ちっぽけだけど、めちゃくちゃ貴重なのだ。

ミス・ジャッジ

ミス・ジャッジ
堂場駿一(著)
【実業之日本社】
定価1785円(税込)
ISBN-4408534889

評価:★★★

 野球のピッチャーが表紙で、タイトルはミス・ジャッジとくれば、野球好きは黙っちゃいない。テレビ中継を見ながら「今のはストライクやろ」と、ついツッコミを入れてしまったり、WBCの疑惑判定に噴火した人は、日ごろの疑問を一刀両断にしてくれると期待するだろう。でも、中身はちょっと違った。
 野球の醍醐味というよりは、男同士の確執の物語だった。ボストン・レッドソックスに移籍したばかりの投手・橘は、ヤンキースとの開幕戦で、誰が見てもストライクと思われる投球をボールと判定されるのだが、そのジャッジを下したのがメジャー初の日本人審判・竹本。高校時代からの先輩と後輩であるふたりの暗い過去は、何だか湿っぽい気分にさせる。
 ただ、メジャーのベテラン審判・ハートマンの存在は渋かった。日本人俳優でいうと、いかりや長介がやりそうな役柄だ。「おめえさんはよ」とでもいいながら若者に苦言を呈しそうな雰囲気がぷんぷん漂っている。日本人同士の確執は横に置いといて、試合の臨場感と、メジャーを知り尽くした男の語りを全開にしてくれたら、野球好きの血が騒いだはずなのに。


トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン
柳広司(著)
【角川書店】
定価1680円(税込)
ISBN-4048736760

評価:★★★★

 監獄という厳戒体制がしかれている場所に、密室殺人を取り入れた、著者の発想がすごいと思った。人はもちろん、凶器になりそうな道具も簡単には持ち込めないだけに、トリックの難易度は高くなるのだ。
 舞台は、戦後間もない巣鴨プリズン。ニュージーランドの元軍人・フェアフィールドは、囚人・貴島の過去を調査するはめになるが、捕虜を虐待した容疑で収容されている貴島は、全く記憶を喪失している。ただ、過去を辿るだけだと一本調子だが、プリズン内の密室殺人も同時に追うことで、スピード感も伝わってきた。
 制約が多い中での巧妙なトリックにも感心したが、この物語が伝えたいのは事件にまつわる心理。犯行の動機にからんでいる「狂気」は、戦争がなかったら、持たなかった類のものである。それは、戦争を体験していない者にとっては、未知の世界。軍人たちが置かれていた精神状態に、戦争は見えないものまで破壊するのだと気づかされた。たとえラストがさわやかでも、この重々しさは、虚脱感が残る。

イラクサ

イラクサ
アリス・マンロー(著)
【新潮社】
定価2520円(税込)
ISBN-4105900536

評価:★★★★★

 登場人物とじっくり語り合った気分になって、放心状態になった。彼らが、著者の意志ではなく、それぞれの意志で動いているみたいに感じられるのだ。誰かの人生をそのまま文章にしているようで、とても重厚感がある。
 人生の何気ないシーンの数々は、どれもはっきりした印象を読者に残していく。離婚経験のある女性が、幼い頃に好きだった男性と偶然再会し、ともに浴びた雨後の陽の光や、病に冒された中年女性が、見知らぬ少年と浮橋の上から一緒に眺めた景色が、胸の中のスクリーンいっぱいに広がる。
 この短編集の主役は女性が中心で、これまで大きく道を踏み外したことがないような誠実な人が多い。誰にも言わずに自分の胸だけにしまっておきたい光景は、どんな人にもあるってことに気づかされた読者は、自分の人生の中にも何か輝きを見つけたくなる。もし、死ぬ前に何か思い出すとしたら、こんな風な場面がいいと思うような作品だった。墓場まで持っていきたいような思い出を持てたなら、本当に幸せだなあと思う。

ブダペスト

ブダペスト
シコ・ブアルキ(著)
【白水社】
定価2100円(税込)
ISBN-4560027404

評価:★★★

 ペンネームを使ったことさえないので、ゴーストライターの気持ちはもっとわからない。自分の書いたものに、自分じゃない名前がくっついていたら嫌じゃないんだろうか?
 主人公のコスタは、腕のいいゴーストライター。他人の自伝を書いてベストセラーになっても、本当の著者だと名乗り出ることはできない。人のクセを模倣する仕事を通して、自分にしか表現できない自分らしさって存在するのかという疑問を、延々と語られているような物語だった。どうも冷めた目で読んでしまい、自分も人のフリをせず、人にも自分のフリをさせなけりゃいいじゃないか!と、つい短絡的な感想を言いたくなった。
 日陰の仕事に魅力は感じなかったが、男と女の関係には、引き寄せられるものがあった。コスタには、リオデジャネイロの妻の他に、ブダペストに恋人のクリスカがいるが、コスタと彼女の間にある言葉の壁が、とても官能的な雰囲気を演出していた。伝えたいのに、伝えきれないもどかしさが、熱いマグマみたいになって溜まっていく感じに、ちょっとドキドキしてしまう。

ページをめくれば

ページをめくれば
ゼナ・ヘンダースン(著)
【河出書房新社】
定価1995円(税込)
ISBN-4309621880

評価:★★★★

 教職を続けながら執筆していたという著者の経歴を見て、とても納得した。学校という舞台が多いせいもあるけれど、子どもを深く観察した人にしかわからないような、感受性豊かな世界が広がっているのだ。
 著者のメッセージは一貫している。それは、子どもならではの自由な発想を、大人になってもなくさないでほしいということ。おとぎ話を現実のことのように生徒たちに体感させようとする先生も、おとぎ話を真実だと信じ切ってしまう子どもも、著者の祈りを代弁しているみたいだ。
 11編の物語の中で、一番好きだったのが、「いちばん近い学校」。アザミのような紫の綿毛をむくむくにまとった異星人・ヴァニーを、すんなり受け入れる子どもたちが面白い。とんでもなくふわふわにふくらんで、恥ずかしそうにしているヴァニーも、気持ち悪いけどかわいい。そういえば子どもの頃、着ぐるみの人形の中には、人なんて入っているわけがないと、信じていたっけ。
 今こそ大人も理性を捨てて、想像力をむくむくとふくらませたい。