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新冨 麻衣子 新冨 麻衣子の<<書評>>


終末のフール
終末のフール
伊坂幸太郎(著)
【集英社】
定価1470円(税込)
ISBN-4087748030
評価:★★★★

 8年後に隕石が落ちて来て人類は滅亡する。ヨタ話のようなそんな<事実>が発覚して5年が経った。5年の間に地上は地獄になった。略奪、暴行、殺人、自殺……あらゆるパニックが人々を襲い、社会は機能不全と化した。しかし5年も経てばさすがに落ち着くのか、それとも嵐の前の静けさか、小康状態となった仙台のある街を舞台に、それぞれの<生き方>が描かれる連作短編集。
 正直前半の4編はあまり乗れなかったんだけど、後半4編がとても良かった。憧れてやまない選手の信念を、父親の弱さを、そして何より自分の弱さを知った少年の葛藤が描かれる「鋼鉄のウール」。「天体のヨール」は自殺寸前の絶望のさなかに天文オタクの友人に引っ張りだされた中年男の見上げる空……心温まる一作。そしてそのラストはまるで戦場の中のユートピア、そんな馬鹿な、という声は無視してこれはyesといいたいラストの「演劇のオール」。そしてとどめの「深海のオール」、お父さんのキャラ最高で素敵なエピソード満載で、最高です。


そろそろくる
そろそろくる
中島たい子(著)
【集英社】
定価1260円(税込)
ISBN-4087747999

評価:★★

 三十歳を過ぎたイラストレーターの主人公は、あまりに不安定な自分の精神状態がPMS(生理の前に身体や精神が不安定になる症状)であると知るのだが……。
 細かな描写がリアルで、文章も上手い。小学校の時のエピソードもいいし。
 でもね、だから何だ? という読後感。だって話はひたすら主人公がPMSに向かいあうことに終始してるんだもの。この小説は何を伝えたいのかがわからなかった。まさか「いつもと違う時は、誰にでもある」という一文じゃないだろうね。それは……知ってる。
 さらさらと読めるんだけど、う〜ん、身体に関する悩みはパーソナルすぎて小説のテーマにするにはちょっとむずかしいんじゃないだろうか。自分も経験したことじゃないと、共感は出来ないからねぇ。


恋はさじ加減
恋はさじ加減
平安寿子(著)
【新潮社】
定価1365円(税込)
ISBN-4103017511
評価:★★★

 焼き蛤にポテサラ、ハヤシライス、カレーうどん、バターご飯、梅干し……食べ物をモチーフにした恋愛短編集。
 今時めずらしい<普通>の恋愛小説ですね。上手いですよ、平安寿子ですから。安心して読める。でもね、恋愛小説というジャンルで見ると、非常に<普通>すぎる。恋愛小説の醍醐味は<非日常>で、平安寿子の持ち味は<日常>でしょ? だから同じテンションで恋愛小説を書かれてもピンとこなかったわけです。
 そんななかで、ひとまわり以上年上の男性との関係に悩む「とろける関係」はけっこう好き。ここに登場する早苗おばちゃんが、いかにも平安寿子テイストなキャラクターで楽しいからかな。
 それにしてもこのタイトルはどうにかならなかったのか。

ゆりかごで眠れ

ゆりかごで眠れ
垣根涼介(著)
【中央公論新社】
定価1890円(税込)
ISBN-4120037177

評価:★★★★

 コロンビアという麻薬と暴力にまみれた場所で生まれ育ち、マフィアのボスにまで登り詰めたリキ・コバヤシ・ガルシア。彼の重要な部下であり殺し屋であるパパリトが日本で逮捕されたため日本入りするが……。リキに精神的に深く依存するもと浮浪児・カーサ、なぜか日常に馴染めないもと刑事・妙子、自らの薬物依存で破滅寸前の刑事・武田……あやうい人間たちの人生が、パパリト奪還計画を前に深く交錯する、スリリングかつ圧倒的な長編ハードボイルド。
  一気読みでしたね。リキという男の人生を軸にしたこの物語の濃密さとスリリングさにひたすら圧倒されてしまった。とくに物語前半の、リキの半生を描いたあたりは夢中で読んだ。これで読者を驚かせるようなラストだったら……ていうのは贅沢な悩みでしょうか。まーそれにしてもエンタメ性たっぷりな一作です。読者をぐいぐい引っ張ってくれるようなパワフルさもあるし。あまり気力がない時でも、楽しんで読める一作ではないでしょうか。

まほろ駅前多田便利軒

まほろ駅前多田便利軒
三浦しをん(著)
【文藝春秋】
定価1680円(税込)
ISBN-4163246703

評価:★★★★★

 ひっそりとしたこの街の駅前で便利屋を営む男・多田と、高校時代の同級生である変人の行天。ウマが合うんだか合わないんだかわからないこのコンビに、なぜか街のきな臭い事件が次々と吸い寄せられてくるのだが……。
  「家族」をキーワードに、様々な事件を通して関わる人々の心の痛みを丹念に描きながら、徐々に主人公二人の心の傷に触れていく展開でぐっと来る。なのに全体を通してみればどこか軽快で読んでいてとても楽しいのは、キャラクターがすごく魅力的に描かれてるせいだろう。行天の変人ぶりやそれに引っ張り回される多田のお人好しぶりはもちろんのこと、自称”コロンビア人”娼婦のルルや、生意気小学生の由良、街の裏を仕切ってるらしい星……などなど脇役に至るまで、印象深い。
 魅力的なキャラにテンポよい文章、しっとりしたストーリー展開、という三浦しをんのいいところが、過去最高にいいかんじでミックスされた作品だと思う。これからもこんな作品を期待してます。

ミス・ジャッジ

ミス・ジャッジ
堂場駿一(著)
【実業之日本社】
定価1785円(税込)
ISBN-4408534889

評価:★★★★

アメリカのレッドソックスに移籍したピッチャー・橘は、日本で行なわれたヤンキースとの開幕戦で、意外な人物と出会う。それは学生時代の先輩で、肩を壊した天才ピッチャー・竹本。行方知れずだった彼はアメリカで修行を積み、日本人初のメジャーリーグの審判となっていたのだ。十年前の確執を思い出し、不安を覚える橘だったが……。
 原因がわからぬままマウンドでの違和感を払拭できず、結果的にチームメイトとの空気も悪くしてしまう橘。なぜ自分が…という気持ちを捨てきれずに、強気なジャッジを繰り返し、批判を浴びる竹本。再会の<ミス・ジャッジ>が二人の男を苦しめる、その人間ドラマがたまらない。ちょっと重い内容ではあるのだけど、プレーオフに向けてチームがまとまっていくあたりは読んでいて楽しいし、試合中の描写も緊張感溢れてて引き込まれる。
 そして竹本をたんなる悪役に仕立てないあたりがいい。竹本の心に根ざす深い闇、そして橘のしたたかさがきっちり描かれてるからこそ、この物語は読み応えがある。


トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン
柳広司(著)
【角川書店】
定価1680円(税込)
ISBN-4048736760

評価:★★★★

 戦後のアメリカ占領時代、 元軍人のフェアフィールドは個人的な調査のため巣鴨プリズンを訪れるが、対価としてキジマという囚人の戦時中の記憶を取り戻すよう依頼される。時を同じくしてプリズン内で不可解な殺人事件が起きて……!?
 キジマの捕虜虐待は事実かねつ造か? フェアフィールドの捜査を妨害するのは誰だ? プリズン内で起こった不可解な事件の意味するものは? キジマとは何者なのか? ……すべての謎の背後にあるのは、戦争というあまりに深い闇なのだ。
 事件そのもののサスペンス性が高くて引き込まれるのだけど、物語に厚みを加えているのは<戦争>そのもの。戦争という名のもとでは人を殺してもいいのか? 完璧な民主主義は存在するか? 現実から目を背け続けた先にある未来とは? 苦しみの末に吐き出されたこの問いに、まだ人間は答えることが出来ずにいる。何度も胸が痛くなった。
 正直、ミステリとしては若干強引な部分もあるけど、それはいいじゃないか、と思える出来。個々のレベルにおける戦争の重みをストレートに描きながら、物語全体をみればエンタメ作品として十分に成功している。とても良かったです。

イラクサ

イラクサ
アリス・マンロー(著)
【新潮社】
定価2520円(税込)
ISBN-4105900536

評価:★★★★★

 一編一編が濃い。あらすじだけみれば、さしてドラマチックではないのに、どうしてこんなにも深い深い余韻が残るんだろう。
 ここに描かれるのは、そうめずらしくはないと思われる人生の中の「ひとコマ」だ。初恋の人との思いがけぬ再会、郷里とそれにまつわるものとの決別、少女たちのいたずらから始まった新たな人生への旅立ち、痴呆症の妻への夫の献身、思いもかけぬ人生たった一度の浮気……でもその「ひとコマ」のあまりの鮮やかさに圧倒される。
 そしてここに収められている小説はどれもとても、普遍性がある。主人公たちの人生にこれまでもすれ違ってきたかもしれないし、これから自分が直面するかもしれない。何十年後かに読んでも同じように深く感銘を受けると思う。だからずっと手元に置いておきたい小説だと思った。

ブダペスト

ブダペスト
シコ・ブアルキ(著)
【白水社】
定価2100円(税込)
ISBN-4560027404

評価:★★★★★

 主人公のコスタは天性のゴーストライター。自分の作品をあっさりと手放すのに、でもそれが他人の名で出版されもてはやされると、強烈なまでの嫉妬にかられる。その苦しみから逃れるかのようにブタペストに向かい、そしてまたリオに舞い戻る。作品を渡す自己満足と、賞賛を求める虚栄心。彼の心は揺れ続け、ゆがみはじめる。
 この小説全体が、主人公の心の揺れを表現してるのが凄い。リオとブタペスト、ゴーストライターと<著者>、ヴァンダ(コスタの妻)とクリスカ(ブタペストの恋人)、ポルトガル語とハンガリー語、そして現実と妄想。文体までも、その混沌とした世界を表現している。カギカッコは一切なし。すべて同列で書かれたこの物語は、どこが現実かどこが妄想なのか、知る手がかりもない。どこをとっても、緻密に計算された作品だと思う。
 そしてそんな著者の計算通りにすっかり酔わされてたら、驚愕のラストが待ってます。パタパタとひっくり返されて、また酔いが回る……。もう一度読みたい作品です。

ページをめくれば

ページをめくれば
ゼナ・ヘンダースン(著)
【河出書房新社】
定価1995円(税込)
ISBN-4309621880

評価:★★★★★

 一編一編、どきどきしながらページをめくった。だってこの短編集はフェミニンな視点が優しくて読み心地がとてもいいのだけど、安心して読むわけにはいかない。ハートウォーミングな物語の直後に、残酷なまでの哀しい物語もあったりして、まったく油断できない。でもどの短編にも共通してるのは、心揺すぶられるラストまでの、ページをめくる幸せ。
 ここに収められた短編はそのほとんどがSFだが、著者が教師だったからか、子供に関する作品が多いのが特徴。その中でも子供ならではの<信じる力>による不思議な現象を描いた「しーっ!」「信じる子」「おいで、ワゴン!」がとても好き。ノンSFだけど「先生、知ってる?」も悲しいラストが印象的だ。表題作も切ない余韻がたまらないし、男社会をストレートに皮肉った「小委員会」も予定調和ながらいい物語だと思う。ま、どれもこれも良かったって話ですよ。