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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫班】2007年5月のランキング 文庫本班

鈴木 直枝

鈴木 直枝の<<書評>>

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ショートカット 不運な女神 精霊の守り人 百万のマルコ ゆらぎの森のシエラ 大久保町の決闘 アヘン王国潜入記 荒野へ バルザックと小さな中国のお針子 ハンニバル・ライジング(上・下)

ショートカット
ショートカット
柴崎友香 (著)
【河出文庫】
税込515円
2007年3月
ISBN-9784309408361

 
評価:★★★☆☆
 日常はやるべきことであふれているというのに「好き」という言葉に支配されて他に目を向けられない。「なあ。遠くの人を好きなんは辛いなあ」やるせない言葉にぐぐっと心を引きずられてしまう。
 柴崎は「共感」の作家だ。居酒屋で相席しても店から出た瞬間忘れてしまいそうな大阪と東京に住む特別でない学生を敢えて描く。観光名所でもない、他人に道案内に苦慮するような「その場所」の風景を微細に描く。読者は表参道の交差点にも上野駅のコンコースにもソニータワーのエスカレーターにも行った気にさせられ、いつの間にやら登場人物のひとりに同化してしまい、一緒になって次の曲がり角の選択を悩んでしまう。
 私たちの歩く毎日は、イベントや感動に満ち溢れていない日常だからこそ、柴崎の描く「だからどうした小説」に、安堵や希望を感じずにはいられないのだろう。遠距離恋愛の気持ちの立て直し方や叶えたい夢の展望も、なんてことない場所の「へっ、そんなとこで」というシーンでフツウに交わされている。なーんにも考えていないように見えていてちゃんと自分の答えを見出している。「今時の若いもの」であることが羨ましくなる1冊だ。

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不運な女神
不運な女神
唯川恵 (著)
【文春文庫】
税込540円
2007年3月
ISBN-9784167727017

 
評価:★★★★☆
 損をしていると思った。「恨んでも、憎んでも、愛してる」この本の帯が邪魔なのだ。
 8つの連作それぞれに異なる女のそれぞれの人生がある。揃いも揃って「幸せ」とは言いがたい。家計を楽にするはずのパートの主婦は生活に疲れ、娘が初潮を迎え、同居する母親の痴呆に気を揉む世代。もう色恋に奔走する年ではない彼女らの人生の分岐点に悔しいかな「男」がいる。男女同一賃金、男性の育休取得…そんな世代に生きていても「男に人生を明け渡している」感はぬぐえない。しかし、「惚れた腫れた」を過ぎてからの女の強さが本書の醍醐味だ。選ばれたかのように自分にばかり不運が訪れることを嘆き、「どうして私じゃなかったんだろう」と自虐していた女たちの胸のすくような立ち上がり方。離婚、シングルマザーの道を経た山下久美子が「手を伸ばして何かを掴むんだ」と解説で言い放つ。女であることの幸せを享受しつつ、更にもう1歩を踏み出したくなる。
 「不運な女神」は恋愛小説を超えた女の物語だ。

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精霊の守り人
精霊の守り人
上橋菜穂子 (著)
【新潮文庫】
税込580円
2007年4月
ISBN-9784101302720

 
評価:★★★★★
 凄い小説を読んでしまった。どうしよう…ファンタジー嫌いを返上しなくてはいけない。
 いやそれは「ファンタジー」という曖昧模糊とした表現より「壮絶」の一語に尽きる。
 それは運命であったのか、魂はおろか命までも奪われようとする新ヨゴ皇子のチャグム皇子を守る救い人として現れるのが主人公バルサ。妙齢をとうに過ぎた短槍使いの達人、女性である。この世とあの世、帝と星読博士、呪術師と聖導師、混乱しがちな登場人物を迷うことなく区別し、その人となりの豊かさに目を奪われる。上手い。もう二度と会わないかもしれぬ行きずりの人間に施す優しさや、血縁のあるなしに関わらず惜しみなくそそぐ愛情や、生半可な気構えでは生きられないからこそ厳格を叩き込む様など「壮絶」の中にあれもこれも盛り込みやがった。巧みだ。
 場面を想像することの楽しみを十分に味わったら、BS2で放送中のアニメも是非。親も子も、と言うより親のほうが嬉々として見てしまう。

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百万のマルコ
百万のマルコ
柳広司 (著)
【創元推理文庫】
税込720円
2007年3月
ISBN-9784488463045


 
評価:★★★★☆
 どこまでが本当でどこからが嘘八百の世界なのか。どうせ騙されるのなら最後はこんなふうに笑いたいものだ。地理や歴史の浅薄な知識でも迷うことなくその世界へ導いてしまう柳広司の作品を初めて読んだ。読了後すぐに過去の著書を検索した。それだけ楽しませ、もっとその世界観に触れたいと思わせる作品だったのだ。
 1298年ジェノヴァ牢中、粗末な食事には慣れても持て余す時間の処理だけは成す術を知らない戦争捕虜と呼ばれる男たちの物語だ。しかし、マルコ・ポーロと名乗るヴェネチア出身の男が語り始める不思議な物語は時間を忘れさせ、繰り出される奇問に知恵を絞り、その富んだ機知に苦笑をもらし、ジパング、キンサイ、ムレヘットおそらく生涯行くことのない未知の地に思いを、マルコが仕えた大ハーンの財に憧れと希望を馳せる。
 話の展開としては、同じパターンの繰り返しなのだが、個々の不思議物語の謎解きの旨さに時を忘れ終盤が近づくことが惜しまれた。1日1話全13話、就寝前の読書にちょうど良いかもしれない。が、ラストはラストは…乞うご期待!

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ゆらぎの森のシエラ
ゆらぎの森のシエラ
菅浩江 (著)
【創元SF文庫】
税込693円
2007年3月
ISBN-9784488724016


 
評価:★★☆☆☆
 それなりに退屈することなく面白く読めたのだが、如何せん今月は「精霊の守り人」の前にあっては、いかなるファンタジーもおぼろげな印象に留まざるをえないだろう。
 辺境とされるキヌーヌという土地で、図らずも創造主によって姿ばかりか己の尊厳をも変えられた金目という青年と、彼を慕うシエラという少女の出会いと戦いの物語だ。甲冑を身にまとい殺人鬼である金目が、何故だろう、憎めないのだ。「ひどい」とか「かわいそう」という感情すら理解できない奴なのに。そしてシエラの一途さがいじらしい。その真っ直ぐな気持ちのまま幾多の困難に立ち向かう様は、やや予定調和とはいえ飽くことがない。ただ、金目を騎士として崇めるシエヌのお子ちゃまな言葉使いや、もう少し読者を迷宮に放り込むひとひねりが欲しかった。悪くはないけど良くもない、そんな印象です。

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大久保町の決闘
大久保町の決闘
田中哲弥 (著)
【ハヤカワ文庫JA】
税込756円
2007年3月
ISBN-9784150308834

 
評価:★★☆☆☆
 ゲームソフトの原作本を思わせる装丁やイラストに、意気消沈しながら読み始めたがとんだ杞憂におわってしまった。「兵庫県大久保町では男はみな拳銃を携帯する。決闘で人を殺すことは厭わない」この奇想天外な設定に突っ込みを入れる暇もなくストーリ展開は速く、文章は短く簡潔、会話分は小気味よい。
 光則は高校生。受験勉強に専念するため、夏休みを母の実家のある大久保町で過ごすことにした。が、到着早々、銃を持ち、戦わざるをえない窮地に追い込まれてしまう。
 誰の人生にも起こりうる不条理な事や予期せぬ出来事や苦労も不運も楽しんだもの勝ち。浅はかと言えばそれまでだが、そう思って楽しんで読む分にはいいんじゃないかな、と思う作品だ。
 「勉強しなくちゃ」と思いながら中々手をつけられない心情や実力の有無に関わらず偉ぶる態度でいる職業人を皮肉るところなど、愉快な表現にも出会える。中学生男子の朝読書に好都合な一冊だ。

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アヘン王国潜入記
アヘン王国潜入記
高野秀行 (著)
【集英社文庫】
税込700円
2007年3月
ISBN-9784087461381

 
評価:★★★★☆
 旅行代理店に勤めたり国家非常事態宣言が発令されたネパールに入国した経歴か、渡航関連書は無条件に手にしてしまう。中でも本書には舌を巻いた。「やる」ことのレベルが尋常ではないのだ。著者は早稲田大学探検部出身。ビルマ・ワ州、アヘンの元となるケシ栽培に適したかの地で栽培から収穫までを体験する長期アヘン留学記だ。反政府ゲリラ支配区、無文字社会、全戸62戸の村で抱く閉塞感、伝染病、酒の飲み方ひとつ取っても驚きの連続にわずか7ヶ月が瞬く間だ。いろいろあった。が最後の記憶に残るのはビルマ人の人懐こい笑顔。そして、高野の「ここぞ」という一つことに向ける集中力。語学然り、もっと深く知りたいという欲求も然り。人が驚くような何かを「やりたい」と漠然と思う人は多いだろうが、半端で終わってしまう人との差異を見せつけられる気分だ。
  当時、仲介役を務めてくれた人物が銃殺されたり国境での検問が厳しさを増す現在となっては絶妙の留学時期だったと言えるだろう。村を去る時には、事もあろうか著者自身がアヘン中毒になっているという、正に体当たり。本人はそんな仕事を「背骨」と称する。「自分はあれを書いたのだ」と心の支えになる仕事が本書であったと。私に背骨はあるかな?不安になった。

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荒野へ
荒野へ
ジョン・クラカワー (著)
【集英社文庫】
税込700円
2007年3月
ISBN-9784087605242

 
評価:★★★☆☆
 課題図書でなくとも、書店で購入したに違いない1冊。私自身の自堕落な性格の反動かストイックに自己と向き合う書に興味がある。裕福な家庭に育ち優秀な成績で大学を卒業した直後、単身放浪の旅へ出て、アラスカの荒野で孤独死してしまった青年クリス。羨ましいばかりの環境は、彼に幸せという感情をもたらさなかったのだろうか?旅の先々で懇意になる人との遣り取りは楽しいものではなかったか?なぜ?クリスの亡骸の側にあった書物からの引用や旅先で世話になった人へ送った書状が、「何故」の謎をより考えさせる。「自分とは何か」「とどまって生きてはいけない」厳しいまでに自分と対峙するクリスの姿がある。
 家族としての在り方を問うと同時に流されるように生きることの空虚さを考えさせられた。クリスの言葉に故尾崎豊の生き死にを重ねてしまったのは私だけだろうか。クリスと尾崎は実は同じものを欲していたのではないか。

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バルザックと小さな中国のお針子
バルザックと小さな中国のお針子
ダイ・シージェ (著)
【ハヤカワepi文庫】
税込693円
2007年3月
ISBN-9784151200403


 
評価:★★☆☆☆
 出会いは映画「小さな中国のお針子」だった。本の著者がそのまま映画監督をしたのだ。「原作を上回る映画はない」というのが持論の私だが、今回ばかりは致し方ないか。
 テレビも小説も映画もましてや学校もない。ないない尽くしの1970年代の中国が舞台。文化大革命は、医者の子である二人の青年を再教育の名のもと山奥へ送ってしまう。知識人は悪…そんな時代、当然バルザックの本は禁書だった。本を読む。新しきを知る。その自然にわき上がる欲求は、恋という感情も抑えつけることが出来ない。青年と出会うことで、世界を広げ輝きを増していくお針子の少女が変わっていく。それは哀しい変化なのだ。
 山裾の美しさや時間の流れの雄大さ少女の愛らしさを感じたのは、映画だった。しかし、歴史的背景を理解しながら、物語に吸い込まれていく村人の様子を手に取るように想像できたのは、本を読んでいる時だった。
 盗人になってもいいから読みたい本があるなんてある意味、幸せだ。目覚まし時計もなく、日の出と日没で時間を計る、その生活もある意味、贅沢で幸せなことかもしれないけれど。

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ハンニバル・ライジング(上・下)
ハンニバル・ライジング(上・下)
トマス・ハリス (著)
【新潮文庫】
税込 各540円
2007年4月
ISBN-9784102167069
ISBN-9784102167076
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評価:★★★★☆
 本でよかった。映像ならなば直視できないほどに残虐な場面も自分の想像の采配次第だ。怖い気持ち悪い、そんな作品は本来嫌いなはずなのに前作の「ハンニバル」も読まず観ず、先入観予備知識無しで読んだ。その先を、と読む手が止まらない。本書がトマス・ハリスの入門書となったことを喜ぶべきか、まんまと書き手の思う壺にはまってしまった。
 1941年のリトアニア。レクター一家の避難から物語が始まる。度重なる近親者の死、人間のむごたらしい性、酷な試練が12歳の多感期にハンニバルを襲う。心に受けた傷は身体のそれ以上に怨念を生み、青年期に彼はその傷と向かい合うことになる。逃げ手と追い手であるハンニバルの画策、容赦ない復讐劇、思わぬ日本人の登場もあり好奇心の幅は膨らむばかり。残念ながら、その後のハンニバルの人生を今、私は知らない。これはライジング=誕生。始まり。そうだとしたら怖すぎる。けれど知りたい。壊疽のその先まで。
 高見浩の訳の上手さにも助けられ、未知の本に出会う喜びをまた得てしまった。

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