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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫班】2007年8月のランキング
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荒又 望

荒又 望の<<書評>>

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火天の城 卵の緒 スクールアタック・シンドローム ヘビイチゴ ・サナトリウム 侠風むすめ 文政十一年のスパイ合戦 わたしの旅に何をする。 漱石の夏やすみ 復讐はお好き? 暗号解読

火天の城
火天の城
山本兼一 (著)
【文春文庫】
税込620円
2007年6月
ISBN-9784167735012

 
評価:★★★★★
 織田信長の野望の象徴である安土城の建築過程を、信長に腕を見込まれ総棟梁となった岡部又右衛門らの活躍を中心に描いた歴史小説。
 いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの信長が、桶狭間で勝利を収める場面で鮮やかに幕が開く。しかし信長はあくまで脇役。主役は、だんだんに建ち上がって行く安土城と、その建築に携わった無名の職人たち。信長を描いた作品は多々あれど、築城を手がけた大工らに焦点を当てるという設定が新鮮だ。
 又右衛門いわく、城とは心を組んで建てるもの。天下人たらんとして戦いを重ねる信長。空前絶後の奇城を築き上げるべく、自らの知恵と技術のすべてを注ぐ数多の職人。それぞれの夢、情熱、意地、誇りが、柱となり壁となり床となって安土城は天を目指す。工程のひとつひとつ、柱の1本1本に、濃密なドラマがあり、崇高な人生がある。読みながら、想像のなかですこしずつ完成へと近づいていく城の、なんと壮観なこと。
 信長の、そして安土城の”その後”は、歴史の教科書に書いてあるとおり。知ってはいても、やるせない。そういえば、人に夢と書いて「儚い(はかない)」と読む。そんなことを、ふと思った。

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卵の緒
卵の緒
瀬尾まいこ (著)
【新潮文庫】
税込420円
2007年7月
ISBN-9784101297729

 
評価:★★★★★
 自分は捨て子だと思っている育生を主人公とする『卵の緒』と、突然一緒に暮らすことになった異母姉弟、七子と七生を描いた『7's blood』。2篇の、まぎれもなく家族の物語。
 読んでいてお腹がすいてくる作品は、自分にとって良い作品、好きな作品。本作は、その最たるもの。ハンバーグや肉じゃがなどのごくありふれた家庭料理が、たまらなく美味しそう。しかも、ひとつひとつが素敵なエピソードになっている。きわめつけは、七子と七生が夜中に食べる腐ったバースデーケーキ。字面だけで具合が悪くなりそうな代物が、2人にとってはかけがえのない宝物となる。誰かと一緒に食事をすることの尊さが、痛いくらいに伝わる名場面だ。
 育生とその母親。七子と七生。血のつながりの有無でいうならば、この2つの組み合わせは対照的。でもどちらとも、互いを思いあう気持ちの強さでしっかりと結びついている。同じ家に住むだけが家族ではないし、血がつながってさえいれば家族というものでもない。確かなもの、大切なものがほかにある。そういうことが素直に丁寧に描かれていて、心に柔らかく刺さってくる。
 数年前に単行本で本作を読んだ時、こんなにも優しくて強い物語があるのか、と衝撃を受けた。このたび再読して、なんと温かく真っ直ぐな力を持った作品だろう、と改めて思う。ずっと大切にしていきたい1冊。

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スクールアタック・シンドローム
スクールアタック・シンドローム
舞城王太郎 (著)
【新潮文庫】
税込420円
2007年7月
ISBN-9784101186337


 
評価:★★★☆☆
 仕事を辞めて毎日自堕落に暮らす「俺」は、15歳の時に生まれた息子の崇史が学校襲撃計画を立てていることを知る。(表題作)
 率直にいって、肌触りは大変よろしくない。毒々しい表現、やたらと長い文、い抜き言葉の多さには、申し訳ないがうんざりした。しかし投げ出さずに読んでいくと、意表をつくラストが待っている。こんな読後感、予想だにしなかった。
 描かれているのは、実はとってもシンプルでオーソドックスなことなのだ。さらさらとしたきれいな文章で書かれていたら、きっと嘘くさくしか思えないほどに。でも、かなり変化球的な書き方をされているため、なかなか気づけない。テーマは普遍的でも、書き手が違えばまったく違った物語になるのだな、と改めて思う。「で、結局どういう話なのさ?」とお思いかもしれないが、とりあえず手さぐり状態で読み始めることをおすすめしたい。見かけと中身のギャップの激しさが、本作の最大の特長なのだから。
 と、ここまで書いてきたのは1、2篇目までの話。3篇目の「ソマリア、サッチ・ア・スウィートハート」は、どうにかこうにか噛み砕こうとしたものの、力及ばず。それどころか歯がバキッと折れてしまった気分だ。この話はいったい…何だろう。

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ヘビイチゴ ・サナトリウム
ヘビイチゴ ・サナトリウム
ほしおさなえ (著)
【創元推理文庫】
税込861円
2007年6月
ISBN-9784488471019

 
評価:★★★☆☆
 中高一貫教育の私立女子校で、美術部の生徒らが相次いで墜死した。そして残されたのは、いくつかの原稿と、いくつもの謎。
 学生生活の大部分を公立共学校で過ごしてきたので、私立・女子校・中高一貫と三拍子揃えば、そこはもう完全なるミステリーワールド。生徒どうしが…だの、生徒と先生が…だの、あれやこれやの良からぬ女子校像を、本作はさらに大きく膨らませてくれてしまった。
 なにより印象的なのが、登場する少女たちの名前がどれもこれもきらびやかなこと。海生、双葉、ハルナ、梨花子、さら、紫乃、絢、悠名、野枝。もうこれだけでお腹いっぱい。さぞかし美少女ぞろいなのだろうなぁ、とますます誤ったイメージが膨らんでいく。
 いわゆる青春モノなのだが、あまりにも死に満ちていて、この手の作品に期待するような輝きが感じられないのが残念。できることなら、気恥ずかしくなるくらいにすがすがしくて、直視できないほどにキラッキラの、青春ど真ん中のストーリーであって欲しい。たしかに自分自身の中高生時代も、さわやか指数100%というわけではなかったけれど、青春時代が遠い過去のものとなった大人としては、そう願わずにいられない。

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侠風むすめ
侠風むすめ
河治和香 (著)
【小学館文庫 】
税込560円
2007年5月
ISBN-9784094081671


 
評価:★★★☆☆
 江戸時代の浮世絵師、歌川国芳とその弟子たちの毎日を、国芳の娘、登鯉(とり)の目から描く。
 面倒見が良く頼りがいのある国芳と、彼を敬慕する弟子や家族たちとのにぎやかな暮らしぶりがいきいきと跳ねるように描写されていて、気持ちが良い。浮世絵や入れ墨にちょっと詳しくなれたり、時代劇でおなじみのあの人が登場したりと、おトク感いっぱい。
 「金はあってもなくても、今日という日とお天道様は、誰にでも等しくあるんだからなあ」
 「転んだり蹴つまずいたりしたら、いい稽古になった、と思うがいいサ」
 国芳が登鯉に向かってさらりと人生訓を語る場面がとても良い。誰かの受け売りではなく自身の経験から得たことを、飾らない言葉で娘に伝える。ちょっと遊び好きではあるけれど、こんなお父さんがいて、登鯉は幸せ者だ。
 親子愛、夫婦愛、家族愛、師弟愛、たくさんの愛にあふれた作品。男女の愛もあって然るべきなのだが、登鯉の恋愛模様といったら、もう女の情念めいたものすら感じさせるほどの生々しさ。からりとした物語のなかでは少々違和感を覚えた。江戸時代の15歳は結構な大人だったのだろうとは思うが、もうすこし淡くほのかな恋ごころであれば、なお良かった気がする。

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わたしの旅に何をする。
わたしの旅に何をする。
宮田珠己 (著)
【幻冬舎文庫】
税込560円
2007年6月
ISBN-9784344409712

 
評価:★★★☆☆
 旅行好きが高じて、ついには旅をしたいとの理由で会社を辞めた著者による、主にアジア各地への旅行中に遭遇したハプニングを面白おかしく描いたエッセイ。
 紀行文、旅行記、旅エッセイなど呼び方は多々あれど、どこかへ旅をして見たこと感じたことを綴った作品は、古今東西もう数えきれないほど。書店にずらりと並ぶなかで「肩の力の抜け具合ランキング」を決めるとしたら、本作はかなり上位に食い込むものと思われる。もちろん、著者は気合を入れて旅に臨んでいるのだとは思うが、このすっとぼけた語り口には、読んでいるこちらも、ひゅるひゅると力が抜けてしまう。いや、ほめ言葉ですよ、一応。
 おそらくこの作品の面白さは、この文体あってこそのもの。ギャク連発の、ウケ狙い傾向がやや強すぎるノリが肌に合わなければ、少々苦しい気もする。でも、ちょっとついていけないと思った方も、『説日語』なる中国語版日本語会話マニュアルを紹介するくだりは、きっと大いに笑えるはず。日本人としては看過できないこの珍書、どこかで手に入らないだろうか?

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漱石の夏やすみ
漱石の夏やすみ
高島俊男 (著)
【ちくま文庫JA】
税込819円
2007年6月
ISBN-9784480423436

 
評価:★★★☆☆
 夏目漱石が友人の正岡子規に宛てて記した紀行文『木屑録』の解説と、日本人と漢文の関わりについての考察。
 文章を書き、友人どうしで批評し合う明治時代の青年たち。「ここはこう直したまえ」と添削したり、「おぬし、なかなかやるな」と賞賛したりと、なんとも羨ましいような知的で刺激的なつき合いだ。そうして腕を磨き上げて、100年以上が経った今にまで読み継がれるような作品を著したのだと思うと、しみじみとありがたい。
 「心身ともにすこやかで、なおかつ抜きん出た筆力がある者でなければ、紀行文を書くに値しない」といった一文があるが、文章を書くことへの、確固とした心構えには頭が下がる。メールやらブログやらが普及したおかげで書くことに対する心理的な垣根がぐっと低くなった今の世のなかを漱石が見たら、さぞかし驚くだろう。そんな想像も楽しい。
 さて、『木屑録』は、いわゆる漢文で書かれている。漢文、そういう授業もありましたね。でも大学受験を終えてしまえば、レ点も返り点も五言絶句も七言律詩も忘却の彼方。著者は、そんな漢文教育を容赦なく一刀両断にしてくれている。国語の先生および特に文系受験生の皆さんは、今すぐ本作を読んだほうが良いような、とりあえず今は読まないほうが良いような…。

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復讐はお好き?
復讐はお好き?
カール・ハイアセン (著)
【文春文庫】
税込930円
2007年6月
ISBN-9784167705497


 
評価:★★★☆☆
 結婚記念日の旅行中に夫の手で豪華客船から海に突き落とされたジョーイが、あの手この手で復讐を企てる。
 復讐とは穏やかならざる言葉だが、タイトルからもわかるとおり、軽ーいタッチで書かれている。ジョーイがまさに今、海へと落ちて行こうとしている場面で派手に始まり、追う者と追われる者を交互に描いてテンポ良く進んで行く。
 注目すべきは脇役たちのユニークさ。ヘビを愛する刑事や、単なるウドの大木かと思いきや実は心優しきボディガードなど、いずれも濃い面々。本筋となるジョーイの復讐譚がかすんでしまうくらい、彼らが繰り広げるサイドストーリーが楽しい。
 それにしても、ジョーイの夫チャズのどうしようもなさは、呆れるを通り越して気の毒になるほど。軽々しくて薄っぺらで、正義感のかけらもない。ここに書くのはちょっと躊躇うような取り柄もあるにはあるけれど、もうここまでくれば「あっぱれ!」と言うしかないくらいに筋金入りの反面教師。人間、やはり真面目で誠実がいちばんです。本当に。

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暗号解読
暗号解読(上・下)
サイモン・シン (著)
【新潮文庫】
(上)税込620円
(下)税込660円
2007年7月
ISBN-9784102159729
ISBN-9784102159736

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評価:★★★★☆
 古代のカエサル暗号から21世紀の量子暗号まで、作成者と解読者が抜きつ抜かれつの闘いを続けながら進化してきた暗号の歴史を描いたノンフィクション。
 暗号、その胸躍る響き。タイトルだけで、ぐぐっと引き込まれる作品だ。もちろん中身も大変にスリリングで、知的好奇心を存分に満たしてくれる。暗号というきわめて専門的で難解な内容が、適切な比喩を交えつつ、平易な文章で説明されている。数学どころか算数すら惨憺たる成績だった身にとっては、頭がねじれそうになる部分も少なからずあったが、最後まで興味を失わず一気に読んだ。ちょっとした暗号なら書けてしまうのでは、頑張ればエニグマ暗号機のひとつやふたつ作れてしまうのでは、と思うほどに詳細に明快に説明されていて、ばりばりの文系人間にも親しめる内容となっている。
 暗号にまつわる、歴史の表舞台には決して出てこない事実の数々は、もうどんな小説よりもどんな映画よりもドラマチック。まさに事実は小説より奇なり。暗号作成または解読にかける情熱、執念、そして並外れた頭脳に圧倒される。歴史(暗号史に限らず)に興味がある人も、言葉に興味がある人も、数字に興味がある人も、きっといろいろな方向から楽しめるはず。

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