『クワイエットルームにようこそ』

  • クワイエットルームにようこそ
  • 松尾スズキ (著)
  • 文春文庫
  • 税込470円
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評価:星5つ

「わたしはとにかく赤の他人の目の前で、シラフで裸で仁王立ちで……」と始まったときから、なんだなんだ、人前でシラフで裸はやばいだろ、捕まっちゃうぞ、それにこれを映画化しちゃうのか、すごいなそりゃ、というかそもそもどんな状況だってんだ、と一人でノリにのって読み始めたのがコレ。この冒頭のスピード感が最後まで失われずに、最後まで思う存分疾走した小説です。
 恋人と大喧嘩して薬をたくさん飲み、病院に担ぎ込まれたわたし・明日香。目を覚ますと、大喧嘩した相手、鉄ちゃんがつきそってくれている。死ぬほどの薬を自分で飲んだくせに、いやいや、わたしは死ぬつもりなんかなかったと明日香はいう。そんな明日香が当然のごとく(?)入れられた病棟で、出会った人々のことを順番に語っていくという連作短編のような形式で話は進んでいく。
 読み始めてしばらくは、この世界の異常さについていけなかった。ぜんぜん理解できない。でも、読んでいるうちに、ぜんぜん理解はできないけど、これは私の心の中の話だな、と思った。病棟の人たちだけが本当の本当にギリギリのところで生きてるように見えるんだけれど、私だって普通に見える人だってみんな同じ。みんなギリギリでもいいんだもんなと思って、最後はとっても救われた気持ちになりました。

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『逃亡くそたわけ』

  • 逃亡くそたわけ
  • 絲山秋子 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込420円
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評価:星5つ

 今回は精神病患者もの(と言っていいのかわからないけれど)が続く。この主人公も『クワイエットルームにようこそ』と同じく、自殺未遂を起こして病院に入れられちゃった女の子の話。
 精神病院に入ったあたしは、こんなとこにいちゃ腐って死んじまう、とふと思い立ち、友人なごやんを誘ってものすごいボッコイ車に乗り込んで、南へ南へと逃げる。わけのわからない幻聴が聴こえてきて、あたしは具合が悪くなったりするのですが、とにかくなごやんと二人で九州を南下していく。これも私の理解の域をばっちり出ている設定なので、共感できるとかそういう類の小説ではないのだけれど、でも読んでいる間じゅう、ふたりが愛しくて仕方なかったです。
 二人とも、とってもさびしい。でも、自分が考えなくちゃいけないことを、すごく一生懸命に考え、伝え合いながら逃亡を続けるのです。その姿があまりに切実で真剣。随所で自分の心にぐっとくるものがありました。
 それから二人の博多弁の会話も楽しみのひとつ。私は九州出身でもなんでもないけれど、懐かしさを感じさせてくれる一冊でした。

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『雨恋』

  • 雨恋
  • 松尾由美(著)
  • 新潮文庫
  • 税込540円
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評価:星3つ

 とても女性的な柔らかさと、はかない雰囲気を持つ作品です。暴力的で攻撃的な私にはもったいないくらいの、繊細な一冊でした。
 主人公・渉はひょんなことから、二匹の猫の面倒を引き受けるというオマケつきで、ある立派なマンションにタダ同然で住むことになる。なんともラッキーな交換条件だと思っていた渉だけれど、そのマンションには千波という幽霊が住み着いているということが判明する。
 彼女に少しずつ惹かれながら渉は、なぜ彼女が死んだのか、彼女に一体何があったのかを少しずつさぐっていく。続々と事実があかされていく展開のなかでは、切なさとはかなさがこれでもかと寄り合って迫ります。ラブストーリーとミステリーを足して二で割ったような作品でした。
 私はなぜだか、渉を女性だと思いこんで読み始めてしまいました。「ぼくは…」って言ってるのに。口調も男なのに。でもそう思ってしまうくらい、全体に女性の描く世界のやさしさのようなものがあふれているように感じられる小説なのです。
 秋の夜長におすすめです。

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『りはめより100倍恐ろしい』

  • りはめより100倍恐ろしい
  • 木堂椎(著)
  • 角川文庫
  • 税込460円
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評価:星4つ

 これを読むより先に『文学賞メッタ斬り!』でりはめに関する、豊崎由美さんの書評を読んでいた。はっきり言ってケチョンケチョンに言われていたが、でもなぜか読んでみたいと思って書店に行ったのを覚えています。
 いじ「り」はいじ「め」より100倍恐ろしい。なるほどなあ、と思う。友だちとの会話の中で繰り広げられる、それぞれの立場争い。いじり役、いじられ役、リーダー、下っ端、いろんな役割がだんだん決まってきて、決まってしまったらもう逃げられない。卒業してみんなばらばらになるまで、ずっとその役割に縛られつづけるのだ。それだけはなんとかして防がなければ、と、少年たちは四苦八苦する。
 中高時代、私はかなりの鈍感だったからあんまり気づかなかったけれど、いじめはたしかにあった。そしていじりも然り。相当どうでもいいことで、仲間はずれにしたし、無視もされた。渦中にいたときはわからなかったけれど、ああいうのは、いじめなんていうもんじゃなかった。罪の意識がないだけよっぽど悪質な、いじりだったのだなあと、これを読んで思い起こされました。斬新な言葉遣いや、流れるような会話もすごくうまく、すいすいと読めちゃいました。
 ひたすらケータイで打ちまくってできたというこの作品、とてもケータイの画面には収まりきらない、スケールの大きな作品です。

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『ウニバーサル・スタジオ』

  • ウニバーサル・スタジオ
  • 北野勇作(著)
  • ハヤカワ文庫
  • 税込651円
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評価:星3つ

 いやーなーんてふざけたタイトルだ、と思ったけれど、中身はかなり面白かった! きっちり計算されつくした抜群の構成力で仕上げられた一冊です。
 大阪のガイドブックになら必ず載っている大阪名所、たとえば道頓堀に通天閣。そして大阪名物として誰もが知っているたこ焼き、明石焼き…。この『ウニバーサル・スタジオ』の世界の中では、そのすべてがアトラクション! しかも単なるアトラクションではなく、現実味と皮肉たっぷりのリアルテーマパークに仕立て上げられているのだ。 
 こんなふざけたタイトルだけど(スイマセン!)、人間への警鐘を鳴らす小説であることは間違いない。ちょうど真ん中あたりまで読むとなんだか急にぞっとするのだ、この小説はいま生きている人間に復讐しようとしているのではないか、と。
 とはいえ、小説の中にはパロディやブラックジョークが満載。とても日本人が書いたとは思えないようなブラックな作品です。好きじゃない、って人がいても不思議じゃない気もしますが、私は好きです!

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『魔法の庭』

  • 魔法の庭
  • イタロ・カルヴィーノ(著)
  • ちくま文庫
  • 税込756円
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評価:星4つ

 子どもたちが主人公の、とっても短い11篇の短篇からなるストーリー。なんといってもこの小説は、風景描写とその中に描かれる少年たちの快活さ、明るさ、それと少しの喪失感のようなもののバランスが秀逸で、最後まで、読むというより読まされてしまうといったほうがいいような素敵な作品です。
 11篇のどれもいいのですが、個人的には一番最初の短篇「蟹だらけの船」が好き。沈んだ船の水上に出ているところで遊ぶ男の子たちのところに突然見知らぬ女の子が登場して、男の子たちがわーわーぎゃーぎゃー小競り合いを始めるという、言ってみればどうってことのないストーリーなんだけれど、それがとてもとてもかわいくて、なんだか懐かしいような気持ちにさせられるのです。
 これ以外にも、よその家のお庭に勝手に侵入してしまう表題作「魔法の庭」も、子どもの感じるドキドキをそのまま読める感じがして、純粋な気持ちになりました。
 和田忠彦さんの訳も、言葉の使い方や雰囲気がとってもいいなあと感じました。素敵な一冊です。

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『ずっとお城で暮らしてる』

  • ずっとお城で暮らしてる
  • シャーリイ・ジャクスン(著)
  • 創元推理文庫
  • 税込693円
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評価:星3つ

 だ、だから、怖い話は苦手だって言ったじゃないですか…。この蚤の心臓をできるだけ刺激せずに甘やかしておいてやってくださいよ…。本当にもうこれは冗談じゃなく怖かったです。怖いものが苦手じゃない人でも、読んだら絶対に怖ろしい思いをします。私みたいに怖いものが極端に苦手な人は、途中でやめないようにとにかく努力することです。途中でやめたら読了するよりよっぽど怖いです。
 主人公メリキャットは姉のコニーと、一家惨殺事件があった屋敷でこもるようにしてずっと暮らしていた。外出するのは食料品を買いに出るときくらいで、あとはほとんど屋敷にこもっている。しかしそれも、いとこが家に来るようになったことでバランスを崩していく。
 本文は、メリキャットの一人称で語られるように進んでいくのですが、メリキャットの語り口がなんだか妙に幼いことが、この物語の怖さをさらに助長しているように思えてなりませんでした。アンバランスさと危うさがただよう、本物のホラー小説です。

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『血と暴力の国』

  • 血と暴力の国
  • コーマック・マッカーシー(著)
  • 扶桑社ミステリー
  • 税込900円
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評価:星5つ

 圧倒的なド迫力で最後まで暴走する、これぞクライムノベル! という一冊。読み始めの序章でいきなりずりずりと引きずり込まれてしまい、序章でここから書くとは、この先どうなっていくのだ? と、どこまでも興味をそそられる作品でした。
 ベトナム帰還兵のモスは銃撃された車を発見する。その車のなかには大金と男の死体が。モスは追われることになるであろうとわかっていながらその車から大金を持ち出す。そして冷徹な殺人者シュガーに追われることになるのだ。モスを追うなかシュガーは関わるものすべてを殺していく。この描写がたまらなく怖い。
 読みはじめてとにかく驚くのは、まったくと言っていいほど心理描写がないことだ。鳥瞰するような視点で、それぞれの主人公を淡々と眺めて描いている。でもだからといって物足りなさはまったくない。感情の描写など、この小説には不要なのだ。
 不純物のほとんど入っていない、本来の犯罪小説というものを楽しむことができる傑作です。

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藤田佐緒里

藤田佐緒里(ふじた さおり)

1984年生まれの22歳。
社会人一年生、毎日奔走しております!
好きな作家さんはたくさんいすぎて書ききれません。
でもやっぱり、夏目漱石から受けた影響はとても大きいかな。
同じ本を何度も読むことは少ないけど、買った本は大切にしています。
三度の飯より本と酒。
酒飲み書店員ならぬ、酒飲み採点員の座を狙っています(ムフフ)。

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