『血と暴力の国』

血と暴力の国
  • コーマック・マッカーシー (著)
  • 扶桑社ミステリー
  • 税込900円
  • 2007年8月
  • ISBN-9784594054618
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  1. ぬかるんでから
  2. クワイエットルームにようこそ
  3. 逃亡くそたわけ
  4. 冷たい校舎の時は止まる(上・下)
  5. 雨恋
  6. りはめより100倍恐ろしい
  7. ウニバーサル・スタジオ
  8. 魔法の庭
  9. ずっとお城で暮らしてる
  10. 血と暴力の国
鈴木直枝

評価:星4つ

 2008年に映画の公開が決まっていることもあり、活字を追うその先に映像が浮かんだ。乱暴な表題作と残虐な銃撃死とそれに伴う出血の多さに注目が集まるのだろうか。だがしかし、原著の直訳は「老人の住む国にあらず」。本題は、「そうすることでしか生きられなかった」ヴェトナム帰還兵の心理の奥を突いてくる。何故自分は生きているのか。何故、何のために生きてしまったか。保安官、帰還兵、殺人者、対立する3者の「何故」。そこに共通する思いを最後に解明した時の寂しさと哀しさが、やるせない。せつない。
 小説読みの楽しみの一つに話の本筋には関係のない、けれど心に残る場面との出会いがある。殺伐とした事件が続く中で、保安官夫婦が交わした穏やかな会話の時間がそれだ。身の危険を感じる女性を思い遣る言葉に背景のように静かに降る雪。理由や容赦の入る余地なく命が奪われ続ける物語で、異質であり必要な時間だった。おっといかん、また映像が浮かんでしまった。
 「今までのことはぜんぶ予行演習かもしれんぞ」そう言える人生だったら、どれだけいいだろう。流れた血は逆流することはない。もちろん、流れた時間も元に戻すことは出来ない。

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藤田佐緒里

評価:星5つ

 圧倒的なド迫力で最後まで暴走する、これぞクライムノベル! という一冊。読み始めの序章でいきなりずりずりと引きずり込まれてしまい、序章でここから書くとは、この先どうなっていくのだ? と、どこまでも興味をそそられる作品でした。
 ベトナム帰還兵のモスは銃撃された車を発見する。その車のなかには大金と男の死体が。モスは追われることになるであろうとわかっていながらその車から大金を持ち出す。そして冷徹な殺人者シュガーに追われることになるのだ。モスを追うなかシュガーは関わるものすべてを殺していく。この描写がたまらなく怖い。
 読みはじめてとにかく驚くのは、まったくと言っていいほど心理描写がないことだ。鳥瞰するような視点で、それぞれの主人公を淡々と眺めて描いている。でもだからといって物足りなさはまったくない。感情の描写など、この小説には不要なのだ。
 不純物のほとんど入っていない、本来の犯罪小説というものを楽しむことができる傑作です。

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松岡恒太郎

評価:星3つ

 われわれ日本人が映画『三丁目の夕日』の世界を懐かしく思うように、アメリカ人にもまた振り返るべきアメリカがある。
それは、ベトナムが暗い影を落とす病んだ現代のアメリカではなく、おそらくカントリーマームが似合いそうな古き良きアメリカ。   
 麻薬密売人の金を偶然手にした男モス。ベトナムの記憶がそうさせたのか、その先に待つのは破滅しかないことを知りながら、彼の逃走劇が始まる。
ストーリーは単純なのだが、そこに古き良きアメリカを背負った保安官と、悪しき現代のアメリカを象徴するような絶対悪の殺し屋が登場する。
そして本来ならば最後に必ず正義が勝ってきたアメリカ流がここでは崩れ、そんな時代は過ぎ去ってしまったとでも言うように、焦燥とため息を残してこの物語は終わる。
 静かだった街が暴力と金によってしだいにかき乱されて行く姿、それは現在の病んだアメリカそのもの姿であるかのようだ。

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三浦英崇

評価:星2つ

 『人間臨終図巻』(山田風太郎)という本がありまして。世界の偉人を享年順に並べ、死去の際のエピソードを記載しているのですが、読むたびに感じるのは「人間は、自分の死を思い通りにすることは、まず不可能」ということ。この作品を読んでて、ふと、そんなことを連想しまして。

 麻薬取引をめぐるトラブルを発端に、次から次へと、人の命が軽〜く失われていきます。尊厳もへったくれもあったもんじゃありません。俺はしばしば、小説を読んでると「今死んでいったこの人たちにも、生きていく中でいろいろ楽しかったり切なかったりしたことがあったんじゃないかなあ」と思ったりしがちですが、そういう感傷をせせら笑ってますね。

 タイトルで『血と暴力の国』と言ってる以上、看板に偽り無しってのは確かで、そういう小説を求めている方になら、是非オススメしたいところですが、残念ながら、紙の上でも人が無意味に死んでいくのが嫌いな俺にはちょっと……

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