『ぬかるんでから』

  • ぬかるんでから
  • 佐藤哲也 (著)
  • 文春文庫
  • 税込550円
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評価:星5つ

「これは奇跡に関する物語だ」
これは書き出しの一文ですが、非常にインパクトがありました。「奇跡」と言う言葉を真正面から書いてしまう潔さに驚きました。「奇跡」とはなんだ?と考えてしまいます。自然の法則を超えて起きる現象は、それを信じる人にとっては希望でもあります。
表題作の「ぬかるんでから」では、主人公とその妻たちの住む土地一帯が突如ぬかるみに変わります。食物を作ることもできず、飲み水もない。飢えに苦しみ争いは絶えず、「持つもの」と「持たざるもの」は共存派と私有派にわかれます。そこへ、亡者が現れ望みをかなえてくれるという。「食べ物が欲しいのであれば、お前の美しい歯を」よこせと要求されれば与え、妻は人々に代わり取引を交わします。共存を支持した人々は、二人のやり取りを見守ります。「持たざるもの」たちの要求はエスカレートし、妻の美しい片目や指も亡者に献上される。ついに彼らは妻を踏み台に「持てるもの」へと立場を変え、旅立っていく。不条理の世界独特の徒労感がここにはあります。「奇跡」という言葉に含まれる明るい希望のようなものが、煮詰まって鈍く光っている。読んだあとに不意に襲ってくるじわじわとした恐怖と苦い後味にハマってしまいました。

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『クワイエットルームにようこそ』

  • クワイエットルームにようこそ
  • 松尾スズキ (著)
  • 文春文庫
  • 税込470円
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評価:星2つ

 読み終えてから、文庫本についていた「映画化」という帯を見て、「なぜ、内田有紀が主役なの?」と疑問が湧いたが、それはさておき…。
 松尾スズキ節炸裂!! 「この人は本当に舞台の人なんだな」と思う文章でストーリーが展開。気を失っている間に見ている夢で、‘ゲロを一気飲みさせられそうになる’シーンが挿入されたり、‘恋人の放送作家がマトリョーシカの中にクスリを隠していた’り、本文に直接関係ないけど、読んでいる人が無理なく想像できて「クスっ」と笑っちゃう場面を書けるという点を私はすごいと思いました。精神病院が舞台ということもあってか、登場人物に共感したり、入れ込んだりする楽しさは味わえませんが、「意識をぶっとばす」楽しさは松尾作品ならでは。なにもかも終わりにしたくなった時に読むと、この小説のうまみを味わえると思います。

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『逃亡くそたわけ』

  • 逃亡くそたわけ
  • 絲山秋子 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込420円
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評価:星2つ

 思ったより、「逃亡」シーンに迫力がなかったです。これはもしかすると、私の脳みそがアメリカナイズされている証拠かもしれません。これから読む方は、決して、ハリウッド映画のようなカーチェイスや国際的秘密組織に「追われる」感覚などを予想せず、「家出」する気持ちを思い出して読まれるとよいかと思います。
 本編では、躁うつ病に悩まされる20歳そこそこの女の子が主役です。ちょっと勝気な性格が博多弁により生き生きと描かれています。そんな彼女のパートナー兼ドライバー(?)として選ばれたのは、名古屋出身なのに東京人ぶろうとする頼りない25歳の青年。病院から逃亡して九州内を走るのですが、道中で交わす2人の会話が読みどころ。
 お互い、生まれ育った土地に対する意識が強いことに対し、日々移動を続け、一箇所に留まれずにいるという設定から、所属場所からの逃亡は可能でも、自分自身から逃げることは不可能だというメッセージを読み取りました。

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『雨恋』

  • 雨恋
  • 松尾由美(著)
  • 新潮文庫
  • 税込540円
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評価:星3つ

 小説全体に漂っている空気が心地よい作品。雨の日にだけ姿を現す幽霊千波は、生前ある画家のモデルを務めたことのあるOL。彼女に恋心を抱くのは、叔母の転勤中に留守番を頼まれたちょっと冴えない30代会社員の渉。自分が死んだ経緯を覚えていない千波のために、渉が独自に調査を進め真相を突き止めるというストレートなミステリー小説。難しいトリックが登場するわけではない。ただ、物語を展開する原動力に「顔を見てみたい」という好奇心とよこしまな(?)感情が混じってくるから面白いのです。
幽霊に恋をする──これは恋愛のメカニズムがよく見える設定に思えます。千波に実体がなくても、渉と会話することで内面的な交流は交わせます。でも、それだけじゃ好きにはならないのです。足が見えて、調査で集まってきた情報を元に顔を想像できるようになって初めて恋になるし、自覚する。恋愛関係というのは、相手にどれだけ想像力を働かせられるかが醍醐味なのだな、と改めて実感した一作でした。

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『りはめより100倍恐ろしい』

  • りはめより100倍恐ろしい
  • 木堂椎(著)
  • 角川文庫
  • 税込460円
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評価:星5つ

 ずばり、面白い。タイトルの意味がよくわからなかったので、あまり期待もせずになんとなく読み始めた…と思ったら、読み終わっていました。口語体特有のリズム感や文章の流れにさほど嫌味も感じなかったのが、「一気読み」できた最大の理由でしょう。
 ここ数年の「お笑いブーム」は、私たちの日常に「ボケ」と「ツッコミ」を浸透させました。飲み会や合コンなどのくだけた感じの席で、「すべった〜」とか「…で、オチは?」なんて言葉、よく聞きますよね。人前で面白いことをすることは、もはや、マナーにまでなりつつある昨今、ひとりひとりが個性(キャラクター)を打ち出していかなければ学園生活も日常生活も楽しめない。「いじり」「いじられ」の力関係を正面から描いたこの作品は、旬モノであると同時にこの先もずっと読み継がれていくのではないかと思います。

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『ウニバーサル・スタジオ』

  • ウニバーサル・スタジオ
  • 北野勇作(著)
  • ハヤカワ文庫
  • 税込651円
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評価:星3つ

 ページをめくれば、そこはウニバーサルスタジオ。部屋の一室でちょこんと座っていても、脳内はテーマパークへいざなわれます。スピード感満載のアップテンポで爽快な文体で描かれるシーンは爆裂妄想! 四天王寺の亀の池で亀型メカとザリガニ型怪生物の痛快なバトルが展開したり、大阪のノリのよさが文章から溢れ出てどないせーっちゅーねん! そやけど、なんやうちもつられてハイテンションになってきてるで! なんて下手な関西弁も使いたくなってきます。ところどころに散りばめられたパロディやギャグには少々頬が引きつりますが、一気に読めるのは痛快です。
蛇足ですが、本の最後のページに「続く」とありました。私としては、ぜひ!! 続編では千葉県にある某有名テーマパークを舞台にしたストーリーを書いていただきたいと思いました。

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『魔法の庭』

  • 魔法の庭
  • イタロ・カルヴィーノ(著)
  • ちくま文庫
  • 税込756円
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評価:星3つ

 イタロ・カルヴィーノの言葉使いはまるで「魔法」のよう。少年たちの快活さや、有頂天具合を生き生きと表現している。ジョヴァンニーノとセレニッラの二人が仲良く遊んでいる描写はほほえましいし、できることなら私も戻りたいと思ってしまう。
「不実の村」の不安感も鮮度の高い状態でパッケージされたような胸騒ぎが伝わってくる。短篇独特のオチどころは非常にユーモラスで、斜に構えて読みたがる大人に向けた童話といった感じ。戦争の傷跡を匂わせる単語や描写が随所に出てきて、子供たちが戦争ごっこをして遊ぶシーンが、本書をブラックな印象に仕上げているのかもしれないし、どの作品も読み終えてなんとなく哀しい気持ちになってしまう理由でもあるのかも。
まさに、「昔犯した悪事のような恐怖がたちこめていた」というのは言いえて妙、という感じ。

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『ずっとお城で暮らしてる』

  • ずっとお城で暮らしてる
  • シャーリイ・ジャクスン(著)
  • 創元推理文庫
  • 税込693円
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評価:星2つ

 この物語で一番興味を持ったのは姉のコンスタンスの存在です。
ブラックウッド家は村で一番の資産家。一族のほとんどを毒殺したと疑われているのは姉のコンスタンス。生き残った妹のメアリとジュリアンおじさんの世話をしながら生活をしています。従兄のチャールズが訪れるまで、姉の興味は妹のメアリへ向いていました。家の中はメアリの空想に合わせて、穏やかな時間が流れます。まるでブラックウッド家の3人以外は世の中に「居ない」ものとして。チャールズがやってきたことで、一変。姉は徐々にチャールズの色に染まり、「ジュリアンおじさんを病院に入れたほうがいい」、「あなたもボーイフレンドを作ったほうがいい」などまるでメアリを非難するような発言が増えます。
 それまで、コンスタンスもメアリと同様に外部の侵入を阻んでいるのかと思いきや、ジュリアンの一件で妹との違いが浮き上がる興味深い部分です。姉が騙されているようにも見えますが、妹の悪意がここにあるとも言えます。一番平凡だったはずの姉が、悪意の渦に飲み込まれてしまう。ここに奇妙な不快感、ざらっとした読後感があるように思います。

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藤田真弓

藤田真弓(ふじた まゆみ)

1984年11月2日生まれ。棲家は鬼太郎茶屋のある深大寺周辺。
好きなジャンルはエッセイとサブカルチャー系、恋愛小説、純文学。エッセイは松田哲夫、元木昌彦、見城徹、久田恵、沢木耕太郎、深沢七郎、中原淳一など人生の教訓が得られるものが好き。サブカルチャー系は辛酸なめこ、串間務、町田康、中島義道が好き。
川上弘美、安部公房、小川洋子、三浦しをん、小林信彦、赤瀬川源平で脳内革命を起こし、岩井志麻子、中村うさぎ、団鬼六を読んで欲望を喚起した後、純文学で頭を冷やすと深みのある人間になれると信じています。
感銘を受けた作品は立花隆の「青春漂流」と柳美里の「水辺のゆりかご」上原隆「友がみな我よりもえらく見える日は」色川武大「うらおもて人生録」。
よく行く本屋は新宿のJUNKU堂、紀伊國屋書店と0時まで開いているという素晴らしい本屋、書源。

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