WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年11月のランキング>荒又望の書評
評価:
企業に派遣されて面接を担当するリストラ請負人の村上真介と、何らかの理由で退職を促された人々。クビ切りを宣告する側とされる側、双方の悲喜こもごもを描いた連作短編集。
なさそうでありそうなリストラ請負会社。周りを見れば似たタイプが1人はいそうな退職候補者。クライアント各社の、やけにリアルな内部事情。勤め人ならピンと来る部分がきっとある、絶妙な舞台設定。
この職場に、あなたの居場所はもうありません。ある日突然そう言い渡されるのは、それはもう一大事だ。いきなり崖っぷちに立たされた被面接者は、嘆き、憤り、懇願する。しかし面接者は、あくまで冷徹に切り返すのみ。たいそうな修羅場のはずなのに、どこか滑稽さが入り混じり、肩の凝らない物語となっている。もちろん、実際のリストラはもっともっと悲惨で、それこそ物語になんてできないのだろうけれど。
失笑、苦笑、呆れ笑いに泣き笑い。いろんな笑いを誘われて、最後にはすっきりと爽快な笑顔になれる。タイトルとは裏腹に、明日は皆に訪れる。多少の苦味は残るとしても。
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警視庁捜査一課の刑事、樋口顕の妻が誘拐された。日頃は家庭を顧みる余裕もない樋口だが、自分の手で妻を救い出すため、所轄勤務の友人とともに極秘の捜査を始める。
刑事としての顔の陰から、夫としての顔、そして父親としての顔が隠そうとしても隠しきれずに見えてしまう樋口の人間くささが非常に好ましい。気丈な妻・恵子と心の底ではちゃんと信頼しあっている様子も、安心して読める。犯人は誰で動機は何かを追っていくミステリーでもあり、組織内での対立や警察官の心情を描いた警察モノでもあるけれど、いっぷう変わった家族小説として読むのも良いのでは。
現代の若者像と、それを生み出した大人像を題材とする世相小説でもある。その描き方はやや悲観的に過ぎる気もするけれど、風情のあるタイトルに込められた意味を知れば、まだまだ前向きな気持ちが湧いてくる。青春時代はとうの昔に過ぎてしまったと遠い目をしている皆さんに、特におすすめ。
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明治維新から7年。新しい時代に自分の居場所を見つけられずにいる元旗本次男坊の久保田宗八郎は、兄の頼みで銀座の煉瓦街に住むことになった。
あらゆるものが急激な変化を遂げ、旧いものと新しいものが入り混じっていたこの時代。すんなりと順応できる者もいれば、宗八郎のように前に進むことをためらう者もいる。1人の人間の心のなかでさえ、新旧両方が同居している。そんな混沌とした明治初期の様子が、セピア色でもなく、かといって現代のようなどぎついフルカラーでもない、粋な彩りで描かれている。
齢三十にして世捨て人を自認していた宗八郎も、やがては一歩を踏み出すことを決める。そのときそばにいるのは、ひと昔前ならば近しくなる機会もなかったはずの顔ぶれ。新しい時代は、まだ始まったばかり。ぱぁっと光が差し込むような、すがすがしい終わりかたが気持ち良い。
物語を動かすのは宗八郎とその隣人ら男性が中心だが、脇を固める女性たちも、それぞれ魅力的。しなやかで、たくましくて、そして潤いがある。ぜひご注目を。
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自殺した中学生、小林真の身体に宿って人生をやり直せるチャンスを手にした「ぼく」。真として過ごす毎日は、はじめのうちは冴えないことだらけに思えたが―。
死んだはずの「ぼく」が天使の導きのもとで小林真として人生に再挑戦する、という非常にファンタジックな設定。真と同年代あたりを対象とする児童文学ではあるけれど、大人でも読みごたえは十分。
自殺を図る前の真は、確かについていない。背も低い、友達もいない、成績もぱっとしない。さらに不運なできごとが重なって、とうとう死を選んだ。しかし真として日々を過ごす「ぼく」は、やがて気づいてしまう。素晴らしい人生じゃないか、死ぬことなんてなかったじゃないかと。
生きていれば良いことも悪いこともある。きれいなものにも汚いものにも出会う。そのそれぞれが色を持っていて、毎日に彩りを与えている。改めて気づく機会はあまりないけれど、世界はこんなにもカラフルだ。テーマは壮大だが、仰々しくなく、軽快に描かれている。この世に起きるすべてのことを真っ直ぐに受け止めて力強く肯定する、健やかな1冊。
評価:
探し物中毒の著者が次なるターゲットに定めたのは、未確認動物サイトで出会った怪魚ウモッカ。インドで目撃されたという謎の巨魚、著者は見つけることができるのか。
怪魚? ウモッカ? 格闘? タイトルだけでクエスチョンマークがいくつも浮かび、興味をそそられる。見たこともない巨大な魚と獲るか獲られるかの真剣勝負を繰り広げる著者の勇姿を思い浮かべ、期待度は無限大。さあ、今度はなにをしてくれる?
インドへの道そしてウモッカへの道は、とにかく遠く、ひたすら険しい。これでもかというほどに、事態は予想だにしない展開を見せる。もしも作り話だったら、いくらなんでもありえないだろうっ、と力いっぱい突っ込みたくなるが、これはまぎれもないノンフィクション。小説より奇なることが、現実に起きてしまう。その局面局面に、著者は熱い心と冷静な頭脳で立ち向かう。格闘って、こういう格闘だったのか! という驚きの結末まで、ノンストップでお楽しみください!
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タイトルどおりの男性を主人公とする、古今東西の小説を集めたアンソロジー。
と、初っ端からぼかした表現をしてしまったが、これはまた、なんともコメントに困る課題図書だ。こういう作品を世に送り出そうという編者の発想と勇気に、まず恐れ入る。
じめっとしたものから乾いたものまで、収められた9編の雰囲気はさまざまだが、登場する少年・青年は皆、悩んでいる。経験がなければないで煩悶し、あればあったで苦悩する。女として生を受けた以上、その心のうちを我が身に置き換えて考えることは難しいのだが、あまりに苦しそうな彼らの姿には、そんなに思い詰めなくても…と言いたくなってしまう。あんたに何がわかるんだ! と言われるのが関の山だと知りつつも。
なにはともあれ、ひとりでこっそり読んだほうが良さそうだ。万が一、人目のあるところで読む場合は、できるだけカバーをかけることをおすすめしたい。だってほら、このタイトルとこの表紙ですから。
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3年ぶりにロス市警に復帰したボッシュは気心の知れた相棒ライダーとコンビを組み、未解決のままだった17年前の女子高生殺人事件に挑む。
ハリー・ボッシュを主人公とするシリーズ第11作。既刊作を読んだことはないが、戸惑う場面はほとんどなかった。ボッシュの捜査手腕はブランクがあったとはとても思えないほど鮮やかで、ライダーとの息の合った名コンビぶりも頼もしい。この2人のかっこ良さ、長期シリーズ化も大いに納得。警察内部のいざこざや被害者遺族の苦しみ、都市が抱える闇の部分も丹念に書き込まれていて、最後まで飽きさせない。
未解決事件の被害者や遺族の、忘れられた声に耳を傾けよ。そう肝に銘じて地道な捜査を続けるボッシュとライダーの執念が、あまりに長い年月とあまりに厚い組織の壁を破り、眠っていた虎を揺り起こす。きっちりと片がつくラストには爽快感も覚えるが、なんともいえないやりきれなさも残る。ほろ苦い味わいの作品。
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一人息子を亡くし、夫とも離婚したダイアナの行動が日に日に異様なものになっていった様子を、弁護士の弟、デイヴィッドが克明に語る。
「わたし」というデイヴィッドの一人称と、刑事の取り調べを受けるデイヴィッドをどこからか威圧的に呼ぶ「おまえ」という二人称が交互に用いられている。何かが起きたことはわかる。しかし何が起きたのかは、なかなか明らかにならない。何かが起きる、何が起きる、とはらはらしながら、すこしも途切れない緊張感にせき立てられるように読み進めた。
物語は終始、不穏な空気に支配されている。書物からの膨大な引用で頭を満杯にし、精神を病んだ末に他界した父親に抑圧されて育った姉弟の過去も絡んで、どんどん陰鬱さが増していく。ごく狭い人間関係のなかだけでストーリーが展開していくため、息が詰まりそうにもなる。終わりに行き着くまでには少なからず消耗してしまう作品なので、手にとるなら、心身ともに余裕のあるときに。
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