WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年11月の課題図書>『石のささやき』 トマス・H・クック (著)
評価:
一人息子を亡くし、夫とも離婚したダイアナの行動が日に日に異様なものになっていった様子を、弁護士の弟、デイヴィッドが克明に語る。
「わたし」というデイヴィッドの一人称と、刑事の取り調べを受けるデイヴィッドをどこからか威圧的に呼ぶ「おまえ」という二人称が交互に用いられている。何かが起きたことはわかる。しかし何が起きたのかは、なかなか明らかにならない。何かが起きる、何が起きる、とはらはらしながら、すこしも途切れない緊張感にせき立てられるように読み進めた。
物語は終始、不穏な空気に支配されている。書物からの膨大な引用で頭を満杯にし、精神を病んだ末に他界した父親に抑圧されて育った姉弟の過去も絡んで、どんどん陰鬱さが増していく。ごく狭い人間関係のなかだけでストーリーが展開していくため、息が詰まりそうにもなる。終わりに行き着くまでには少なからず消耗してしまう作品なので、手にとるなら、心身ともに余裕のあるときに。
評価:
やるせない。それじゃあ、私達は親の悪歴から逃れられないってこと?育てられたように、自分もまた子どもを育てる、しかないと?
対象物を師として仰ぐか、反面教師として糧にするかとしたら、本書は後者。妄想型の統語失調症の父に育てられた姉弟、自身の家族の話だ。増員するばかりの「敵のリスト」を作り、子どもに詩の暗誦を強いる父。いつしか大事なこともその暗誦の引用で済ましてしまった父。その後、精神病院に収容され死んだというのに、解放されるどころか、父の呪縛から離れることは出来ない。読了感に心地よさは微塵もない。事件後に「実はこんなことがあって」と明かされる後味の悪さがある。だが、子どもに与える影響の大きさを考えさせられる事件が世間を震撼させているこの頃だからこそ、身につまされた。
時間をかけて人を壊して行く、愛のはき違えには気をつけましょうね。
評価:
クックの新刊。これまたたくさんの伏線がはられた複雑な小説です。
「おまえ」と語られる現在と、「わたし」が振り返って語る過去の回想という二重の構成で進むストーリー。全体的にとても静かでゆっくりと進んでいるような印象を受ける。はられた伏線がゆっくり静かにつながっていくのを読んでいると、その複雑さと物語全体のゆるやかさが相反しているようで、それがとてもいいな、と思った。統合失調症というちょっと重いテーマも中で取り扱われており、こんなことが実際にあったら大変なことだ、と思いつつも、それが実際にもありうるということに静かな恐怖を覚えた。重厚感のある一冊です。
でも、私にとってはつらい小説だった。自分の精神状態があまりよくないときに読んだため、その私自身のこころに真正面からぶつかってしまい、どっと悲しくなってしまった。元気なときに読むことをおすすめします。
評価:
なるほど趣のある作品です。
派手さもなく、激しさもなく、起伏のないストーリーが続き、ミステリーとしてはやや退屈に思える展開なのに、不思議と読み進める手は最後まで止まらなかった。
静かに静かに追い立てられるような、迫りくるような感覚が持続する、これこそが名手トマス・H・クックの名手たる所以なのだろうか。
淡々と語られる事件の真相が、物語と並行して綴られてゆく。
我が子の死を境に、壊れかけてゆく姉。見え隠れする狂気に怯えながら物語は少しずつ解き明かされてゆく。
事故なのか事件なのか、そして『石のささやき』のタイトルに込めた著者の真意は何処にあるのか?
人間の心の弱さを繊細に描き出すミステリー、秋の夜長のお供にどうぞ。
評価:
親しい相手が心を壊していってしまうのを、手を尽くして何とかしたい、と思っているのに、努力はすべて無駄どころか、更に状況を悪化させてしまう。そんな事態に陥ったら、たぶん、俺もどんどん自分自身の心を壊してしまうに違いないです。正直、鬱な気分に読む本じゃないと思います。
姉のダイアナと主人公・わたし(デイヴィッド)の二人が、丹念に積み重ねていく「狂気」は、その描写が淡々として、どこか無感動ですらある冷静さに律された記述な上に、章立ても一人称と二人称(呼びかけ)を並行させるなどの工夫がなされています。心が弱い人なら相当ぐらんぐらんにされてしまうに違いありません。
原文もそうなんだろうけど、訳出も相当巧みに、人の心の脆さをつつくような、緻密な言葉選びをしておりまして。読み終わって、ぐったりしました。
メランコリックな秋の夜長には、絶対読んじゃダメです。辛過ぎて楽になりたくなっちゃうかもしれません。
評価:
つくづく宿命の恐ろしさに打ちのめされる。
「わたしは自分が何をやっているかわかっているんだから」
「父さんと同じだとは思わないで」
姉のダイアナはそう言うが、弟のシアーズから見ると、どう考えても姉は正気ではなかった。
晩年の父は精神をわずらい病院に入院していたが、姉はそんな父を引き取り懸命に世話をしていた。
その甲斐もなく、父は死亡。
その後、姉は結婚し息子が誕生するものの、幼くして息子は亡くなってしまう。
それからの姉は父の跡をたどるように壊れはじめ…。
ダイアナとシアーズの姉弟は厳格な父のもとで育てられた。母は二人の子どもを捨てて不在だった。
息の詰まるような子ども時代、姉だけを可愛がる父。
そうとしか生きられなかった子ども時代の二人に想いを寄せると、あまりにも切ない。
自分の娘に恐怖の手が忍び寄るのを見て、行動を起こすシアーズの心の奥を考えると、あまりにも痛ましい。
「あなたは世界一の弟だわ」いつか言っていたダイアナのこの言葉に嘘はないはずだけれども。
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