WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年11月の課題図書>『童貞小説集』 小谷野敦 (著)
評価:
タイトルどおりの男性を主人公とする、古今東西の小説を集めたアンソロジー。
と、初っ端からぼかした表現をしてしまったが、これはまた、なんともコメントに困る課題図書だ。こういう作品を世に送り出そうという編者の発想と勇気に、まず恐れ入る。
じめっとしたものから乾いたものまで、収められた9編の雰囲気はさまざまだが、登場する少年・青年は皆、悩んでいる。経験がなければないで煩悶し、あればあったで苦悩する。女として生を受けた以上、その心のうちを我が身に置き換えて考えることは難しいのだが、あまりに苦しそうな彼らの姿には、そんなに思い詰めなくても…と言いたくなってしまう。あんたに何がわかるんだ! と言われるのが関の山だと知りつつも。
なにはともあれ、ひとりでこっそり読んだほうが良さそうだ。万が一、人目のあるところで読む場合は、できるだけカバーをかけることをおすすめしたい。だってほら、このタイトルとこの表紙ですから。
評価:
これでもか!というほどに男のいじいじうじうじを見せつけられた短編集。「女は強い」と言われるが、確かに「駄目なら駄目」の決断は女のほうが早いかもしれない。
「男になりたい」。思春期を過ぎた男の頭はそのことだけで一杯らしい。勉強なんて、学校なんて、家族なんてどうでもいい。とにかく「女」=「男になりたい」。
中学生の頃、「震える舌」を読み、その怖さとリアルさに怖気づき、ご飯が喉を通らなかった。その三木卓が「過剰な性的欲求に苦しむ」青年を描き、敬うように暗記させられた二葉亭四迷も志賀直哉も武者野小路実篤も「男になりてえ」小説を書いていたとは驚きだった。田山花袋の「田舎教師」も、その手の小説だったなんて!国語の先生は教えてくれなかった!
その中で、巻末に納められた藤堂志津子の「夜のかけら」は異彩を放っているかもしれない。男たちには、悪いけれど、女の手綱さばきの巧さと賢さを再認識してしまった。とって付けたようになってしまったけれど、男は可愛いということも女は十分承知です。
評価:
この本、電車で読むのがすばらしく恥ずかしかった。まずはタイトルが恥ずかしい。名香智子さんのカバーイラストもまた恥ずかしさをあおる。もう大人の女になってしまった私だって、童貞という言葉には敏感に反応してしまうのである。とにかくこの本をかばんに入れて持ち歩いているという事実さえ恥ずかしい。でも、一度読み始めたら電車に乗ってもやめられない面白さである。
三木卓、武者小路実篤、二葉亭四迷など、名だたる人々が書いた、その名のとおり「童貞小説」が収録された豪華な一冊です。セックスに夢と希望を持つ童貞たち。彼らのどうしようもない苦悩ばかりが書かれている。こんなのばっかりが集まっている本を女が読んで面白いのか、と思われるかもしれないが、これは女にとってこそ興味深いし面白い。
いつの時代も、童貞は悩むのである。こそばゆい青春です。私よりももっと大人の女性にぜひ読んでもらいたいです。
評価:
童貞をテーマに集められた八作の短編、どれもが名だたる文豪の作品である。
しかるに主人公ときたら、そろいもそろって滑稽なほど内向的で理屈っぽくつまらぬ事に苦悩するチェリーボーイたち。
本来ならば陰鬱で読み進めるのが辛くなりそうな内容ばかりなのに、そこはさすが文豪の書かれた短編作品、どれもが深みと味わいを備えており、読んでいて辛くもなければ退屈でもなかった。
そしてラストの一編だけは、あえて女流作家による女性の側から見た童貞の物語が加えられており、これがまた絶妙のスパイスになって編成に深みを出している。
その『夜のかけら』で主人公利保子は憤る。何故に肝心なトコロで男たちは、自分に経験が無いことを隠し見栄をはろうとするのかと。
そんな彼女のさばさばした性格が、それまでの作品の苦悩する男たちに対比してより一層際立って見えたのが印象的だった。
評価:
三十代の男性の半分が結婚していない現在の日本において、俺なんぞが……ってあれ? 何かさっき同じような書き出しで。まあいいや。
とにかく独身男性にとっちゃ、生き辛い世の中ですよ、現代ってのは。とか言う紋切り型の嘆きは、実に明治あたりからみんな発してたんだね、ってのがよく分かるこの作品集。目の付け所がまったくもって素晴らしいんですけど、読んでていたたまれない思いにしばしば駆られました。
だいたい、女性なんてのは、野郎の純情を弄んで利用して踏みにじって何とも思わないものでございますとも、ええそれはもう。全人口の半分を敵に回した実感をひしひしと受けつつ。
『お目出たき人』(武者小路実篤)の「思い切れ思い切れ」で始まる新体詩の絶唱ぶりには、何かもうほんと「分かるから。ほんとによく分かるからもう泣くなー」と、時代を超えて同情しきりでした。
自分ではまず手に取らない本と出会える幸せ。新刊採点書評万歳。
評価:
オブラートに包まれることなく、語られている。
まえがきに『ここに集めた「童貞小説」そのものずばり、童貞を描いた小説である』とあり、続いて「童貞であることは、往々にして苦悩の形をとる。」とあった。
九つの小説が集められていたのだが、その中でも一番私の心を捉えて離さなかったのは武者小路実篤の「お目出たき人」だった。
まずはタイトルが秀逸。まさに主人公の青年は正真正銘、誰がなんと言おうとお目出たき人なのだ。
それも悲しいくらい。
26歳の青年が主人公。鶴という名前の近所に住んでいた美しく、やさしく、その上可憐な女性にひたすら片思いをしている。
彼女を妻に迎えるために、まず自分の両親を説得し、次に間に人をたてて彼女の家に出向いて求婚する手はずを整えた。
しかしあまり色よい返事をもらうことができなかった。
それでも彼は日々彼女への想いに胸を焦がし、「彼女の心が見たい」と切に思う。
そして想像に想像を重ね、もはや自分と彼女が夫婦になることを確信するほどになる。
しかし、現実はまた別の話であって…。
青年の一途な気持ちに圧倒されて、読了。
その続きが読みたいものだ、例えば、彼の40年後。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年11月の課題図書>『童貞小説集』 小谷野敦 (著)