WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年11月のランキング>鈴木直枝の書評
評価:
惚れてしまった。小説の登場人物に「好き」以上の感情を抱いたのはいつ以来だろう。
ジャニーズくずれの面持ちの33歳独身サラリーマン。職種はリストラ請負業。依頼主である企業からの対象者に面接を繰り返し、退職へ追い込む。イヤな奴。万人に嫌われる鼻持ちならないカッコつけタイプ。どうせ卑劣で冷徹で無常な奴でしょ、きっと。
建材、玩具、銀行、自動車メーカー…昨日の彼らはうな垂れていた。くすぶっていた。躊躇していた。そこに現れたリストラの文字。「えっ!この俺が?マジすか!」しかし、彼と面談し退職した人間のその後の人生は、昨日以上に楽しそうなのだ。
久しぶりの文句なしハナマル痛快サラリーマン小説。荻原浩の「神様からひと言」以上かもしれない。挑むことの勇気と励ましの気概があふれている。
「みんな鼻血を出さんばかりに必死に仕事をやっているってだけのことだ」
この科白に危機感を抱いたり、最近のちょっとマンネリ感に後ろめたさがある君に勧めたい本だ。君たちに明日はある?
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こんなにもドキドキしない警察小説は初めてかも。物語半ばで犯人がわかってしまうガッカリ。ならば、警察署内のグレイゾーンを深く抉るかと思えば、地域課の交番に鍵があったりするガッカリ。それでも何かあるだろうと読みのポイントを手繰り寄せた結果が家族小説?というガッカリ。
仕事仕事の父親、家事とのバランスをとりながら、翻訳という在宅ワークに家庭以外の居場所を見つけた母親、大学受験生目前の娘と。何となくうまくいっているようでいて、お互いが今日何をして何処に行って誰と仕事をしたかも知らない。興味ない。関係ないし…。思い当たる節があるだろう家族が舞台であり、忙しさにかまけたお互いの無関心さの指摘がある。父親が警察署の刑事で、事もあろうに母親が誘拐されるという非常時はあくまで設定のひとつにすぎない。非常時の設定は違っても、「次は貴方の番よ」という警告にも聞こえる。
蛇足のようになってしまったが、犯人となる人間の感情の揺れも他人事ではないだろう。スリルこそないが、犯罪の背景にある心理は、私達の日常の延長にあることを考えさせられた。
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真っ直ぐに生きよ。松井今朝子さんの声が聞こえる気がした。
ペリー来航から20年後の銀座の店屋街は、「変化」の真っ只中にいた。瓦斯灯が辺りを照らし、煉瓦の洋館が名物となり、サンタクロースが本邦デビューした。時代に乗って何とかひと儲け…「変わるんだ!」の空気が満ちていた。そんな空気を読めないのか乗り損ねたのか、「30才で既に世捨て人になっちゃうかい?」という「なんだかなあ」の男が主人公。ところが、やり手の兄の口添えで職を得てからというもの、事件に巻き込まれ銃弾が貫通するは、やりようのない死に直面するは、想定外急転直下の日常が始まる。
活気ある街並み、市井人の陽気とそれでも収まらないいざこざ。これぞ文明開化。その中にあって生きる一人ひとりへの、著者の「愛」がある。中でも、名もなき人の直ぐそこで朽ち果てた死を描いた「雨中の物語り」は特筆もの。雑多な中で何を優先すべきか、その勘所さえ間違わなければ大丈夫。そんな「絶対」がある。
著者松井今朝子さんは、昭和28年生まれで平成9年のデビュー。それまでの歌舞伎に携わった職歴があってこその現在だろう。30男だって、無為にそれまでの時間を過ごしてきたわけではない。経験や寄り道は、無駄じゃない。自分に筋肉をつけるための作業だった。著者と主人公の生き方に重なる部分を見つけた気がした。
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悪くないんだけど、抜群でもない。嫌いじゃないけど大好きにはなれない。そんな本だ。
高校受験直前に訪れた「まさかまさか」の復活奇跡の物語。高校3年と中学3年の男の子がいる平凡な家庭だったはずの小林家。だが、次男のまさかの服薬自殺が家族関係、仮面親子、異性の存在、受験への意気込み、様々なことを変えていく。あまりに出来すぎて逆につまらなさを感じてしまった。読後感が良いだけにパンチの弱さが勿体ない。わかりやすいストーリーの中で天使や兄や女の子の個性には要注目。明日を変えてくれそうな科白も要チェックだ。
「リズム」や「宇宙のみなしご」と「DIVE!!」の間に書かれた本作。けれど私は初期の「一生懸命」が伝わる作品のほうが好きだ。読者の気持ちの引っ張り方とか最後の落とし方が上手に出来るようになって「うまくまとまってしまった感」がある。「DIVE!!」「風に舞いあがるビニールシート」では、「どうだ」「これでもか」と大いに唸らせてくれただけに期待が大きかったか。
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…なんて言うか馬鹿じゃん!。普通そこまでやるか!とか言いながら最後まで一気読み。対岸の思いっきりぶっとんだ非日常はなんて愉快なんだろう。
昼下がり、猛暑の中を机上で仕事をしていると禁断症状が現れるという彼は39歳妻子有り。早稲田大学探検部出身。デビュー作が「幻獣ムベンベを追え」というのだから、その後の著作も押して知るべし。アマゾン、ミャンマー、ビルマ等々という秘境辺境が舞台だ。そう、彼の禁断症状は、「何か探すものはないか」という体の奥底から突き上げる自然現象なのだ。その標的が見つかるや否や、じっとしてられない。待っていられない。「眠い。腹減った。遊んでくれ」と泣き叫ぶ赤子と同等なのだ。で、今回の照準は「ウモッカ」。インド在住?の未知怪魚。未確認不思議動物をテーマとするサイトで出会った、と言う。
実はここまでの記述は本文のプロローグの触りでしかない。本書の馬鹿さ加減、すっ飛び、脅威の最終結果には恐れ多くて触れられない。是非是非、手にとって「ありえねえ」を体読してください。
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これでもか!というほどに男のいじいじうじうじを見せつけられた短編集。「女は強い」と言われるが、確かに「駄目なら駄目」の決断は女のほうが早いかもしれない。
「男になりたい」。思春期を過ぎた男の頭はそのことだけで一杯らしい。勉強なんて、学校なんて、家族なんてどうでもいい。とにかく「女」=「男になりたい」。
中学生の頃、「震える舌」を読み、その怖さとリアルさに怖気づき、ご飯が喉を通らなかった。その三木卓が「過剰な性的欲求に苦しむ」青年を描き、敬うように暗記させられた二葉亭四迷も志賀直哉も武者野小路実篤も「男になりてえ」小説を書いていたとは驚きだった。田山花袋の「田舎教師」も、その手の小説だったなんて!国語の先生は教えてくれなかった!
その中で、巻末に納められた藤堂志津子の「夜のかけら」は異彩を放っているかもしれない。男たちには、悪いけれど、女の手綱さばきの巧さと賢さを再認識してしまった。とって付けたようになってしまったけれど、男は可愛いということも女は十分承知です。
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「事件は会議室で起きているんじゃねえ!」織田裕二の怒号が聞こえてきそうだ。
17年前に発生した17歳少女未解決殺人事件が本書の根底なのだが、面白さの極みはそれを解決するために集結した二人の刑事の熱血ぶりにある。警察内部にはびこった身内隠蔽の闇、本能を抑えることの出来ない男が招いた悲劇、不意に娘を喪失した親の愛情とその後の幸せとは言えない人生の顛末。読ませどころ、悩ませどころ、唸らせどころに事欠かず、上下巻を一日で読ませてしまう。少しの「遊び」もない凝縮した内容展開は、舌を巻くばかりだ。
しかし、要注目はやはり男女の刑事。残念ながら織田裕二や深津絵里ほど若くなく、50才過ぎだったり白髪混じりの容貌なのだが、とにかく前向き。諦めない。上司の意向ではなく経験に元付く自分の勘を信じて実行あるのみ。それは
「俺はずざんな仕事が嫌いなだけさ。ずさんな仕事は未解決事項を残す」
という彼の言葉が何より体現してくれる。
「やってられねえ」上司や難解なプロジェクトを抱える仕事人たちに贈りたい一冊。湾岸署やロス市警でなく、今の君の居場所を輝かせるために。
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やるせない。それじゃあ、私達は親の悪歴から逃れられないってこと?育てられたように、自分もまた子どもを育てる、しかないと?
対象物を師として仰ぐか、反面教師として糧にするかとしたら、本書は後者。妄想型の統語失調症の父に育てられた姉弟、自身の家族の話だ。増員するばかりの「敵のリスト」を作り、子どもに詩の暗誦を強いる父。いつしか大事なこともその暗誦の引用で済ましてしまった父。その後、精神病院に収容され死んだというのに、解放されるどころか、父の呪縛から離れることは出来ない。読了感に心地よさは微塵もない。事件後に「実はこんなことがあって」と明かされる後味の悪さがある。だが、子どもに与える影響の大きさを考えさせられる事件が世間を震撼させているこの頃だからこそ、身につまされた。
時間をかけて人を壊して行く、愛のはき違えには気をつけましょうね。
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実は、壁が好きだ。見えない何かにいきなり突き落とされる穴よりかは、越えられそうもなく立ちはだかる壁のほうがいい。見えないことが苦手なせいもある。先が見えないことにどうしようもなく不安を感じる。着地点が見えないままに走り出すことに不安を感じる。本書は、「私なら絶対無理!」な真っ暗闇のトンネルを爆走するジェットコースターのような小説だ。
「今落ちたばかりの流れ星を拾って来たらキスをして結婚してくれる!?」そんなバカな話が、物語の根幹。無茶だろう。止めとけ。胡散くさくない?見切り発車は百も承知で旅立った青年の、騙されたり優しくされたり絶望したり希望をもらったり運命を悟ったり波乱万丈の星取り旅録。途中で出会う個性ある旅の演出者たちが、これまたいい味をだしている。
鼻っ柱の強そうな男女の表紙でわかるように劇場公開されたばかりの作品。壮大なロマンを思わせる映像と宮崎駿監督の名を用いたテレビCMも目にした。本の雑誌のサイトで書くことを憚られるが、本より映画の出来のほうが良い気がしている。名前とか敵対関係が混雑した部分があるのだ。
ルイス・サッカーの「穴」が好きな人にお薦め。穴?壁?貴方はどっち?
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結局人生って、自分が蒔いた種の摘み取りをして生きるのね。そんなふうに思う小説だった。
心理療法士という職があるのに冴えない主人公。何故なら、22年連れ添った妻は同業の人気療法士の元へ逃げ、仕事は下り坂。先の見通しが全然立たない。そんな時でもどんな時でも人は恋をする。12歳年下のウエイトレスを好きになるのだ。自分たちのバンドのボーカルとして迎えた彼女と新しい人生、輝いている自分を描こうとするが、立ちはだかる「お金がない」という現実。
前半部分、章の終わりごとに彼の自らを鼓舞する独白が愉快だ。
「奇跡を祈るしかない」「そうなのだ。大事なのは前向きに生きることなのだ」「又、頂上をめざせばいい」。
だが、その決意も後半は、ずるずると蟻地獄の中にはまってしまう。なんてことだ。せっかく再起のチャンスだったのに。見返してやるんじゃなかったのか。
人生一発逆転とか大器晩成とか棚から牡丹餅とか、願わないわけではない。特に人生八方塞がり?と思える状況下では。でも、誰もが忌み嫌う雑草ならまだしも、綺麗な花を咲かせるためには種まきや水やりや草取りといった面倒で地味な作業が必要。他人のふんどしで幸せを得ようなんて甘い甘い。
楽して生きたい。そう思うことの浅はかさが身にしみた。
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