『銀座開化おもかげ草紙』

銀座開化おもかげ草紙
  • 松井今朝子 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込540円
  • 2007年10月
  • ISBN-9784101328713
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  1. 君たちに明日はない
  2. 朱夏 警視庁強行犯係
  3. 銀座開化おもかげ草紙
  4. カラフル
  5. 怪魚ウモッカ格闘記
  6. 童貞小説集
  7. 終決者たち(上・下)
  8. 石のささやき
  9. スターダスト
  10. 四つの雨
荒又望

評価:星4つ

 明治維新から7年。新しい時代に自分の居場所を見つけられずにいる元旗本次男坊の久保田宗八郎は、兄の頼みで銀座の煉瓦街に住むことになった。
 あらゆるものが急激な変化を遂げ、旧いものと新しいものが入り混じっていたこの時代。すんなりと順応できる者もいれば、宗八郎のように前に進むことをためらう者もいる。1人の人間の心のなかでさえ、新旧両方が同居している。そんな混沌とした明治初期の様子が、セピア色でもなく、かといって現代のようなどぎついフルカラーでもない、粋な彩りで描かれている。
 齢三十にして世捨て人を自認していた宗八郎も、やがては一歩を踏み出すことを決める。そのときそばにいるのは、ひと昔前ならば近しくなる機会もなかったはずの顔ぶれ。新しい時代は、まだ始まったばかり。ぱぁっと光が差し込むような、すがすがしい終わりかたが気持ち良い。
 物語を動かすのは宗八郎とその隣人ら男性が中心だが、脇を固める女性たちも、それぞれ魅力的。しなやかで、たくましくて、そして潤いがある。ぜひご注目を。

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鈴木直枝

評価:星4つ

 真っ直ぐに生きよ。松井今朝子さんの声が聞こえる気がした。
 ペリー来航から20年後の銀座の店屋街は、「変化」の真っ只中にいた。瓦斯灯が辺りを照らし、煉瓦の洋館が名物となり、サンタクロースが本邦デビューした。時代に乗って何とかひと儲け…「変わるんだ!」の空気が満ちていた。そんな空気を読めないのか乗り損ねたのか、「30才で既に世捨て人になっちゃうかい?」という「なんだかなあ」の男が主人公。ところが、やり手の兄の口添えで職を得てからというもの、事件に巻き込まれ銃弾が貫通するは、やりようのない死に直面するは、想定外急転直下の日常が始まる。
 活気ある街並み、市井人の陽気とそれでも収まらないいざこざ。これぞ文明開化。その中にあって生きる一人ひとりへの、著者の「愛」がある。中でも、名もなき人の直ぐそこで朽ち果てた死を描いた「雨中の物語り」は特筆もの。雑多な中で何を優先すべきか、その勘所さえ間違わなければ大丈夫。そんな「絶対」がある。
 著者松井今朝子さんは、昭和28年生まれで平成9年のデビュー。それまでの歌舞伎に携わった職歴があってこその現在だろう。30男だって、無為にそれまでの時間を過ごしてきたわけではない。経験や寄り道は、無駄じゃない。自分に筋肉をつけるための作業だった。著者と主人公の生き方に重なる部分を見つけた気がした。

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松岡恒太郎

評価:星3つ

 訳あって、身を隠すように生きてきた主人公宗八郎と、ともに苦労を重ね彼を陰ながら支えてきた三つ年上の女比呂。物語のさわり、宗八郎が再び活躍すべき表舞台への機会を得ると比呂は、ためらいなく彼の背中を押す。
男のために身を引く覚悟で送り出す明治の女のけな気さ、こいつにまずやられた。
 御一新以来、何もかもが変わってしまった日本国。価値観は変わり、急速な変貌を遂げようとする東京と改められた江戸の町。
 旗本の次男坊に生まれながら訳あって一時は蝦夷地に渡り、今は東京に戻りながらもまるで世捨て人のように身を隠しながら生きる主人公宗八郎が、しだいに宿敵とも呼べる運命の男と引き寄せられるように対峙してゆく。
個性的な脇役陣にも恵まれて、実直な主人公宗八郎がしだいに魅力的に輝きだす。
 そして誰もが読み終わったら思うはずだ、こりゃ続編『果ての花火』も読まなくては!急ぎ読まなくては!と。

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三浦英崇

評価:星4つ

 例えば、司馬遼太郎の一連の幕末維新作品を考えてみると、幕末の動乱に倒れた者を描いた作品の方が、維新後に生き残った者のそれより、はるかに印象が強く、人物の精彩もより鮮やかな感があります。それは結局「死ななかった」あるいは「死ねなかった」ことが、「死んでいった」という事実の凄みには遂に勝てないことを意味するのではないかと、個人的には思っています。

 この作品では、生き延びてしまった者たちが、自分の生きてきた世界が、どんどん「時代遅れ」なものとして追いやられていく中で、じたばたと時流に抵抗していくさまが描かれてます。

 時代の最先端・銀座の煉瓦街で、無聊をかこつ元・旗本直参の士族・久保田宗八郎の日々。江戸が東京になる一大転換期に、そう簡単には適応しきれない不器用な男が、その不器用さ故に、かえってかっこよく見えるのです。

 俺は少なくとも、司馬作品における維新後の英傑たちより、宗八郎に親しみを覚えました。

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横山直子

評価:星5つ

銀座にこことルビがふってある。
ここ銀座にガス灯設置の工事が始まった頃、明治初期の話だ。
主人公は久保田宗八郎、三十歳。
「一生のうちで自分がどの季節にいるのか、人はおのずと知らなくてはいけない」
この若さでもはや自分には出番がないと決め込んでいる。
それには、目立たぬよう息を潜めた暮らしを余儀なくされる過去の出来事があったのだ。
とはいえ、兄に乞われて銀座の一角で住むこととなる。
彼は「人間いざというとき捨て身になれば、思わぬ力が出る」のを知っており、さらにそうでなければ、人としてのほこりが保てないと思っている。

「身を捨てる勇気なくして、新たな世は生みだせぬと、維新の修羅場を垣間見た男は信じる。」
宗八郎、その発言といい、正義感あふれる行動といい、その男っぷりの良さといい、文句なくかっこいのだ。
あまりの理不尽さに立ち上がり、最後には兄に遺書まで書いて、ハラハラさせられホロリとくるが、
そこは読んでからのお楽しみ。
新しい時代の到来を肌で感じる一冊。

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