WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2007年11月の課題図書>松井ゆかりの書評
評価:
かわいい。権力争いに神経をすり減らし、他者との関係に大いに苦悩し、哲学的に思索する主人公がしかし実は狸というのがかわいい。そして何よりこんなことを考えつく著者モリミーがかわいい。
主人公矢三郎は下鴨家四人兄弟の三男坊。今は亡き偉大なる父、そして心優しき母(宝塚フリーク)の間に生まれた4人(匹?)はしかし、いずれもやや頼りない者ばかり。その他にも父と四兄弟の師匠である天狗の赤玉先生、周囲の男どもを翻弄する美女にして妖婦の弁天、声はすれども姿を見せない矢三郎の許嫁海星など、キャラ萌えものと言ってもいいほど魅力的な面々が登場する。
大河小説ともミステリー小説とも読めるこの物語において、何といっても胸を打つのが下鴨家の人々の家族愛である。305ページの矢四郎の自問の言葉以降、私の涙腺はゆるみっぱなしであった。
家族の仲良き事は美しき哉。そして小説の面白きことは良きことなり。
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帯に躍る「突然の暴力」「復讐」といった言葉を見て真っ先に思ったのは、「理生、さっそく夫の影響が創作活動にも現れたか!」ということであった(島本さんの夫は、「フリッカー式」でメフィスト賞を受賞し最近は純文学の書き手としても大活躍中の佐藤友哉氏)。まあさすがに今までの作風と著しくかけ離れたものにはなっていなかったが、それでもずいぶんハードな内容だなという印象。
主人公朔は小学6年生。難易度はさまざまだろうが、小学生でも人間関係というのは難しいものだ。まして朔の周囲には、芸術家肌の父親やキャラが際立った同級生といった一般的なレベルよりも濃い人々がいる。苦労も多かろう。そんな中で朔に降りかかる「突然の暴力」。いかなる理由があったとしても大人が子どもをこのような形で損なうことはあってはならないのに。苦悩の末に彼女が放った「復讐」。よくこのような手段を思いついたと感心はするものの、苦みの残る結末である。人間は時にこんな代償を払って強さを得なければならないのだろうか。
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歌野晶午のすごいところは、後味の悪ーい小説を書いてもどこか憎めないなあと思わせるところだ。同じような鬱系のミステリーを書く作家も多いが、例えば貫井徳郎などは著者の生真面目さによって深刻さがループしてしまう気がする(嫌いじゃないが)。しかし、ウタショーは「うわ、やな感じ。でも(笑)」という感触。本人は真摯にミステリーを書き続けておられると思うし、インタビューなどを読んでも実に謙虚な人柄が偲ばれるのだが、いい意味で軽みのある作家なのだ。
この本は著者の本領発揮とも言うべきいやな余韻を残す話のみを集めた短編集である。歌野さんには同じく短編集で「正月十一日、鏡殺し」という衝撃の問題作(とりわけ表題作は目を瞠らんばかりの後味の悪さ)があるが、こちらも相当のもの。「尊厳、死」の評判が高いようだが、私は「防疫」「In
the lap of the mother」などの親子ものによるダメージが大きかった。それでも新刊が出たら読んでしまうんだよなあ。私にとって「嫌よ嫌よも好きのうち」という言葉はウタショーとセットである。
評価:
傑作。読むべし。
以上終わり、としてもいいくらい。でなければ「シャイニング」の主人公のように上の1行を400字分書き連ねるか。それほど素晴らしいと思ったし、衝撃を受けた1冊だった。
完璧な作品、というわけではないと思う。主人公真琴が心惹かれる少年は規格外の個性の持ち主で周囲の人間を翻弄するが、しかし実は美貌に恵まれてもいる。結局はハンサムなのかよ、という若干の落胆。あと「悦楽の園」という小池真理子作品のような題名もハードルを上げている。おそらく表紙のヒエロニムス・ボスという画家の絵からとったのだろうが、ちょっと官能的過ぎないか。
しかし、そういった点はどれも少しもこの作品のよさを損なってはいない。私はきっとすぐにこの小説を再読することはないだろう。ひんぱんに読み返すには気恥ずかしすぎる。しかし何年か後に、そして長めのインターバルを置きながら何度も手に取るに違いない。きっと死ぬまで心に残る本となるだろう。
評価:
「親指Pの修業時代」を会社の同期が貸してくれたのに挫折し読んだふりをしてそのまま返してしまったのはもう10年以上前のことか。若き日の己の愚かさを恥じる。というわけで本書が初の松浦理恵子体験となった。すご過ぎる、この人!
私の犬好き指数は、例えば5点満点で★3つ(=標準レベル)である。一方主人公房恵については★の数で言ったら5億くらいか。常人のレベルではない。なにせ、自らを“ドッグセクシュアル(=好きな人間に犬を可愛がるように可愛がってもらえれば、天国にいるような心地)”と称し、ほんとうに犬になってしまうのだ。
私はこの小説で最も感情移入ができたのは房恵の昔の恋人久喜だったし、ラスト近くの筒井康隆的ドタバタにもやや違和感を覚えるというどうにも一般人な感想を持ってしまったのだが、人間の愚かしさを怖いくらい鮮明に浮き上がらせた問題作だということはわかった。といっても厭世的なばかりの話ではなく、とりわけ松浦さんのユーモアのセンスには完全に魅了された感じです。
評価:
「犬身」に続いてすぐこの本を読んだのだが、この短編集でも多くの作品に犬が登場する。そのうちのいくつかにはシュールな趣もある。最後に掲載されている「ロズリンの犬」では「犬身」同様、主人公が犬の姿に変身してしまう(主人公が望んだ結果ではないが)。そしてここでも変身し始めこそとまどいはあったものの、「犬になる=超うれしい」という図式となっている。何か共時性のようなものを感じないでもない。
犬以外にも巨大ナメクジやら光るカエルやら一般的にはかわいいとはみなされない動物たちも登場する。もちろん犬は特別なのだろうが、ナメクジやカエルたちにも温かい視線が注がれており、著者の動物好きなところは読者にも伝わってくる。人の幸せや愛情の形というものはほんとうに人それぞれなのだなと思い知らされる1冊であった。
評価:
こういうのが読みたかったんですよ! 最近はミステリーの定義が広くなって、前衛的なのや哲学的なのや下手をするとオチがはっきりしないのまで膨大な数の作品が氾濫する昨今、この短編集のようにきっちり落としてあるのはやはり読んだなという手応えがある。殺人者がまんまと逃げおおせたり多少得をしたりというアンチ勧善懲悪な部分があることには目をつぶろう。別に本の中のことなのだから。
解説によれば著者ジャック・リッチーの短編をもっとも多く買い上げたのは「ヒッチコック・マガジン」だそうだが、確かにあの巨匠が好みそうな作風!ノンシリーズももちろんおもしろいのだが、実はシリーズものが真骨頂かもと思うくらい。私立探偵カーデュラもキュートだが、ヘンリー・S・ターンバックル部長警部のシリーズがかなり気に入った。
ところで、著者はきっとブルネットですみれ色の瞳の女性が好きに違いないと予想。
父がくも膜下出血で亡くなったのは4年前のことである。仕事場で倒れてそのまま息を引き取り、私たち家族は死に目に会うこともかなわなかった。呆然とする私たちにこう慰めの言葉をかけてくれた方もいた、「もし助かったとしても、くも膜下出血の場合重い障害が残りやすい。そうなったらおとうさんもあなたたちも大変な思いをする。つらくてもこれでよかったのだ」と。私も納得しようとした。しかし罪悪感のようなものを拭い去ることはできなかった。たとえどんな姿になっても父に生きていてほしかったと思うのが当然ではないかと。
この本を読むまで私はホスピスというものについてほとんど何の知識もなかった。死に向かう人々でもこんな風に最後まで人間らしく生きられる場所があるのだということを初めて知った。もし父がもぎ取られるように命を落としていなかったとしたらどうだっただろうか。
どんな別れ方であっても家族の死は悲しい。覚悟していたからといってつらくないわけではない。それでも残り少なくなっていく日々を一日一日大切に生きられる場所があったら……そんな選択もあるのだということを、この本を通して多くの方々の心に留めてもらえたらと思う。
俺が悪かった、あさみ、嫌いだなんて言って。俺おまえのこと誤解してたんだよ。ほんとにごめん。だからこれからもずっと……。
はっ、ちょっと妄想(?)がふくらみ過ぎてしまいました。上の部分は石持浅海さんへの私からのラブコールです。
初めて読んだ石持さんの作品は「扉は閉ざされたまま」でした。「文春」や「このミス」などのミステリー・ベストテンで軒並み2位の高評価を獲得しているのを見てものすごーく期待していたのですが……なんじゃこの動機はー!!!
それ以来ちょっとこの作家の小説には先入観があったのですが、ここ最近出版された短編集はどれも大当たり。この「Rのつく月には気をつけよう」もそのひとつ。いわゆる日常の謎系ミステリーなのだが、その洒落たこと! 個人的には石持さんの描く飄々としていながら並外れて明晰な頭脳を持つ探偵役がツボ。
……だからこれからもずっと、おもしろいミステリー書いてくれないか、あさみ。
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