WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2007年12月の課題図書>佐々木克雄の書評
評価:
破綻した情愛は小説のモチーフとして多々あるが、男と女の両面から丹念に綴られたものはそう簡単にお目にかかれない。冒頭、嫁ぐ主人公の花が養父を「私の男」と表現する本作。彼女は彼を愛し、彼もまた然りだったと読んでいて分かる。痛いほどに。
中味は極めて重い。2008年の東京から始まったストーリーは演繹的手法で時間を遡り、男女が犯した過ち、何故そうなってしまったかを解きほぐしていく。なかでも彼らの心象風景にも重なる北海道北東部の街が印象的だ。鈍色の空、押し迫る流氷、セピア色の回顧……重苦しい景色が、過ちを犯した二人に覆い被さる。訝る周囲の目から逃げるように、二人は底のない情愛へ沈んでしまったのかと。
「家族もいなくなって、生きていたって、しょうがない」
少女時代、家族を失った彼女に語る老婆の言葉が、すべてを表しているように思えた。
評価:
文字化けみたいなタイトルは、主人公である「くの一(=女忍者)」の名前だったのですなあ。山田風太郎の忍法帖シリーズに熱狂した身としては、このエロティックで、グロテスクで、お下劣で、奇想天外なお話は、大大大好き!
江戸初期の史実と絡まった忍者活劇。妖艶な彼女が自らの「女」を使って、シューティングゲームで出てきそうなオドロオドロ系の難敵どもを丸め込み、蹴散らしていく。そのドキドキハラハラも堪らないが、ファンキーな天草四郎、お茶目な徳川家康といった魅力的なサブキャラもスパイスが効いて◎。ところどころでヒョッコリと登場する作者の講釈も、「謔愚(ギャグ)」とか「真事(マジ)」といった言葉遊びも楽しめた。
余談ですが、もしも本作が実写版として映像化されるのであれば、個人的希望として、主人公は及川奈央、蛆神はネプチューンのホリケンでお願いします。
評価:
まずスゴイのは中味よりそのブ厚さ。二段組の500ページ、そのうち第一部だけで半分を使っていて、事件は次々と起こるが話はなかなか進展しない。「なんだよー、つまんねーよー、ブーブーブー」と、敵チーム攻撃中のサポーターみたいになってしまう。
ところがですよ。我慢して前半を乗り越えて後半に入ると、ページをめくる指が止まらなくなってしまうのですよ。さすがはリンカーン・ライム・シリーズ、読者を裏切る術を心得ておりますな。ライムは頭脳を駆使して天才的犯罪者“ウォッチメイカー”の二重三重の計画に立ちはだかる。彼を補佐する脇役たちも人間臭くてグッドです。なかでも助演賞は尋問のエキスパート、ダンス女史でしょう。相手の一挙一動を見逃さない眼力ったらもう、息を飲んでしまいました。(来年刊行の、彼女が主人公となった邦訳作も期待大)
でもねえ、やっぱ前半ボリュームありすぎ。「げぷ」って感じ。
評価:
話題作になろうとしている話題作なのだろうか。
終戦直後の東京を舞台にしたミステリーをイギリス人作家が描いたというだけで、十二分に特異性を感じる。小平事件など、実際に起こった事件や人物が登場するやけにリアルな設定も、すえた街の様子や崩壊していく主人公の陰鬱とした語り口も、ドスンと落ちる結末も、独特の世界観を醸し出している。その取材力たるや、相当なものだ。
反復される散文詩のような文体は、好き嫌いがハッキリと分かれるところだろう。個人的には、読み進めるうちに妙なリズムを感じてしまった。小説を読むというより、音楽を聴いているような気分。オアシスなんかがイメージに近いかなと。
本書は東京三部作の第一弾であり、来年、再来年に続巻が英米に向けても発売されるとのことですが……ゴメンナサイ、自分はもういいかなって感じです。
評価:
はじめて読みましたよ、ウィンターソン。じわじわと面白さが染みてくる。
崖の上、斜めに突き刺さった家に生まれた主人公シルバー、風の強い日に足を滑らせて崖下に消えていった彼女の母親──奇妙な序章に、以降の展開に期待が高まる高まる。
ところが単純に面白いとだけ言っていられないのですね。みなし児となった彼女を引き取るのは、盲目の灯台守ピュー。彼の語るサブストーリーが本筋にうねうねと絡みつき、登場する人物の影の部分が炙り出されてくる。時間をひゅんと飛び越える奥深い「灯台守の話」に、いつの間にか聞き入ってしまった。
話すことで人は存在を示し、話に出てくる人物もまた浮かび上がる──そんなメッセージが投げかけられているように思えた。本を書くことでも、また然りなのだろう。
でも、つまらん話だと「聞かされる側」は苦痛ですよね。この本は面白かったけど。
評価:
史実は重い。それが戦争であったり虐殺であったりすると、ことのほかズッシリと今に生きる者たちに覆い被さってくる。19世紀、イギリスによるタスマニア先住民の迫害という史実を土台にしたこの物語は、しかしながら飄々と登場人物たちの視点で話を紡ぎ、しかもキャラたちの滑稽なまでの言動に、タブーを越えたユーモアまでも醸し出す。
この本から滲み出てくるものは、文明、文化、信仰といった人類が築き上げたテーマを、異なる人種たちがどう捉えているかだ。人種差別論者の医師がタスマニア奥地で遭難し、先住民が活き活きと動くくだりは、かなりシニカルな場面として印象に残った。
いい本に出会えた。日本だと中島らも、荒俣宏なんかがイメージ近いんじゃないかな。それと訳がかなりブッ飛んでます。P70先住民少年の語り「そのすっとこどっこいは〜」って……、しばらくフリーズしてしまった。原文では何て書かれてんだろ?
評価:
嗚呼、何てお馬鹿で、何て素敵な青春なのだろう。
アメリカ青春文学の金字塔は、半世紀の歳月を飛び越えてもなお色褪せることなく、広大な大地を走る「ロード」へと導いてくれるのですねえ。
どこをめくっても金太郎飴みたいに旅の途中。豪放磊落な友人、ディーンと共に時速100キロ以上の猛スピードでアメリカを駆け巡る主人公サルの目線には、我々が想像しうるアメリカらしいアメリカが描き出されており、ちょっとしたウルトラクイズ気分が味わえた。
人生はよく旅に例えられるが、それは帰結するところがあるからかなと。都合四回の旅から帰るサルやディーンには帰るべき場所があり、そのラストにほんのり哀愁が漂っているから、読み手は、そこに彼らの青春(≒奔放な旅)の帰結を感じ、ノスタルジーを感じてしまうのだ。
これ読んだら、日本の青春小説『哀愁の町に霧が降るのだ』が読みたくなってきたゾ。
デビュー時からの山本作品ファンなのだが、何故そんなに好きなのかを考えてみるに、どこでもいそうな、それでいて心に残るキャラたちが魅力なのだなと。それと計算ずくでないユーモアと、飄々とした文体もしっくりくるのだな、とも。
「はあ」が口癖の冴えないサラリーマン君が、寿退社する女性から業務を引き継ぐことになり、振り回されるてな、どこでもありそうなお話。彼が少年時代を過ごした渋谷の街を営業マンとして歩き回ることで過去と対峙し、前を向くようになる。
気がつくと「ガンバレ」って言っている自分がいた。まもなく自分が彼となって山本ワールドのキャラたちに囲まれていた。そう、この作品の主役は自分だったのだ。
落ち込んでいるときに読んだ分、滋味溢れるストーリーが心に染みまくった。評価は間違いなく★×5、今年読んだ本の中でもベスト5に入ると思う。
私事で恐縮ですが、遙か昔に学習塾で働いておりまして、この本の著者が当時の上司、小林先生でした。受験界では「国語の神様」と呼ばれる方なのですが、その経歴もかなりユニークでして、興味のある方はウィキペディアあたりで調べてみてください。
しばらくご無沙汰していたら、こんな本を出されていたのですね。普段、何気なく使っている漢字は、古代中国の恐ろしい話から成っているとのコト。たとえば、
「棄」:生まれたばかりの我が子を木片に乗せ、川に流す様。
「民」:針で刺されて右目が白くなった奴隷、それを右側から見ている図。
「祭」:月(肉のこと←人の場合もアリ)を神に捧げている(又と示)様。
などなど、飲みの席で使えそうな俗説と思いきや、漢和辞典などで調べると結構載ってるんですよ……。ひゃー、怖いよぉー。夜中に読んだら夢に出てきそう、ブルブル。
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