『私の男』

私の男
  1. 私の男
  2. 錏娥哢た
  3. ウォッチメイカー
  4. TOKYO YEAR ZERO
  5. 灯台守の話
  6. 英国紳士、エデンへ行く
  7. オン・ザ・ロード
佐々木克雄

評価:星3つ

 破綻した情愛は小説のモチーフとして多々あるが、男と女の両面から丹念に綴られたものはそう簡単にお目にかかれない。冒頭、嫁ぐ主人公の花が養父を「私の男」と表現する本作。彼女は彼を愛し、彼もまた然りだったと読んでいて分かる。痛いほどに。
 中味は極めて重い。2008年の東京から始まったストーリーは演繹的手法で時間を遡り、男女が犯した過ち、何故そうなってしまったかを解きほぐしていく。なかでも彼らの心象風景にも重なる北海道北東部の街が印象的だ。鈍色の空、押し迫る流氷、セピア色の回顧……重苦しい景色が、過ちを犯した二人に覆い被さる。訝る周囲の目から逃げるように、二人は底のない情愛へ沈んでしまったのかと。
「家族もいなくなって、生きていたって、しょうがない」
 少女時代、家族を失った彼女に語る老婆の言葉が、すべてを表しているように思えた。

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下久保玉美

評価:星3つ

 以前、読んだ小説の中に「登場人物がみんな少しずつ不幸」になる小説を主人公が読む場面があり、「みんなが少しずつ不幸」になるってどういうものだろうと思ったことがあります。本書はまさにそれですね。少しずつ、ではないとは思いますけど。
 近親相姦と死体の出てくる話です。たぶん、今までの小説だとそうした異常な状態から抜け出すべく試行錯誤した結果、世界が開いてくるというのがセオリーだと思うのですが本書の場合、どんどん世界が閉じていきます。小説も現在から過去へと閉じていく過程が書かれています。そうした閉じていく世界の中で幸と不幸のやり取りが行われ、閉じているが故に、本来外に出て行くべき幸も不幸も留まり続けていく―とても哀しい小説だと思いました。

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増住雄大

評価:星5つ

 ずーん、と来た。すごい。これは傑作だ。
 凄まじい内容(ぜひ読んで確かめていただきたい)、および練られた文章から生み出された重厚な空気によって、物語の世界へどんどん意識が沈められていく。全6章で、だんだんと時間を遡っていく構成。小説を読み進むにつれ、明かされる情報により、第1章や第2章での会話や行動の持つ意味合いが変わってきて、読後はまた第1章から読み直してしまう。こんなにも、何かにのめり込まされた(「のめり込む」ではなく)のは、読書に限らず久しぶりだ。どろどろの暗い沼のようなその世界から、私は幾日も抜け出すことができなかった。
 いま、評価がぐんぐん上り続けている桜庭一樹の、現時点での最高傑作だと思う。直木賞取るんじゃないかな、文藝春秋だし。取ったらいいな。
 余談だけれど、主人公の花が、私とおなじ1984年生まれなので、同い年の頃の自分を思い返すことで、様々な年齢時の花の心に浮かぶ感情や、目に映る情景がつかみやすかったように思う。これは、おもしろい効果だな。ただ、小学生のときの花は、少し大人っぽすぎるような気がする。

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松井ゆかり

評価:星5つ

 この物語を、好きか嫌いかと問われたら、好きではないと答えるだろう。主人公たちのとった行動を、肯定するか否定するかと問われたら、肯定はできないと答えるだろう(犯罪行為についてはもちろん容認することはできないわけだが)。でも、私は認めざるを得ない、この小説の持つ暗い魅力に抗えないということも事実であると。
 これは父と娘の逃避行の物語である。この濃密で官能に満ちたふたりの関係は、主に父淳悟によって築かれたものであるが、娘花もそれを受け入れてしまった。作品中に花のこんな台詞がある、「おとうさんは、娘に、なにをしてもいいの」と。私はやっぱりそれは違うと思う。それでも淳悟はそういう風に花を育て、花はそういう風に淳悟を愛してしまった。そういう風にしか生きることを選べなかったふたりを非難することは簡単だが、しかしそれが何になるだろう。
 桜庭一樹という作家のすごさをまたしても見せつけられた。よく書ききったと思う。

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望月香子

評価:星5つ

 養父の淳悟を「私の男」と思う主人公の花。
 明日、結婚する娘の花との待ち合わせに、雨の中、淳悟が盗んだ傘を差してくるシーンからはじまります。そのせいか、始終、雨が降り注いでいるようなイメージの中物語が進むように感じられました。
 内臓に触れられるような、足がすくむストーリーが進む中、それぞれの登場人物の視点から描かれる物語に、息を詰めるようにしてページをめくってしまいました。濃く甘く苦い霧を飲み込み吐くような花と淳悟の愛し方は、読み終えた後も無意識に何度か頭をよぎるほどです。
「まだ、終わらないで!」と残り少なくなるページを残念に思う小説に出会ったのは初めてのことかもしれません。

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