WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2007年12月の課題図書>増住雄大の書評
評価:
ずーん、と来た。すごい。これは傑作だ。
凄まじい内容(ぜひ読んで確かめていただきたい)、および練られた文章から生み出された重厚な空気によって、物語の世界へどんどん意識が沈められていく。全6章で、だんだんと時間を遡っていく構成。小説を読み進むにつれ、明かされる情報により、第1章や第2章での会話や行動の持つ意味合いが変わってきて、読後はまた第1章から読み直してしまう。こんなにも、何かにのめり込まされた(「のめり込む」ではなく)のは、読書に限らず久しぶりだ。どろどろの暗い沼のようなその世界から、私は幾日も抜け出すことができなかった。
いま、評価がぐんぐん上り続けている桜庭一樹の、現時点での最高傑作だと思う。直木賞取るんじゃないかな、文藝春秋だし。取ったらいいな。
余談だけれど、主人公の花が、私とおなじ1984年生まれなので、同い年の頃の自分を思い返すことで、様々な年齢時の花の心に浮かぶ感情や、目に映る情景がつかみやすかったように思う。これは、おもしろい効果だな。ただ、小学生のときの花は、少し大人っぽすぎるような気がする。
評価:
やりたい放題ですな。
一言で表すなら「美貌の女忍びの冒険譚」。江戸時代初期を舞台とした、実在の人物がたくさん出てくる時代小説なのです……って、いや、そんな生易しいもんじゃない。
あれ? この人、そんなキャラなの?
うわ! 普通、そういう戦い方する?
確かに私も花村さんが言うように思っていましたけど(作品の中で、著者が度々読者に語りかけてくるのです)……ってええ?
という感じで、読んでいるこちらの頭に疑問符と感嘆符が浮かびまくる何でもありの設定。大量の薀蓄、くどいほど出てくる下ネタと駄洒落が、物語の勢いに拍車をかける。その荒唐無稽なパワフルさに一度ノせられたら、最後までイッキ読みしてしまうであろう、はち切れんばかりのエネルギーに満ちた作品。
とっても面白いんですけど、読者よりもむしろ著者の方が楽しんでいるような気が……。
評価:
最初の三分の一くらいを読んで「いかにもアメリカの刑事ドラマでありそうな話だな。こういうのだったら、たまにテレビで見るからいいや」なんて、本書を置いてしまう人がいたとしたら、それは悲劇だ。本書は、本を紹介する文章によく使われるけど実際にその本を読むとほとんどの場合「そこまでじゃなかったな」と思わされる典型的太鼓もちフレーズ<後半は怒涛の展開>が、嘘偽りなく体現されている稀有な例なのにっ!
天才捜査官と天才犯罪者の知恵比べは本当にスリリング。電車の中で読んでいたのに、思わず「うわ」と声を出してしまったほどのサプライズの連続。
『このミステリーがすごい!』海外編一位も納得です。
シリーズものの七作目とのことですが、この本から読んでも全然OK(現に私がそうです)。あっと驚かされるミステリーが読みたいなあ、というそこのあなた! 本書をぜひ! ……私は太鼓もちじゃありませんから。たぶん。
評価:
海外の人が描く「日本、および日本に関すること・もの」って、どう考えても日本を誤解している変なのが多い。それらを集めるだけで、テレビの1コーナーや雑誌の1ページが出来るくらいに(そして、それはそれで、ちょっとだけ面白い)。だからこの作品もそういう感じだろーなー……とか考えていると、頭ぶん殴られます(比喩ですよ)!
本書の舞台は太平洋戦争が終焉した1945年、米軍占領下の東京。登場人物は全員日本人。そして、実際にあった殺人事件が題材。生半可な知識量で書ける小説ではない。がっつり取材して、じっくり執筆された紛れもない大作。
注目すべきは、その文体。文章の合い間合い間に、一人称主人公の「意識の流れ」とでも呼べるようなモノローグが細かく短く挟まれるのだ。始めこそ少し読みにくいが、読者は次第にこの文章に取り込まれて、最後には……。
三部作の一作目ということなので、二作目以降も要注目ですね。
評価:
本書は、決して長くはないのだが、壮大な物語だ。
ソルツという港町で、盲目の灯台守ピューに育てられる、みなし児の少女シルバー。ピューが少しずつ語る、その町で百年前に暮らしていた牧師バベル・ダークの物語に、シルバーは耳を傾ける。シルバーとダーク、二人の物語が交互に語られ、それらはやがて交差していく……。
描かれているのは「物語ること」の大切さ、だ。「物語ること」によって人は救われる、ということが、シルバーの物語、ダークの物語、間に挟まれる様々な挿話を通じて読者に示される。「物語ること」は人の道標となる。灯台の光が船乗りの道標となるように。
作品全体に流れる空気は、いい意味で、とらえどころがない。
ゆらゆらしている。けれど、どっしりしている。難解だ。しかし、親しみ易い。まるで、その日その日で違う顔を見せる「海」のような作品である。
評価:
帯に「プラチナ・ファンタジイ」とあるから「ファンタジイ? 指輪物語とか、ナルニア国物語とか、ハリー・ポッターみたいなやつかな?」とか何となく考えていたら全然違った(ポッターという登場人物は、いるけど)。
時は1857年。聖書に描かれた歴史が現実だと思い込み、独自の調査により「エデンはタスマニアにある」と確信しているウィルソン牧師、人種による優生学を本気で信じている外科医ポッターなど、何らかの「偏見」にとらわれている登場人物たちのイギリス〜タスマニア珍道中(?)。総勢20名の語り手が入り乱れての歴史エンターテインメント大作(なんだか今月の課題図書は「大作」ばっかりだ。いいことなんだけど)。
ごめんなさい。正直に申しますと、どうにも肌に合わず、課題図書でなかったら、おそらく最後まで読み切っていないっす。ユーモアに満ちていておもしろくないわけじゃないし、色々と考えさせられることもある良い小説だと思うんだが、ううむ。
評価:
「半世紀前から若者たちの永遠のバイブル」だとか、「その後の文学・文化に決定的な影響を与えた」だとか、「注目の『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』第1回配本」だとか、そんなの全然関係なしに、一つの小説として、ただ単純に、とてもおもしろい。
本書は一種の「自伝的小説」で、ケルアック自身がモデルになっている語り手のサル・パラダイスと、その親友ディーン(こちらもモデルあり)が、アメリカ大陸を縦横無尽に移動する話だ。構図としてはいつもディーンが引っ張ってサルがついていく。都合、アメリカ大陸を横に三往復、縦に一往復するのだけれど、その途上で、様々な場所を訪れ、いろいろな人に出会う。
まあ、何しろとにかく、読んでいておもしろいのだ。こちらまで楽しい気分になるのだ。今すぐにでも車に乗って、どこでもいいからどこかに行きたくなるのだ。
多くの先達と同じように、この本は私にとっても、とても大事な一冊になった。
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