『私の男』

  • 私の男
  • 桜庭 一樹 (著)
  • 文芸春秋
  • 税込1,550円
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評価:星5つ

 この物語を、好きか嫌いかと問われたら、好きではないと答えるだろう。主人公たちのとった行動を、肯定するか否定するかと問われたら、肯定はできないと答えるだろう(犯罪行為についてはもちろん容認することはできないわけだが)。でも、私は認めざるを得ない、この小説の持つ暗い魅力に抗えないということも事実であると。
 これは父と娘の逃避行の物語である。この濃密で官能に満ちたふたりの関係は、主に父淳悟によって築かれたものであるが、娘花もそれを受け入れてしまった。作品中に花のこんな台詞がある、「おとうさんは、娘に、なにをしてもいいの」と。私はやっぱりそれは違うと思う。それでも淳悟はそういう風に花を育て、花はそういう風に淳悟を愛してしまった。そういう風にしか生きることを選べなかったふたりを非難することは簡単だが、しかしそれが何になるだろう。
 桜庭一樹という作家のすごさをまたしても見せつけられた。よく書ききったと思う。

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『錏娥哢た』

  • 錏娥哢た
  • 花村 萬月 (著)
  • 集英社
  • 税込 2,310円
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評価:星3つ

 花村萬月。私にとって意外性の男といえば、往年の読売ジャイアンツ山倉和博捕手ではなく(どれだけ前の話だ)この人だ。名前の風流さから例えばGacktのような耽美な美形を想像していると度肝を抜かれる(個人的には梶井基次郎の写真を見たとき以来の衝撃)。エロスとバイオレンスの代名詞のような作風なのに、コバルトの新人賞の審査員をやっていた。
 不勉強を承知で告白すると、私は山田風太郎・半村良両先生の小説を読んだことがないため、どの辺がオマージュとなっているのかわからない。そもそも忍者小説というものを花村萬月とうまく結びつけられなかった。とはいえ、猥雑で混沌とした感じはこの作家の得意とするところか。時折地の文で出てくる作者としてのコメントがなかなかかわいい。
 錏娥哢たという美貌の女忍びが引き寄せる騒乱の数々。徳川家康・家光や天草四郎といった歴史上の人物と彼女との関係。時代小説好きは、「ほんとかよ」と眉に唾をつけながらも楽しんで読むのが正解。

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『ウォッチメイカー』

  • ウォッチメイカー
  • ジェフリー・ディーヴァー (著)
  • 文藝春秋
  • 税込2,200円
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評価:星4つ

 実際に自分で読む前に「ディーヴァーの作品の中では凡作」「『このミス』1位は過大評価し過ぎ」などという評判を聞き「どんなものか…」と思っていたのだが、心配ご無用、十分楽しめました(ただ「魔術師」を超える犯人というのは言い過ぎかなと思うが。いや、「魔術師」読んでないんですけど。でもイリュージョニストよりすごい犯人っているのか)。
 ウォッチメイカーと名乗る連続殺人犯。残忍極まりない手口と異常なまでに神経質な性質を示す証拠の数々。果たして隙などあるのかと思わせる難敵を、しかしリンカーン・ライム・チームはどんどんと追い詰めていく。
 さて、ミステリーにどんでん返しはあらまほしきものだが、本書に関してはややあり過ぎたという気がしないでもない。せっかく「ウォッチメイカーはいったい何のためにこんな仕掛けを??」という興味で引っぱってきたのに、「えー、狙いはそんなとこにあったんですか〜!?」と驚きというより拍子抜け感が。でもまあ、あんまり贅沢言ってはだめですね。こんなに楽しませてもらったんだから。

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『TOKYO YEAR ZERO』

  • TOKYO YEAR ZERO
  • デイヴィッド ピース (著)
  • 文藝春秋
  • 税込1,850円
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評価:星3つ

 読み始めからじわじわと不穏な雰囲気が漂う。斜めの活字で表される語り手の心情に背筋が寒くなる。こんな風に、得体の知れない恐怖に追い立てられながら小説を読んだのは久しぶりだった。
 終戦直後のこの時期を舞台に小説を書こうという試みがイギリス人若手作家によってなされたことにそのものに意味があると思う。いかなる形であれ、現在どれだけの日本人が戦後の混乱期について知ろうと思うだろうか。
 ただ、著者の意欲に比して、肝心のミステリー部分の衝撃はそれほど大きくはなかったという気もする(驚いたといえば驚いたが)。この物語は実際に起こった婦女連続暴行殺人事件に絡めたフィクションであるが、ミステリー以外の部分の緊張感がはるかに勝っているのではないかと思う。むしろ史実である連続殺人事件について、ノンフィクションで書かれたものを読みたいと思ってしまった。

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『灯台守の話』

  • 灯台守の話
  • ジャネット・ウィンターソン(著)
  • 白水社
  • 税込2,100円
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評価:星4つ

 孤児となった少女と灯台守の物語ということで、なんとなく「赤毛のアン」のような話を想像していたのだけれど、よりファンタジックで官能的な物語であった。みなしごの少女シルバーと百年前に生きていた牧師ダーク、そして彼の人生について物語る灯台守ピュー。クレスト・ブックスに入ってても何ら不思議はないという感じ。
 そんなに波瀾万丈な話ではない。いや違う、とても静かで波瀾万丈さを感じさせない話というのが正しいか。人が去った後にも思いは残るということが胸に迫ってくる。
 岸本佐知子さんの翻訳された本は、作者よりも訳者に惹かれて読む。エッセイ集「気になる部分」に収められた塔をこよなく愛されているという話はおかしかった。きっと灯台も好きでいらっしゃるだろう。岸本さんだったら灯台を出て行かなかっただろう。

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『英国紳士、エデンへ行く』

  • 英国紳士、エデンへ行く
  • マシュー・ニール(著)
  • 早川書房
  • 税込 2,625円
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評価:星3つ

 もっと軽妙な感じの読み物かと思って読み始めたので、人種差別的な(特にアボリジニに対する)記述に対してけっこうブルーな気持ちになってしまった。
 “エデンはタスマニアに存在する”という奇想天外な説を証明するために大海原へ船出した牧師、何やら思惑がありそうな医師、密輸に手を染める船長といった英国紳士(?)たち。かたや被支配層であり、略奪や暴行によって踏みにじられ疫病の前に為す術もなく命を落としていく原住民たち。前者のパートと後者のパートに温度差があり過ぎるように思えて、いまひとつ楽しめなかった(いや、もちろん人種差別は取り上げる価値のある問題だと思うし、英国紳士たちも脳天気なだけではなくかなりの苦労もしているのだが…)。
 けっこう感じ悪い登場人物が多い中で、善人だったり私が割と気に入っていたりしたキャラはおおむねハッピーエンドを迎えられてよかった。皮肉すぎて、人によってはハッピーと思わないであろう結末もあるが。

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『オン・ザ・ロード』

  • オン・ザ・ロード
  • ジャック・ケルアック(著)
  • 河出書房新社
  • 税込2,730円
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評価:星3つ

 こういった小説を読み、人生の書だと思う読者もいれば、とりたてて心を動かされない読者もいる。私は後者だ(「ライ麦畑でつかまえて」などにもピンとこなかった)。ぐっとくるポイントは人それぞれでいいと思うし、それが当然だろう。
 それでも以前読もうと思って途中で挫折したときに比べたら、ずいぶんこの作品に対して寛容になったと思う。現在の半分くらいの年齢だったそのときは、主人公サルやディーンがのんきにぶらぶらしているただの怠惰な若者に思えて憤慨したものだ。でも今は彼らの悩みもある程度理解できる気がする。もちろん感心しない行動も多いが、家族や友だちを大切にする気持ちが胸にしみる。
 しかし、本来はこういう種類の本って若いときほど共感するものではないのだろうか?ということは身体は老いても精神は若返っているということか?20年後にまた読み返してみたい。

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勝手に目利き

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『心臓と左手 座間味くんの推理』 石持浅海/光文社

 2か月続けて石持作品のご紹介である。「どんだけ好きやねん」と思われそうだが、まだ“信者”の域までは達していない。この人の書く“罪を犯した人間を独断で見逃す”感じがいまひとつ好きになれない。大岡越前ファンの私としては、“罪は罪と認めた上で、情状酌量の余地を与える”「大岡裁きを見習えや」という気がする。
 とはいえ、座間味くんなら許す。同じ著者の第2長編「月の扉」で大活躍した探偵役。抜群の推理力を備えしかもツンデレという、私の萌えポイントを見事に押さえたキャラ。
 この短編集において、座間味くんは7つのケースについて鮮やかな謎解きをしてみせる。最終話以外はけっこう血なまぐさい事件も出てくるのだが、あまりおどろおどろしさを感じさせないのも石持さんの力量だろう。よって純粋に推理小説としての醍醐味を味わえる1冊(もちろんキャラ萌え小説として読むこともできます。むしろそちらの方がメインかも>私)。

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松井ゆかり

松井ゆかり(まつい ゆかり)

 40歳(1967年生まれ)。主婦で3児(小6・小3・幼稚園年長の男児)の母。東京都出身・在住。
 好きな作家は三浦しをん・川上弘美・村上春樹・伊坂幸太郎・蘇部健一・故ナンシー関。
 影響を受けた作家ベスト3は、ケストナー・夏目漱石・橋本治(日によって変動あり。でもケストナーは不動)。
 新宿の紀伊國屋&ジュンク堂はすごい!聖蹟桜ヶ丘のときわ書房&くまざわ書店&あおい書店は素晴らしい!地元の本屋さんはありがたい!
 最近読んだ「桜庭一樹読書日記」(東京創元社)に「自分が買いそうな本ばかりに囲まれていたらだめになる気がする」という一節がありました。私も新刊採点員の仕事を させていただくことで、自分では選ばないような本にも出会ってみたいです。

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