『リピート』

  • リピート
  • 乾くるみ (著)
  • 文春文庫
  • 税込790円
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評価:星3つ

 現在の記憶を保ったまま、過去のある時点に戻って人生をやり直す「リピート」。大学生の「僕」をはじめとする9人がその機会を与えられ、10カ月前の世界に降り立った。
 過去に戻って、もう一度やり直せたら。誰しも一度は、そう願ったことがあるはず。あの時は失敗したけれど、今度はうまくできる。あの時は選ばなかったものを、今度こそ選んでみせる。もしも戻れるのならば―。
 そして本当に戻ることができた幸運な者たちの物語、のはずなのだが、これが羨ましいとばかりもいっていられないのだ。なにしろ10カ月前に戻ったとたんに、人生をやり直すどころか、1人また1人とこの世からいなくなってしまうのだから。
 予測不能なストーリーに振り落とされないようについていくのも、もちろん面白い。でもそれよりも、もし自分がリピートできるとしたら、を考えるのが面白い。さあ、今度はどう生きる? しかし現実には、時を遡るなんて到底不可能。だから後悔することもたくさんあれば、消してしまいたいこともたくさんある。でも、一回勝負だからこそ、やり直しがきかないからこその人生なのではないか。と、ついつい白熱してしまう。
 あなたは、本当に本当に本当に、リピートしたいですか?

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『裏ヴァージョン』

  • 裏ヴァージョン
  • 松浦理英子 (著)
  • 文春文庫
  • 税込590円
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評価:星4つ

 短編小説を毎月1篇書くことを条件に、高校時代の同級生、昌子を居候させる鈴子。手を変え品を変え提出される昌子の作品に、鈴子は容赦のないコメントをつける。
 ざっくり粗筋を書くとこうなるのだが、読み始めはこの構造がつかめず、非常に困惑した。癖のあるストーリーが次々と現れ、さわやかな気持ちには決してなれない。しかし、そこをぐっとこらえて読み進める。すると、見えてくるものがある。
 友達どうしという単純な言葉では言い表せない、鈴子と昌子の関係。まだ幼くて世界がいたってシンプルだった頃は、誰かと友達になるのは簡単だった。でも歳を重ねるにつれて、友達をつくるのは難しくなる。皮肉なことだ。人生が複雑になって気軽には話せないことが増えるほど、本当は、何でも話せる相手が必要かもしれないのに。
 そうしてどんどん自分の周りの壁を高く厚くしてきた40歳の2人が、再び出会い、再び関係を築こうとする。気が遠くなるほど困難なことに果敢に挑む彼女たちが、緊張感たっぷりに描かれる。一筋縄ではいかない、ねじれにねじれた変化球のよう。受け止めるには骨が折れる、でもその価値は大いにある。

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『袋小路の男』

  • 袋小路の男
  • 絲山秋子 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込420円
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評価:星4つ

 10年も15年もつかず離れずの距離から抜け出せない、もしくは抜け出そうともしない男女を描いた表題作を含む3つの短編。
 大谷日向子が小田切孝を語る『袋小路の男』と、おもに小田切孝が大谷日向子を語る『小田切孝の言い分』とが対を成す。前者では、「あなた」という二人称で小田切が語られる。これがまず印象的だ。相手への切々とした想いが表れている一方で、落ち着いた、諦念にも似た気持ちも不思議と伝わってくる。ところが後者では、一転して三人称を用いる。噛み合っていないようないるような、でもやっぱりいつまでたってもどっちつかずの2人。そんな間柄が、視点と人称を変えることでよりくっきり浮き彫りになっていて、続けて2篇を読み終えたとき、思わずにやりとしてしまう。
 もうひとつの『アーリオ オーリオ』は、星が好きな男性が主人公。自分の殻に閉じこもって静かに孤独に暮らしていたが、ひょんなことから14歳の姪と文通をすることになる。2人の手紙のやりとりが、ほんのり甘く懐かしい気持ちを呼び起こす、こちらも素敵な物語。

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『乱世疾走 禁中御庭者綺譚』

  • 乱世疾走 禁中御庭者綺譚
  • 海道龍一朗 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込940円
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評価:星5つ

 群雄割拠の戦国時代。世の乱れを憂える帝の命を受け、5人の若者が「禁中御庭者」として天下の情勢を探らんと活躍する。
 兵法家、商人、修験僧、香道師、女剣士。御庭者に任命されたのは、良く言えば個性豊か、悪く言えばまとまりなくばらばらな顔ぶれ。野心あらわに天下統一を狙う信長を追って北へ東へと走り回るうちに、しだいに互いを認め合い、仲間としての固い絆ができていく。それぞれに屈折した部分を抱えてはいるけれど、乗り越え、凛々しく成長していく若者たち。そのフレッシュさと、彼らを導く大人たちの渋さと、刃のような信長の威光。三者三様の輝きが、存分に楽しめる。
 ひとつひとつの場面が丁寧に書き込まれているけれど、間延びせず、最後まで躍動感が続く。がっちりとした歴史小説であると同時に、鮮やかな冒険活劇でもあり、すがすがしい青春物語でもある。決してスーパーヒーローではない御庭者5人衆のおかげで、娯楽的要素もたっぷり。続編を心待ちにしたい、読みでのある作品。

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『とせい』

  • とせい
  • 今野敏(著)
  • 中公文庫
  • 税込840円
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評価:星3つ

 組長の気まぐれに巻き込まれ、傾きかけた出版社の役員になった阿岐本組No.2の日村。二足のわらじ生活は、一難去ってまた一難。しかし日村は奔走し続ける。
 泣く子も黙る裏社会の住人の阿岐本組長や日村だが、カタギの人間よりもよっぽどカタギらしい。筋を通すべきところはきっちりと通し、譲れない場面では頑として譲らない。うっかり手本にしてしまうほどに生真面目で、ちょっとは見習いなさいとどこかの誰かに言いたくなる。4人の若い衆も、突然ヤクザを上司に迎えることになった編集者の面々も、憎めないどころか愛すべきキャラクターぞろい。万事解決でスカッとさわやかに幕を閉じる、異色のヤクザ小説。
 追い込み、代貸、シノギにミカジメ。しょっぱなから業界用語がぽんぽん飛び出して、読み終わる頃にはその筋の豆知識がちょっとだけ増えている。まあ、増えてどうする、といわれると困るのだが…。

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『神州纐纈城』

  • 神州纐纈城
  • 国枝史郎(著)
  • 河出文庫
  • 税込840円
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評価:星3つ

 ある春の夜、土屋庄三郎は1枚の美しい深紅の布を手にした。不思議な魅力を放つその布に導かれて庄三郎が迷い込んだ世界とは―。
 やや強引に分類するならば、やはり本作もファンタジーになるのだろうか? しかし、まことにファンタジーらしからぬおどろおどろしさに満ちた、妖気したたる作品である。もっと言うなら、おどろおどろしい、かつ妖艶、かつ残虐、かつグロテスク、かつ…と、日常生活ではあまりお目にかかる機会がないような、凄味のある形容詞がぴたりとはまってしまうこの作品。「毒蛇猛獣魑魅魍魎」などという迫力満点の8文字熟語まで何度も登場する。これはもう、まさしく魔界。
 しかし本作は、これでもかこれでもかという大仕掛けだけでゴリ押しする作品というわけでは、実はない。毒蛇猛獣魑魅魍魎が蠢く世界のなかに、家族や同士の絆、愛情といったものが、ひっそりと、でも確かに息づいている。毒々しさに埋もれてしまいそうな、そのほのかな暖かい灯を、どうかお見逃しなきよう。

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『幼年期の終わり』

  • 幼年期の終わり
  • アーサー・C・クラーク(著)
  • 光文社古典新訳文庫
  • 税込780円
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評価:星4つ

 オーヴァーロード(最高君主)と呼ばれる異星人が乗り組む巨大な宇宙船が上空に現れ、地球を支配下に収めた。脈々と続いてきた人類の営みは大きく様変わりするが、しかしこれはほんの序章に過ぎなかった。
 「人類はもはや孤独ではない」
 冒頭に登場するこの1文に釘付けになった。人は、ではない。人間は、でもない。人類は、だ。孤独だったのか、人類は?
 未知なるものと遭遇し、それと共存していくことになった人々の姿を描いた本作。オーヴァーロード出現後の世界は想像力を最大限に働かせて思い描くことしかできないけれど、舞台はあくまで地球で、主人公はあくまで人類。SFにはあまりなじみがなくても、意外にとっつきやすい。
 オーヴァーロードというより大きな存在が現れたことで、ほとんどの争いごとは意味をなくし、人々はかつてない平和と秩序を謳歌する。この黄金期が永遠に続けば良かったのだが、地球は、人類は、さらにさらに変化していく。その変化は、進化とみるべきか、退化とみるべきか。著者の筆によって運ばれていった先には、地球と人類の、驚くべき姿が待っている。

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『脱出記』

  • 脱出記
  • スラヴォミール・ラウイッツ(著)
  • ヴィレッジブックス
  • 税込882円
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評価:星4つ

 第2次大戦中に無実の罪で強制労働25年を科された著者が、仲間とともにシベリアの収容所を脱走する。自由と安全を求める彼らの、12カ月間、6500キロの苛酷な道程を記したノンフィクション。
 凍てつくシベリアから灼熱のゴビ砂漠を縦断し、ヒマラヤを越えてインドを目指す。水も食料も、充分な装備もない。圧倒的な悪条件のなか、それでも歩き続ける、また生きるために。著者が生き抜くことができたからこそ本作を書くことができたのだとわかっていても、次の瞬間には命を落としてしまうのではないかとはらはらし、祈るような気持ちで読み進めた。
 死に等しい苦しみを味わわせるのも、救いの手を差し伸べるのも、どちらも人間。希望を奪うこともできるし、与えることもできる。いくらでも惨くなれるし、どこまでも尊くなれる。もちろん本文中には、人間とはうんぬんかんぬんといった説教臭い言葉はひとつも出てこないけれど、そんな人間の両面が、随所から浮かび上がってくる。
 終盤に描かれるファンタジックな邂逅を含めて、これらがすべて事実だということにまず驚く。そして、ずしりと重く胸に響く1冊。

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荒又望

荒又望(あらまた のぞむ)

 1973年生まれ。北海道出身、東京都在住在勤。
好きな作家は、川上弘美、山崎豊子、高村薫、沢木耕太郎、ジョン・アーヴィングなど。そのほか気になる作家も多数。
長い長い物語やずっしり重い作品を読み終えると次はさらりと読めるものが欲しくなり、それらが続くとまた長編や重めのものを読みたくなる傾向がある。
人が読書している姿を見るのも好きで、電車のなかなどで夢中で読んでいる人を見ると妙に嬉しい。
何フロアもあるような大型書店に足を踏み入れると心が躍るが、ふだん立ち寄るのは自宅や職場の近くの、さほど大きくない書店が多い。図書館やAmazonも愛用。
新刊採点員の任期中にどれだけたくさんの本との出会いがあるか、非常に楽しみ。

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