WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年1月の課題図書>『神州纐纈城』 国枝史郎 (著)
評価:
ある春の夜、土屋庄三郎は1枚の美しい深紅の布を手にした。不思議な魅力を放つその布に導かれて庄三郎が迷い込んだ世界とは―。
やや強引に分類するならば、やはり本作もファンタジーになるのだろうか? しかし、まことにファンタジーらしからぬおどろおどろしさに満ちた、妖気したたる作品である。もっと言うなら、おどろおどろしい、かつ妖艶、かつ残虐、かつグロテスク、かつ…と、日常生活ではあまりお目にかかる機会がないような、凄味のある形容詞がぴたりとはまってしまうこの作品。「毒蛇猛獣魑魅魍魎」などという迫力満点の8文字熟語まで何度も登場する。これはもう、まさしく魔界。
しかし本作は、これでもかこれでもかという大仕掛けだけでゴリ押しする作品というわけでは、実はない。毒蛇猛獣魑魅魍魎が蠢く世界のなかに、家族や同士の絆、愛情といったものが、ひっそりと、でも確かに息づいている。毒々しさに埋もれてしまいそうな、そのほのかな暖かい灯を、どうかお見逃しなきよう。
評価:
大河ドラマ「風林火山」の興奮がまだ醒めきらぬうちに読み終えた。
信玄のぶ男ぶり、勝頼が美男なのも諏訪の姫様の美貌ゆえ…と回顧シーンを眺めるつもりもつかの間だった。本書の本筋は、武田家に仕えた重臣が幼い頃に生き別れになった両親を探す旅にでる、「母をたずねて三千里in戦国時代」なのだ。
「本当は、先に俺のほうが好きだった」「でも、結婚したし…」兄弟間の女の取り合いが両親失踪の原因だった。理由なんてどうでもいい。孤児として育った子どもにとって「もしかしたら生きているかも」の望みは、上司が武田信玄だろうと関係ない。そしてそこが富士の麓の怪しい教団だとしても。怪しさは妖しさでもある。どれほどか美しいと思う、冒頭を飾る紅布が、実は人血だという妖しさ、嬲殺し(なぶりころし)、磔刑(はりつけ)という死姿があたり前に出てくる怪しさ。史実が根底にあるものの、解説を三島由紀夫が担当しているだけあって、妖艶と奇怪と猥雑さが全体を覆う。
淡々と読んでしまったものの、読みきれなさがある。★二つは、理解できなかった自分への戒めでもある。
評価:
尋常ではない筆の冴え。美しく流れるような文体に酔わされて、気づけばいつの間にやら富士の裾野へ足を踏み入れていた。
伝奇ロマン、そこには怪しくも不気味な世界が広がっているはずだった。そして、そんな世界が僕は苦手なはずだった。それなのになんたることだろう、不気味さを払拭し幻想的でさえある世界観。随分昔に書かれていながら時代を超え今もなお色あせるどころか輝きを増す格調高い物語。日本語の持つ美しさまでも再認識させられます。またくもっていろんな意味で恐ろしい小説。
戦国の世、武田の配下土屋庄三郎が手にした真紅の反物は、人の血で染められたと言われる纐纈布であった。その布に導かれ訪れた霊山富士の懐に庄三郎を待っていたのは、数奇な運命の糸に引き寄せられるように集った罪多き者たち。
著者が本作品を完成させぬままに世を去ったことが、返す返すも惜しまれる。
評価:
少年ジャンプでは、コミックの連載開始時は巻頭カラーで掲載し、以降は人気投票の結果で雑誌内での掲載ページの位置が決まり、人気が振るわなければ、話が中途でも打ち切られてしまう、という方式が採用されています。
この場合、風呂敷を大きく広げたところで、人気ががくっと落ちた時は悲惨です。舞台装置もキャラも揃って、さあ一大決戦だ、と盛り上がった読者の気持ちは、どこへぶつけたらいいのでしょうか。
ええ、そうです。この作品にも、全く同じような思いを感じさせられたのですよ。人の血で染め上げた「纐纈布」に引き寄せられ、本栖湖にある纐纈城に向かう若君。彼を追う、無邪気な少年盗賊。精巧な仮面を作り出す美女の尼。奇病に侵された城主は、甲府の町に伝染病を撒き散らし、その一方で軍師・山本勘助は謎の新兵器を開発中……
これだけ奇天烈なキャラとギミックと設定を起こしておきながら、唐突に「未完」って言われても。あんまりです。
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