『とせい』

とせい
  • 今野敏(著)
  • 中公文庫
  • 税込840円
  • 2007年11月
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  1. リピート
  2. 裏ヴァージョン
  3. 袋小路の男
  4. 乱世疾走 禁中御庭者綺譚
  5. とせい
  6. 神州纐纈城
  7. 古時計の秘密
  8. 幼年期の終わり
  9. 脱出記
  10. キューバ・リブレ
荒又望

評価:星3つ

 組長の気まぐれに巻き込まれ、傾きかけた出版社の役員になった阿岐本組No.2の日村。二足のわらじ生活は、一難去ってまた一難。しかし日村は奔走し続ける。
 泣く子も黙る裏社会の住人の阿岐本組長や日村だが、カタギの人間よりもよっぽどカタギらしい。筋を通すべきところはきっちりと通し、譲れない場面では頑として譲らない。うっかり手本にしてしまうほどに生真面目で、ちょっとは見習いなさいとどこかの誰かに言いたくなる。4人の若い衆も、突然ヤクザを上司に迎えることになった編集者の面々も、憎めないどころか愛すべきキャラクターぞろい。万事解決でスカッとさわやかに幕を閉じる、異色のヤクザ小説。
 追い込み、代貸、シノギにミカジメ。しょっぱなから業界用語がぽんぽん飛び出して、読み終わる頃にはその筋の豆知識がちょっとだけ増えている。まあ、増えてどうする、といわれると困るのだが…。

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鈴木直枝

評価:星3つ

 いい夢を見た。そんな突き抜けた読後感に包まれている。世間的に疎まれている存在の人間が、世間をあっと言わしめる大技をやってのけ、「よっしゃー」で終わる一発逆転物語だ。
 訳あってヤクザが、出版社の経営を担うことになった。勿論、ド素人。しかも、ベストセラーを出したことがないどころか、有名作家にも取次にも邪険に扱われる崖っぷち出版社なのだ。
 素人に何ができる?初めは批判的だった社員が変わっていく、数字が伸びる、出版社冥利に尽きる一瞬を味わう…多少の揉め事や警察沙汰に見舞われるものの、物事はいい方にいい方に流れていく。そのあたりの展開に、やや物足りなさを感じるものの、それまでの日の当たらない人生を鑑みれば、この辺りの逆転劇も「あり」だと思う。
 仁義を重んじ、常に上への忠誠心を図ろうとする姿勢がベタという印象もある。だが、ヤクザが主役とあれば、致し方ない。そのベタが潔さに変化するラストシーンは、今日の青空以上に爽快だ。(ってベタ〜?)

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藤田佐緒里

評価:星4つ

 ヤクザが主人公。それも“いい”ヤクザ。ヤクザのくせに、登場人物のキャラクターがとっても愛らしいのだ。とても魅力的で、最後まで彼らが楽しませてくれた。
 主人公のヤクザは、任侠の精神を貫かずにはいられないヤクザ。仁義を重んじる彼と、そしてまわりの愉快な仲間たちは、困っている人や苦しんでいる人を見ると放っておけないタチ。彼らはいろいろと困っている人の手助けをしてきたが、今度は倒産寸前の出版社を立て直すことに。四苦八苦する彼らのことが、とてもいとおしくなる小説です。
 ヤクザが、優しくて、仁義を大切にする、ということが、なんだかすごく泣かせるんですよね。もちろんフィクションの世界だからこういうことになるのかもしれないですが、でも、もしかして現実にもいるかもしれない、堅気の人間よりよっぽど愛情深くて熱いヤクザたちが、どこかでこっそり日本の平和を願ってたち回ってくれているかもしれないなぁ、なんて想像を膨らませたりしました。
 人間模様をとても温かく描き出したヤクザもの、心がじんわりと満たされました。

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藤田真弓

評価:星4つ

 ヤクザが倒産寸前の出版社を立て直す!? 今時珍しい任侠道をわきまえた阿岐本組の組長の気まぐれにより、主人公日村誠司は梅ノ木書房に出向することになった。そこにマル暴の刑事も絡んできてトラブル連発!! 
社会の日陰を歩くヤクザが、インテリ集団で社会的地位も高い出版社を舞台に再起を図るストーリー。絶対にありえない! とわかっているのに、なぜかぐいぐい引き込まれてしまう。日村が繰り返し語る「ヤクザは地域の人々に信用されてこそ、稼業が成り立っているのだ」という阿岐本組の任侠はファンタジーを感じずにはいられないが、ここに登場するキャラクターが非常に魅力的だ。一番若くてベテラン編集者に一丁前の意見をする志村真吉、パソコン通の市村徹、わが道をゆく気分屋の阿岐本組の組長、彼らをまとめていく日村誠司。ただ、登場人物が多いので描ききれていない人も居たようにも思う。

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松岡恒太郎

評価:星4つ

 上役の出す難題をクリアーし、部下の能力を把握して適材低所に振り分け、問題が発生したなら直ちに対処し、得意先や同業者に対しても損得勘定だけでなく愛をもって接する、そして最終的にすべての責任は自分でかぶり、与えられた仕事は無難にこなす、これぞ理想の上司。
しかしそんな上司にはなかなか巡り合えないのが現実、だけどここ任侠の世界にはいるんです、そんな男気のある奴が。
 親分の気まぐれで、倒産しかけの出版社の経営に乗り出すことになった阿岐本組の代貸日村誠司。彼は次々現れる難題から、決して逃げ出したりしはしない。販売部数が伸びない週刊誌、倒産しかけの町工場、ちょっかい出してくるマル暴の刑事、なにかとややこしい渡世のしがらみ、それらに臆することなく挑んでは、どうにかコトを治めてゆく。
 サクサク読めてジンとくる、元気になれること請合いのエンタメ小説、こいつは買いです。

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三浦英崇

評価:星5つ

 『唐獅子株式会社』(小林信彦)という作品が大好きでして。ヤクザの組長が放送局やったり映画作ったり野球チームで試合やろうとしたり、と、80年代前半くらいまでの事象を巧みに取り込んだ、スラップスティック小説の傑作です。この作品を読んでて、21世紀の『唐獅子』に出会えた、と思ったのは俺の錯覚ではないはずです。

 『唐獅子』のめざした、笑える要素をオーバーに突き詰める方向での展開ではなく、今野作品らしい、リアリティを追求した結果、かっこよくて洗練されていて、それでいてちょっとおかしみもある話になっているのが、独自の魅力となっていると思うのです。

 好奇心旺盛な親分の気まぐれで、出版社の再建に乗り出さざるを得なくなった代貸・日村の、困惑しつつも打てる手を何とか打とうとする、いまどき珍しい不器用で生真面目な働きぶりが、もはや現実世界からは失われた「任侠精神」を体現するかのようで、とても好感が持てました。

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横山直子

評価:星5つ

 ヤクザが主人公にして、なんともハートウォーミングな小説なのだ。
小さな小さな阿岐本組の若い衆は全員で四人。
なんとなく恐ろしいイメージがちっとも沸いてこない面々が揃っている。

その組長が新しいシノギを始めた。
それがなんと出版社。倒産しそうな会社を乗っ取ったわけだが、それを喜んだのは若い衆たち。
まさかヤクザ家業に足を突っ込んでいたのに、出版の仕事に関われるなんて!
それぞれが持ち前のアイデアや能力を出して、売れ行きが悪かった週刊誌を完売に導き出す過程は読んでいて、すごくワクワクした。

「いいか?他人様がどう思おうとかまわない。自分が自分のことをどう思っているかが問題なんだ。俺たちはヤクザだ。誇りをなくしたら終わりなんだよ。」
トラブル続出の中、しびれをきらした若い衆にナンバーツーが言うセリフが心に残る。
それから「ばかは承知です」と言って、一銭にもならない仕事をやりたいと言う
若い衆に心が温かくなった。
いや〜、阿岐本組の皆さんのおかげで寒い冬でも心はほっかほっかです、ほんと。^^

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