『リピート』

  • リピート
  • 乾くるみ (著)
  • 文春文庫
  • 税込790円
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評価:星4つ

 あれもやっていない、これも半端だ…年の変わり目に恒例行事のように繰り返してしまう後悔。本書は、もう少し時間があったら、あの時に戻れるのなら…という時間への意識をSFという形を借りて猛省させられた佳作だ。
 たった1本の電話が、「退屈な日常から自分を連れ出してくれる」と思うほどに、単調な日常を過ごしていた大学生がいた。電話口で「1時間後に地震が起こる」と予言され、その当りに驚く間もなく「過去の時間に戻る旅行」に勧誘されたら、悩む、惑う、躊躇うこと100ページ分。引っ張りすぎという感はあった、かな。
 旅に道連れは必須事項。時間旅行の同行者は、電話番号を適当に選んでかけただけが縁の10人。OL、トラック運転手、シナリオライター…それぞれの時間に対する価値の多様が、彼らの「もう一度生きるならこんな人生」に、「自分なら」と置き換えて想像しては、危機が迫る度にどぎまぎしてしまった。真面目に勉強?いい学校?いい会社?万馬券?ジコジツゲン? 生き直すこと=理想の人生、ではないのかもしれない。哀しい終末が胸を打つ。

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『裏ヴァージョン』

  • 裏ヴァージョン
  • 松浦理英子 (著)
  • 文春文庫
  • 税込590円
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評価:星2つ

 女子校時代の3年間、一度も会話することなくおわった一部の彼女たちがいた。服装の趣味、読みたい雑誌、部活への向き合い方…ベクトルの方向が異なっていた。本書を読んで、あの頃の彼女達のおしゃべりを盗み聞いた、そんな気がした。
 猫が好きだと言うから必死になって探しあてるや否や「私達、そろそろ別の道を行かない?」と別れを投げつけられた男と残された猫のその後の狂気…大の黒人マニアの行く末は、娘、孫に至るまで目につくものすべてをブラックにする母親の愛狂…アメリカのサディストとマゾと黒人音楽が関連する短編の中で繰り広げられる。
 少女期の悶々、「好きでたまらない」その思いの強さ、自分の価値観に妙に自信があった10代、友だちや親との関係の築き方…けしてストレートな描き方ではないが、難解だからこそ「何かあるんじゃないか」と深い読みを強いられる。
 日本人作家ながら、登場人物に外国名をつけるくだりで、田辺聖子の「ジョゼと虎と魚たち」のジョゼを思い出した。自分のことをクミではなくジョゼと呼ばせ、無類の読書好きで、他とは違う自分を貫いていく様は、本書に登場する女達に共通する血の流れを感じた。

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『袋小路の男』

  • 袋小路の男
  • 絲山秋子 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込420円
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評価:星3つ

 人生の折り返しと思われる地点を過ぎたからだろうか。近頃、「ゴール」について考えることがある。 合格とか昇進とかローン返済とか、何を成し遂げれば「ゴール」なのだろう。
 じゃあ、恋愛は?20代の頃は結婚!そう思って疑がわなかった。恋をしている自分が好きだった。あの手この手、彼を振り向かせる手段を考える時間が好きだった。やられたなあ。20年前、ふた昔も前に抱いていた感情なのに鮮やかに蘇ってきた。仕事中でもご飯を食べていても買い物中でも恋、24時間を恋のために生きていた時期が、確かにあった。
 本書中の愛の出会いは、新宿の高校に通っていた頃に遡る。1年上の小田切先輩がその標的。「気をつけな」と人はいう。顔はいいけどね。浪人?2浪?作家を目指すって?まったく、人の恋心を知っているくせに、遊ばれているのか鼻から相手にされていないのか。彼じゃない彼が出来ても彼を嫌いになれない。結婚する気がないのなら、いっそのこと振ってくれればいいのに。切れない関係。絶てない恋心。この恋は何処に行き着くことがゴールなのだろう。 ひとつの恋を女サイド、男サイドから描く。一方通行だと思っていたこと、ダメだなあ、と卑下していたことも、見方を変えることで優しくもなり思いやりを感じることもある。少しだけ、星野博美の「銭湯の女神」を思い出した。

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『乱世疾走 禁中御庭者綺譚』

  • 乱世疾走 禁中御庭者綺譚
  • 海道龍一朗 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込940円
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評価:星4つ

 苦をせず労をせよ。中学時代の恩師の言葉が胸を過ぎった。主張大会に出場することになった私のために、私時間を割いて添削を繰り返し、練習に付き合い、大会での結果に一緒に悔しがってくれた。担任でもない私のために。
 時代は、安土。天下統一を目論む織田信長の先見眼が抜きん出て席捲していた。が当然それをいぶかしむ者もいる。「本当の力ってどうよ?信長ってどんだけ?」と朝廷から派遣された腕に覚えのある五人衆の信長偵察記である。
 戦国といわれる時代だけあって、小さな諍いは絶えることがない。五人も行き先々でトラブルにぶつかり、時に生死の危険も伴う。そんな時、わが身を省みず仲間のために奔走する様に、何度も心を揺さぶられた。特に、431ページからは名言が続く。この言葉に出会うための430ページであり、出会ったからこその残り333ページなのだ。
 前半、高校レベル以上の日本史知識が必要だと感じた。が、直に慣れる。764ページの大作に腕が疲れる。が、大丈夫、筋肉が付く。
 信長の急躍進ばかりに注目が行くこの時代にあって、陰で翻弄される市井の人たちへの愛あふれる力作。時代を羨んでみたり、女官のご機嫌とりに躍起となる様は、現代にも通じており幾通りもの読み方が出来る。

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『とせい』

  • とせい
  • 今野敏(著)
  • 中公文庫
  • 税込840円
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評価:星3つ

 いい夢を見た。そんな突き抜けた読後感に包まれている。世間的に疎まれている存在の人間が、世間をあっと言わしめる大技をやってのけ、「よっしゃー」で終わる一発逆転物語だ。
 訳あってヤクザが、出版社の経営を担うことになった。勿論、ド素人。しかも、ベストセラーを出したことがないどころか、有名作家にも取次にも邪険に扱われる崖っぷち出版社なのだ。
 素人に何ができる?初めは批判的だった社員が変わっていく、数字が伸びる、出版社冥利に尽きる一瞬を味わう…多少の揉め事や警察沙汰に見舞われるものの、物事はいい方にいい方に流れていく。そのあたりの展開に、やや物足りなさを感じるものの、それまでの日の当たらない人生を鑑みれば、この辺りの逆転劇も「あり」だと思う。
 仁義を重んじ、常に上への忠誠心を図ろうとする姿勢がベタという印象もある。だが、ヤクザが主役とあれば、致し方ない。そのベタが潔さに変化するラストシーンは、今日の青空以上に爽快だ。(ってベタ〜?)

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『神州纐纈城』

  • 神州纐纈城
  • 国枝史郎(著)
  • 河出文庫
  • 税込840円
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評価:星2つ

 大河ドラマ「風林火山」の興奮がまだ醒めきらぬうちに読み終えた。
 信玄のぶ男ぶり、勝頼が美男なのも諏訪の姫様の美貌ゆえ…と回顧シーンを眺めるつもりもつかの間だった。本書の本筋は、武田家に仕えた重臣が幼い頃に生き別れになった両親を探す旅にでる、「母をたずねて三千里in戦国時代」なのだ。
 「本当は、先に俺のほうが好きだった」「でも、結婚したし…」兄弟間の女の取り合いが両親失踪の原因だった。理由なんてどうでもいい。孤児として育った子どもにとって「もしかしたら生きているかも」の望みは、上司が武田信玄だろうと関係ない。そしてそこが富士の麓の怪しい教団だとしても。怪しさは妖しさでもある。どれほどか美しいと思う、冒頭を飾る紅布が、実は人血だという妖しさ、嬲殺し(なぶりころし)、磔刑(はりつけ)という死姿があたり前に出てくる怪しさ。史実が根底にあるものの、解説を三島由紀夫が担当しているだけあって、妖艶と奇怪と猥雑さが全体を覆う。
 淡々と読んでしまったものの、読みきれなさがある。★二つは、理解できなかった自分への戒めでもある。

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『古時計の秘密』

  • 古時計の秘密
  • キャロリン・キーン(著)
  • 創元推理文庫
  • 税込693円
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評価:星2つ

 読んだ時期がクリスマス直前だったことが幸いした作品。読了後、心がほわんと暖かくなる。装丁のイラストが現すように、小学生から楽しめる少女探偵物語だ。
 少女、といっても主役は18歳、現役高校生。有能で人望のある弁護士の父をもつという設定にややひがみ根性を感じたが、彼女のストレートな正義感に免じてあげよう。何しろ真っ直ぐなのだ。行動家なのだ。ひらめきがさえているのだ。未遂に終わったものの事故現場で救った5歳の女の子との出会いが、莫大な遺産の遺言書発見レースのスタートだった。
 どこの世界にもいる「もっともっと」と金をせびる腹黒い奴が此処にもいた。が、お金や練習環境に恵まれなくても歌への夢を諦めないいたいけな少女もいる。来客を精一杯の気持ちでもてなそうとする老姉妹もいる。つつましさの中で、筋の通った美しさを感じた。
 骨太の小説が続いたあとには物足りなさを感じるが、家族揃って読むことのできる、ディズニー映画のような小説だった。

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『幼年期の終わり』

  • 幼年期の終わり
  • アーサー・C・クラーク(著)
  • 光文社古典新訳文庫
  • 税込780円
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評価:星4つ

 こんなワクワクは久しぶりだ。ありえない話。だがここまでSFでまとめてくれると、意外にもその世界に入りやすい。楽しかった。
 驚いたことに、初出は1953年。私は勿論生まれていないし、パソコンも携帯もない時代のことなのだ。それなのに全然古くないどころか、あれもこれも欲しがった先の顛末は、現代社会への痛烈な批判とも受け取れる。その意味では、乾くるみの「リピート」と通じる要素があるかもしれない。
 ある日忽然と、空に巨大宇宙船の群れがやってきたことが発端だ。地球外生物だといういう彼ら、独裁者ではないらしい。けれど、姿を現さない彼らと話をできるのは国連事務総長だけ。その中で、「50年後の世界国家の創設」を約束される。そこは、自由とユートピア理想郷だという。本当だろうか、そこはあんな面倒もこんな災難も無いというのか。
 後半は、その50年後の世界で、人が何を思い、何が衰退し、最終的に何が残ったのかが、露になる。人間、少し足りないくらいが丁度よいのかもしれない。

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『脱出記』

  • 脱出記
  • スラヴォミール・ラウイッツ(著)
  • ヴィレッジブックス
  • 税込882円
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評価:星5つ

 どれだけ過酷でもこれ以上の生き地獄はないだろう。どれだけ我慢強いとしても彼以上の困窮に耐えられる輩はいないだろう。極寒と熱砂漠のシベリアからインドまで、1年に渡る6500キロの歩行記録である。
 そもそもはポーランド人というだけで逮捕された。時代は1939年。収監されている時から地獄図は始まっていた。この男、どこまで耐えるのだ。第一章の凄みだけで、本が一冊刊行できそうだった。死んだほうがまし?と思うほどの拷問の後に下された判決は25年の強制労働。それならいっそのこと抜け出してしまえ。意を決した6人のつわものが同行した。
 ただ歩くだけならまだいい。彼はシベリア強制収容所の脱走者なのだ。労役の合間に僅かずつ貯めた食料と着の身着のままに近い服装。一日45キロの歩行、40日にもわたる雪道行進、同行者の数が減っていく現実に、未来や夢を感じることは出来なかった。けれど、彼らは言う。「人はどん底を知ると希望しか浮かばない」と。
 同じように脱走してきた17歳の少女が、同行を懇願したとき彼らは言う。
「私達が提供できるのは盛りだくさんの苦労だけ」と。
 今度こそ駄目だろう、と思う先に「人」と言う名の希望があった。一期一会にためらうことなく施しを与える「人」がいた。だから、彼は88歳まで生き抜いたのだ。あっ晴れとしか言いようがない。

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『キューバ・リブレ』

  • キューバ・リブレ
  • エルモア・レナード(著)
  • 小学館文庫
  • 税込820円
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評価:星4つ

 こんなに夢中になるとは思わなかった。友情、愛憎、信頼、虚栄、欺瞞、貪欲…そこに盛り込まれた要素は、映画3本分以上に値するだろう。
 スペイン植民地からの独立を図ろうとするキューバに、「スペインの勝手にはさせねえぜ」とばかりに息巻くアメリカが絡んできた1898年が、熱烈どんでん返し小説の舞台だ。
 キューバ史の知識と、「さっきまで敵じゃなかったっけ?」という登場人物の変わり身に手こずる場面もあったが、わからないなりに読み進めていくうちに「そっかー」と合点がいく瞬間がある。
 嗚呼、そこでこいつが登場するか…あいつとこいつが繋がっていたか…読み終えたからこそわかる伏線の巧さに舌を巻いた。生きるか死ぬかの瀬戸際で、何を信じ何を選択するか、後半は息を呑む展開が続く。
 登場者の中に新聞記者がいる。彼がゾッコン惚れぬく名文家を称する言葉が素敵だ。この1年間、人に読まれることを意識して文章を書いてきたが、自分の下手くそぶりに直面した1年でもあった。この文章に、せめて1年前に出会えていたら、と思った。

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鈴木直枝

鈴木直枝(すずき なおえ)

 1964年生まれ 岩手県盛岡市在住歴42年 職業は「お母さん」です。
実を言いますと「本が好き」「本が読みたい」と切に思うようになったのはここ最近です。
10代は、部活部活部活。
20代は、お仕事大好きモードで突っ走り。
30代は、子育て街道まっしぐら。
そうして今。本たちとの一期一会が、楽しくて楽しくて仕方ありません。
空間としての本屋さんが好きです。
さわや書店盛岡本店・上盛岡店。ジュンク堂盛岡店はお気に入り。
「自分」を取り戻したい時に、「自分」をゼロに戻したいとき、買う気がなくても駐車料金を払っても、足を運んでしまいます。
 好きな本の大切にしている言葉
 ・「おっちょこちょ医」 なだいなだ著 
      〜ためらうなよ。人を救って罪になるなら罪を犯せよ。
 ・「100Mのスナップ」 くらもちふさこ 著
      〜ランナーは100のうち99はどろまみれだものな。

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