『裏ヴァージョン』

裏ヴァージョン
  • 松浦理英子 (著)
  • 文春文庫
  • 税込590円
  • 2007年11月
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  1. リピート
  2. 裏ヴァージョン
  3. 袋小路の男
  4. 乱世疾走 禁中御庭者綺譚
  5. とせい
  6. 神州纐纈城
  7. 古時計の秘密
  8. 幼年期の終わり
  9. 脱出記
  10. キューバ・リブレ
荒又望

評価:星4つ

 短編小説を毎月1篇書くことを条件に、高校時代の同級生、昌子を居候させる鈴子。手を変え品を変え提出される昌子の作品に、鈴子は容赦のないコメントをつける。
 ざっくり粗筋を書くとこうなるのだが、読み始めはこの構造がつかめず、非常に困惑した。癖のあるストーリーが次々と現れ、さわやかな気持ちには決してなれない。しかし、そこをぐっとこらえて読み進める。すると、見えてくるものがある。
 友達どうしという単純な言葉では言い表せない、鈴子と昌子の関係。まだ幼くて世界がいたってシンプルだった頃は、誰かと友達になるのは簡単だった。でも歳を重ねるにつれて、友達をつくるのは難しくなる。皮肉なことだ。人生が複雑になって気軽には話せないことが増えるほど、本当は、何でも話せる相手が必要かもしれないのに。
 そうしてどんどん自分の周りの壁を高く厚くしてきた40歳の2人が、再び出会い、再び関係を築こうとする。気が遠くなるほど困難なことに果敢に挑む彼女たちが、緊張感たっぷりに描かれる。一筋縄ではいかない、ねじれにねじれた変化球のよう。受け止めるには骨が折れる、でもその価値は大いにある。

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鈴木直枝

評価:星2つ

 女子校時代の3年間、一度も会話することなくおわった一部の彼女たちがいた。服装の趣味、読みたい雑誌、部活への向き合い方…ベクトルの方向が異なっていた。本書を読んで、あの頃の彼女達のおしゃべりを盗み聞いた、そんな気がした。
 猫が好きだと言うから必死になって探しあてるや否や「私達、そろそろ別の道を行かない?」と別れを投げつけられた男と残された猫のその後の狂気…大の黒人マニアの行く末は、娘、孫に至るまで目につくものすべてをブラックにする母親の愛狂…アメリカのサディストとマゾと黒人音楽が関連する短編の中で繰り広げられる。
 少女期の悶々、「好きでたまらない」その思いの強さ、自分の価値観に妙に自信があった10代、友だちや親との関係の築き方…けしてストレートな描き方ではないが、難解だからこそ「何かあるんじゃないか」と深い読みを強いられる。
 日本人作家ながら、登場人物に外国名をつけるくだりで、田辺聖子の「ジョゼと虎と魚たち」のジョゼを思い出した。自分のことをクミではなくジョゼと呼ばせ、無類の読書好きで、他とは違う自分を貫いていく様は、本書に登場する女達に共通する血の流れを感じた。

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藤田佐緒里

評価:星4つ

 ちょうど、『犬身』を読み終わったところだった。その余韻が残ったまま、送られてきたこの本を手に取ってみる。私にとっては特に思い入れのある作家じゃないけれど、気になって仕方なくなった。2000年に単行本で出された作品だそうです。
 まず構成がかなり奇抜、というか奇妙。短篇集なんだけど、途中から、あれれ、なんだか全部つながっている……、でも連作というのともまたちょっと違う? などと思えてくる。で、そのちょうど同じ頃から、だんだん主人公たちのやりとりの秘密がわかってくる。
 主人公は女ふたり。同居しているけれど、お互いに直接触れ合うことはなく、フロッピーをやりとりするだけ。はっきり言ってじれったいし、すごく胡散臭いのだが、読んでいるうちに、性の哀しさとか触れ合うことの苦しみのようなものが見えてくる。
 私は、相手が男でも女でも、こんな関係は持てない。かなり頑張っても、たぶん持てないと思う。それは私自身の弱さと哀しさなのだが、今はこういう生き方でしかやっていけない。だから、避けているだけ、逃げているだけ、と思われるような関係が、実は一番人にとって強さを要するものだ、と思うのだ。この小説に書かれているような哀しさが、人間の関係にはつきまとうのだろう。考えさせられる小説だった。

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松岡恒太郎

評価:星3つ

 高校時代からの女友達の家に居候している女流作家崩れの主人公。OLである家主とは生活する時間帯がズレているためすれ違いの日々を送っている。そんな二人をつないでいるのは交換日記のような短編小説。家賃代わりに月一で家主である友達に提出される取り決めなのだが、さらにそこに感想や反論や詰問状やその答えなどが沢山くっついて、彼女らの間を行き来する。
 変化球と言うよりも、むしろ投球フォームからして変則的なのかもしれない不思議な小説。
しかしあえて変則的な方法を取りながらも、四十女の友情や、互いへの深い思いまでが見事に描き出されており、実に巧い。
 短編小説たちもまたそれぞれに趣がある。どれもが偏った性癖をしつこくモチーフにした作品ばかりで、唯一の読者である友人の要求通りの球は決して投げ返されては来ないのがまたいい。

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三浦英崇

評価:星4つ

 自分はもう随分前から、結婚して家庭を持つなんて夢は、実現不可能だろうと諦めているのですが、これから先の人生もずっとひとりでいなければならない、ということに対する寂しさや恐れには、まだまだ慣れることができず、今後解決していかなきゃいけない課題なんだろうなあ、と思います。だから、この作品を読んでいて、身につまされることが多くて。

 変わってしまった相手をなじる前に、相手が変わったと思っている自分の心そのものが以前と異なるのではないか、と自問自答した方がよくないですかね、と鈴子と昌子の双方にツッコミを入れたくなるのですが、そのツッコミ自体、俺自身に返ってきそうで怖いです。

 相手に対する批判という形しか採れないコミュニケーションは、いつ相手を失うか分からない、そんな緊張感にたえず満ち溢れ、そうであるが故に、寂寥感を絶えず漂わせがちです。寒さが身にこたえる時節に読むには、あまりにも痛すぎる作品でした。

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横山直子

評価:星2つ

 松浦理英子さんの作品は初めて読みました。
二人の中年女性が登場とあれば、まさしく私世代なのだなぁと思いながら読み始める。
まず目次を見て、オコジョ? マグノリア? まずは?マークが頭に広がる。
千代子、鈴子、昌子の名前を見て、そうそうこれが私世代と納得する。

で、本文に入るも、読んでも読んでもページがなかなかすすまない。
強烈な女性が多いなぁ。
そして身につまされる内容が多いなぁ。
「帰って来い、昌子。帰って来い、アホ。」
アホに込められた想いに心に寄せてみると、せつなくて、せつなくて。

解説のところで、「この作品が松浦恵理英子作品の中でもとりわけ複雑な仕掛けがなされた作品だ。」
と書いてあり、ふむふむと思う。

とりわけ複雑な仕掛けが大好きな人には、文句なく面白い本なのだろうなぁと思いました。

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